Location11 ラスベガス

Episode1:厳しい条件?

 ワシントンDC、ペンシルベニア通り1600番地。色々な意味で激動の中間選挙が終わってしばらくの後……ビアンカは例によって住まいとしている地下シェルター、通称『RHリバーシブルハウス』のブリーフィングルームで、大統領補佐官のビル・レイナーから新たな任務を請け負っていた。


 部屋にはビアンカだけでなく対カバールにおける彼女の護衛メンバー、即ちユリシーズ、アダム、リキョウ、イリヤ、そしてサディークの5人も珍しく勢ぞろいしていた。かなり大掛かりな任務になるのだろうか。


「全員揃ったな? 大統領から次の任務の依頼が来ている。問題なければ早速説明に入るぞ」


 ビルはいつも通り言葉少なに前置き無しで本題に移る。



「今回『エンジェルハート』に赴いてもらいたい場所は……ラスベガス・・・・・だ」



「ラスベガス、ですか?」


 何故か口笛を吹くユリシーズを尻目にビアンカは少し眉を顰める。勿論その街の名前は知っていた。アメリカ人であれば知らない人間はほぼいないだろうという有名な街である。ビアンカが眉を顰めた理由は、その街がギャンブル・・・・・で有名だからという理由であった。


 かつてアメリカで猛威を振るった大恐慌の際、産業の少なかったネバダ州は税収確保のために賭博を合法化した。そこにフーバーダムの建設や第二次大戦の特需などで多くの労働者やその家族などがネバダ州に移住し、それらを顧客として急速にカジノ産業が発展していき、「賭博の街」というイメージを形成するに至った経緯がある。


 ネバダ州では賭博が合法化されているとはいえ、ビアンカ自身はあまりギャンブルの類を好まなかったため、ラスベガスという街にそれほど良いイメージは持っていなかった。だが……



「ベガスか。『昔』はしょっちゅう行ってたな。くく、こう見えてもブラックジャックにはちょいと自信があるんだぜ?」


 ユリシーズが上機嫌でアピールする。彼は意外とこの手の遊び・・が好きらしい事が最近解ってきた。ロサンゼルスで任務にかこつけてバーに行っていたのもそうだ。夜の遊び・・・・とでも言うのだろうか、そういう類いの娯楽だ。


 ビアンカとしては彼が過去に女性を買う・・・・・ような行為をしていなかったかどうかが気になる所であった。


「ふん、ギャンブルか。そんな不確かな物に自分の財産を賭けるなど理解できんな。心が弱い証拠だ」


 不快そうに鼻を鳴らすのはアダムだ。根っからの軍人であり、ましてや全てをデータ化して分析できる能力を持ったサイボーグでもある彼からすればギャンブルほど縁遠いものは無いかも知れなかった。


「確かになぁ。俺はそもそも戒律・・でギャンブル自体やらねぇが、文字通りこんな博打に金かけるくらいなら投資にでも回した方が余程有意義ってモンだぜ」


 アダムの言葉に頷くのはサディークだ。イスラム教ではギャンブルの類いが禁止されているらしい。サウジアラビアの王子ではあるが同時に生粋のムスリムでもある彼は、幸いにしてそのような破戒に手を染める事は無かったらしい。


「ギャンブルには確かにそのような側面もありますが、基本的には健全な遊び・・・・・ですよ。ましてや場末の賭博場ならともかく、ラスベガスのカジノホテルで身を持ち崩すまでのめり込むような愚か者はそういないでしょう」


 二人とは逆にギャンブルにやや肯定的な発言をするのはリキョウだ。彼も中国に居た頃はそれなりに遊んで・・・いたようで、その中には当然ギャンブルの類いも含まれていたのだろう。中国には『麻雀』と呼ばれる国民的賭博が存在しているらしいというのはビアンカも知っていた。


「……大人って醜イ」


 ギャンブルの是非を巡って丁度2対2の構図になって牽制し合う大人たちの姿に、この場で唯一の子供であるイリヤが呆れたように眉を顰めた。



「オホン! ギャンブルについての是非を議論したければ別の機会にやってくれ。今は任務の話をしている」


 レイナーが咳払いして強引に話を進める。確かに今は任務の話が優先だ。ビアンカは気持ちを切り替える。


「とはいえ任務の詳細がラスベガスのカジノ産業に絡んでいるのも事実だ。……ここ数年の間で、かの街において急激に発展しているカジノホテルがある。『砂漠の宝石デザート・ジュエル』という名のホテルだ」


 ラスベガスでは一定規模以上のカジノの建設は、客室数200室以上のホテルの付帯施設としてしか認可されていないため、大手のカジノは大手のホテルを兼任しているのが通常だ。その『砂漠の宝石』というホテルも同様なのだろう。


「砂漠の宝石だぁ? 本物の砂漠・・・・・も知らねぇ癖にけったいな名前だな!」


「そのホテルがどうかしたのか?」


 サウジアラビア出身のサディークが鼻を鳴らすのを尻目に、アダムが続きを促す。



「……このホテルのオーナーであるヴァンサン・エマニュエルという男が、カバール・・・・の構成員である疑いが濃厚となっている」



「……!!」


 目下最大の敵であるカバールの名にビアンカも含めた全員が瞠目した。


「奴の商売の急速な発展の裏に悪魔が関わっていると見做される事象が多数、DIAによって確認された。ヴァンサンは限りなくクロと見ていいだろう」


 ビアンカが関わらずにカバールの構成員を特定できた珍しいケースだ。


「それだけ痕跡を残す迂闊なヤローって事だな。ベガスに居を構えてカジノ業に勤しむ辺りにもその性格の片鱗が垣間見えるな」


 ユリシーズが皮肉げに口の端を吊り上げる。


「となると今度のカバールは、特に自分の欲望に忠実なタイプなのかも知れませんね」


 リキョウも相槌を打っている。


「奴の強引な商売と膨れ上がった巨大カジノはラスベガスの自由競争経済を阻害し、あの街を衰退に導く事になる。ただ間違いないとは解っていても、やはり最後の一線・・・・・は越えられん。どうしてもヴァンサンがカバールである事を証明する・・・・必要がある」


 レイナーを含む全員の視線がビアンカに向く。そこで彼女の出番という訳だ。


「そんな野郎ならビアンカがベガスに行くだけで一発で釣れそうだな。今回は手っ取り早く済みそうだな」


 ユリシーズが楽観的な口調で笑うがレイナーはかぶりを振った。



「それがそう簡単には行かんのだ。ヴァンサンは殊更に臆病・・な性質らしく、奴自身が表に出てくる機会は殆どない。表の実務の殆どは奴の細君・・であるシヴァンシカというインド・・・人女性が仕切っている。『エンジェルハート』も奴に認識・・させられなければ意味がない」



「インド人だぁ? 女って事は悪魔じゃねぇんだろ? そいつは旦那・・の正体を知ってんのか?」


 サディークが眉根を寄せる。レイナーは再びかぶりを振る。


「それも生憎分からん。ただ一つ分かるのは、このシヴァンシカという女性は『ヴィシュヌ・セーナー』という、インドの野党・・に所属する議員の娘だという事だけだ」


「ヴィシュヌ・セーナー?」


 ヴィシュヌというのがインド神話の主神だというのはビアンカも知っていたが、神の名前を政党名に冠するとは随分と誇大な気がした。


「インドのヴィシュヌ・セーナーといえば確か、ヒンドゥー教至上主義を掲げてムスリムやクリスチャンなど他宗教の排斥や、少数民族や地方出身者の迫害などを公約・・に謳っている極右政党ですね」


 リキョウが顎に手を当てて補足する。ムスリムの排斥と聞いてサディークが少し眉根を寄せる。


 アメリカの国民党も基本的には保守政党だが、流石にそこまで国粋主義を前面に出したりはしない。ヴィシュヌ・セーナーは野党とはいえ、そんな党が国会に少なくない議席を持てる時点で、インドはかなり極端な国であるようだ。レイナーも頷いた。



「そうだな。しかもヴィシュヌ・セーナーは極右である上に、何らかの超常の力・・・・を振るう危険な存在である事が判っている。生憎どのような力かまでは判らんがな」



「……!」


 つまり中国の神仙やロシアの超能力者、メキシコのシェイプシフターのような存在に当たるという事だろうか。確かにそういう存在でなければカバールと対等に取引など出来ないだろう。一方的に利用されて終わりだ。アダムが腕組みして唸る。


「……なるほど。そんな色々な意味で危険な外国の政党がカバールと接触し、更には何らかの協力関係まで結んでいるとしたら確かに由々しき問題かもしれんな」


 ヴィシュヌ・セーナーに属する議員の娘が、カバールの一員と婚姻・・しているというのは、どう考えても偶然ではないだろう。この2者は協力関係にあると見て間違いない。


「その通りだ。インドは膨大な人口を擁する発展著しい新興大国で、今後我が国としても軽んじていい存在でなくなる事は確実とされている。そのインドでヴィシュヌ・セーナーような剣呑な野党が力を付ける事は、我が国の安全保障上の観点からも好ましくない。大統領からのもう一つの任務・・・・・・・は、ヴィシュヌ・セーナーの実態を調べカバールとの協力関係を断ち切る事だ」


 カバールの討伐も勿論重要だが、レイナーの話の比重からしても今回はむしろヴィシュヌ・セーナーがメインなのかも知れなかった。事はインドという国が絡んでいるので何が起きるか解らず、今回はフルメンバーになるのもある意味では当然であった。




「ただ任務に先駆けて一つ問題・・がある」


「問題?」


 ビアンカがオウム返しに聞く。レイナーは苦い顔で頷いた。


「先程も言ったようにオーナーであるヴァンサンはかなりの慎重派・・・で滅多に表には出てこない。だが唯一奴らが夫婦揃って・・・・・公の場に出てくる機会がある。それが一年に一度、『砂漠の宝石』で3日間に渡って開催される奴らの結婚記念・・・・祝賀会だ。お前達はその祝賀会に潜入してもらう事になる」


「結婚記念パーティだと? ふん、人外の悪魔が一丁前に……」


 何故かユリシーズが少し不快げに鼻を鳴らす。その横でサディークが首を傾げる。


「それの何が問題なんだ? 出席者の身元チェックが厳重で潜入が難しいって事か?」


「いや、それに関しては・・・・・・・こちらで対処できる。カバールは全体でお前達の情報を共有している訳ではないから、招待状さえ入手すれば問題ないはずだ。そして招待状はこちらで手配する」


 何と言ってもこちらはアメリカ政府がバックにいるのでその辺は問題ないという訳だ。だがそれなら何が問題で、何故レイナーがこんな表情になっているのか分からない。彼は増々苦虫を噛み潰したような顔になった。



「招待状は問題ないのだが……本当の問題はパーティーへの参加条件・・・・の方にある。このパーティーは必ず男女ペア・・・・でなければ参加できないのだ。これは未成年の子供であっても同様だ」



「……!」


 イリヤも含めて男達の視線がビアンカに集中する。だが男女ペアとしてもビアンカの身は一つしか無い。更にレイナーの話にはまだ続きがあった。


「更に厄介なのが……パーティーへの入場の際の招待状チェック時に、シヴァンシカが見守る前で互いに接吻・・・・・して愛し合っている事を・・・・・・・・・証明・・せねばならんのだ。勿論ここでいう接吻とは互いに唇同士でのディープキス・・・・・・の事を指す。ライトキス程度ではシヴァンシカや、恐らく何処かから監視しているだろうヴァンサンの目を誤魔化せんだろうからな」


「……ッ!!」


 これには流石に予想外過ぎて、全員が絶句して硬直してしまう。レイナーはそんな彼等の様子を見てため息を吐きながらも続ける。


「生半な演技ではシヴァンシカはともかく、悪魔であるヴァンサンには見破られる可能性が高い。それぞれ相手役・・・の選定には慎重になるべきだが……最低でもお前達との接吻を好意的・・・に受け入れてくれる事が条件になる。……心当たりはあるか?」


「――――」


 問われた男性陣は全員、絶句しながらも……それぞれが咄嗟に条件に当てはまりそうな・・・・・・・・・・女性の顔を脳裏に浮かべてしまうのであった……


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