Episode2:口説き上手?
ワシントンDCにある駐米サウジアラビア王国大使館。その中にある来賓用の豪華な応接室では現在、二人のアラブ人の若い男女が向かい合って座っていた。
男の方はサディークであった。サウジアラビアの第六王子でもある彼は当然ながらこの大使館は
「い、今……なんと仰られましたの、サディーク様?」
それとは対照的に、その女性……即ちオマーン王国第二王女にして
「あー……だから、あれだ。俺の相方としてラスベガスで開かれるパーティーに出席して、俺と
「……っ!!」
ナーディラが硬直し、それから大きく身体を震わせた。
「つ、遂に……遂にこの時がやってきたのですね!
「お、おーい、戻ってこーい」
陶酔して自分の世界に入りかけていたナーディラだが、サディークに恐る恐る声を掛けられて正気に戻る。しかし代わりにその頬をバラ色に染める。
「も、勿論、勿論ですわ。聞くまでもありませんわよね? サディーク様がお誘い下さるなら、例え世界の果てであろうとお供させて頂きますわ! どうぞ私にお情けを下さいませ」
「お、おお……そう言ってくれるのは助かるぜ、うん。じゃあ了承って事でいいんだな?」
「勿論ですわ! ……でも、あの、
テンション高く頷いたナーディラだが、一転して探るような表情になる。サディークは微妙な表情になって苦笑した。
「ああ、まあ、そうだな。俺も流石に気づいたさ。あいつが本当に想ってるのは誰かって事にな。以前までの俺ならそれでも力づくで奪ってたかもしれんが……
「……! は、はい……勿論です」
サディークに真剣な瞳で見つめられ、ナーディラが再び頬を染める。ムスリムは他人同士のキスも含めた
無論本来は婚前交渉自体も制限されているのだが、そこはサディークもナーディラも型に嵌まらない奔放な性質であったので、許嫁として所謂
ナーディラの様子を見てサディークは、無事に相方を確保できそうだと内心で胸を撫で下ろすのだった。
*****
「え……わ、私に、その……パーティーに出席して欲しいって? イリヤと一緒に?」
ホワイトハウスの地下、『RH』内の一室。そこは最近ここの住人に加わった
「う、うん、そうなんだ。ラスベガスっていう大きな街のパーティーらしいんだけど、その、どうかな?」
イリヤはぎこちなく頷く。因みに2人の時はロシア語で会話しているので訛りや片言はなく流暢だ。
「ラスベガス……て、あれよね? ギャンブルとかで有名なあのラスベガスよね?」
外国人のオリガも名前くらいは知っていた。そして
「でも、どうしてもオリガと一緒に行きたいんだ。少しでも元の明るいオリガに戻って欲しいから」
「……! イ、イリヤ……。でも、その……キ、
イリヤの真剣な表情にオリガは僅かに頬を染めつつ確認する。十代の前半とはいえイリヤもオリガも早熟であったので、お互いに接吻というものが何を意味するかは解っていた。キスという単語が出た事でイリヤも赤面してしまう。
「そ、そう、だけど……でも、オリガとなら、嫌じゃない。オリガはどうなの?」
「……っ。そ、それは……私だって勿論、嫌じゃ、ないわ。けど……」
オリガはやや躊躇いつつも首肯する。それは嘘ではなかった。そもそも恋愛感情を抜きにしてもイリヤとキスする事を嫌がる女性は極めて稀であろう。だが同時に
「オリガ……大丈夫だよ。僕が忘れさせてみせる。君の事は僕が絶対に守るから。もうあんな目には二度と遭わせないと誓うよ」
「イ、イリヤ……」
イリヤの想いを受けてオリガは感動で言葉を詰まらせる。そして遂に決心する事が出来た。
「イリヤ……分かったわ。あなたと一緒にパーティーに出る。あなたとキ……キスもする。私もいつまでもこのままでいいとは思ってないし」
彼女自身も前に進まなければいけない。そうでなければイリヤの想いを受ける資格はない。
「オリガ……ありがとう」
イリヤはホッとしたように微笑んだ。こうしてイリヤも無事
*****
同じく『RH』内のラウンジ。ここでもまた別の男女が向き合って話していた。
「ラスベガスの『砂漠の宝石』? そこが今度の任務先なのね。そしてそこで開かれるパーティーに潜入するための条件が……」
ラウンジのカウンターに頬杖を付きながら呟くのは黒人女性のルイーザだ。向かい合うようにカウンターのスツールに腰掛けた同じ黒人のアダムが重々しく頷いた。
「そうだ。男女ペアであるという事と……主催者の前で
普段は冷徹な軍人らしい物言いのアダムが僅かに言い淀む様子を見せる。ルイーザが苦笑した。
「情熱的……。つまり演技じゃなくて、本当にあなたの事を好いていて接吻に抵抗がない女性じゃないと駄目って訳ね」
「まあ……そう、なるな」
アダムは低く唸りつつ認めた。このような事は完全に彼の
「それで……私にこの話をするって事は、あなたの中で私はその
予想はしていたが、やはり聞かれた。ビアンカには
アダム
「……ああ、そうだ。少なくとも俺はそう思っている。その上で今回の任務での相方を君に頼みたい。……受けてくれるか?」
今回の条件を理解した上でルイーザに相方を頼むという事はつまり、ほぼ
アダムはカバールとの戦闘時にも感じた事のないような激しい精神的緊張を自覚した。果たしてルイーザは……
「ふぅ……誠実なあなた相手に駆け引きもなにも無いわね。私の返事は勿論OKよ。というより……
「……! ルイーザ、ありがとう。そして……今まですまなかった」
苦笑しながらも目尻を少し拭うルイーザの姿にアダムは安堵するのと同時に、今まで彼女の好意を見て見ぬ振りして躱し続けてきた事への罪悪感から謝罪するのであった。
*****
DC市内にある中華料理店。最近になってリキョウが良く行くようになった店だ。彼はその店の卓で一人の中国人女性と向き合って座っていた。
「ラ、ラスベガス……!? 私と……?」
その女性……リンファはリキョウの話を聞いて目を丸くして驚いている。まあいきなりこんな話をされれば当然の反応だろう。リキョウは真面目な顔で頷いた。
「ええ、『砂漠の宝石』というカジノホテルで開かれるパーティーに私と一緒に参加して欲しいのです。如何でしょうか? 勿論費用その他に関しては一切ご心配には及びません」
それだけでなく
「任務と言っても条件はあくまで『互いに好き合っている事』です。そうでなければ悪魔の目は誤魔化せませんので。
「……っ!」
これは実質的に告白のようなものだ。リンファが息を呑んだ。だが彼女はすぐに身を乗り出す。
「……わ、私……私も、あなたが好き! 私で良ければラスベガスに連れて行って!」
「凛風……ありがとうございます。あなたのお気持ちをはっきりと聞けてとても嬉しく思います」
リキョウは柔らかく微笑んだ。しかしここでリンファが一転して不安そうな表情となる。
「でも……任務って大統領府のものなのよね? 私、別に政府の人間じゃないし只の一刑事なんだけど、そんな秘密任務に参加しちゃって良いの? 国家機密とかそういうのは大丈夫なの?」
「ああ、その心配はご尤もです。ですが大丈夫ですよ。あなたは既にLAでも幾度も超常の存在と関わっていますし、聞けば悪魔とも戦った事があるとか? 今回の任務も悪魔との戦いの延長上ですし、私の方で上手く伝えておくので問題はありません。……というより正直あなたの噂だけが仲間内で広まってしまい、皆あなたに興味津々の様子なんですよ。そういう意味ではむしろ歓迎さえされるかも知れませんね」
より正確には
「え、そ、そうなの? それは喜んでいいのかどうか……」
リンファはちょっと困惑したような微妙な表情になるが、これはもう慣れてもらうしかないだろう。とりあえず今回の任務で無事に相方を確保できた事に、リキョウも内心で胸を撫で下ろすのであった。
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