Episode18:再訪者

 ボストンに潜むカバールの悪魔である『雷電の支配者』ハーゲンティの正体がボストン市警のコミッショナー、ギデオン・ブラードだった事を聞いたジェロームは、驚愕に目を瞠っていた。


「まさかあのギデオンがカバールだったとは。彼とは何度か面識があったが……まあ人間に見破られるようなヘマは冒さないか」


 ジェロームは自嘲気味にかぶりを振った。しかしすぐに気を取り直したように、無事生還したビアンカ達に向き直った。


「しかし今はその悪魔も滅び、そして君達もこうして無事に戻ってきた。それだけで私としては他に何も要らないくらいの満足行く結果だったよ。本当に……ありがとう。全部君達のお陰だ」


 素直に礼を言うジェローム。彼の目的は元々この地に潜むカバールの殲滅だった。その目的が果たされた今、後の事……つまり中間選挙の当選は自分で面倒を見る。その自信と自負を感じられた。


「前にも言ったようにカバールの悪魔たちは互いに勢力拡大を牽制しあっている間柄でもあるので、空白となった縄張りは当面の間は安全だ。奴らの妨害さえなければ必ず当選してみせるさ。君達の奮闘に報いるためにもね」


 ジェロームは力強く宣言した。元々有能な人物だ。それに加えて知名度も圧倒的となれば、それこそカバールの妨害さえなければ当選は確実視されている。



「まあ今回は俺も内輪・・の事で迷惑かけちまったからな。結果的に上手く行って良かったぜ」


 サディークが頭を掻きながら呟く。ナーディラやライルの件は完全にジェロームと関係のないサディークの個人的事情によるものだった。それで任務にも影響を来したとあっては、流石に傲岸不遜なサディークも若干の責任は感じているようだった。ジェロームは苦笑した。


「まあ中々のサプライズだったのは事実だけどね。しかしどうやらそちらも上手く収まったようだ。妻帯者から言わせてもらうと、女性は絶対に放置・・してはいけないよ。それは悪手だ」


「……ああ、身に沁みたぜ」


 サディークが実感の籠もった声で頷く。ナーディラの事を敬遠して放置・・し続けた結果、今回の一件に繋がったのだ。サディークも大いに自省した事だろう。ビアンカもふとユリシーズの事を頭に思い浮かべた。まあ彼との関係は一言では言い表せない複雑なものだし、放置というのとはまたちょっと事情が異なってはいたが。



 ともかくここでの仕事は終わった。選挙当日まではまだ少し日があるが、ジェロームなら何も問題はないだろう。ビアンカは手を差し出した。


「ジェローム、ありがとうございました。お陰で私もいい経験が出来たし、色々と勉強になりました。あなたが下院議長として連邦議会に登られる日を心待ちにしています」


「こちらこそ、ビアンカ。君達には本当に世話になった。必ずや期待に添えると約束する。またDCで会える事を楽しみにしているよ」


 ビアンカはジェロームと固く握手を交わした。こうしてビアンカ達はジェロームやシンシアに見送られながらボストンの地を後にするのであった。



*****



 様々な陰謀や暗闘、政治闘争を経て、波乱の中間選挙は遂に選挙当日を迎えた。国民やメディアの関心も高いウォーカー大統領が議会でイニシアチブを取れるかどうかの分水嶺ともなる選挙であり、諸外国も含めて大いに注目を集める事となった。


 ダイアン及び国民党は各地の選挙管理委員会事務局に監視員を派遣して、徹底的に集計作業を監視。どんな不正も見逃さない監視網の元、投票の集計が行われた。


 注目される選挙結果は……上院に関しては3分の1の改選だった事もあり、残念ながら過半数を奪回するには至らなかった。だが議席を減らす事なく堅持はできたので、ダイアンとしては充分な成果であった。そして下院は全435議席が一斉に改選となり、国民党はそのうちの何と242議席を獲得する快挙を成し遂げた。ダイアンが自由党とカバールから下院を取り戻した瞬間であった。


 勿論当選した下院議員の中にはジェローム・アイゼンハワーの名もあり、彼が自由党の牙城の一つであったマサチューセッツ州を崩してくれた事が今回の大幅議席増に繋がった事は間違いなかった。その功績をもってジェロームは約束されていた通り、大統領、副大統領に次ぐ連邦議会ナンバー3である下院議長のポストに就任するのであった。



*****



「皆、今回は本当によくやってくれたわ。お陰で自由党、ひいてはカバールから下院を奪回できたわ。カバールの連中、今頃地団駄踏んで悔しがっている事でしょうね。いえ、もしかしたら醜い責任の擦り付け合いの真っ最中かも!」


 ホワイトハウスの中央、メインハウス『エグゼクティブ・レジデンス』の一角にある晩餐用のホールではこの夜、今回の選挙結果を受けてダイアン自身による内輪・・での慰労パーティーが催されていた。


 会場に設置されたテーブル席には既に今夜の特別招待客・・・・・達が勢揃いしていた。今回の勝利の立役者となった面々である。


「政策の予算を決定する権限は下院にあるからね! これで君は自身の政策を格段にやりやすくなるし、逆に自由党は私達の邪魔をしにくくなったのは間違いない。君の勝利だよ、ダイアン!」


 主役であるダイアンの音頭を受けて、副大統領のルドルフ・モーガンも上機嫌でグラスを掲げる。彼もダイアンの代理として、彼女が回りきれない選挙区において遊説するなど今回の勝利に貢献してくれた。彼の言う通り、下院を奪還できた事によってダイアンの政策面での影響も非常に大きい。


 会場には他にも国防長官のケヴィン・ブラックウェルを始め、国務長官のラファイエット・ヴァン・オースティンなどビアンカがまだ面識のなかった閣僚も大勢招待されており、彼らは『ファーストレディ』たるビアンカに興味がある様子で、彼女はしばらくの間挨拶で忙しくしていた。



「け、まさかこの俺がホワイトハウスでの晩餐会に出席する事になるとはな。外交で訪問してる親父と兄貴以外じゃうちの国で初めてじゃねぇか?」


 当然ながらボストンでジェロームをカバールの脅威から守り、当選に導いた立役者であるビアンカとサディークも出席していた。それだけでなく他の選挙区に派遣されていたアダムやリキョウらの姿も全員揃っていた。


 サディークはムスリムで酒や肉(豚肉)を嗜まなかったが、パーティは立食形式で好きな飲み物や食べ物を選んで取れるため、特に問題は生じていない様子だった。ビアンカも招待された以上は遠慮なく恩恵に与ってやろうと、普段滅多に飲食できないような料理の数々を味わう。いつも過酷な戦いに身を置いているのだ。偶にはこんなご褒美があってもよい。そう思う事にした。


「ビアンカ、楽しんでるかしら?」


「……! お母様。ええ、そうですね。こんな高そうな料理食べたのは生まれて初めてかもしれません」


 他の招待客と歓談していたダイアンがこちらに近づいてきた。その後ろにはラミラが影のように随伴している。ビアンカもリキョウやイリヤ達と話していたのを中断して母親に向き直る。


「それは良かったわ。あなた達は間違いなく今回の件での一番の立役者だもの。私からのせめてもの御礼と慰労だと思って頂戴」


 ダイアンは上機嫌な様子で頷いた。ジェロームをカバールの脅威から守りきった事はそれだけ大きな意義があったのだ。



「へっ、ようやく俺様のありがたみが分かったか? まあ今後も俺に任せときゃカバールなんざ一匹残らず殲滅してやるからよ。どっかの役立たず共とは違ってな!」


 曲がりなりにも一国の元首から直接感謝されて満更でもない様子のサディークが、普段から傲然と逸らしている胸を更に逸らして調子に乗る。近くにいたユリシーズがピクッと眉を上げる。因みに大統領の護衛はラミラに任せてあるので、彼は一応招待客の1人という扱いだ。


「ほう、随分と大きく出たな? 個人的なゴタゴタ・・・・・・・・にビアンカを巻き込んで、無駄な危険に晒した奴は言う事が違うな」


「ああ?」


 サディークが途端に胡乱な目つきになってユリシーズを睨みつける。


「その件に関しちゃもう解決・・したんだよ。ビアンカを危ない目に遭わした事については詫びるが、結果的に全部上手く行ったんだ。勿論俺様の実力あっての結果だ。てめぇにケチつけられる謂れはねぇぞ」


 確かにサディークの個人的事情に巻き込まれたのは事実だが、反面彼の言うようにそれらを実力で解決したのもまたサディーク自身であった。ナーディラとライルがまさかあんなタイミングで渡米してくるなど誰にも予測できるはずがない。


 だがユリシーズはサディークの正論を受けても、皮肉げに、いや少し面白そう・・・・に口の端を吊り上げた。そしてダイアンの方に視線を向ける。



「……解決した、か。だそうですよ、ボス? 宴もたけなわですし、そろそろ頃合い・・・じゃないですかね」


「はぁ……そうね。先延ばしにしても仕方ないわね」


 ユリシーズの言葉を受けてダイアンが頭痛を堪えるかのような仕草でため息をつく。そして後ろに控えているラミラに何事か耳打ちすると、彼女は頷いてどこかに立ち去ってしまう。護衛の任務は丁度ユリシーズが近くにいるから大丈夫なようだ。


「ああん? 何の話だ?」


 当然ながら眉を上げて訝しげな表情になるサディーク。ビアンカも勿論彼らが何を言っているのか分からない。そんな彼らの様子を見てユリシーズが人の悪そうな笑みを浮かべる。


「まあこの後すぐに分かるさ。しかしまあ……誰かさんの時とやる事が一緒だな。確かにお互い気が合いそうだ」


「ああ? てめぇ、さっきからなに勿体ぶってやがる。何だか知らねぇが俺様にサプライズなんざ通じねぇぞ?」


 答える気のないユリシーズにサディークが剣呑な様子で目を細める。だが幸か不幸か、その緊張状態は長くは続かなかった。



「大統領、マスター、お連れ致しました」


 さきほど足早に退室したはずのラミラが戻ってきたのだ。そして彼女は1人ではなく……もう1人別の人物・・・・を伴っていた。


「な…………」


 つい先程どんなサプライズも通用しないと豪語していたサディークは、その人物を見て驚愕に目を見開いて硬直した。その姿にユリシーズが堪えきれないという風に軽く吹き出す。だがビアンカは驚きはしたもののすぐに納得した。何故なら……以前にその予感・・があったから。


「あー……もう知ってる人も何人かいると思うけど紹介するわね。このたび特別外交員・・・・・としてDCに赴任する事になった――」


 ダイアンの紹介を引き継ぐように、件の人物がその場で正式なムスリム女性・・・・・・の礼を取る。


「――サディーク様とビアンカはまたお会いしましたわね。そしてその他の皆様は初めまして。オマーン王国・・・・・・の第二王女、ナーディラ・ビンティ・アドナーン・アール=サイードと申します。どうぞお見知り置き下さいませ」 


 その人物……ナーディラはそう言って、ビアンカの方に挑戦的な視線を投げ掛けるのであった……



To be next location……

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