Episode17:一件落着?

 ハーゲンティが操る雷球群と一進一退の攻防を繰り広げるサディークだが、その時ビアンカとナーディラが襲ってきたビブロスを自力で撃退する事に成功した。


『何だと……!?』


「サディーク様! 私、やりましたわ!」

「私達なら大丈夫よ! 全力で戦って!」


 ハーゲンティの驚愕に被せるように女達の勝鬨が轟く。サディークは楽しくて仕方ないという風に口の端を吊り上げた。


「はっ! 全く、大した女……いや、女達・・だぜ!」


 ビアンカ達の事が無ければ目の前の悪魔に集中できる。それに加えて……


「ふぅ……お待たせしました。もうひと踏ん張りくらいは出来そうですよ」


 ライルも復帰してきた。あれだけの雷球をまともに受けてこの短時間の間に持ち直すとは、『ペルシア聖戦士団』最硬・・の名は伊達ではない。


「これで役者は揃ったなぁ! もう俺様を阻めるものはねぇ! こっからが本番だぜ!」


 サディークは改めて霊力を放出し、二振りの曲刀を構えて戦闘態勢となる。言葉通りここからが本領発揮だ。



『ぬぅぅぅ!! どいつもこいつも、忌々しい! こうなれば我が全力を以って貴様ら纏めて消し炭にしてやるわ!』


 憤怒に唸ったハーゲンティが更に魔力を高めると、その背中の角からこれまで以上の数の雷球群が出現した。それだけではない。奴の頭に生える二本の角からも放電現象が発生し、更に奴の両手からもそれぞれ雷の束が長い紐状に伸びる。それはさながら【雷の鞭サンダーウィップ】と言った所か。


 全力でというのはハッタリではなかったらしい。だがそれを見てもサディークの心に怖れは無い。むしろ彼は好戦的に喜色を浮かべる。


「はっ! 面白ぇ! そんな隠し玉があるなら最初からやってろや!」


「殿下、無茶言わないで下さいよ!」


 一切躊躇いなく突進するサディークに追随しつつ、ライルが引き攣った表情で突っ込みを入れる。


『死ねぃ、ゴミクズ共が!』


 ハーゲンティがその両手の雷鞭を振り回してくる。同時に背中から発生した雷球群も2人を取り囲むように展開する。


「ライル!」


「はいはい、解ってますよ!!」


 ライルは泣きそうな声ながらも率先して前に進み出る。そんな彼に二本の雷鞭が唸りを上げて襲い来る。ライルもそれに応戦するように二振りの曲刀を振りかざす。雷鞭はライルの曲刀に巻き付いて、そこから強烈な電流を直接彼の身体に流してくる。


「うごぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」


 ライルが獣のような絶叫を上げる。防御力に優れた彼がここまでダメージを隠せない事からも、その雷鞭の威力の高さが窺える。恐らく常人なら一瞬で消し炭、サディークであってすらまともに喰らったら一瞬で大ダメージを負っていた可能性がある。更に追い打ちをかけるように……


『死にぞこないめ! 今度こそ原子の塵となれぃ!』


 周囲を漂っていた雷球群の一部が死に体のライルに向かって殺到する。今の彼がこの雷球のラッシュを喰らったら今度こそ限界を迎えて死にかねない。サディークは咄嗟に雷球への対処を優先しようとするが……


「殿下、らしくありませんよ! この場であなたがやるべき事は一つでしょう!?」


「……っ!」


 ライルはサディークの動きを制するように、満身創痍の身体で何と更に前進した。そして彼に向かって殺到してくる雷球群を全て一手に引き受けた!


「ぬぅぅぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」


「ライル!? てめぇ……」


 全身を激烈なスパークに包まれ凄絶な叫びを上げるライルの姿に、サディークは思わず瞠目するが……


「今です、よ、殿下ぁぁっ!!!」


「っ!!」


 文字通り血を吐くような叫びにサディークは己を取り戻した。確かに今の自分はらしく・・・なかった。こと戦闘において彼は常に相手を食い破る側であるべきだった。


「へ……てめぇに諭されるとはなぁ。後は俺様に任せな!」


 サディークは一切の雑念を振り払って、ただ真っ直ぐに目の前の敵に向かって突き進む。



『おのれ、下等な人間風情がぁ!!』


 ハーゲンティはサディークに向けて残っている雷球群を全て繰り出してくる。それと同時に帯電していた頭の二本角から極太の電撃を発射してきた。


 だが雷球群はその大半をライルが引き受けてくれたので、残っている数ならサディークであれば躱しながら進むのは難しくない。そこに頭の角から放たれた特大の電撃が迫る。


 もう躱す余裕はないし、足が止まればハーゲンティに態勢を立て直す隙を与えてしまう。サディークは咄嗟に曲刀をクロスさせて、迫りくる電撃を正面から迎え撃った!


『何ぃ……!?』


「かぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」


 サディークもまた野獣のような咆哮を上げ全身を激しいスパークに包みながら、しかしそれでも一歩も退かずに、それどころか徐々に距離を詰めていく。鬼気迫る姿にハーゲンティがその鹿の顔を驚愕に歪める。


「終わり……だァァァッ!!」


 そして電撃との押し合いを制し遂にハーゲンティの元まで迫ったサディークは、溜めに溜めていた最後の一撃を振り抜く。交叉させていた曲刀を解き放つように両側へと斬り開く。膨大な霊力を内包した渾身の一撃は、狙い過たずハーゲンティの胴体を×字に斬り裂いた!


『ぐぶあぁぁっ!! この、私が……何故、こんな下賤の……』


 それがハーゲンティの断末魔となった。胴体を強大な霊力によって両断された悪魔は、一溜まりもなくその身体を爆ぜさせて、自らが原子の塵となって消滅していった。





「や、やった……!」


「流石はサディーク様ですわ! あんな卑劣な魔物など物の数に入りませんわ!」


 サディークが見事ハーゲンティを討ち取った光景を見てビアンカとナーディラは喝采を上げる。これは自分達の命が助かったのと同時に、ジェロームからの依頼を達成し任務に成功した事も意味している。


 二重の意味でビアンカはホッと胸を撫で下ろしていた。


「サディーク様! サディーク様ァァ!!」


「あ、ちょっと……!?」


 感極まった叫び声をあげてサディークに突進していくナーディラを見てビアンカは一瞬慌てるが、よく考えると慌てる理由はないはずだった。サディークに対して最大限の感謝と頼もしさを感じているのは事実であったが、それ以外・・・・の感情を抱く事は出来なかった。


 ならばサディークの気持ちに応える受け皿・・・としてナーディラの存在はむしろありがたいとさえ言えたかも知れない。


 そしてサディークは……突進してくるナーディラを見ても迷惑そうな顔をしたり、ましてや身を躱したりなど素振りさえ見せず、彼女の身体を受け止めて抱きかかえた。


「サ、サディーク様! よ、良かった! 私……私!」


「ああ……ナーディラ。今まで・・・悪かったな。無事で本当に良かった。それに、よく自力で敵を撃退できたな。見事だったぜ」


「……ッ!!」


 サディークの反応とその言葉にむしろナーディラ自身が一番驚いて目を瞠った。しかし徐々に理解が追い付いてくると、その眼から大粒の涙が零れ落ちやがて止め処なく流れ落ちる。それは勿論悲しみではなく歓喜の涙であった。


「ああ、サディーク様! お、お慕いしております! 誰よりも……!!」


 そのままサディークの胸に顔を埋めて泣き出してしまうナーディラ。これはしばらく収まりそうになかった。


「サディーク……本当にありがとう。助かったわ」


「へっ……お前も相変わらずだな。だが無事で何よりだったぜ。尤も……誰かさん・・・・のヘマが無きゃそもそもお前が攫われる事も無かったんだがな」


 ビアンカの感謝と労いにサディークは口の端を吊り上げて応える。以前までの彼なら感謝だけでは済まず、対価・・も要求してきたはずだ。やはりサディークの中でも何らかの心境の変化・・・・・が起こっているようだった。



 しかしそれはそれとして、気になる事は他にもあった。ビアンカの目もライル・・・の方に向いた。彼はハーゲンティの攻撃を一手に引き受けただけあって生きているのが不思議なくらいの、半ば焼け焦げた姿で蹲って呻いていた。憐れな姿だが彼のした事を思うと正直同情する気にはなれなかった。


「一体どうなってるの? 何故彼がこの場に?」


 しかし一応ナーディラを気にして、少し言葉を濁しながら尋ねるビアンカ。サディークは肩を竦めた。


「最近は俺もそこまで自惚れちゃいない。カバールのクソ野郎からお前らを助ける為には俺一人じゃ確実とは言い切れなかったからな。どうしてもアイツの力が必要だったのさ」


 彼の言葉を要約すると、最初は裏切ったライルと矛を交えたものの中々決着が付かず、ライルを粛正するよりもビアンカとナーディラを確実に、そして迅速に助ける事を優先したサディークがライルと裏取引・・・したという事のようだった。


 その取引内容とは……ライルがこのアメリカで戦死・・したという事にして口裏を合わせ、彼の亡命・・を黙認するという物であった。



「ぼ、亡命ですって? 何の話ですか、ライル?」


 その頃にはようやく泣き止んでいたナーディラが目を丸くする。辛うじて喋れるくらいには回復していたライルが皮肉気に口を歪める。


「……そのままの、意味ですよ、お嬢様。私に自由・・を、下さい。私をアドナーン陛下とオマーン王家から解放・・、して欲しいのです」


「……っ!!」


 解放という言葉にナーディラが目を瞠る。ビアンカにも凡その事情が飲み込めた。ライルが悪魔と手を結んだのはこのため・・・・だったのだ。生まれた時から自由民主主義国家であるアメリカ育ちのビアンカには、そんな事のためだけに、と軽々しく言う事は出来なかった。


 ビアンカには想像もできない苦悩や葛藤が彼にはあったのだろう。


「ナーディラ。俺達のような人間の立場は、このライルのような奴等の献身や犠牲の上に成り立ってる代物だ。俺達も王族って立場に胡坐を掻くんじゃなく、もっと広い視野で物事を見る必要がある。このライルはお前の……いや、俺達にとっての教訓・・だと考えろ」


「サ、サディーク様……」


 ようやく事情を理解したナーディラが声を震わせる。自分達の存在がライルに悪魔と取引するまでの精神状態に追い詰めていたのだ。彼は自分達を裏切って悪魔に差し出したが、反面やはり彼の協力が無ければ悪魔を斃す事は出来なかった。


「そ、そう……ですわね。分かりました。私もライルの亡命を黙認しますわ。私が王族である事はやめられませんし、その事で彼に詫びる気もありませんが、それがせめてもの妥協ですわ」


「ああ、それで充分だ。よく認められたな、ナーディラ」


 サディークは満足げに笑ってナーディラの頭を撫でた。それから一転して剣呑な目をライルに向けた。


「……つー訳だ。もうてめぇはオマーン政府とも『ペルシア聖戦士団』とも何の関わりもねぇ与太者だ。俺の……俺達の気が変わらねぇ内にさっさと消え失せろ。その傷の治療も含めて後は全部自己責任だ。てめぇの面倒はてめぇで見ろや」


「ふ、ふふ……ええ、言われるまでもありません。私もそれで充分ですよ。では……お嬢様、殿下、そして『エンジェルハート』。もう二度と会う事も無いでしょうが……どうかお健やかに」


 ライルはそう告げるとゆっくりと身体を起こし、ビアンカ達が見守る中ふらふらと覚束ない足取りでボストンの夜の闇へと消えていった。これでライルの件は片付いた。




「ふぅ……これで全部終わったな。いや、まだあるか。ナーディラ、これで分かっただろ。俺達が戦ってる相手は強大だ。俺は奴等を殲滅するまで国に帰る気はねぇ。お前は大人しくオマーンに戻ってろ。いつか必ず帰ると約束するからよ」


 サディークが彼にしては珍しい諭すような口調でナーディラに説得を試みる。だがナーディラの性格から考えてそうそう簡単に引き下がるとは……


「……分かりましたわ。サディーク様のお気持ちも確かめられましたし、私、一度・・国に帰ります」


「お? お、おお、そうか。分かってくれたか! 偉いぞ、ナーディラ!」


 にっこりと微笑んでそう答えるナーディラに、サディークはやや拍子抜けしたように、そして露骨にホッとしたように笑って彼女の頭を撫でた。


 だが……女心の機微に疎そうなサディークは気付かなかったようだが、ビアンカには分かってしまった。ナーディラにこのまま大人しく引き下がる気はないという事が。


 そのナーディラがこちらを振り向いた。その目には挑戦的な光が宿っているように見えた。


「あなたもごきげんよう、ビアンカ。サディーク様の事は別として、あなたを1人の女性として尊敬しますわ。そして……私の目標・・にもなりました。私は必ず女としてあなたを越えてみせますわ!」


「……! それは……ええ、楽しみにしてるわ、ナーディラ・・・・・


 ビアンカが敢えて手を差し出すと、ナーディラもその手を握り返した。やはりその目には挑戦的な光が宿ったままだった。その光景を見たサディークはそんな女達の水面下に気付かず、安心したように笑いながら息を吐くのだった……



  


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