Episode16:反撃と自衛
「ラ、ライル!? なぜ、あなたが……」
ビアンカは唖然として、突如現れたライルを見上げる。自分達を裏切って悪魔に売り渡した男。そのはずであった。
「ライル!? 今まで何をやっていたんですの、この役立たず! 早くサディーク様を助けてこの悪魔を討伐しなさい!」
一方でライルに裏切られたという自覚のないナーディラは目を吊り上げて命令する。ライルは彼女達の反応を受けて苦笑しながら肩をすくめた。
「まあ……今の私は誰に何を言われても仕方のない立場ですがね」
そのままかなりの高さがあるはずの梁の上から危なげなく飛び降りた。
『……どういうつもりかな? まあ所詮は卑しいアラブ人風情だったという事か。私の邪魔をするというのなら君もまとめて死んでもらおうか』
一方でハーゲンティもライルが
ライルもサディークと同じように傷だらけだし、ハーゲンティは全く戦力を損耗していないからだ。
「はっ! 卑しいアラブ人で悪かったな! だが生憎今度はそう上手くは行かねぇと思うぜ!?」
だがサディークはそんな事はお構いなしに絶対の自信を滲ませて口の端を吊り上げると、全く恐れ気もなく一気呵成に攻め掛かる。
『馬鹿め! 何度やろうが同じ事だ!』
ハーゲンティの意志に従って複数の雷球が一斉に彼に襲いかかる。確かにこのままでは先程までの繰り返しだ。だが……
「ライル! てめぇの
「はいはい、結局そういう役処ですよね!」
ライルは苦笑しつつサディークを庇うように前に飛び出す。どう考えても無茶だ。サディークはライルを囮にして攻撃を仕掛けるつもりだろうか。一瞬そう思ったビアンカだが、直後に目を瞠った。
ライルの身体が少し赤みがかったオーラのようなものに覆われたのだ。雷球はライルに衝突するごとに激しいスパークを撒き散らすが、ライルは大量の雷球に群がられながらも耐えきる事に成功していた。
『何だと!?』
「ライルは
何故かナーディラが誇らしげに胸を張る。同じ聖戦士でも得意としている分野に違いがあるようで、ライルは防御能力特化型という事のようだ。だが流石にあれだけの数の雷球全てには耐えきれず、その顔を苦痛に歪めて膝を着く。
「はっ! 上出来だ!」
しかしサディークが接近する時間は稼げた。彼は今までの鬱憤を晴らすかのように猛然と悪魔に斬りかかる。
『ぬぅ、貴様……!』
一方でハーゲンティは近接戦闘能力はそれほど高くないのか、大慌てで後ろに下がりながら掌から太い電撃を放ってくる。直撃したら一巻の終わりと思える電撃をしかしサディークは流石の戦闘センスで回避しつつ、速度を落とさずに懐に飛び込む。
「おお……りゃぁぁっ!!」
『……ッ!!』
サディークも負傷によって斬撃スピードが落ちていたのか、ハーゲンティに紙一重で躱されてしまう。しかし当然そのまま追撃しようとするサディークだが、ハーゲンティも再び背中の角から雷球を作り出して牽制してくる。そしてそれだけでなく……
『くそ! 女どもを捕らえろ! 抵抗するなら腕の一、二本斬り落として構わん!』
「何、てめぇ……!?」
サディークが目を剥いた。ハーゲンティの呼び声に応えて、工場の屋根を突き破って2体のビブロスが飛び込んできた。奴等はサディーク達に目もくれずにビアンカ達の方にまっすぐ向かってくる。当然サディークは咄嗟に彼女達の方に駆けつけようとするが……
『馬鹿め! 行かせるはずがあるまい!?』
「……ちっ!」
大量の雷球が彼を阻む。ライルもダメージが大きくすぐには復帰できないようだ。だったらやる事は一つだ。それにビアンカ自身、いい加減ただ攫われて足手まといになっている状況に嫌気が差していた。
「く、来る! こっちへ来ますわ! ど、どうしましょう! 早く逃げないと……!」
「落ち着いて、ナーディラさん! あいつらは下級悪魔よ。私達でも戦えるわ!」
「え……!?」
ナーディラは目を見開いた。思ってもみなかったらしい。
「あなただって聖戦士なんでしょう? これ以上サディークの足手まといになるつもりなの!?」
「……ッ!!」
その言葉の効果は覿面だった。ナーディラは闘志に双眸を燃え立たせると、持っていた曲刀を構えた。
「……そうですわ。私は……私はあの方の隣に並び立ちたい! その為に戦士の道を志したのでしたわ!」
向かってくるビブロスを睨み据えて宣言するナーディラ。これならとりあえず大丈夫だろう。ビアンカも他人の面倒まで見ている余裕はない。
「来るわっ!」
ビブロスのうち一体がこちらに向かってきた。もう一体はナーディラの方に向かう。ビブロスは高所から火球を撃ち込んでくるが、来ると分かっていればビアンカでも躱すのは難しくない。
「ふっ!!」
火球を躱しつつ、上空の敵に向かって霊拳波動を撃ち込む。ビブロス相手に遠距離攻撃手段があると無いのとでは雲泥の差だ。見えない霊力の拳に打たれたビブロスは体勢を崩して地面に落下する。ビアンカは敵に体勢を立て直す暇を与えずに突っ込む。
しかしビブロスは不安定な体勢から今度は電撃を放ってくる。放電はスピードが速く、突っ込んでいる最中という事もあって回避が間に合わない。ビアンカは咄嗟に両腕をクロスしてビブロスの電撃を正面から受け止めた!
「ぐ……うぅぅぅぅっ!!!」
ハーゲンティのそれとは比較にならないが、それでも人間を感電死させるには充分な電圧がビアンカの身体を揺さぶる。しかしアルマンのチョーカーはそれをテーザーガンを食らったくらいの衝撃まで軽減する事に成功した。
一瞬意識が飛びかけるが根性で耐え抜く。そして悲鳴を上げる身体を強引に前に進ませて、ビブロスの懐に肉薄した。奴は電撃を放った直後で硬直している。チャンスは今しかない。
「うおぉぉぉぉぉぉっ!!」
気合いの叫びと共に、奴の顔面に全力のストレートを叩き込んだ。
『……!!』
霊力グローブの効果で悪魔が思い切り仰け反った。そこに間髪を入れず体ごと旋回させるような勢いで、ハイキックを蹴り込む。シューズからも霊力が発散され、直撃したビブロスの首の骨を蹴り砕いた。奴の首がおかしな方向に折れ曲がり、地面に倒れ込むとそのまま消滅していった。
「ふぅぅぅ……! やった……私、やったわ!」
自分だけで本気のビブロスと戦い撃退したのだ。ビアンカは身体の痛みも忘れて勝利の高揚に歓喜の叫びを上げるのだった。
(ま、負けられません! サディーク様の足手まといになるのも……そして
ナーディラは内心で激しく緊張しながらも、ここで絶対に退けない理由を思い浮かべて踏み止まる。翼の生えた怪物――ビブロスが、上空から連続して火球を撃ち込んでくる。そこまで速いスピードではなく、常人ならともかく戦士としての修行を積んだ自分なら躱せる範囲だ。
降ってくる火球を捌いていると、埒が明かないと思ったのかビブロスは地面に降り立ち、その手に剣のような武器を作り出して直接斬りかかってきた。
かなりのスピードではあるものの、こちらも何とか対処できない速さではない。ナーディラは咄嗟にシャムシールを掲げて敵の剣撃を受け止めた。
「くっ……!?」
そして予想以上の強い衝撃に驚いて体勢を崩してしまう。スピードはともかくパワーでは不利だ。ビブロスが追撃してくるのをナーディラは素早く横転して避ける。そのまま勢いを殺さずに立ち上がりつつ、曲刀を薙ぎ払って牽制する。
(正面から打ち合うのは不利ですわね。でも、スピードなら負けていないようですわ!)
ナーディラの中で戦術が固まった。奴はこちらを舐めて接近戦というスタイルを選んだ。できれば奴がもう一度「上空に逃げる」という選択肢を浮かべる前に決着を付けたい。
「ふっ!」
ナーディラは自分から大胆に踏み込む。当然迎撃してくるビブロス。しかし彼女は正面から打ち合う愚を犯さずに、敵の斬撃を捌くようにしてカウンター気味に敵の脚に斬りつける。
『ギェッ!?』
ビブロスが怯んだ。その隙にナーディラは更に追撃で斬りつける。ビブロスも反撃に剣を振り回してくるが、スピードは彼女の方が上なので冷静になりさえすれば躱すのは難しくない。敵の攻撃を躱しながら反撃で更に傷を与えていく。
やがて接近戦では不利だとようやく悟ったのか、ビブロスは翼をはためかせて飛び上がろうとする。だが……
「させませんわ!!」
上空に逃げられてしまうとナーディラでは手が出せないが、反面奴が飛び立とうとする瞬間は大きな隙だ。その瞬間を待っていたナーディラは全速力で踏み込んだ。そして離陸のために反応が間に合わなかったビブロスの首を一刀の元に斬り落した!
首と胴が生き別れになった悪魔はすぐに消滅してしまった。どうやら倒す事が出来たようだ。ナーディラは緊張が解けて大きく息を吐いた。
「や、やりましたわ……! サディーク様……私、やりましたわ!!」
興奮と高揚のあまり、奇しくもビアンカと同じような喝采をあげてしまうナーディラであった。
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