Episode8:もう1人の聖戦士
「……!」
サディークが殺気を感知して身を躱す。その直後、彼のいた場所をタブラブルグの鉤爪が薙いだ。
『図ニ乗リオッテ! 貴様、本当ニ人間カッ!?』
「はっ! てめぇらよりはよっぽど人間だよ! 命が惜しけりゃ尻尾巻いてご主人様の所に逃げ帰りな!」
『抜カセ! 薄汚イ傭兵ガッ!!』
タブラブルグが残っている下級悪魔どもと襲い掛かってくる。一対一なら中級悪魔が相手でも勝てるサディークだが、下級悪魔の援護付きとなるとどうだろうか。
タブラブルグが強烈な電撃を放ってくる。サディークが霊刀を交叉してそれを防ぐと、その隙をついて下級悪魔が殺到してくる。サディークは当然向かってくる下級悪魔を次々と斬り捨てる。しかしそうなると今度はタブラブルグに隙を晒す事になり、そこに巨大な火球が撃ち込まれる。
「ち……雑魚共が!」
サディークは忌々しそうに舌打ちすると、大きく跳び退って火球を躱す。一旦悪魔達と距離が開く。
『逃ガスナ! 一気ニ圧シ潰セ!!』
タブラブルグの指示で下級悪魔達が即座に追撃してくる。タブラブルグ自身も次の遠距離攻撃の準備を始めている。このままでは先程の攻防の繰り返しだ。だが……
「へ、上手い具合に集まってくれたなぁ。さあ、大掃除の時間だぜ!」
サディークの霊力が爆発的に増大し、二振りの霊刀が強烈な光を帯びた。そして彼はその二刀を目にも留まらぬ速度で煌めかせる。
「おおぉぉぉぉぉぉっ!!!」
彼が刀を振り抜く度に、霊力の刃が射出される。それを際限なく連続で射出し続ける彼の得意技『霊空連刃』だ。サディークが所属する『ペルシア聖戦士団』でもこの技を使える者はごく僅からしい。
一つでも悪魔を両断する霊力の刃が無数に射出される離れ技。勿論その暴威に曝された悪魔共は一溜まりもない。殺到してきていた下級悪魔達は一体残らず両断されて消滅していく。
『馬鹿ナ!? コレ程トハ……!!』
タブラブルグも遠距離攻撃を放とうとしていた状態であったために咄嗟に回避できず、下級悪魔どもと纏めて両断されて消滅していった。
他に敵の魔力は感知できない。サディークはそれを確認して刀を収めた。それと同時に周囲を覆っていた『結界』が解除される。
「ふぅ……終わったか。そっちは無事だな?」
「ええ、お陰様でね。相変わらず凄い力ね」
ビアンカが答える。あれだけの数の悪魔に襲われたというのに、自分もジェロームも被害は全く無かった。サディークは涼しい顔をしているが、これは本来信じられないような偉業だ。
「へ、俺の強さに惚れ直したか?」
「え、ええ、そうかもね。ありがとう、サディーク」
実際に自分では到底防げないような襲撃を撃退したサディークに対して素気無い態度を取るのも気が引けたので、ビアンカは曖昧に笑いながら彼を労う。
「いやはや……話だけは聞いていたが、実際に見るのとでは大違いだな。その『ペルシア聖戦士団』というのは皆、君のような戦士ばかりなのかい?」
「は、まさかな! 俺様のような天才が何人もいてたまるか。俺はその辺の有象無象とは格が違うんだよ」
ジェロームが感心と興奮が入り混じったような口調で問い掛けると、サディークも満更では無さそうにふんぞり返って腕を組んだ。上手い事話題が逸れてビアンカはホッとした。
「いや、それなら確かに私は運がいいな。さあ、もう敵はいないようだから私の家まで行こう。今夜は妻にとっておきの料理をご馳走させるよ。ああ勿論、豚肉は使わない料理だから安心してくれ」
ジェロームは上機嫌に笑う。ビアンカの『天使の心臓』の効果と、護衛としてのサディークの強さが想定以上だった事が嬉しいらしい。どのみち護衛期間中は彼の家に泊まり込む事になっているので問題ないだろう。
ビアンカ達は遠慮なくジェロームの家でご馳走になる事にした。
一口に選挙期間と言っても当然数日で終わるような物ではない。特に国会議員の選挙ともなればかなり長いスパンで選挙活動が行われる事も珍しくない。ジェロームは元々の知名度が高いので、選挙活動はこれでも大分短い方だ。
彼は自分で言っていたようにネットやSNSなどの次世代媒体を巧みに利用した選挙活動を展開する一方、やはり投票するのは地元の有権者たちなので、それらとの折衝も欠かさず忙しく活動していた。
その活動中ビアンカの『天使の心臓』に釣られたと思しき悪魔による襲撃は何度かあったものの、いずれもサディークによって悉く撃退されていた。
今までのケースからして『天使の心臓』を捕捉したカバールは手下の中級悪魔などを何度か差し向けてきて、それでは埒が明かないと判断すると自ら乗り出してくるというパターンが殆どであった。
そのパターンに当てはめるなら、この地に潜むカバールは相当痺れを切らし始めているはずだった。このペースなら本体を釣り出せるのもそう遠くない時間の問題と思われた。そんな状況のある夜……
「け……凝りもせずにまたお出ましたぁ、連中も必死だなぁ」
事務所からの帰り道。再び進路上に立ち塞がる悪魔の集団を見てサディークが鼻を鳴らす。既に何度か撃退している事もあって皆いい加減に慣れてきていた。
「またか。まだカバールの構成員は出てこないのか。こうなったらそいつとの根競べだな」
ジェロームも若干うんざりしたような様子で溜息をついた。今回の敵は今までに比べて大分慎重な性格をしているらしい。とはいえ目の前に現れて襲ってくる連中を撃退しない訳にもいかない。サディークは再び車から降りて迎撃態勢を取る。
「おら、かかってこいや雑魚共!」
『今度コソ奴等ヲ殺セ! ソシテ『エンジェルハート』ヲ主様ノ元へ持チ帰ルノダ!』
中級悪魔の指示で下級悪魔共が一斉に襲い掛かってくるが、サディークはいつもの如く超人的な戦闘能力を発揮して敵を寄せ付けない。彼が刀を振るう毎に敵が両断されていく。
「おら! てめぇもさっさと死ねや!」
サディークはまだ人間の姿を保っていた中級悪魔にも霊刀で斬り付ける。すると奴の身体が停滞なく両断されるが、それは決着ではなかった。
「……!」
敵の切断された断面から大量の
肉片は更に肥大を重ねて巨大な肉塊を形成すると、そこから大量の触手が飛び出してウネウネと蠢く。
「な、何だね、あれは……?」
「あれは……確かアラボラス!? 気を付けて! そいつの再生能力は厄介よ!」
かつてシアトルでも見た中級悪魔だ。ビアンカは車の中から警告する。サディークはそれを受けて不敵に笑う。
「へ、そいつは格好のサンドバッグだなぁ」
アラボラスが繰り出してくる大量の触手を斬り飛ばしながら、サディークは敵の本体に斬り付ける。しかし斬ってもその傍からすぐに再生されてしまう。これは如何にサディークでも多少の時間は掛かりそうだ。ビアンカがそう判断した時……
「……っ!」
ビアンカはサディークが戦っているのとは
「奴等、
ジェロームも別動隊に気付いて顔を歪めた。サディークを排除できないなら、彼を無視して本命だけを狙う。考えてみたら当然の作戦だ。
「く……ジェローム、ここから出ないで下さい!」
「お、おい、ビアンカ!? まさか君が戦うのか!? 無茶だ!」
ジェロームは驚愕するが、無茶でもなんでもやるしかない。ビアンカは覚悟を決めて車を出た。一応各種霊具は全て装備している状態で万全だ。だが下級悪魔一体ならともかく、複数体、そして更に中級悪魔までいる状態ではビアンカにはどう足掻いても勝ち目はない。
中級悪魔は見るからに固そうな甲殻に覆われた蟹と人間が合わさったような怪物だ。あれはボルチモアで見た事があるルルゲーデという中級悪魔だったはずだ。いずれにせよビアンカが勝てる相手ではない。
(サディーク……お願い、急いで!)
なので彼女に出来る事は、サディークがアラボラスを倒してこちらに駆け付けてくるまでの間持ち堪える事だ。それすら出来るか怪しかったが。
悪魔達は容赦なく襲い掛かってくる。ビアンカは覚悟を決めてそれを迎撃しようと身構えて……
――霊力を帯びた一陣の疾風が舞った。
それは先頭にいた数体の下級悪魔をまとめて両断してしまう。霊刀による斬撃。だがサディークはまだアラボラスと戦っている。
「おやおや、魔の痕跡を追って来てみれば……色々と興味深い状況ですねぇ」
「え……?」
いつの間にそこに現れたのか。気付くとビアンカと悪魔達の間に、霊力を帯びた曲刀を携えたアラブ系の男が佇んでいた。サディークではない。だがその男から感じる霊力はサディークのそれと
「だ、誰……?」
「……っ! てめぇは……
当然ビアンカ達の状況には気付いていて、アラボラスをやり過ごしながらこちらに駆け付けようとしていたサディークが、その男……ライルの姿を見て驚愕に目を瞠る。どうやら知り合いらしい。
ライルは肩を竦めた。
「お久しぶりですねぇ、殿下。
「ぬ……! ち、言われるまでもねぇ。すぐに片付けてやるから絶体に話せよ!?」
「ええ、勿論。
サディークが舌打ちしてアラボラスに向き直ると、ライルは意味深な笑みを浮かべて自らもルルゲーデに向き合った。
「さあ、お嬢さん。危ないですから少し下がっていて下さい。すぐに片付けてしまいますので」
「……! え、ええ、ありがとう」
ビアンカは礼を言って車まで下がる。そして彼女の目の前で2人の聖戦士による悪魔討伐が始まった。
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