Episode7:傲岸な守護神

 アメリカの選挙活動というものも、時代に合わせてその様相が変化してきている。ひと昔前まではスタッフや時には候補者本人が有権者の自宅を戸別訪問したり、街道沿いに看板を並べたり、タウンホールで集会を開いたりして自分の考えや政策を訴え、支持を取り付けるという地道な活動が主体であった。


 もしくは地元メディアや時には全国メディアに高い広告料を支払ってコマーシャルを打つというのも昔から定番の手法だ。


 これが州知事選や大統領選などの規模の大きい選挙となると、各選挙区を遊説して回る所謂“ラリー”も頻繁に行われる。現大統領のダイアンも全米の有力な選挙区を回ってはラリーを行い、その一挙手一投足はマスメディアによって連日全国放送されたものだ。このラリーは選挙の華とも言えるが、流石に議員選挙など比較的選挙区の規模が小さい選挙ではあまり行われない。


 勿論これらの手法は現在の選挙でも主流ではあり、大半の候補者が行っている活動だ。それは変わりない。しかし……今はそれまでにはなかった画期的・・・な広報手段が登場、台頭してきている。即ちインターネットやSNSなどのWeb広報だ。



「本当にいい時代になったものだよ。この狭い事務所で限られたスタッフだけを使って、この街どころか全国、いや世界中にすら広報が出来るんだからね。しかも莫大な広告費用も必要なく、それどころか逆にこちらが広告料を貰えるときたものだ」


 YouTubeを始めとした動画サイトに投稿するための、自身の政策やこの国の問題点などを訴えた動画を撮影し終わったジェロームは、デスクにゆったりと身を預けて笑う。実際の動画の編集や投稿作業などはシンシアを始めとした事務所スタッフが行っている。


「ネットねぇ。俺の印象じゃまだまだテレビ新聞が強いって印象だが、こんな動画だけで選挙ってのは勝てるモンなのか?」


 サウジの王族として生まれ、選挙というものに縁が無かったサディークが首を傾げる。ジェロームは否定せずに頷く。


「確かにまだまだオールドメディアの力は大きい。しかしそれは高齢者層が中心で、若者世代になればなるほどテレビ離れ及びネットへの普及が進んでいる。オールドメディアが今の地位を保っていられるのも後10年程度だろう」


 今の若者世代はネットに慣れ親しんで育ってきている。なので基本的に歳を取ったとしてもネットから完全に離れてテレビ新聞しか見なくなるという事はまずあり得ない。そしてそういう世代が主流になった時、メディアとネットの地位は逆転する。ジェロームはそれを確信しているようだった。


「君のお母さんとの選挙活動や種々の裁判を経て、私もそこそこ有名になったらしくてね。弁護士としての仕事の依頼は勿論だが、YouTubeの登録者数もSNSのフォロワー数も大幅に増えてね。これらの媒体を使ってアピールするだけでも、メディアに高い広告料を払わずとも相当の宣伝効果がある」


 そこそこというのは明らかに控えめな表現だ。彼の知名度は今やハリウッドスターにも比肩しようという物なのだから。当然彼が発信する投稿は膨大な再生数となり、ましてや現在は下院への出馬を表明したばかりなので更に多くの人々の関心を集めているはずだ。


 つまり宣伝効果も相当なもののはずで、先程彼自身が言ったように広告費を払うどころか、逆に彼の動画に広告を掲載させて欲しいと広告料が転がり込んでくる状態だ。宣伝すればするほど儲かるのだ。確かにそういう意味では『いい時代』と言えるだろう。



「勿論従来の選挙活動も完全に否定するものではないがね。という訳で今日は午後から、文化会館の一室で地元の有権者たちを集めたタウンミーティングに出なければならない。勿論君達にも同行してもらうよ」


「あ、はい。それは勿論です。でも……」


 カバールに命を狙われている状況であまりあちこち出歩くのは危険ではないのか。そう思ったが、ジェロームは苦笑して頷いた。


「君が何を言いたいかは分かるよ。ただ選挙活動中、もしくはこの事務所に直接襲撃を掛けてきたリという事はまず無いと断言できるよ」


「え……?」


 ビアンカは訝し気に目を瞬かせるが、サディークはすぐに察したように頷いた。


「まあ考えて見りゃ当然だな。選挙期間中に有力候補が事務所を襲われたり、選挙活動の最中に襲われたりしたなんて事になったらどうなる? 当然相手陣営・・・・に疑いが向くよな?」


「あ……」


 言われてビアンカもようやくその事に思い至った。例え『天使の心臓』たるビアンカが一緒にいたとしても、結果としては同じ事なのでやはり奴等が襲ってくる可能性は低いと言える。


「まあそういう事だ。流石に自由党……カバールもそこまで馬鹿じゃないだろう。本命はそれ以外の・・・・・時間だ。勿論ニューヨークでのカリーナ女史の時のように敵が馬鹿・・・・という可能性もない訳ではないので、念の為君達にも一緒してもらうという訳だ」


「なるほど、納得しました。そういう事であれば喜んでご一緒させて頂きます」


 納得したビアンカも了承した。元々彼の護衛として派遣されているのだ。一緒すること自体に否はない。


「よし。じゃあシンシア、仕事の調整は頼んだよ」


「解りました。いってらっしゃいませ」


 動画の編集、投稿などもやっているはずなのでかなり忙しいはずだが、シンシアは笑顔で頷いた。ジェロームが下院議員に当選したら、彼女もそのまま議員秘書として付き従う事になっているらしいが、それも納得の優秀な仕事ぶりだ。




 ジェロームの自宅は同じチャールズタウン内の港寄りの地区にあり、少し歩けば独立戦争時代の軍艦がそのままの姿で保存されているUSSコンスティテューションが望める風光明媚な住宅地だ。


 タウンミーティングを終えてその後事務所に一度戻ってから自宅への帰路につくジェローム。勿論それに随伴するビアンカ達。護衛任務中はビアンカ達もジェロームの自宅に泊まる事になっている。


 自宅に向かう車の中。時刻は既に夜の帳が下りている。住宅街は人通りもめっきり少なくなり、今なら悪魔が襲撃してくるのにも都合が良い状況だ。しかし……


「実際には君のような凄腕の護衛がぴったりと張り付いていたら、相手は警戒して中々仕掛けて来ずにどうしても長期戦、神経戦になりがちだ。だが私もそんなに暇じゃないし、何より奴等にずっと付け狙われるなど勘弁願いたいというのが本音だ」


「なるほど、そこでビアンカの存在って訳か」


 サディークの確認にジェロームはニヤッと笑って頷いた。ビアンカの『天使の心臓』は悪魔を釣り上げる極上の釣り餌だ。


「そういう事。隠れて出てこないなら強制的に炙り出してしまえばいいんだ。無論すぐ近くで戦闘・・が発生する以上、私も危険は織り込み済みだ」


 多少の危険を冒してでも『根治治療』の方を選択したという事だ。サディークが口の端を釣り上げた。


「はっ! その方が俺好みのやり方だぜ。安心しな。この俺様が護衛に付いてんだ。他のポンコツ共・・・・・じゃなかった分、アンタはむしろ運が良かったぜ」


 絶対の自信を滲ませながら不敵に笑うサディーク。実際にはユリシーズ達との力の差はほぼ無いように思えるが、まあ傲岸不遜を絵に描いたような彼の中ではそうなっているのだろう。



「……!」


 そんな彼の様子と表情が突然変わった。目が眇められ口角が上がり全身から微かな闘気が発散される。


「と、言ってる傍からお客さん・・・・のようだぜ。『結界』だ。俺がいるのにお構いなしたぁ、流石『天使の心臓』ってところか?」


「え……!?」


 ビアンカが驚いて見やると、彼の視線は既に窓の外を見ていた。


「おっさん、車から出るんじゃねぇぞ。ビアンカ、お前もだ」


「お、おお、勿論だ。しかしこれ程早く来るとは……」


 サディークの様子からただならぬ気配を察したジェロームは、驚いた視線をビアンカにも向ける。『天使の心臓』の効果・・を聞いてはいても体感するのは初めてなのだ。



 サディークが素早く車から出る。その時にはビアンカ達の目にも車の進路を塞ぐように、複数の人影が佇んでいるのに気付いた。全員男性のようだ。車のライトに照らされたその男達は見る見るうちに異形の姿へと変貌していく。


 その殆どがビブロスを始めとした下級悪魔のようだが、その中心に一体だけ……


「あれは……タブラブルグ!?」


 ビアンカは目を剥いた。大きく裂けた口だけしかない顔を持つ人間大の中級悪魔。特定の人間の姿や記憶までそっくりコピーできるという特殊能力を持っている。ニューヨークではカリーナに入れ替わろうとした。因みに今はダイアンの身辺警護を担当しているラミラもこのタブラブルグだ。


「へっ、まあ相手候補の要人を狙うってなりゃ、まずはそう来るよな」


 サディークが不敵に笑う。タブラブルグの能力ならジェロームを殺しても彼になりすます事が可能なので、このようなケースでは便利だ。 


『アイゼンハワーヲ殺セ! 『エンジェルハート』ハマスターニ捧ゲルノデ生カシテ捕エロ!』


 そのタブラブルグが指示を飛ばすと周囲の下級悪魔達が一斉に動き出した。当然まずは立ち塞がる邪魔なサディークを排除しようと殺到するが……



「はっ! 俺様がいんのにテメェらの好きにさせる訳ねぇだろが!」


 迫ってくる悪魔達を見て怖れるどころか逆に好戦的な笑みを浮かべて自分から突撃していくサディーク。その手には既に二振りの曲刀が握られている。


「おらぁぁぁぁっ!!!」


 気合と共に霊力を纏わせた双剣が煌めく。その度に下級悪魔どもの首が刎ね飛ばされて消滅していく。敵も四方八方から近距離遠距離織り交ぜた攻撃を集中させてくるが、サディークはそれらの攻撃を避けられるものは回避し、避けきれないと判断したものは霊力で強化した防御力で強引に受け止め、一切攻撃の手を休める事無く敵を切り刻んでいく。


「おお……い、言うだけの事はあって凄まじいね、彼は」


「ええ、本当に。私ではあの中の一体を倒すのがやっとですから」


 サディークが規格外すぎて雑魚に見えるが、本来は下級悪魔といえど人間にとっては恐ろしい存在なのだ。

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