Episode15:悪徳の終焉
隔絶された地下施設。その広いホールの3分の1を埋め尽くす触手群……『
その無数の触手の一本一本に鋭い牙の生えた口が備わり、溶解液を吐き付ける能力も持っている。何より一本一本が独自の意思を持って自立した動きをしてくるのが厄介だ。
「ええい、こいつら、ちょこまかと!」
ユリシーズが苛立たし気に黒炎剣を振るうが、マンモンの触手群は素早い動きでそれを躱してしまう。何本かは躱せずに切断されたが、しばらくすると肉が盛り上がってきて見る見る内に元通りに再生してしまう。これではキリが無い。
イリヤも念動の衝撃波で触手の攻撃を防ぎつつ、パイロキネシスの炎でマンモンを直接攻撃するが……
『ファハハ、この程度の炎で私を焼き尽くせるはずがあるまい』
嗤うマンモンの身体の表面から大量の体液が滲出して、イリヤの炎を片端から鎮火してしまう。
「く……! 駄目ダ、これじゃあ……」
その光景にイリヤは歯噛みする。触手を防ぐ為に障壁に力を割いた状態では、パイロキネシスも相応に威力が弱まってしまう。消火能力を持つこの悪魔相手にそれでは不十分だ。さりとて攻撃に全リソースを割けばマンモンの触手群の攻撃から身を守れなくなる。
「調子に乗るな、タコ野郎が!」
ユリシーズも触手を斬り払いながら、もう片方の手から複数の黒火球を発生させてマンモンの
『馬鹿め、無駄だ!』
だがマンモンも自身の上半身の腕から黒い波動のようなものを飛ばしてきて、ユリシーズの黒火球と相殺してしまった。勿論その間にも無数の触手が噛み付いたり溶解液を吐き付けたりして四方八方から攻撃してくる。
「くそ、こいつら……!!」
ユリシーズは舌打ちしながら触手を斬り払う。この触手群をいなしながらでは攻撃に集中できず、マンモンにも有効な上級魔術を行使する余裕がない。
なれば残された手段は一つしかない。既に前回のLAでもリキョウとの
「おい、イリヤ! 手を貸せ! 俺が奴に仕掛ける。お前は全リソースを防御に回せ!」
「……! はぁ? 何で僕が……。攻撃なら僕がすルから、そっちこそ僕を守りなよ!」
ユリシーズの指示を『命令』と受け取ったイリヤが不快気に眉を顰めて口答えする。だが今は暢気に問答している時間は無い。
「いいからさっさとしろ! 誰だか知らんが、あの少女を守りたいんだろ!?」
「……っ! ……解ったよ、今回だけだかラね」
その言葉は効果覿面であったらしく、イリヤは眉を顰めたままながら渋々指示を承諾した。自分で言ったユリシーズも一瞬意外そうに目を瞬かせたが、すぐに気を取り直した。
「それで充分だ。俺は今から一切の防御を捨てて上級魔術の準備に入る。その間の援護を頼むぞ」
「解っタよ! 早くやりなって!」
イリヤの返事を聞いて、ユリシーズは本当に防御を解いた。黒炎剣を消して魔力を練り上げ魔術の詠唱に入る。勿論完全な無防備だ。当然ながらマンモンの触手群が無防備な獲物目掛けて殺到する。
「させないヨっ!」
だがイリヤが強固な障壁を展開してユリシーズを保護する。文字通り全方位から加えられる衝撃と圧力にイリヤの顔が若干歪む。だが何とかユリシーズを守る事に成功する。
『この小僧が! 邪魔をするな!』
「……!」
だがマンモンの攻撃対象はすぐに自分にも向く。何といっても手数が多いのだ。ユリシーズへの攻撃を継続したまま、残りの触手が一斉にイリヤに襲い掛かる。イリヤは即座に自分を守る障壁も強化する。
「ぐ……グク……!!」
マンモンの全方位攻撃を防ぐには相当に強固な障壁をくまなく張り巡らせなくてはならない。1人分だけでも相当な負担と消耗だというのに、それが今は2人分だ。イリヤは自分の精神力が恐ろしい勢いで削れているのを自覚してゾッとした。
ユリシーズは未だに魔力を練り上げて詠唱中だ。このままでは障壁が破られて自分もユリシーズも大量の触手の牙によって一瞬でミンチに変わるだろう。
もし……ここにいたのが自分とユリシーズだけだったら、最悪彼はユリシーズを見捨てて逃げていたかも知れない。だが今は……
(僕が……オリガを守らなきゃ!!)
その想いが彼をこの場に踏み止まらせ、その精神を賦活させた。
「ぬ……ぐぐぅぅぅぅぅ……!!!」
頭の血管が切れるかと思う程に力んで精神を集中させるイリヤ。二つの障壁に加えられる圧力は増す一方だ。
「ぐ……ぎぎ……」
障壁に力を注ぎ込みすぎて鼻血が出てきた。可憐であどけない面貌を赤い血が伝う様は、何とも無惨で背徳的な印象を与える光景であった。だが本人はそんな事を気にしている余裕もない。
「は、早……く……」
最早限界であった。あと5秒この状態が続いていたら、イリヤの障壁は破られていただろう。だが……
「……よくやった、イリヤ。後は任せろ」
ユリシーズの詠唱が遂に終わった。イリヤを信じて防御を捨て、全てのリソースを注ぎ込んだ上級魔術が発動する!
『……っ!? き、貴様……何だ、この魔力は!?』
「今更気付いても遅ぇぞ、タコ野郎! 『――――!!』」
ユリシーズの突き出した両手からホール中を埋め尽くさんばかりの強烈な雷光が迸る。回避も防御も許さない死の雷槌がマンモンの全身を打ち据えた。
『おおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉォォォォォォォォッ!!!!』
耐え難い断末魔の絶叫が轟く。大量の触手がのたうつが、それも眩い光に包まれて消えていく。雷光が収まった時、そこにはあの恐ろしい悪魔の姿は影も形も無くなっていた。
「ふぅぅ、ぅ……流石に全魔力を注ぎ込むと……きついな」
マンモンの撃滅を確認したユリシーズは大きく息を吐いて、その場に尻餅をついてしまう。普段隙を見せる事がない彼には珍しい動作だ。それだけ本当に消耗したという事なのだろう。そしてそれは彼だけでなく……
「ク……」
イリヤもまた精根尽き果てたようにその場に突っ伏してしまう。小さな少年である分、彼の方がより消耗が激しいようだ。
「ユリシーズ!!」『イリヤッ!!』
安全な距離まで避難していたビアンカとオリガが、戦闘が無事に終わった事を見て取って駆け付ける。
「ユリシーズ……来てくれたのね」
「あ、ああ、まあな。どうも
何故か若干バツが悪そうな表情で頬を掻いたユリシーズが話題を変えるようにビアンカを労う。しかしビアンカはそれには気付かず、ユリシーズがピンチに駆け付けて自分を救ってくれた事と、今こうして労ってくれた事に素直に喜んでいた。
『イリヤ、大丈夫!? イリヤ!?』
『う……オ、オリガ。無事で良かった……』
一方でオリガは血相を変えてイリヤに駆け寄って抱き起すが、イリヤが薄っすらと目を開けたのでホッと胸を撫で下ろした。
「……さて、これで何とか任務自体は果たせたが……今回は
ユリシーズはオリガの姿や、未だに怯えて縮こまっている他の少年少女達の姿、そしてホールのあちこちで気絶しているコバヤシを始めとした『顧客』の顔ぶれを見渡しながら、若干ゲンナリした顔で溜息を吐くのだった。
エルスタイン島の『閉鎖』は当然表沙汰にはならず、しかし世界の社交界の間には光の速さで広まった。当時『顧客』としてその場に居合わせた者達は大半がユリシーズとイリヤによって
またエルスタインに買われて島で働かされていた少年少女達は、なるべく丁寧に身元や状況を聞き取り、それが可能な環境である者に関しては国元、親元へ帰すように計らった。状況的にそれが不可能な者達に関してはアメリカ国内にある養護施設で保護する事となった。
だが……ただ1人、オリガに関してはそうはいかなかった。人造の超能力者となってしまっていた彼女は、他の少年少女達のように市井に解放するという訳にもいかず、当然ロシアに戻すというのも論外であり、またイリヤ自身の希望もあってルイーザのように大統領府で保護する事で決定した。
尚それら『事後処理』が膨大で忙しく、ビアンカも折角のヴァージン諸島を観光する余裕もなく、オリガ達を連れて島を慌ただしく後にしなければならなかったのは余談である……
To be next location……
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