Episode14:ビアンカとオリガ
『ヌゥアァァァ……もう許さんぞ、貴様ら。エンジェルハート以外は皆殺しだ。我が真の力、絶望とともに味わうがいい!』
マンモンが怒り狂って怨嗟を撒き散らすと、それに応じて奴の魔力が更に高まっていく。本来魔力を感じ取れないはずのビアンカですら息苦しい圧力を感じるほどだ。ユリシーズに切断された触手群も見る見るうちに再生していく。
「ふん、あまり調子に乗るなよタコ野郎が。お前こそ俺の魔術を存分に味わわせてやるぜ」
ユリシーズは不敵に笑ってビアンカの手錠を外してから床に降ろす。
「危ないから下がってろ。ついでに他の被害者達を頼む」
「……! わ、解ったわ。任せて」
ユリシーズの姿をポーっと見つめていたビアンカだが、彼の言葉で覚醒した。そう、ここにいるのは自分達だけではない。様々な手段で集められたエルスタインの被害者の少年少女達もいるのだ。彼等を守らなければならない。
悪魔と化したエルスタインを倒す事はユリシーズ達に任せるしかないが、被害者達を守るくらいなら自分にも出来る。というかしなければならない。
「ほら、あなた達も下がって! 安全な所まで退避するのよ!」
守られるのではなく別の誰かを守るという状況に発奮したビアンカは、取り残されている少年少女達に避難を促す。といっても何人かはエルスタインの姿に腰を抜かして動けないでいるので、強引に動かさねばならなかったが。
『オリガ……君も危ないから下がってて。あのお姉ちゃんを手伝ってあげて』
『解った……けど、あの人ってイリヤとどういう関係?』
『……それも後で説明するよ。今は緊急事態だから』
こんな時にそんな事を気にするオリガに意外と余裕があるなと思いつつ、イリヤも彼女に避難誘導を促す。
『死ねぃ! 大統領の犬共が!』
エルスタイン……マンモンが大量の触腕を一斉に繰り出してくる。イリヤもユリシーズもそれを障壁を張って防ぐ。だが予想以上の強い衝撃に共にその顔を顰めた。
「ち……これは防戦になると面倒だな。一気に片を付けるぞ!」
「同感……!」
頷いたイリヤはマンモンに向かって念動波で攻撃する。何といっても的がデカいので外す心配はない。強力な念動波をぶつけられてマンモンの触腕群の多くが怯む。その隙にユリシーズが黒炎剣を再び作り出して突進する。
当たるを幸い触腕を斬り倒して進む……はずが、何と触腕の一本一本がユリシーズの斬撃を
「何……!?」
ユリシーズが目を瞠る。そこに別の触腕が何本も彼の側面や背面に回り込んで、彼に
「こいつら……!?」
ユリシーズは黒炎剣を振るってそれらの触腕を払う。だがそれによって突進の勢いが止まってしまった。そこに他の触腕も次々に殺到してくる。勿論イリヤの方にも衝撃から立ち直った触腕群が攻撃を仕掛けている。
「この触手……
イリヤが障壁で身を守りつつ眉を顰める。比喩ではない。本当にマンモンの無数にある触腕一本一本の先端に、鋭い牙を備えた『口』が備わっていたのだ。
「ぬ……まさか本当に半自律型だってのか?」
触腕群は本当にそれぞれが独自の意思を持っているかのように蠢き、ユリシーズの攻撃を躱したり、別の触腕が隙を突いて攻撃したりと役割分担している。
スピードも相当なもので、いくら数が多いとはいえあのユリシーズが翻弄されるほどだ。いや、スピードだけではない。
「こ、こいつら……何か吐いてくルよ!」
「……!」
触腕群はその牙で噛み付くだけでなくて、口を大きく開いてそこから溶解液のようなものを吐き付けてくるモノもいる。ユリシーズが躱すと、ホールの床やオブジェクトに付着しグズグズに溶け崩れていく。
イリヤも念動の障壁で防いではいるものの、噛み付きと溶解液の波状攻撃に中々反撃の糸口を掴めないようだ。そしてその戦況はビアンカ達の方にも影響を及ぼす。
激しく戦う三者の巻き添えにならないようにホールの隅に少年少女達を避難させて彼等を庇っていたビアンカだが、そこに近付いてくる者達の姿に気付いた。
『クソ、何という騒ぎだ! 大枚叩いて会員になったというのに割に合わんぞ! もう二度と来るか!』
「……!!」
日本語で悪態をつくのは醜い小太りの東洋人男性であった。それはイリヤが暴発する切っ掛けになったコバヤシという日本人の男だった。オリガがその顔を見て青ざめる。イリヤの念動力で吹き飛ばされたはずだが、意識を取り戻していたらしい。
そのまますぐに逃げるのかと思ったら、こちらに厭らしい笑みを浮かべて近付いてきた。彼の後ろには先程まではいなかった、1人の体格のいいスーツ姿の日本人男性が控えていた。コバヤシがその男性に日本語で命令する。
『オリガを捕らえろ! 慰謝料代わりに一人くらい連れ帰っても構うまい!』
ビアンカには日本語は解らなかったが、コバヤシがオリガを指差して、それに応えて後ろの男が進み出てきた事で奴等の意図を察知した。
「こ、来なイで!」
同じように意図を悟ったオリガが青ざめた顔のまま念動力を発動させる。イリヤのそれより大分威力や範囲は劣るが、それでも人1人吹き飛ばすには充分だろう。だが……
その男は素早い挙動でオリガの念動波を躱してしまった。念動波が直線的にしか飛ばない事を知っていれば躱す事自体は不可能ではないが、ビアンカはそれよりも男の身のこなしに目を瞠った。
(こいつ……素人じゃない!?)
男の動きは以前に戦った中国の下仙にも引けを取らないように見えた。だが神仙は中国特有の存在であり、この男は日本人なので神仙ではないはずだ。だがこの男が何者であれオリガの念動波が通じないのは事実だ。
オリガの顔から血の気が引く。いくら超能力が使えるとは言っても力も弱く実戦経験も乏しい彼女では、念動波が通じなければ打つ手はない。
(……やるしかないわね!)
ビアンカは覚悟を決めた。オリガはイリヤにとって大切な存在のようだし、このエルスタイン島に攫われてきた被害者でもある。彼女を見捨てるという選択肢はない。幸い霊力を秘めたグローブやシューズ、チョーカーは没収されていなかった。これらが霊具だというのは悪魔にも探知できなかったようだ。
「ふっ!!」
ビアンカは男に向けて霊拳波動を連続して撃ち込む。不可視の霊力の塊は、それが初見だった事もあってか男にヒットした。
「……!?」
霊拳波動を受けた男がよろめく。人間に当たれば骨を砕く威力のアレをまともに受けても倒れないというのは尋常ではない。やはりただのボディガードではなさそうだ。
ビアンカは姿勢を低くして突っ込む。霊拳波動は二度は通じない可能性が高い。ならば無駄に霊力を消耗するのは控えて、接近戦でフルコンタクトによる霊撃を打ち込むのがベストなはずだ。
だがそこで再び彼女にとって予想外の現象が起きた。男が片手を広げて前に掲げるような動作を取った。するとその手の前に何か細長い物体が光と共に出現し、男がその物体の
(あ、あれは……『刀』!?)
それは日本の剣、いわゆる『
ビアンカが驚く間もあればこそ、出現した刀を握った男がその柄を両手で把持して上段から斬り下ろしてきた。予想外の速さと鋭さに、突進している最中だった事もあって回避が完全には間に合わなかった。
「き――――っ!!」
肩から胸にかけて激痛が走る。斬られた! と一瞬思ったが、激痛は感じたものの肩口を少し斬られたくらいで血はあまり出ていなかった。アルマンのチョーカーが無かったら今の一撃だけで決まっていただろう。
だがそれに安心している暇もない。ビアンカは激痛を押して横っ飛びに転がる。男の刀が今度は彼女の脳天目掛けて振り下ろされたからだ。
『お前、何故だ? 今、確実に斬ったはず!』
男が日本語で何か疑問を呈する。恐らく彼女を一撃で斬れなかった事を訝しんでいるのだろう。だがそれを一々説明する義理は無い。ビアンカは体勢を立て直すと、苦痛を押し殺して自分から攻めかかった。男の刀の速さや威力から守勢に回ると不利だと判断したのだ。
パンチだけでなくキックも織り交ぜた打撃の連打で果敢に攻撃する。だが男は驚異的な反応で、こちらの打撃に合わせて刀を煌めかせてくる。その度にビアンカの四肢に小さな斬り傷が増えていく。
奴に有効な打撃を与えるチャンスがない。それどころか攻撃すればするほどこちらが傷ついていくだけだ。アルマンのチョーカーが無かったらとうに勝負は決していただろう。
(クソ……強い! 私だけじゃ勝てない……!?)
男の強さは中国の下仙を上回っているように思えた。流石に仙獣を使役する中仙ほどではないが、下仙と中仙の間くらいの強さはありそうだった。勿論ユリシーズ達なら敵ではないだろうが、生憎彼等はより恐ろしい悪魔マンモンの相手に掛かりきりだ。
だが……相手の男も、そしてビアンカ自身もほぼ忘れかけていた存在がいた。ビアンカが男の斬撃に怯んで一瞬身を離したその時――
「……っ!!」
男の身体を横殴りの衝撃波が襲った。オリガだ。彼女の存在を半ば忘れていた。それは男も同様だったらしく、ビアンカにのみ意識を集中させていた為に奴はオリガの衝撃波を躱せなかった。
やはり相当な強靭で男はその衝撃波にも吹き飛ぶ事なく耐えきったが、流石に体勢が大きく崩れた。
「今ヨッ!」
「……! ありがとう!」
考えている暇はない。ビアンカは反射的に動いていた。拳を振り絞りその場で大きく跳び上がってからの、全力の打ち下ろし。今までも強敵を倒してきた彼女の得意技だ。
その打ち下ろしは、オリガの衝撃波で体勢を崩していた男の顔面にクリーンヒットした! グローブから放出された霊力が上乗せされた一撃は、男の顔面を破壊して昏倒させた。地面に倒れた男の手から転げ落ちた刀が、再び光に包まれて消えてしまう。
「ふぅ……! はぁ……! はぁ……!!」
ビアンカは膝に手を当てた中腰になって激しく喘ぐ。身体中傷だらけだ。オリガの助力がなかったら勝てなかった。息が上がっていたビアンカは視線とジェスチャーだけでオリガに礼を伝えた。
『な……ば、馬鹿な! そいつは
一方で慌てたのはコバヤシだ。日本語で何かを喚くと踵を返して逃げようとする。だが……
「あなただけは……逃さナい!」
『うげ……!?』
コバヤシの動きが不自然に止まった。オリガのサイコキネシスだ。だが拘束以上の事は出来ないようだ。しかしそれで充分であった。ビアンカは痛む身体に鞭打ってコバヤシに近づいていく。霊力のグローブを外す。
『ひっ……!?』「お、おい、待て! 私は日本の外務省審議官だゾ!? 私に何かすれバそれは直ちに国際問題――」
「――うるさい!!」
訛りのある英語で助命を請うコバヤシの頭を殴って気絶させる。奴は普通の人間だったようで、ビアンカの一撃で伸びて再び気絶した。それを見てオリガがサイコキネシスの拘束を解いた。
「ふぅ……全く、よくも余計な運動させてくれたわね。お陰で傷だらけよ」
「でも……私を助けてくレたわ。ありがとう」
ぼやくビアンカにオリガが近づいてきて礼を言う。ビアンカは疲れた顔で手を振った。
「ああ、いいのよ。お互い様だしね。さあ、後はユリシーズ達に任せて、私達はもっと安全な場所に避難しましょう。あの子達を連れてね」
「え、ええ、そうネ」
未だに激しく戦うユリシーズとイリヤ、そしてマンモンの超常の戦いに巻き込まれないように、彼女達は他の少年少女らを庇いながら避難誘導を続けるのだった。
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