Episode13:飽くなき強欲
イリヤの超能力が中級悪魔の首を刎ね飛ばして消滅させた。
(イリヤ、凄いわ! でも……あの女の子も超能力者だったの!?)
エルスタインに捕まった状態でその戦いを見ていたビアンカは心の中で喝采をあげた。だが同時にオリガ……と思しき少女が念動力のような力を使ったのを見て目を瞠った。
あのイリヤの追憶の中でオリガは彼の力に恐怖して拒絶を示していたはずだ。そんな彼女が何故嫌悪していたはずの超能力を使えているのだろうか。その疑問が浮かんだが、事態は彼女に考える時間を与えてはくれなかった。
「おのれ……あの小僧が! こんな事で私が築き上げてきたものが……!」
エルスタインの顔が憤怒と憎悪に彩られる。どのみちこんな騒ぎが起きて『客』にも被害が出ている以上、この島での商売には致命傷だ。エルスタインが被る損害は莫大なものになるだろう。それが全てイリヤ1人によって齎されたものと考えれば、このように怒り心頭に発するのも当然と言えば当然だ。
エルスタインはビアンカを抱えたまま渡り廊下から飛び降りた。2階分の高さはあるバルコニーから危なげなく着地する。それもビアンカを抱えたままだ。その身体能力が既にエルスタインが尋常な人間ではない事を物語っていた。
「許さんぞ、小僧……。私の商売を台無しにしてくれたツケは、お前を百回売り飛ばしても足らんわ。この上はお前に地獄の苦しみを味わわせた上で殺し、『エンジェルハート』を我が物にする事で補填させてもらうとしよう」
地の底から響くような声で怨嗟を撒き散らしたエルスタインの身体から急激に魔力が発散される。ビアンカが警告を発する間もあればこそ……奴の身体が急速に
と言っても変化は主に
上半身は人間の形を保っていたが、頭部はやはりタコのような形状に変わり、その皮膚もタコの軟体動物じみた質感に変わっていた。
下半身が無数の触腕に変わったタコ人間。それがエルスタインの悪魔としての姿であるようだった。ビアンカはエルスタインの腕からは解放されていたが、代わりにその触手の1つに絡め捕られて増々身動きが取れなくなっていた。
『フシュルルルrrr……この【
エルスタイン……マンモンは、小さなタコの脚のように何本もの細い触手が蠢く奇怪な口を震わせて嗤う。その醜い姿を見てイリヤが顔を顰めた。
「随分醜イ奴だね。悪魔ってこんなノばっかりだ」
そう鼻を鳴らしつつ、さりげなくオリガを後ろに庇うイリヤ。この『誰かを守る』という意識は今までの彼になかったものだ。
『ふん……この世で最も醜い物は人間の欲望よ。我等の姿はその写し身に過ぎん。外見は美しいお前の中にもそうした利己的な感情はあるのだろう?』
「……! 黙れ!」
何か思う所があったのか、激昂したイリヤが先制攻撃を仕掛ける。周囲に散乱していた瓦礫やオブジェクトが一斉に浮かび上がり、凄まじいスピードでマンモンに向けて殺到する。これだけの質量にこれだけの速度で衝突されたら、いかに悪魔でも一瞬で圧し潰されてミンチだ。
『ふはっ!』
だがマンモンの下半身を構成する無数の触手が蠢き、それぞれがまるで意志を持っているかのように自由自在に、そして素早く力強く動き、迫りくるオブジェクトを全て打ち払ってしまう。
そしてそれだけでなく飛んできたオブジェクトの一部を掴み取って、逆にイリヤに向けて投げつける。今度は自身を襲う凶器と化したオブジェクトをイリヤは障壁を張って弾く。しかしそれは牽制のようなものだ。
マンモンの無数の触手自体が敵を襲う武器になるようで、まるで鞭のように撓ってビアンカには視認できないような速度でイリヤに打ち付けられる。
「……!!」
触手の鞭を障壁で弾いたイリヤだが、その威力が予想外に強かったらしく僅かに顔を顰める。マンモンの触手は何といっても数が多い。文字通り四方八方から打ち付けられる触手鞭の雨に、イリヤは反撃できずに防戦一方になってしまう。
「イ、イリヤ!? やめなさい、この……!」
ビアンカは少しでも抵抗してマンモンを妨害しようと必死にもがくが、触手の一本すら振り解く事が出来ず動けなかった。全くの無力だ。
『ファハハ、エンジェルハートよ。そう焦るな。あの小僧を始末したら、すぐにでもお前の心臓を抉り出してやる。もうしばらく大人しくしておれ』
「くっ……」
ただのご褒美扱いされても何も言い返せない。だが……イリヤの方もやられてばかりではない。
「まだ……勝った気になるノは早いんじゃない?」
『……!』
イリヤは障壁に絶え間なく打ち付けられる触手鞭の威力が伝播し、苦痛に顔を顰めながら口の端を吊り上げた。それと同時に無数の触手が蠢くマンモンの
『ぬがっ!? 貴様……この地下空間で火を使うとは正気か!?』
「普通なら使わなイけどお前の身体は大きイから、お前の身体に
『……!!』
勿論マンモンが故意に燃焼させようとすれば燃え広がるだろうが、そんな事をしたら自分も被害を被る事になる。悪魔に尋常な生物の特性が当てはまるのかは謎だが、とりあえずマンモンもこの地下ホールが一酸化炭素で充満するのは避けたいらしい。
『馬鹿め、それで私を出し抜いたつもりか! この程度の炎と熱で私を殺せると思ったか?』
その代わり自らを攻撃する火柱に直接対処し始める。奴の身体や触手の表面から透明の液体が分泌されてその表皮を覆い尽くす。どうやら熱による侵害から奴の身体を守る効果があるらしい。それだけでなくその液体を更に大量に分泌、噴射する事でイリヤの炎を
何といっても手数が多いので、複数の異なる動作を同時に並列して行えるのは強みだ。マンモンは全ての触手の動きを独立して操れるらしい。それだけでも相当に恐ろしい能力だ。
更に奴は余っている触手で
「……! 何する気ダ!?」
『古典的な手だが折角
「……っ!」
イリヤの顔が歪む。人質。確かにこれ以上ないくらい古典的な手法だ。だが古典的でありながら未だに残っているのは、それが
しかも人質が1人なら殺してしまったら自分も後が無くなるが、この場合は大勢いる。見せしめに少年少女達を何人か殺す事をマンモンが躊躇うはずがない。
「……こんな手を使わなイと僕に勝てないの?」
『無論私が本気になればお前如き敵ではない。だが面倒ではある。私は面倒事が嫌いでね。さあ、どうする? まずは1人……』
「ま、待って、止めなさい! イ、イリヤ……」
マンモンが子供たちの1人を掲げてその首に触手を巻きつける。子供の顔が恐怖に歪む。ビアンカは反射的に制止の声を挙げてイリヤに懇願するような視線を送っていた。
彼等は何の罪もない、ましてやここに誘拐されて虐げられてきた被害者達だ。それを見殺しにするという事がどうしても彼女には出来なかった。
「……っ」
イリヤは彼女の視線を受けて再び顔を歪めたが、マンモンの足元のパイロキネシスを解除した。
『ファハハ、やはり人間というのは愚かな生き物だな。安心しろ。約束通りこやつらの命は助けてやる。私が再び返り咲くための
マンモンは哄笑しながら触手の一本を先端を鏃のように尖らせてイリヤに向けた。あれで彼の身体を貫こうというのか。だが、絶体絶命の危機にあるはずのイリヤは何故か絶望しておらず、それどころか若干複雑そうな表情で苦笑しているようだった。
『小僧、何を笑っている? これから死ぬ恐怖で気でも狂ったか?』
「ああ……結局いつも
お姉ちゃんに関しては
『? 何の――――』
マンモンが訝しんで何か言い掛けた時だった。黒い影がホールに飛び込んできたかと思うと、その手にある
すると少年少女達を拘束していた触手が切断されて彼等が解放された。勿論ビアンカを拘束している触手も同様に断ち切られる。
「きゃあぁっ!?」
結構な高さに掲げられていた事もあって、重力に引かれて落下する感覚に思わず悲鳴を上げる。だがそこに……
「おっとっ!」
「……!?」
彼女の身体を横抱きにキャッチして危なげなく着地する1人の男。最早その姿を確認するまでもなかった。その声、そしてその気配。全てがビアンカにとってとても安心をもたらす物だと解ったのだ。
「ユ、ユリシーズ……!」
「よう、ビアンカ。相変わらず囚われの姫君してるな!」
彼女の身体を軽々と抱えたまま、そう軽口を叩いて立ち上がるのは……アロハシャツにハーフパンツという常夏仕様が目を惹く魔人SP、ユリシーズであった!
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