Episode12:少年と少女
エルスタイン島の地下深く。地上の豪邸をカモフラージュにして、その地下に広がる
普段であれば淫靡で背徳的な光景が広がるそのホールはしかし、今現在大混乱の真っ只中にあった。
「ひ、ひぃぃぃ!? た、助け……」
「な、何だ、あの少年は!? 何が起きてる!」
「助けてェェ!!」
「おい! 早くあのガキを何とかしろ!」
VIP達の悲鳴や怒号がホール中に木霊し、耳障りなBGMとなる。イリヤは不快気に眉を顰めた。
『ああ、ホントにうるさい奴等だ。オリガ達に散々酷い事しておいて、自分達がやり返されたら情けなく逃げ惑う。最低だお前ら』
ロシア語で酷薄に呟いた彼はESPを再び発動させる。もう彼を縛る『制御装置』はない。今の彼を止められる者など誰もいなかった。
強力な念動波を発生させると、衝撃が奴隷の少年少女達を
「ええい、もう良い! 早くそのガキを処分しろ! 大損害だ!」
二階部分の渡り廊下からホールを見下ろしている男が黒服達に怒鳴る。その男は片腕にビアンカを抱えていた。どうやらあれがジェフリー・エルスタイン本人らしい。
主の命令を受けた黒服達が銃を取り出すと、一斉に発砲してきた。すぐ側にいるオリガも巻き込まれてしまうがお構いなしのようだ。だが他ならない彼が側にいるのだ。何も問題はない。
イリヤは手を掲げると自分とオリガを包み込むように念動の障壁を張り巡らせた。黒服達の撃った大量の銃弾は全て障壁によって止められ、無害な鉛の玉になって地面に墜ちた。
『す、凄い……。イリヤ、いつの間にこんな……』
それを見たオリガが呆然と呟く。初めて目の当たりにしたイリヤの力の強さを見て驚いているようだ。
『オリガ……僕も謝らないといけないんだ。オリガに埋め込まれた
『え……?』
『僕もロシア政府に捕まってたんだ。あのミハイロフ大統領に。そこで色々と酷い実験をされたりして……。今思い返しても地獄の日々だったよ』
『……!! そ、そんな……あなたも……?』
イリヤの境遇が想像できたオリガが青ざめた顔で目を見開く。
『そのせいでオリガもこんな目に遭ってしまった。でも……僕はもうあの時の僕じゃない。力だけじゃなくて
『……!』
自信をもってそう断言するイリヤに、オリガは初めて彼の顔を真っ直ぐに見据えた。そして何故かちょっと顔を赤らめて目を逸らした。
「ここには
だが周囲の状況はそんな2人の少年少女に忖度してはくれない。エルスタインが大声で指示すると黒服達の様子が変わった。様子だけでなく……『姿』もだ。
奴等が人間の
『ひ……!? な、何なのアイツら!? あ、悪魔……?』
『比喩じゃなくて本当にそうらしいよ。僕から絶対離れないでね』
悪魔達の姿を見て恐れ戦くオリガを後ろに庇いつつ、イリヤは迫ってくる悪魔どもを迎撃する。ビブロス達が遠距離から火球やら電撃やらを一斉に撃ち込んでくる。その威力は当然銃弾などより遥かに脅威だ。
だがイリヤは慌てる事無く障壁の強度を更に高める。火球や電撃が次々と障壁にぶつかり爆炎や放電を撒き散らす。オリガが悲鳴を上げて蹲る。だがイリヤの障壁はビクともしない。
その間にアパンダやその他近接型の下級悪魔達が接近してくる。勿論完全に接近されたらイリヤに勝ち目はないが、なら一体も近寄らせなければいいだけだ。
『はぁぁ……!!』
イリヤはESPを発動して念動の衝撃波を近寄ってくる悪魔共に叩きつける。さっき人間達を吹き飛ばしたものより遥かに強い威力だ。人間より強靭なはずの悪魔達が一撃で吹き飛ばされ、そのまま消滅していく。
ビブロスはその間にも次々と遠距離攻撃を撃ち込んでくる。中には剣を作り出してホールを飛び回りながら接近してくるものもいる。雑魚の攻撃でも連続で攻撃され続ければ障壁にもダメージが蓄積する。何よりも敵の攻撃を完全には殺しきれず、一部の衝撃が伝播してイリヤ自身にもダメージがある。
前のLAでの戦いでもそれで負けたようなものだ。障壁を過信し過ぎるのは危険だ。ならば……
(攻撃こそ最大の防御って奴だね!)
イリヤは念動力でそのホールに散乱している無数のオブジェクトを浮かび上がらせる。それを高速で旋回させて下級悪魔たちにぶつけていく。それだけでは倒せないが、奴等が動揺して攻撃の手が鈍る。
その隙に衝撃波を使って一体ずつ仕留めていく。本当はパイロキネシスを使えば手っ取り早いのだが、この密閉された地下空間で炎を燃焼させるのは可能な限り避けたかった。
しかし堅実な方法で着実に一体ずつ仕留めていき、程なくして下級悪魔達を殲滅できた。
「ぬぅぅ……! あの少年、アルファ級の力の持ち主なのか? ギルタブル! さっさとそのガキを始末しろ!」
エルスタインが唸る。そしてあの魚頭の悪魔に指示を出す。その中級悪魔……ギルタブルが動き出した。奴はこちらには近寄ってこずに、代わりに身体を大きく逸らした。そして反動を付けて一気に口から何かを吐き出してきた。イリヤは油断せず障壁でそれを防ぐ。
「……!?」
そしてその衝撃の強さに目を瞠った。しかもそれは一回では終わらず、
(これは……高圧の水流!?)
それも消防車などに搭載されている放水栓なみの威力だ。いや、それ以上かも知れない。水というのは圧力によっては恐ろしい凶器となる。それも一回の水弾として放たれるのではなく、持続的な
イリヤの障壁は持続的に加えられ続ける圧力に弱い。しかもこの水流は一点に威力を集中させているので障壁に加わる負荷も相当なものだ。当然障壁越しにイリヤの身体を揺さぶる衝撃もまた同様だ。
『ぐ……ぐぅぅぅっ!!!』
『イ、イリヤ……!?』
イリヤが苦鳴を漏らし、額に脂汗が浮かぶ。このギルタブルが下級悪魔達と一緒に攻めてこなかったのは、或いは連中を囮にしてイリヤの弱点を探っていたのかも知れない。
反撃したいがそのために力を割くと、今の障壁の強度が維持できなくなって破られるかも知れない。その恐怖があった。かといってこのままではジリ貧だ。イリヤが対処に迷うが、その時意外な事が起こった。
『イ、イリヤ……今度は私が助ける番よ!』
『……! オリガ!?』
イリヤは目を瞠った。オリガから微かだがESPを感じるのだ。それ自体は不思議ではない。今の彼女は実験体とはいえ人造の超能力者になっているのだから。だが彼女は『制御装置』を嵌められていて超能力は使えないはずだった。
『あなたの凄い超能力を外から間近に受け続けていたら、この装置が
『……!』
オリガは気丈に微笑むとそのESPを解放した。それは近くに転がっていた趣味の悪い銅像を宙に浮かび上がらせた。オリガが手を振ると、その銅像は真っ直ぐギルタブルに向かって突っ込んでいった。
『ギィ……!?』
銅像をぶつけられたギルタブルが動揺して怯む。オリガの念動力はそれ程強力ではなく、それだけでは中級悪魔に大したダメージも与えられない。しかしその妨害によって奴の水流攻撃の勢いが一瞬止まった。
(今……!!)
イリヤにとっては何よりの援護であった。彼は障壁を解くと、ギルタブルに向けて貫手を突き出す。シカゴでも使った、念動波の威力を一点に集中させて放つ『サイコレーザー』だ。
不可視の圧縮衝撃波がその手から放たれるが、同時にギルタブルも水流攻撃を再開してきた。『サイコレーザー』と高圧水流が同じ軌道でぶつかり合う。そして……水流を一方的に切り裂いて迫った『サイコレーザー』が、ギルタブルの首と胴を一瞬で泣き別れにした。
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