Episode26:集いし者達(Ⅱ)
「ローラ、遅くなってごめんなさい。ちょっと色々あって……。でも、相変わらずだけど、色々あったのはあなたも同じみたいね」
ミラーカがイングラムに向けて刀を構えながら、それでも若干苦笑するような雰囲気で言う。その周囲にはジェシカやセネムら仲間たちも勢揃いしている。確かに彼女達の方も『色々あった』のは間違いないようだ。だがそれは後で聞けばいい。
「ミラーカ、ありがとう。ええ、そうなのよ。とりあえずあいつは人外の悪魔で、倒しても問題ない奴って認識してくれればいいわ。あいつを倒すのに皆の力を貸してくれる?」
「勿論だ。いつでも君の力になろう。だが……
セネムが躊躇いなく請け負いながらも、離れた所で戦うベルクマンとリキョウに視線を投げかける。リキョウはともかくベルクマンは見た目からして明らかな怪物だ。リキョウの方も白豹を従えて人間離れした戦闘力で戦う人外のようなものだ。双方ともセネム達が警戒するのも無理はない。
「ああ、あれは……」
「――彼は私の仲間よ。あの怪物は彼に任せて、あなた達はローラと一緒にあの男をお願い」
手短に説明しようとしたローラに割り込むようにビアンカが指示してくる。ミラーカが眉を顰める。
「あなたは?」
「私はビアンカ。
「……っ!」
『大統領府のエージェント』という言葉に強い反応を示すミラーカ達。ミラーカやセネムが事前に接触を受けたのは知っているが、今の反応はそれだけではないような気がした。シグリッドやヴェロニカ達も反応しているのが気になった。あるいは仲間達が全員揃っている
「私達が信用できないのは解ってるわ。でもこれだけは信じて。あなた達があいつを倒す事が
「……!? それはどういう――」
「――ミラーカ、今は説明してる時間がないわ。彼女の言っている事は事実よ。
「っ!」
ビアンカの言葉に眉を顰めたミラーカが反射的に聞き返そうとするのに被せて、ローラが断言する。思わぬ手傷を負って動揺していたイングラムは既に立ち直っている。悠長に説明している余裕がないのは事実だ。
そして……ミラーカ達は全員、ローラを信じてくれた。
「……解ったわ。とにかくあいつを倒せばいいのね? あなたを信じるわ」
ミラーカがそう言って刀を構えなおすと、仲間達もそれに倣う。
「うむ、私は元より君の刃だ。君の敵と戦う事に何の疑問もない」
「同じく」
「ガゥゥゥ!」
前衛組のセネムとシグリッド、ジェシカも、ミラーカと並んで闘気を発散する。
「そうですね。ローラさんのお力になる事に躊躇いはありません」
「……私も今回の一件では反省してますし、ここでその償いをします!」
ローラと同じ後衛組のモニカとヴェロニカも疑問を差し挟む事無く自身の霊力を練り上げる。勿論ローラも既に準備は万全だ。
「……『エンジェルハート』を食らいに来ただけだというのに、妙な奴等に邪魔されたものだ。私はこう見えて慈悲深い性格でな。大人しくそこの『エンジェルハート』を差し出すなら貴様たちは見逃してやってもいいぞ? 見たところ赤の他人のようだしな」
イングラムが低い声音で語りかけてくる。だがその怒りを内包した声を聞くまでもなく、そんなものに騙されるローラ達ではない。
「おあいにく様。それにビアンカの事は関係ないわ。
「ふん……愚かな女達だ。では望み通りここで『エンジェルハート』と共に始末してやろう!」
誰も退く気がない事を見て取ったイングラムが鼻を鳴らすと、その身体から強烈な魔力が噴き上がった。同時に奴の周囲に何本もの『剣』が出現した。そしてそれぞれの『剣』が意思を持ったかのように襲い掛かってくる。
「……! 散って!」
ミラーカが咄嗟に叫び、仲間たちが散開して襲いくる『剣』を迎え撃つ。ミラーカとセネムはそれぞれの得物で『剣』と激しい打ち合いを演じる。無手であるシグリッドとジェシカは直接は打ち合わず『剣』の攻撃を躱しながら、その刀身を狙って攻撃を仕掛けている。
『剣』はやはり相当な強度らしくミラーカ達にも砕けないが、上手く引きつける事は出来ていた。ローラはモニカとヴェロニカに指示する。
「2人は今のうちに
「は、はい!」
「解りました」
指示に従ってモニカは風の精霊による真空刃を、ヴェロニカは『弾丸』による遠距離攻撃をイングラムに仕掛ける。しかし案の定というか自動防御が発動し、新たに出現した『剣』によって全て弾かれてしまう。
「ローラ、私も手伝うわ!」
ビアンカも霊拳波動による連続攻撃をイングラムに叩き込む。だがやはり『剣』によって虚しく弾かれる。
「ええい! 鬱陶しい奴等だ!」
だがイングラムの意識をそちらに向ける事はできた。ローラは既に十分練り上げていた霊力をマグナム弾に纏わせる。だがこのまま撃っても先程と同じく自動防御と相殺されて終わりだろう。そこでローラはあえてすぐには撃たずに
「風の精霊よ、侵害の刃を!」
モニカが何度目かの真空刃を放つ。風の刃がイングラムに向かって飛ぶ。
(今だ……!)
――ドウゥゥゥゥンッ!!!
ローラは真空刃を
そして……その直後、
「……っ!?」
イングラムの顔が驚愕に歪む。ローラの読みが当たったようだ。奴の自動防御は、一度砕かれた直後にほぼタイムラグなしで同じ軌道で飛んでくる攻撃に対処しきれなかった。
モニカの真空刃がイングラムの身体に直撃した。大量の鮮血が舞う。ローラは……ローラ達は勝利を確信する。だが……
「駄目! まだよ……!」
ビアンカの警告の叫び。ローラ達がそれに反応する暇もあればこそ、致命傷を負ったはずのイングラムから更に爆発的な魔力が噴き出した。それと同時に奴の身体が……
『おぉ……一度ならず二度までも私の身体に傷を付けるとは。許さん……。貴様らは絶対に許さんぞ……!』
「……!!」
数瞬の後そこには、奇怪な声音で怨嗟を垂れ流す
しかし黒っぽい色をしたその円錐の表面には無数の赤黒い血管のようなものが浮き出て、ドクドクと脈打っている様がグロテスクな印象を与えていた。更にその悍ましい円錐からは何本もの『剣』が出鱈目に突き出していた。
「な…………」
『……この『
その余りにも奇怪な姿に絶句するローラ達だが、イングラム――オセの周囲に無数の『剣』が出現した事で、否応なしに現実に引き戻される。イングラムの時より遥かに大量の『剣』だ。
「……っ! マズい! 散って!」
それを見たミラーカが咄嗟に前衛組の面々に指示する。
「モニカ! ヴェロニカ! 防御を……!!」
同じ判断をしたローラも2人に対して叫ぶ。ほぼ同時に
『食らえぃっ!!』
どこから喋っているのか分からない外見のオセが咆哮すると、奴の周囲に浮かんでいた無数の『剣』が一斉に射出された。数だけでなくその速度も、そして恐らく威力も先程までとは比較にならない。
「……っ!」
「ぐ……!」
「ガァ……!!」
前衛組はそれぞれ得物で受けたり回避に専念したりしていたが、それでもなお完全には避けられなかった攻撃が彼女らの身体を斬り裂く。ローラ達の元にも『剣』が殺到するが、ヴェロニカの『障壁』やモニカの風の防壁によって防がれた。
「う……!」
「な、なんて威力……!」
攻撃を防いだ2人の顔が苦痛に歪む。辛うじて防げたようだが、こんなものを何発も繰り返されたら確実にもたない。その思いはミラーカ達も同じらしく、各自散開して一斉に攻撃を仕掛ける。だが……
『ふは! 馬鹿め……!』
先程大量の『剣』を射出したばかりだというのに、即座に再び同数ほどの『剣』が出現しミラーカ達の接近を阻む。大量の『剣』の攻撃を掻い潜ってオセを直接攻撃するのは彼女らであっても難しい。それどころか迂闊に踏み込むと『剣』の集中攻撃を受けて傷を増やす羽目になる。
そしてオセはミラーカ達前衛組を牽制しつつ、
そして彼女らが攻撃できなければローラも攻撃できない。闇雲に神聖弾を撃っても自動防御に相殺されて終わるだけだ。奴の魔力は削れるかも知れないが、確実にローラの霊力が枯渇する方が先だろう。ビアンカの霊拳波動では恐らくオセにダメージは与えられない。八方塞がりだ。
だがオセの苛烈な攻撃は留まる所を知らない。こちらだけが一方的に傷つけらながら何とか凌いでいる状態で、それすらこのままでは危うい。
(ゾーイがいてくれれば……)
かつて『ゲヘナ』事件の際に失った友人の事を思い出した。あの砂を操る能力であればオセの自動防御を掻い潜る方法もいくつかあったはずだ。だが彼女はもういない。いない者を当てにする事はできない。今いる戦力だけでこの状況を切り抜けなくてはならないのだ。
(どうすれば……)
だがローラにもすぐには打開策が浮かばない状況であった。そうしている間にも仲間たちが傷つき消耗していく。ローラの中で焦りが増幅する。とにかくオセを牽制しなければと、奴に向けて神聖弾を撃とうとした時……
『קוׄקוּשִׁידָן』
耳慣れない奇怪な言語のような物が聞こえ、それと同時にいくつもの
『む……!?』
オセが警戒した声音で、炎が飛んできた方角に『剣』を向ける。奴の攻撃が一時的に止まった事でローラやミラーカ達の視線も一斉にそちらに向く。注目の中、闇の向こう側から姿を現したのは……
「……逃げた女達を追ってきたら、また随分とカオスな状況になってるな。説明……は無くても大体分かるか」
「……!!」
黒い短髪を逆立て、堂々たる体躯を黒いスーツに包んだ、見るからに只者ではなさそうな雰囲気の男。暗い闇の中でも分かる不思議な金色の瞳が光る。
男はその金色に光る目でローラ達の状況と、ベルクマンとリキョウの戦いにもチラッと視線を投げかけてため息をついた。
「ユ、
「え……!?」
ビアンカが呼ばわったその名にローラは目を瞠った。確かビアンカの仲間で大統領府のエージェントの一人。そして先日バーでミラーカをナンパしたという男。
そのミラーカは、セネム達も含めて全員ユリシーズにも敵意を向けて身構えていた。あれはただナンパされたからという訳ではなさそうだ。
図らずも『リーヴァー』に攫われた事から始まった、この街とローラ自身の命運を掛けた戦いは最終局面を迎えようとしていた。
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