Episode27:狂気の終焉

「まさか『リーヴァー』とカバールまで一堂に会してるとは予想だにしていなかったぜ。これはビアンカの『天使の心臓』だけじゃなく、例の『呪い』も関係してるのか?」


 オセに対して油断なく気を配りながらも、ユリシーズが若干呆気に取られたような口調となる。


「ビアンカ、カバールが現れたんならすぐに連絡しろ。お前の身の安全が最優先だろうが」


「……っ。色々事情があるのよ。あなたこそ任務にかこつけてバーで女性をナンパしたりとお楽しみだったそうじゃない?」


「……!! 何でそれを……って、ああ、まあ、本人達・・・から聞いたのか」


 ミラーカやローラ達の顔を見渡しながらユリシーズが嘆息した。そのミラーカ達は彼とビアンカの気安いやり取りにやはり唖然としたようになっていた。詳細は不明だが何か思う所があるらしい。しかしこの場にいるのは自分達だけではない。



「……!」


 ユリシーズの元に何本もの『剣』が殺到してくる。オセだ。ユリシーズは咄嗟に黒い半透明のバリヤーのようなものを展開してその攻撃を防いだ。


『この私を前にしてお喋りとは余裕だな? こうなれば貴様も我が『千殺の剣刃サウザンドエッジ』の錆としてくれよう』


「ああ? 言ってくれるな、このオブジェ野郎が。やれるもんならやってみろ!」


 ユリシーズが獰猛な表情になってオセに向かっていこうとする。だがここで思わぬ事が起こった。


「待って、ユリシーズ!」


「……! ビアンカ?」


 ビアンカが彼を制止したのだ。ユリシーズは訝しげな様子で彼女を顧みる。



「あの悪魔は彼女たち・・・・に任せて。あなたはリキョウと一緒に『リーヴァー』の方をお願い」



「何だと? だが……」


「お願い。そうしなければならないの。あなただって今回の任務、途中から乗り気じゃなかったでしょ? これはこの問題を穏便に解決・・・・・できる唯一の方法なの」


「……この女達があのカバールを倒すって事が重要なのか?」


「そうよ。お願い、私を信じて」


「……!」


 ビアンカに真っ直ぐ見つめられてユリシーズが僅かに動揺したように目を逸らす。そうだ。彼女の言うとおり、あの悪魔はローラ達が倒さねば意味がない。ユリシーズの助けを借りて倒したというのでは説得力・・・が無くなってしまう。



「……ちっ。訳が分からんが、まあいい。お前がそう言うんならこっちは任せるが、本当に大丈夫なんだな?」


「ええ、勿論よ。彼女達なら必ずやり遂げるわ」


 ビアンカが請け負うのに頷いてこの場を離脱しようとするユリシーズ。するとミラーカがまだ少し警戒した声音ながら彼に声を掛ける。


「……あの、私達を助けてくれたサディークという男はどうなったの?」


「あいつならアダムと相討ち・・・になったよ。ま、どっちも簡単にくたばるタマじゃないから死んではいないだろうがな」


「……! そう……」


 ミラーカは小さく頷くと、後は意識を切り替えてオセの方に集中する。やはりローラの知らない所で何か一悶着あったようだ。だがそれは後で聞けばいい事だ。ユリシーズはベルクマンとリキョウの戦いの方に介入していった。



「ミラーカ。皆も……ごめんなさい。後で説明するけど、これは――」


 折角ユリシーズの助力を得られそうだったのにそれを断って結局自分達だけで戦う事になり、ミラーカ達に負担をかけてしまう事を謝罪しようとするローラだが……


「皆まで言うな。解っている。これは君にとって必要な事なのだろう?」


「そうですね。ならば私達はそれに対して全力を尽くすだけです」


 セネムとモニカが頷いて賛意を示すように率先して再び戦闘態勢を取る。ヴェロニカやジェシカ、それにシグリッドら他の仲間達も同様だ。そして勿論……


「さっきあなたを信じるって言ったでしょう? 今更疑問を差し挟んだりしないわ」


「……! ミラーカ……皆……ありがとう」


 ミラーカも当然のように刀を構え直す姿を見てローラは少し涙ぐんでしまう。彼女らは何も聞かずに、そして何も不満を言わずにローラを信じてくれた。ならば自分はその信頼に応えなければならない。


『……愚かな女どもだ。貴様らだけでは私に手も足も出なかった事を忘れたか? まあ私にとっては好都合だがな!』


「……!! 来るわ!」


 ユリシーズが離脱すると見て取ってそれまで黙っていたオセが、こちらが結局ローラ達だけで挑むと知って嘲笑しながら再び襲い掛かってくる。ローラ達は今度こそこの悪魔を自らの力だけで倒すべく迎撃に入った。




*****




『……!!』


 一方でリキョウとベルクマンが死闘を繰り広げている方面。ベルクマンに向かって黒い火球が唸りを上げて飛んでくる。ベルクマンはそれに気づいて、虫翅を羽ばたかせながら大きく飛びのいた。リキョウもその黒火球が飛んできた方向に視線を向ける。


「……あなたが来た事には気づいていましたが、どういう風の吹き回しですか? この場に来ながらビアンカ嬢の護衛を放棄するとは何のつもりです?」


 リキョウの問いに火球を飛ばした人物……ユリシーズが肩をすくめた。


「他ならんそのビアンカがあっちには手を出すなと言うんだ。だったらこっちを早く片付けた方が間接的にあいつの護衛にはなるだろ?」


「馬鹿な……あのような女性達だけでカバールの悪魔に勝てるはずがないでしょう。今からでも……」


「いや、そう決めつけるのは早いかも知れないぜ?」


 リキョウの言葉を遮ってユリシーズが口の端を吊り上げる。


「あいつらはプランB・・・・に移行したイリヤの奴を正面から打ち破った。しかもあの指揮官役の女刑事がいない状態でな。今までこの街を守ってきたのは伊達じゃない。あいつらなら案外ジャイアントキリングを起こせるかもな」


「……!」


 イリヤを打ち破ったと聞いてリキョウは僅かに目を瞠る。あの女性たちが『正義の味方』の正体だというのは経過報告で知っていたが、基本的に女性は守るべき対象と考えるリキョウとしては今一つ信じられなかった。だが実際にイリヤを倒したとなると信じる他なさそうだ。



『……やれやれ、流石に2人を相手にするのはちょっとキツそうだなぁ。君達はあの怪物を倒したいんだろ? 見逃してくれれば僕は喜んで退散するよ。ここは一つ取引しないかい?』


 ユリシーズが加勢した事で旗色が悪くなったと感じたらしいベルクマンが、自身も怪物でありながらオセの方を指し示してそんな戯言をのたまってくる。


「何か勘違いしているようですが、あなたも同様に討伐すべき対象に変わりはありません。見逃すなど以ての外です」


「そういうこった。お前はお前で人を殺し過ぎたし、放置するには危険すぎる怪物だ。交渉の余地はない」


 2人にすげなく却下されたベルクマンは肩をすくめた。最初から応じるとは思っていなかったらしい。


『ふん、まあいいさ。それならそれで、こっちも本気・・でやらせてもらうだけさ!』


「……!」


 ユリシーズ達が警戒を強める。ベルクマンが四つ這いのような姿勢を取ると、奴の身体が更なる変形・・を来たした。臀部から奴の身体が伸びて、その脇腹から巨大な甲虫の歩脚のような器官が飛び出す。背の蟲翅は更に大きくなり、その身体を覆う甲殻がより厚くなる。そして両腕の鎌が人間の胴体など一撃で刈り取れそうな程に巨大化し凶悪な形状となった。


 完全な蟲型の怪物と化したベルクマン。姿だけでなく、奴から発せられるプレッシャーが更に上昇したのが分かる。



『……ここまでやるともう元の姿には戻れなくなる。でも死んだら元も子もないからね。君達を殺した後は完全なる『リーヴァーの王』として、人類の天敵としての役目を全うさせてもらうよ』



「け……完全に人間を辞めたようだな。だったらこっちも遠慮はいらねぇな!」


 ユリシーズが先制攻撃を仕掛ける。いくつもの黒火球……ヴぇルフレイムを連続して撃ち込む。ベルクマンは回避せずに全て着弾したが、爆炎の向こう側から無傷の怪物が突っ込んできた。


「何……!?」


『ははは、無駄だよ! さっきまでならいざ知らず、今の僕にこんな攻撃は効かないのさ!』


 ベルクマンは哄笑しながら腕の鎌を横薙ぎに振るう。そのスピードも更に向上しているようだ。咄嗟に回避したユリシーズだがかなり際どかった。ベルクマンが追撃してくる。


「回流・流転!」


 だがそこにリキョウが強烈な水の奔流を撃ち当てて妨害する。見ると彼の身体には青っぽい体色の大蛇……仙獣の『冥蛇』が巻き付いていた。白豹の麟諷は相変わらず『リーヴァー』達を牽制している。つまり仙獣の同時召喚を敢行しているのだ。


「そうすべきと判断しましたので」


 同時召喚は『気』を急速に消耗するので長期戦には向かない。それでも尚短期で決着をつけるべきと彼は判断したのだ。ベルクマンはそれほど剣呑な怪物と化していた。実際に今の冥蛇の水流攻撃も目に見えて効いている様子がない。


「確かにこいつは適当にやってて勝てる相手じゃなさそうだな!」


 ユリシーズもそう判断すると、その手に黒い炎で構成された剣……ヴェルブレイドを作り出してベルクマンに斬りかかる。ベルクマンの鎌を掻い潜りながら炎の剣で斬りつける。超高熱によって焼き切るというスタイルのベルブレイドで傷を付ける事は出来たが、完全には斬り裂けずにヴェルブレイドが弾けてしまう。


「おいおい、こいつでも斬り裂けないだと!?」


『今の僕の身体に傷を付けるとは。その能力は面倒だね!』


 ベルクマンは再び大口を開いて、そこから大量の黒い蟲……『リーヴァー』を吐き出してきた。人間形態の時より遥かに数が多い。それらの『リーヴァー』達はまるでベルクマンを保護するように奴の身体の周囲を飛び回る。


 『リーヴァー』達は再びヴェルブレイドで斬りかかろうとするユリシーズの動きを妨害しつつ、まとわりついて攻撃してくる。そこにベルクマン本体も攻撃を重ねてくる。二重構えの攻撃にユリシーズも対処しきれずに、胴体を斬り裂かれて鮮血が舞う。


 リキョウが撃ち込む水弾や水流も『リーヴァー』やベルクマン自身の強固な甲殻に弾かれて有効打を与えられない。そこに奴が反撃で飛ばしてくる『リーヴァー』の塊がリキョウを襲う。そちらに対処しているとベルクマンへの攻撃がままならなくなる。



「ち……意外にやるな……!」


「攻防一体の能力が厄介ですね……!」


 波状攻撃の前に被弾が増えてきたユリシーズが舌打ちする。リキョウも仙獣の同時召喚を行っている状態なので、被弾はしておらずとも急速に『気』を消耗している。このまま長期戦になるとこちらが不利だ。ユリシーズとリキョウ、2人の超人を相手取ってなお優勢に戦うベルクマンは、もしかすると単体ならカバールの悪魔さえ上回る難敵かも知れなかった。


『ははは! さっきまでの威勢はどうしたのかな!』


 ベルクマンは哄笑しながら更に攻勢を強めてくる。このままでは不味い。ユリシーズは決断した。


「おい、俺は今から奴に突っ込む。お前は俺にありったけの防御を掛けろ」


「……! なるほど、それしかなさそうですね」


 ユリシーズの意図を瞬時に見抜いたリキョウが頷く。そして彼に冥蛇の力で強固な水の防護膜を纏わせる。



「よし、行くぞ!」


 ユリシーズは全ての魔力を攻撃に注ぎ込んで最強度のヴェルブレイドを形成すると、あらゆる能動防御を放棄して一直線にベルクマンに突進する。


『……! 捨て身の攻撃かい!? そうは行かないよ!』


 ベルクマンは一時的に全ての『リーヴァー』を動員してユリシーズに殺到させる。人間を文字通り一瞬で骨だけにしてしまう脅威の捕食攻撃。だが……


「ぬぅぅぅぁぁぁぁぁぁっ!!!」


『馬鹿な……!?』


 ユリシーズの咆哮とベルクマンの驚愕が重なる。『リーヴァー』の集中攻撃はその大半をリキョウの水膜が防いでくれた。それによって水膜は消滅し、残った僅かな『リーヴァー』が身体に食らい付いてくるが、その苦痛を強引にねじ伏せて突進するユリシーズ。


 狙うは先ほど斬りつけて甲殻に傷が出来ている部分。あそこなら攻撃が直接通るはずだ。


『ちぃぃぃぃ!!』


 ベルクマンがこちらの首を刈り取る軌道で鎌を振るってくる。だがそれよりもユリシーズが奴のウィークポイントにヴェルブレイドを突き刺す方が僅かに早かった。


『っ!!』


「終わりだ、ゴキブリ野郎!!」


 ユリシーズは奴の体内に突き立てた状態でヴェルブレイドの魔力を解放・・した。高密度に凝縮されていた魔界の炎が圧力から解放されて一気に弾けた。



『ゴワァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!! ば、馬鹿な……僕の、使命は……これ、から…………』



 如何に強固な肉体と甲殻を持つ怪物でも、体内から魔界の炎で焼き尽くされては一溜まりもない。ベルクマンは……『リーヴァーの王』は、無念の断末魔を上げつつこの世から消滅した。同時にすべての『リーヴァー』共が統率を失って飛散していく。


 ローラの『特異点』よって呼び寄せられた魔物は、彼女とは無関係なユリシーズ達の手によって討伐されたのであった。

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