Episode25:集いし者達
「ビアンカ嬢に対する数々の狼藉。そして無辜の人々を数えきれない程に殺戮してきた罪。覚悟はできていますね?」
『ふふ、既に
互いににらみ合うリキョウとベルクマン。リキョウの傍には白と黒の斑模様の豹がいた。詳細は不明だがリキョウが従えているようだ。
『シハッ!!』
ハイブリッド蟲人間と化したベルクマンが再び口から『リーヴァー』を吐きつけてくる。どこまでも敵を追尾する変幻自在の遠距離攻撃。だがリキョウは回避しない。その代わりに傍らの白豹が吼えた。
すると彼の周りに風の防壁のようなものが出現する。先ほどビアンカを守ったものと同じだ。風の防壁に当たった『リーヴァー』はやはり弾かれて飛び散った。
「ふっ!」
その隙にリキョウ自身がベルクマンに一直線に踏み込む。敵は巨体の蟲人間だが一切恐れる素振りはない。ベルクマンがその両腕の鎌を繰り出してくる。ローラの目には消えたとしか思えないような速さだ。しかしリキョウもまた瞬間移動の如き身のこなしで鎌の斬撃を回避。ベルクマンに向かって片手を掌底で突き出した。
「砕破ッ!!」
リキョウの手から何らかの強烈な力が放出されてベルクマンを打ち据えた。だがそれを受けたベルクマンは怯みはしたものの即座に体勢を立て直して、鎌を横薙ぎに振るってきた。
「……!」
リキョウは目を見開いて飛び退る。
「……今の発勁は下級の魔物なら一撃で倒せる威力を込めたはずですが……なるほど、言うだけの事はあるようですね」
『糧を大分食らったんでね。今のままでも君に負けない自信はあるよ?』
「ほぅ、大きく出ましたね? ではこちらも本気で行かせてもらいます。
リキョウが呼びかけると、あの白豹(麟諷というらしい)が咆哮を上げて、ベルクマンに向けて空気の塊のような弾を連続で撃ち込む。しかしベルクマンも『リーヴァー』を吐き出して応戦してくる。風を操る麟諷と『リーヴァー』共が乱戦状態になる。
それを尻目に互いに接近戦に突入するリキョウとベルクマン。リキョウの体術は並外れており、尚且つ不思議な力も操るようだが、ベルクマンもまた恐るべき戦闘能力で応戦してくる。その身体を覆う甲殻は伊達ではないらしく、リキョウが決定打を与えられない様子だ。それでいて両腕の鎌やサソリの尾を使って多角的な攻撃を繰り出してくる。
ベルクマンの強さはもしかすると『ルーガルー』や『エーリアル』といった、ローラが過去に戦ってきた強大な怪物たちに匹敵するレベルかもしれない。
「ミス・ビアンカ! 今のうちに彼女達を……!」
リキョウが振り返らずにビアンカに指示する。すぐにはベルクマンを倒せないと判断してローラ達を逃がす事を優先したようだ。確かに自分達だけならともかく、ここには他にも無関係の女性たちがいる。全員怪物となったベルクマンの姿と、目の前で繰り広げられる超常の戦いに慄いて震えていた。ビアンカも同じ判断をしたらしく頷いた。
「ローラ、ここにいても彼の邪魔になるだけよ! とりあえず私達は、あの人達を安全な場所まで逃がしましょう!」
「そうね、分かったわ!」
勿論ローラもすぐに同意して、ベルクマンを警戒して銃だけは向けつつ女性たちの元へ移動する。
「さあ、皆、彼があの化け物を食い止めてくれるわ! 今のうちにここから逃げるわよ!」
ビアンカが女性たちを促す。入口を塞いでいた『リーヴァー』はリキョウが吹き飛ばしてくれていた。今なら逃げられる。女性たちも促された事で生存本能が優先したのか、一時恐怖を忘れてビアンカに先導されるままに入口に向かって走る。
ベルクマンはリキョウとの戦いに忙しく、こちらを妨害したりする余裕まではないようだ。もう少しでこの地獄から脱け出せる。その意識に女性たちだけでなくローラとビアンカも希望を抱くが――
「……っ!?」
突如、入口の向こう側から何かが空気を切り裂いて飛んできた。複数飛んできたそれは一本がビアンカの元にも飛来する。
「く……!!」
ビアンカは辛うじて回避が間に合ったが、彼女の横にいた女性2人が、それぞれ飛んできたその『何か』に胸を刺し貫かれて倒れた。他の女性たちが悲鳴を上げて再び足が止まってしまう。女性たちの殿を務めていたローラは、2人の女性を一瞬で絶命させたモノを見て目を瞠った。
(こ、これは……『剣』!?)
比喩的な意味ではなく、それは一見して中世で騎士などが待つ『
「……やれやれ、やっと捕捉したぞ、『エンジェルハート』よ。私が直々に出向いてお前の心臓を頂こうとした矢先に、まさかお前がこのような場所まで
「……!!」
闇が広がる通路の先から男が一人、姿を現した。壮年の域に差し掛かった茶髪の白人男性だ。しかし眉毛が綺麗に剃られて、反対に矢じりのように尖った変な形の顎ひげを伸ばしている。その特徴的な容貌で、ローラにもその男性が誰なのかすぐに分かった。
「え……ロ、ロバート・イングラム? あの投資家の……?」
LA在住の投資家で、アメリカのみならず世界中の有名企業の株主に名を連ねているとされる富豪だ。度々長者番付にも名前が載るほどの資産家で、テレビなどのメディアにもよく出るのでローラも顔を知っていたのだ。
なぜそんな人物がこんな所に、しかもこんなタイミングで現れるのか。更にいうなら先ほどイングラムは『エンジェルハート』という言葉を使った。それはつまり……
「……なるほど、あなたがこのLAに潜む
「……!」
ビアンカの言葉に自分の予想を肯定されてローラは息を呑んだ。カバールは『天使の心臓』に釣られて必ず辛抱できなくなると言っていたビアンカの言葉が思い出された。どうやら予想以上の
(……私が大統領だったら、なるほど確かに手放したくはないわね、これは)
ローラが内心でそんな事を考えている間にも事態は進む。
「しかし何やら面白い状況になっているようだな? よもやこの街を騒がせていた連続殺人鬼がお前を攫っていたとは。だがあの面倒な護衛を引きつけてくれているなら、私にとっては好都合だ」
イングラムはチラッと激闘を演じるリキョウとベルクマンの方に視線を向けて嗤うと、再びビアンカの方に向き直って近づいてくる。やはりローラの事は他の女性たちと同じで眼中にないようだ。だがそれならばローラにとっても都合がよかった。
彼女はイングラムの注意を引かないように無言で狙いを付ける。カバールの一員だと知れた時点で『超法規的措置』の対象になるらしい。つまり射殺しても問題ないという事だ。奴はローラの事は眼中にない。つまり今なら確実に神聖弾が当たる状況という訳だ。
ローラが奴を仕留めれば
――ドゥゥゥゥゥンッ!!
デザートイーグルの銃撃音が地下空間に轟いた。だが直後にローラは目を剥いた。イングラムの真横に、まるで彼を守るように巨大な『剣』が出現したのだ。本当に何もない空間から唐突に現れた幅広の剣が、その刀身でローラの神聖弾を受け止めた。
そして一瞬で粉々に砕け散った! だが神聖弾もその『剣』を破壊した事で相殺されてしまう。
「何……!?」
今度はイングラムが目を剥いた。奴は驚愕に見開いた目で、デザートイーグルを構えたままのローラを見やった。
「貴様……今の力は、何だ? 私の魔力の結晶である『
どうやら本人が意識しない攻撃も防ぐ
「く……! あなたの相手は私でしょ!」
ビアンカが歯噛みして、何とか奴の警戒をローラから逸らそうと攻撃に移る。グローブを嵌めた手を突き出して霊拳波動を連続で撃ちこむ。だがイングラムの周りに先程よりも小さい『剣』が、その代わりに何本も出現して、ビアンカの攻撃を全て弾いてしまった。複数の『剣』には傷一つ付いていない。本来は相当の強度であるようだ。だからこそ……
「我が剣を一撃で砕く貴様の力……看過できんな。『エンジェルハート』を食らう邪魔になりそうだ。何者か知らんが貴様から始末してやろう」
「……っ!」
ローラを警戒したイングラムが完全にターゲットを切り替えてしまう。勿論ビアンカは必死に食い下がろうとするが、奴はその儚い抵抗を無視してまず最初にローラを殺す気だ。
「……!! あれは……カバール!? ちぃ! こんな時に……!」
ベルクマンと戦っていたリキョウも事態に気づいて舌打ちすると、ビアンカを守るべく動きかけるが……
『ふは! 隙だらけだよ!』
「ぬぅ……!」
その隙を逃すベルクマンではない。即座にサソリの針が彼を襲い、リキョウはその対処に足を止めざるを得ない。
『何だか知らないが面白い事になってるようだねぇ! ほら、あの女達を守らなくて良いのかい!?』
思わぬ僥倖にベルクマンが哄笑しつつ煽ってくる。リキョウがビアンカに気を取られて集中できなくなっている事を見抜いたのだ。
仙獣の麟諷は『リーヴァー』共の相手で手一杯だ。麟諷を救援に向かわせると『リーヴァー』共も引き連れていく事になってしまう。だがベルクマンは後ろを気にしていて勝てる相手ではない。仙獣の同時召喚を行って、一方の仙獣をビアンカの援護に向かわせるしかなさそうだ。
それだと気の消耗が激しくなりベルクマン相手に不利になるが背に腹は代えられない。リキョウがそう決断して仙獣の同時召喚を敢行しようとした時、
「……!」
通路の奥から飛んできた
「炎の精霊よ! 侵害の力を!」
聞き覚えのある少女の声が響き、幾条もの火の弾丸が連続してイングラムに撃ち込まれる。
「ええい! 何事だ!」
それは剣の自動防御によって防がれたものの、イングラムの注意が完全にローラから逸れる。そこに
「ガウゥゥゥ!!」
「ふっ!」
左右から挟撃するように迫る
「むん!」
地上から低い姿勢で肉薄した
「はぁっ!!」
何度聞いても聞き飽きない美しい声。ローラが非常に良く知る麗しくも凛々しい気合の声。仲間たちの連携によって自動防御を潜り抜けた最後の影は、手に持っていた
「ぬぐわっ!?」
イングラムの苦鳴。奴の身体を斬り裂いたその影は、そのままローラのすぐ横に着地した。
「ローラ、無事!?」
「ミ、
ローラは喜びと安堵のあまりその目に涙を滲ませる。そこには愛しい恋人であり相棒でもあるミラーカ、そして彼女だけでなくセネム、シグリッド、ジェシカ、そしてヴェロニカとモニカの姿まであった。
なぜ全員が揃ってここにいるのか。そんな事はどうでも良かった。今ここにローラの仲間たちが勢ぞろいしたのだ。もうこれで何も恐れるものはない。そう強く思えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます