Episode23:二つの凶星(2)
「……そう、解ったわ。アマンダの容体は?」
「命に別状はありませんでしたが精神的にまだ不安定なようで、可能であればしばらく休職させるようお願いできませんか?」
『リーヴァー』事件の捜査を進めるローラは、警察署で部下であるリンファから
「ええ、勿論よ。それと同時にカウンセリングも受けるようにあなたから勧めておいて頂戴。それと……アマンダだけじゃなくて、あなたにも1週間の休職を与えるわ。少しゆっくりと休みなさい。これは命令よ」
「……! は、はい……了解しました。この度は私の力不足でご迷惑をおかけしてしまいましたし」
リンファは自嘲気味に俯くが、ローラはかぶりを振った。
「あなたは間違いなく最善を尽くしてくれたわ。全てはベルクマンがそんな怪物と化していた事を見抜けなかった私の責任よ」
ローラはそう言ってリンファに気にしないよう伝えて、彼女にも休職を与えた。リンファを見送ったローラは、
『もしもし、
「……ええ、
ローラはそう言って電話の相手……ビアンカにため息をついた。
『……! リキョウと? 彼からそんな話は聞いてなかったわね』
ビアンカが咄嗟に出した名前はリンファから聞いた人物の名前と一致する。やはり間違いないようだ。
「あなた達も『リーヴァー』を追っているというのは出まかせじゃなかったのね。私の部下は随分あなたの仲間を信頼している様子だったわ。『彼』にこの事件の解決を任せるべきとさえ進言してきたわ」
『……! そうなの? あなたの部下って……女性?』
「え? ええ、まあ……そうよ。中国人の移民でね。あなたの仲間も中国人らしいから気が合ったんじゃないかしら?」
『……ふぅん、そうなのね……』
ビアンカが何故か若干不機嫌そうな調子になる。ローラはそれだけで何となくだが彼らの関係を察した。とはいえローラには関係のない話なので今ここで突っ込んだりはしない。
「それより
悪魔に襲われるビアンカを助けたあの夜。あの後彼女から
ローラはそれに応えて自分の事情……即ち自分が悪魔のクォーターであり、『特異点』という魔物を呼び寄せ続ける性質が備わっている事を打ち明けた。
『特異点』と『天使の心臓』。共に望まぬ存在を引き寄せる極めて厄介な特質を背負わされた境遇。2人の女が互いにシンパシーを感じるのにさして時間は掛からなかった。
『……! ええ、勿論よ。奴等は必ず私を狙って現れる。この街にカバールが潜んでいるという情報は得られてなかっただけに、もし釣り出して討伐できればそれは望外の大手柄よ。その『実績』があれば
お母様。ウォーカー大統領をそう呼ぶビアンカは、大統領の実の……そして唯一の娘だ。ローラがこの話に乗ってみようと思ったのもそれが要因であった。大統領を
また肉親というだけでなく、彼女の『天使の心臓』は大統領にとっても得難い戦力であり、二重の意味でビアンカの
ローラがカバールの悪魔を倒す事で、今後もLAをカバールの影響力から守るに当たってローラ達がいてくれた方が都合がよいと大統領に納得させるのだ。そうと決まれば善は急げだ。
「今『リーヴァー』に逃げられた事もあって、捜査は一時的に停滞状態になってるわ。可能なら今のうちに片づけたいから、今夜会えないかしら?」
『そうね。『リーヴァー』もだけど、カバールに関しても対処するのが早ければ早いほどいいしね』
「ありがとう。じゃあ今夜10時に私の部屋で。そこで
ビアンカの同意を得たローラはそう約束して電話を切った。『リーヴァー』は取り逃がしたものの、それはビアンカの仲間が追っているらしいし、大統領府の問題ももしかしたら解決できるかも知れない。暗中模索の状態から僅かではあるが展望が開けてきた事に、ローラは安堵の息を吐くのだった。
*****
その夜、時間ピッタリにビアンカが訪ねてきた。
「へぇ、結構いい部屋なのね。刑事っていうから官舎みたいな所に住んでるのかと思ったわ」
部屋に入ったビアンカはそう言って辺りを見渡す。ローラは苦笑した。
「FBIなんかだとそういう所もあるみたいだけど、うちは所詮民間企業と大差ない感じだしね。でもグールが暴れたりとか過去には色々あったけど」
「ああ……『特異点』の影響って事? 人の事は言えないけど大変ね」
ビアンカはすぐに事情を察してやはり苦笑した。2人はリビングで向かい合って座る。
「それで……何か計画はあるの? 敵の正体の予測は付いているの?」
ローラが口火を切ると、ビアンカはあっけらかんと肩をすくめる。
「全然。あえて言うなら州議員のラスボーンが眷属の中級悪魔だったから、恐らくはそれ以上の立場の人物だろうって事くらいね」
「え……そ、それだけ?」
ローラは少し呆気に取られてしまう。『天使の心臓』などという負荷を抱え、悪魔に命を狙われている割には随分楽観的ではないだろうか。だがビアンカは苦笑した。
「まあ本職の刑事さんから見たら信じられないかもしれないけど、私達は基本
「……その隠れてるカバールも必ずあなたの前に姿を現すって事?」
「そういう事。眷属を差し向けてきたんなら私がこの街にいる事を知っている訳だから、いずれ必ず辛抱が効かなくなるわ。ましてや差し向けた手下が返り討ちに遭ったって状況なら尚更ね」
ビアンカは気負うでもなく自信たっぷりに言ってのける。それが却って彼女が言っている事が真実だと告げていた。
「それに加えて今は私の
ビアンカは悪戯っぽく笑う。彼女の言うボディガードというのは、他のエージェント達の事だろう。
「その人達にこの事は報せてないの?」
「ええ、今はまだね。言ったら絶対反対されるし、この街にもカバールがいて私を狙ってるなんて知ったら、もう私の傍を離れなくなっちゃうしね。そしたら
「…………」
それでこの問題が解決するのであればローラとしては望む所だ。彼女は大きく息を吐いて頷いた。
「はぁ……解った。何とかやってみるわ。あなたの仲間にずっと張り付かれてるのも精神衛生上良くないしね。この間は私の相棒のミラーカが、ユリシーズとかいうあなたの仲間の一人にバーで粉かけられたらしいし。そういう心配もなくなるかと思うと……」
「……は? ユリシーズ? 彼が……バーで、何ですって?」
その瞬間ビアンカの雰囲気が変わり、目が据わってひんやりした空気を纏った……ように見えた。
「ビ、ビアンカ……どうしたの?」
「……ふふ、ねぇ、ローラ? その話、詳しく聞きたいわね。あなたの相棒って
一見にこやかで、しかし目だけは笑っていない顔で問い詰められたローラは、自分が当事者でもないのに妙な冷や汗が背中を伝うのを自覚した。その迫力に押されるようにして彼女は、ミラーカから聞いた話をそっくりそのままビアンカに伝えてしまった。
「ありがとう、ローラ。うふふ……そう。『アンタのような美女とお近づきになりたい』、ね。よく分かったわ、うふふふ」
不気味な笑い声を響かせるビアンカを見て、ローラは他人事ながらそのユリシーズという男性に同情してしまった。とはいえミラーカに粉を掛けられたと聞いて気分が良くなかったのはローラも同じなので、そこは
と、その時ビアンカの携帯が鳴った。
「あら? リキョウからだわ。ちょと出てもいいかしら?」
リキョウというと『リーヴァー』を追っているという中国人のエージェントか。リンファとアマンダを助けてくれたらしいし可能ならローラからもお礼を言いたかった。とりあえずどうぞと促すと、ビアンカは礼を言って電話に出た。
「リキョウ? どうしたの? 任務中は基本的に直接連絡は控えるようにと…………え? 何ですって、『リーヴァー』が?」
通話を聞くうちにビアンカの表情が厳しいものになっていく。何か不測の事態でも起きたのだろうか。
「……本当に? ええ……ええ……そうね、解ったわ。とりあえず
彼女が電話で自分の所在地を伝えようとした時だった。
――ガシャァァァァンッ!!!
「……っ!?」
部屋の窓ガラスが一斉に割れ散った。ローラとビアンカが共に驚いて振り向くのと同時に、室内に大量の
「な……!?」
「こいつら……『リーヴァー』!?」
意思を持った黒い蟲の集合体。それはまさに今LAを騒がせている、人間の殺害だけを目的に作られたという怪物『リーヴァー』であった。ビアンカの『天使の心臓』に釣られて現れるだろうカバールの悪魔への対処を話し合おうとしていた矢先に、まさかカバールとは関係ない『リーヴァー』が脈絡なく襲撃してくるとは完全に想定外であった。
(いや……)
脈絡はある。ローラ自身の『特異点』だ。無意識に人外の魔物を呼び寄せる
「クソ……!」
幸いというか着替えてはいなかったのでデザートイーグルは懐にあったが、正直それが効くような相手とは思えない。『リーヴァー』はローラにとってかなり相性の悪い魔物だ。
「と、とにかく外へ……!」
ビアンカも打つ手がないようで、腕を振り回して蟲を払いながら何とか部屋の外に出ようとする。だが割れた窓から侵入してくる黒い蟲は物凄い勢いで増殖していき、殆ど部屋中を埋め尽くして視界が封じられてしまう程であった。
当然『リーヴァー』共はどんどん2人の身体に纏わり付いて動きを封じてくる。振り払ったりがとても間に合わないスピードだ。今までの事件の被害者のことを考えたら、これだけ『リーヴァー』に集られたらもうその時点で骨だけになっていそうなものだ。
だが不思議とこの『リーヴァー』達から
「……っ!」
身体をビクンと跳ねさせてその場に倒れるローラ。当然すぐに『リーヴァー』が群がってくる。ビアンカも同様に身体を麻痺させられて倒れていた。彼女の身体に群がった『リーヴァー』達が、何とその身体を
ローラは同様に自身の身体も『リーヴァー』によって持ち上げられ、どこかに運ばれていくのが分かった。分かっていながら何も出来なかった。
(ミ、ミラーカ……)
為す術もなく意識を失う寸前、彼女は愛しい恋人の姿を脳裏に浮かべるのだった……
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