Episode22:強行脱出

「皆、大丈夫? ナターシャもよくやってくれたわ。勝てたのはあなたのお蔭よ」


 イリヤの撃破を確認したミラーカが、仲間たちを労いつつナターシャにも感謝する。彼女が人質に取られた時は本気で焦ったが、結果的に彼女の機転でむしろ勝利に繋げる事ができた。


「本当ですよ。まあ、いきなり私に振られた時は一瞬焦ってしまいましたけど」


 モニカも同意するように頷いて苦笑する。そういう彼女も咄嗟の演技にしては上出来であった。


「私にはこれくらいしか取り柄がないから。最後に足手まといにならずに済んで良かったわ。でも……あなた達もここに囚われていたのね?」


「うむ、まあ、詳細を話せば長くなるが、君が調べてくれた例のエージェント達に我々も敗北して捕まってしまっていたんだ。だがそのうちの一人であったサディーク殿下が我々を解放して下さったのだ」


「……!」


 セネムの言葉にナターシャが驚いて目を瞠った。ミラーカが手を叩く。


「さあ、あまり長話できる状況じゃないわ。一刻も早くここを脱出しましょう。そしてローラにこの事を伝えなければ」


 プランBとやらを選択した連中は既になりふり構わなくなっている。イリヤは倒したが他のメンバーは健在な以上、ローラの身にもいつ危険が及ぶかわからない。


「うう……そうですね。私達も早くここから出たいです」


 ヴェロニカもゾッとしない様子で身を震わせる。変身を解いていないジェシカやシグリッドも勿論同感という風に頷く。ナターシャを含めた全員で今度こそこのシェルターを脱出しようとする一行だが……



「……なるほど、あんた達がどうやって並み居る強力な人外どもを討伐してきたのか……その一端を垣間見せてもらったぜ」



「「……っ!!」」


 唐突に聞こえてきた男の声に、ミラーカを始めその場にいた女達は弾かれたように部屋の入口に視線を向けた。一体いつからそこにいたのか。縁にもたれかかるようにして腕を組んでいる黒い短髪に黒スーツの男……ユリシーズがこちらを睥睨していた。


「ち……イリヤの撃破に手間取りすぎたわね」


 ミラーカは舌打ちして刀を構える。他の面々も各々戦闘態勢を取ってナターシャを後ろに庇う。女性たちの緊張した視線を集めながらゆっくりと部屋に入ってくるユリシーズ。


「いや、実際に大したモンだよ。あのガキはまだまだ詰めが甘い所はあるが、その力自体は決して弱くはなかった。まさかあんた達が勝てるとは思ってなかったよ」


 言いながらその身体から溢れ出す魔力がどんどん濃密で研ぎ澄まされたものになっていく。その凄まじい圧力もさる事ながら、ミラーカはその魔力のが気になった。彼女は以前にこれに似た魔力の持ち主と遭遇した事がある。


「あなた……半魔人・・・ね?」


「……っ!?」


 仲間たちが驚いてミラーカを見やる。ユリシーズ自身も若干目を瞠っていた。


「ほぅ……たった三度しか会ってないはずなのに見抜かれるとは……もしや以前に同族・・にでも会ったか?」


「ええ。下種野郎だったけどね。お似合いの場所ゲヘナにお帰り願ったわ。あなたも後を追ってみる?」


 ローラの実父・・を名乗る男。ローラを『特異点』に仕立て上げ、LAに怪物を呼び寄せ続けていた真の黒幕。奴もまた肉体的には人間と悪魔のハーフであった。目の前のユリシーズはあの男と似た気配の魔力を纏っているのだ。


魔界ゲヘナか。興味がない訳じゃないが……生憎今はこっちの世界が気に入ってるんでね。同窓会・・・はまた次の機会にさせてもらうよ」


「……!」


 奴の魔力が更に膨れ上がり、凄まじいまでのプレッシャーにミラーカ達は無意識に後ずさっていた。かなりマズい状況だ。皆イリヤとの戦いでかなり消耗している。そこに持ってきて恐らく、いや確実にこの男はイリヤよりも強い。


 単純なパワーだけならともかく、先ほどいみじくもこの男自身が言っていたように、イリヤには子供故の隙の多さや脇の甘さがあった。だがこの男にそれは期待できないだろう。ユリシーズと全面対決となれば、ミラーカ達の側も相応の犠牲・・を覚悟しなければ勝てない。そういうレベルだ。



「……ミラーカ。ここは撃破よりも脱出を優先すべきではあるまいか?」


「奇遇ね。私も丁度そう言おうと思ってた所よ」


 セネムが小声で提案してくるのにミラーカも同意する。全員が無事にローラの元に戻れなければ意味がない。ユリシーズ相手に玉砕する事がミラーカ達の目的ではないのだ。会話を聞いていた他のメンバーも自然とユリシーズから距離を取るように動き始めるが……


「……悪いが誰も逃がす気はない。あんた達は未だに『重要参考人』だからな」


「……!?」


 そんな彼女たちの動きを察知したらしいユリシーズがかぶりを振った。それと同時にミラーカ達は新たな驚愕に目を瞠る事となった。


 ミラーカ達が入ってきた……つまりユリシーズが現れたのとは反対側にもう一つ出入り口があった。彼女たちはそこを目指して進もうとしていたのだが、その扉の前の空間が唐突に歪んだ・・・


 その歪みはすぐに人の形を取って実体を露わにした。まるで何もない空間から唐突に出現したようなその人物は、2メートルはあると思われる巨体の黒人男性であった。短く刈り込まれた髪と厳つい威圧感溢れる風貌は軍人のような印象を与えた。迷彩柄のズボンとモスグリーンのシャツという格好もその印象を補強していた。


「……っ! あ、あなたは……アダム!」


 シグリッドがその顔を若干青ざめさせて唸る。それだけでミラーカ達にはこの新たに出現した黒人の正体が察せられた。シグリッドを正面からあっさりと叩き伏せて捕らえたという、大統領府のエージェントの一人だ。



「お前達の戦いはずっとここで観察していた。見事な戦いだった。強大な『個』に対する連携。それがお前達の強さの秘訣か」



「……!!」


 つまりこの男はイリヤのテレポートのようにいきなり現れたのではなく、透明・・になっていたという事か。そしてミラーカ達はイリヤとの激闘の最中、誰一人その存在に気づかなかったのだ。


 そして驚愕はそれだけでは終わらなかった。


「ならば……こちらも本気・・で対処せねばなるまい」


 そういうアダムの両腕が割れた・・・。そしてそれぞれの腕の割れた中から、右腕からは鋭利なブレードが、そして左腕からは流線型のフォルムをした『銃』のような物がせり出したのだ。


「な、何ですか、アレは?」


「ロ、ロボット……?」


 ヴェロニカとナターシャが唖然として目を丸くする。だがミラーカ達も心情は似たようなものであった。


「……詳細は不明ですが、どうやら何らかのサイボーグ・・・・・であるようです。それもあのクリスという男に近いような……」


「……! ええ、どうやらそのようね。全く……流石アメリカ政府という訳かしら? 揃いも揃ってとんでもない化け物ばかりだわ」


 シクリッドの説明に緊張した表情で頷くミラーカは、その口の端だけを皮肉げに吊り上げた。特異な外見だけでなく、アダムから発せられるプレッシャーそのものも、ユリシーズのそれに何ら劣ったものではない。この男もまた自分達が総力を挙げて挑まねば倒せないような怪物だ。



 ユリシーズとアダム。1人だけでも総力で倒せるかどうかという怪物が、2人。今、ミラーカ達は絶体絶命の危機にある事を自覚せざるを得なかった。


(流石に今回ばかりはどうにかなる気がしないわね。でも……私は必ずローラの所へ帰るのよ。お願い、ローラ。私達に勇気と力を貸して……)


 ミラーカが悲壮な覚悟に身を固めて、それでも強行離脱を試みようとした時だった。



「へっ、ようやく2人とも出てきたな。この時を待ってたんだよ」



「……!?」


 聞き覚えのある第三の男の声。同時に恐ろしく研ぎ澄まされた霊圧がその場の空気を塗りつぶした。そして次の瞬間、部屋に一つの影が飛び込んできて、ユリシーズに対して二振りの曲刀・・・・・・を煌めかせた。


「うおっ!? お前……!」


 ユリシーズが目を瞠って飛び退る。ユリシーズもアダムも、そして勿論ミラーカ達も……。その部屋にいる全員の視線が新たな乱入者に注がれた。


「サ、サディーク殿下……」


 セネムが目を見開く。それはミラーカ達の脱出に手を貸してくれた男サディークであった。その両手には既に二振りの刀を構え完全な臨戦態勢だ。ただしその対象はミラーカ達ではない。


「……俺の『結界』がこの女達に破れたとは思えなかったんだ。やはりお前が手を貸していやがったのか」


「これは何のつもりだ、サディーク。まさかこの女達の味方でもする気ではあるまいな?」


 彼の闘気を向けられている対象……ユリシーズとアダムが疑問と怒りに目を細める。だがサディークはそれを鼻で笑い飛ばした。



「はっ! てめぇら、自分達のやってる事を客観的に見れねぇのか? 女に暴力振るって無理やり誘拐して監禁した挙げ句、逃げようとしてるだけの女達を追い詰めて暴力で制圧しようとする。断言してやる。今のてめぇら、完全に悪人・・だぜ?」



「……!」


「……自分達のしている事の是非など関係ない。ただ大統領閣下の命令を遂行するだけだ」


 サディークの容赦ない指摘にユリシーズが若干動揺したように顔を歪めるが、アダムは軍人らしい冷徹さで流す。


「へ、軍人ってのは楽だな。自分の頭で考えずに、全部に責任転嫁できるんだからよ。生憎俺は軍人でも役人でもねぇ。そしてこの国の人間ですらねぇ。俺が理不尽と感じた命令に従う義務なんざ無いんだよ」


「……お前こそ自分が何してるか分かってるのか? これはもう洒落や冗談じゃ済まないぞ?」


 ユリシーズが何かの感情を抑えたような口調で問うが、サディークは一切の躊躇いなく首肯した。


「当然分かってるに決まってんだろ? ビアンカ・・・・に会えなくなるのは残念だが、その為だけにお前らみたく自分を曲げる気はサラサラねぇ」


 ビアンカというのはローラが会ったという指揮官役のエージェントの事か。サディークの意識が一瞬だけミラーカ達の方を向く。



「ボサッとしてんじゃねぇ! さっさとここから出ていきやがれ! お前らにいられると邪魔なんだよ! そっちの扉を進んできゃ出口に着く!」


「……! サディーク殿下、ありがとうございます! ミラーカ、皆、殿下が奴等を抑えて下さる! 今のうちに逃げるぞ!」


 サディークの怒号にいち早く反応したセネムが仲間たちを促す。シクリッドもヴェロニカ達もこの機会は逃せないとばかりに、物も言わずに一目散に出口に向かって掛ける。


「……先の態度は謝るわ。本当に、ありがとう」


 ミラーカもサディークの背中に礼の言葉を投げかけると、すぐに仲間たちを追って走り出した。


「……! 逃しはせん! 『バインドアンカー』!」


 それを察知したアダムが逃げるミラーカ達の背中に手を向けると、そこから目に見えないほど微細な繊維で構成された網のようなものを射出してきた。それは放射状に広がって逃げるミラーカ達を包もこもうとするが、その間に素早く割り込むのはサディークだ。


「ふんっ!」


 気合一閃。彼が曲刀を振るうと、アダムの投擲した網が斬り裂かれて効力を失う。


「女の尻ばっか追いかけてねぇでまずは俺と遊んでくれよ。てめぇらとは一度本気でやりあってみたかったんだよ」


「ち……馬鹿が! どうなっても知らんぞ!」


 苛立ったユリシーズがその魔力を全開にする。それを受けてサディークも霊力を更に高める。アダムも彼に対して光線銃を向け、完全に排除モードに移行する。



 全力でシェルターの出口に向かって駆けるミラーカ達の背後で恐ろしい力と力のぶつかり合いが始まった。怒号や剣振音、そして何かの爆発音などが後ろから間断なく響いてくる。


「……っ。振り返らないで! とにかくここを脱出するわよ!」


 その強大な力のぶつかり合いに動揺する仲間たちを叱咤しながら、ミラーカは自分にも言い聞かせるようにひたすら出口に向かって走る。


(ローラ……私達は生きるも死ぬも一緒よ。もう絶対に離れたりはしない……!)


 ミラーカは駆けながら、自分を鼓舞するように愛しい恋人の顔を思い浮かべ続けるのだった……

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