Episode21:イリヤとの対決

「風の精霊よ、侵害の刃を!」


 モニカの作り出した真空刃がイリヤに襲い掛かる。しかしそれは彼が張り巡らせるESPの障壁によって虚しく弾かれて終わる。だがイリヤの注意を彼女に向ける効果はあった。


「もう、煩いナぁ! 何なのさ、その力!」


 苛立たしげに眉をしかめた少年はモニカに向けて衝撃波を叩きつける。不可視のエネルギーの波が空気を振動させつつ迫るが……


「風の精霊よ、守護の防壁を!」


 自らの前に風の防壁を纏って防御するモニカ。そこにイリヤの衝撃波がまともに衝突する。


「う……あぁぁっ!!」


 そして余りの威力に耐え切れずに吹き飛ばされた。風の力で軽減は出来たものの、それでも殺しきれなかった衝撃によって背中から壁に叩きつけられるモニカ。



「モニカ!」


 見ていたナターシャが悲鳴を上げる。だがミラーカ達はそれを認識しながらも歯を食いしばってイリヤへの攻撃に集中する。モニカが敵の注意を引きつけてくれたお蔭で彼女らが接近する時間を稼げた。


「ふっ!!」


 最初に接近したミラーカが斬りかかる。魔力を帯びた妖刀は刀身に絶対の強度と切れ味を付与している。イリヤの障壁と接触した刀は大きく弾かれたものの、弾いたイリヤの方も少し身体を揺らして眉をしかめた。その隙に今度は後ろからシグリッドが迫る。


 鍛え抜かれたトロールの力で繰り出される蹴撃。当たれば小さな少年など一撃で即死だ。イリヤは咄嗟にテレポーテーションを発動してその攻撃を躱した。だが……


「そこだっ!」


「……!」


 その転移先を見越したようにセネムが二振りの曲刀を振りかざして突進する。イリヤの視線とテレポート先の関係を見破ったのだ。イリヤの大きな目が一瞬驚愕に見開かれた。セネムはそのまま曲刀を交叉させるようにして斬りつけるが、


「ぬぐ……!? か、身体が……」


 斬りつけようとした姿勢のままセネムの動きが止まる。いや、不可視の力によって止められたのだ。そのまま宙吊りに持ち上げられるセネム。


「あんまり調子に乗らないでヨね。僕の力ならお前を殺すことなンて造作も――」


「――させない!」


 サイコキネシスでセネムの身体を捻ろうとするイリヤだが、そこに再びミラーカが斬りかかる。今度は翼を生やした戦闘形態に変身して、更なる速度と威力の斬撃を繰り出す。


「……!」


 イリヤは再び驚愕に目を剥いて、障壁でその斬撃を防ぐ。やはり弾かれたものの、先ほどよりも大きな衝撃がイリヤの身体を揺さぶった様子であった。セネムがサイコキネシスから解放されて床に落ちる。



「……! シグリッド、あなたも変身して全力攻撃よ! セネムはさっきのように奴の回避先を先読みして攻撃を重ねて!」


「了解です」「わ、分かった! 牽制は任せろ!」


 それを見たミラーカが素早く作戦を立てて仲間たちに伝達する。シグリッド達は余計な疑問を差し挟む事無く即座に従う。シグリッドも角を生やした魔人形態となってイリヤに特攻を仕掛ける。人間時よりも強力な打撃はやはり強固な障壁を破るには至らないが、殺しきれずに伝搬した衝撃がイリヤの身体を揺さぶる。


「ち……!」


 イリヤが舌打ちしてテレポートで逃れる。しかしそこに視線で先読みしたセネムが転移先に狙いを定めて斬りかかる。


「……! こイつ……!」


 イリヤが咄嗟に反撃しようとすると、そこにミラーカやシグリッドが攻撃してきて妨害する。さらにそれだけでなく……


「炎の精霊よ、魔を滅する力をっ!」


 最初のダメージから立ち直ったらしいモニカも攻撃に加わってくる。遠距離攻撃を用いた巧みな後方支援でイリヤの動きを阻害する。4人の連携攻撃の前にイリヤは反撃が追い付かずに防戦一方になる。



「……っ! クソ……! お前ら、調子に乗るナよ!」


「……!!」


 イリヤが全方位に拡散する衝撃波を放ってきた。威力はそこまででもないが、全員衝撃に曝されて動きが止まる。その隙にイリヤは別の超能力を発動させる。


 そのホール内にあったベンチやトレーニング器具、棚やロッカー、テーブルなどあらゆるオブジェクトが一斉に宙に浮いた。サイコキネシス。それも恐ろしく強力で広範囲な代物だ。


「お前ら、全員死んじャえっ!!」


 イリヤの怒りに合わせて、それら無数のオブジェクトが高速で旋回し始める。百キロを超えるような質量をもつ金属の塊が目にも留まらぬ速度で旋回しているのだ。その一つにでも当たったら場合によっては即死するだろう。常人であるナターシャが悲鳴を上げて蹲る。


「……っ! まるっきり癇癪を起こした子供ね!」


 ランダムに、かつ高速で旋回する凶器の渦に、さしものミラーカ達も手を出しあぐねて回避や防御に専念せざるを得なくなる。


「アハは! 僕に勝てる訳なイんだよ!」


 主導権を握り返したとみたイリヤが哄笑し、さらにオブジェクトの旋回速度を速めてくる。それだけでなくそれらのオブジェクトの中からランダムで、急にミラーカ達を個別に狙ってくる動きをする物があり、高速で動き回る他のオブジェクト惑わされたミラーカ達はそれに対処しきれず被弾してしまう。


「ぐ……!!」「……っ!」


 風の防壁で身を守れるモニカ以外の戦士たちは徐々に被弾によるダメージを蓄積させていく。だが反撃しようにも凶器の渦はイリヤを守る防壁となっていて手が出せない。ミラーカ達だけが一方的に攻撃を受け続ける状態が続く。



「アハははは! …………はっ!?」


 ミラーカ達を一方的に攻め続けていた魔少年の哄笑が戸惑ったように中断される。それと同時にオブジェクトの竜巻の勢いが明らかに減衰した。止まってはいないものの、オブジェクトの種類が視認できる程度にまで減速したのだ。その原因は……


「……いい加減にしなさい、この悪魔!」


 そこにはこちらに両手をかざして力を集中させている姿勢のヴェロニカがいた。やはり超能力者である彼女が自身のサイコキネシスでイリヤの力に干渉したのだ。彼女の傍らにはモニカの姿が。どうやら消耗していたヴェロニカを回復させたのは彼女であるらしい。そしてモニカが回復させたのは当然ヴェロニカだけではなく……


「こノ……僕ヨり弱い癖に生意気な……!」


「……っ! ぐ……な、何て力……!」


 イリヤが怒りと共に力を高めると、早速押し返されて弾かれそうになるヴェロニカ。だがそこにイリヤに迫る新たな影が。


「Gurururururuuuuu!!!」


「……!!」


 人狼の姿に変身したジェシカが、鉤爪を振りかざしながら突進してきたのだ。イリヤはさすがに顔を引きつらせて、強引にヴェロニカの干渉を振りほどいて即座に障壁を張り巡らせる。それによってジェシカの攻撃は防ぐことが出来たが……


「……! 今よ、一気に畳み掛けるわ!」


 ヴェロニカの妨害によって竜巻の勢いが衰え、その合間を縫ってきたジェシカの攻撃を防御するために障壁を張った事でサイコキネシスが完全に止まった。大量のオブジェクトが重力に引かれて落下する音が響き渡る。勿論その隙を見逃すミラーカ達ではない。


「はい」「うむ!」


 シグリッドとセネムも、ミラーカに続いて攻勢に転じる。もちろん攻撃を弾かれたとはいえ、ジェシカもすぐに体勢を立て直して追撃する。


「ちょ……ちょっト待ってよ! 寄ってたかっテ卑怯だぞ、お前ラ!」


 焦ったイリヤが思わず漏らした悲鳴。だがミラーカは冷徹にそれを切り捨てる。


「卑怯? これは遊びじゃないのよ、坊や。それで勝てるなら……自分の目的を達成できるなら、どんな卑怯・・な手でも使ってみせる。死ねば何も為す事は出来ないのよ」


「……!」


 なまじミラーカ達が寄ってたからないと・・・・・・・・・勝てないくらいの強さを持っていた事が、この少年の不幸であった。



「クソ……!」


 イリヤは苦し紛れにテレポーテーションを発動して追撃から逃げる。すかさずセネムがその視線から転移先を予測するが……


「む……!」


 セネムが唸る。イリヤの姿が……離れて戦いを見ていたナターシャ・・・・・の真後ろに出現したのだ。


「え……きゃあぁぁぁっ!?」


「ナターシャ!?」


 ナターシャの悲鳴。ミラーカ達が妨害する暇もなかった。赤毛の新聞記者の身体はイリヤのサイコキネシスによって拘束され、そのまま宙吊りにされる。


「アハハ! 動いたラこの人の首を折るよ? まさか卑怯・・だとか言わなイよね?」


「……っ!」


 ミラーカ達の動きが止まる。イリヤは彼女らの動きを油断なく見据えながらも口の端を吊り上げた。再び主導権を取り返した。あとはもう油断せずに一人ずつ確実に処理していけばいい。早速それを実行しようとするイリヤだが……



「わ、私を甘く見るんじゃないわよ、坊や。私も皆の仲間の一員よ。死ぬのなんて怖くない。殺したければ殺しなさい」


「……?」


 その時イリヤがただの人質としか認識していなかったナターシャが、不自由な姿勢で拘束されたまま睨んできた。歯牙にも掛けていなかった相手に反抗されたイリヤは不快げに鼻を鳴らす。


「強がらない方がいイよ。お前たちは皆『チョーホーキ的ソチ』の対象なンだ。殺したって問題ないって事。僕はやると言ったら本当にやルよ?」


「だから……やれるものならやってみなさいよ。怖くないってのは本当よ? そこにいるモニカは死者の蘇生・・・・・だって出来るんだから、私を人質に取ったって無意味よ」


「何だっテ……!?」


 イリヤが目を剥いた。実際にはモニカ個人が出来るのは重傷者の治癒までであり、かつての『カコトピア』との決戦後のような「蘇生の奇跡」は二度と成功しないだろう。だがそれを律儀に説明するつもりは当然ない。


 モニカが(彼女にしては)自信たっぷりに演技して頷いた。


「ええ、そうですね。アレ・・は非常に疲れるので出来ればやりたくありませんが、当然ナターシャさんを助ける為なら話は別です」


「……!!」


 モニカが当然のように首肯した事でイリヤが動揺する。真偽を確認したいが、さすがにこの状況でテレパシーに集中する事は出来ない。


「ふふ、ほら、どうしたの、坊や? 早く私を殺しなさいよ。そしたら『人質』がいなくなったミラーカ達は思う存分戦えるでしょうから。それともまさか彼女達の事が怖くなっちゃったのかしら?」


「……っ! う、うるサい! ただの人間の癖に! もういいヨ! そんなに殺してほしイんなら、望み通りにしてあげルよ!」


 常人のナターシャに小馬鹿にされたように嗤われたイリヤは、その美顔を怒りで真っ赤に染め上げて彼女の首を捻ろうとする。だが……彼はナターシャに意識を向けるあまり、周囲の状況・・・・・を疎かにしてしまった。いや、あるいはそれがナターシャの狙いだったのかもしれない。


 ミラーカ、セネム、シグリッド、そしてジェシカ。ずっとイリヤの隙を窺い続けていた腕利きの戦士たる4人が、その致命的な隙を見逃すはずがなかった。



「ふっ!!」「Gau!!」


 ミラーカとシグリッド、ジェシカの3人が三方向から一斉に飛びかかって攻撃を仕掛ける。ナターシャを殺そうと意識を集中させていたイリヤはギョッとして、慌てて障壁を張ってガードする。吸血鬼、トロール、人狼の一斉攻撃を食らった障壁は激しく揺れ動き、伝播した衝撃がイリヤの身体を揺さぶる。拘束から解放されたナターシャが床に落ちる。


「グぎっ……! この――」


『نور فلش!!』


 イリヤが怯んだ所にセネムが『神霊光』を間近で発動する。魔物ではないイリヤに浄化の光は効果がないが、その強烈な光は一瞬少年の視界を塗りつぶしてテレポートを封じる。そこに……


「ヴェロニカッ!」


「はい!!」


 ミラーカの合図に、実はずっと静かに力を溜め続けていたヴェロニカが、満を持して必殺の『大砲』を放った。目つぶしでテレポートを封じられたイリヤは、強烈な力を秘めた衝撃の波動を回避できずにまともにぶつかった!


「――――っ!!?」


 それでもなお強固なイリヤの障壁によって威力は軽減されたものの、完全には殺しきれなかった衝撃が見事イリヤの防護壁を突き破った。減衰したとはいえ肉体的には虚弱な少年が堪え切れる威力ではなく、凄まじい勢いで吹き飛ばされたイリヤは錐揉み回転しつつ、散乱したオブジェクトを盛大に巻き込みながら壁に激突した。



「…………」


 ナターシャを含めた全員がそれでも油断なく見据える中、イリヤが起き上がったり反撃したりしてくる事はなかった。生死は不明だがどうやら倒す事が出来たらしい。それを確認してようやく全員が肩の力を抜いた。

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