Episode20:抗う女達

 LAの外れにある広大な自然公園。この中のとある場所に、連邦政府直轄の要人避難用地下シェルターの入り口が隠されている事を知る者は少ない。


 LAやカリフォルニア州に関わる多くの要人やその家族、そして警護の者や施設の管理スタッフ。大勢の人間が数か月、場合によっては1年以上生活する事を前提としたシェルターは、複数のフロアに分かれた広大な造りになっており、様々な用途に使用される無数の部屋やホールが連なっていた。


 そのうちの1つである、広いホールのようなフロア。本来はトレーニングやフィットネスを目的としたスペースであると思われるそのホールでは、現在その広さに比して4人の人間だけがいた。女性が3人と少年が1人という構図だ。


「フふ、さあ、ここナら邪魔ハ入らない。この任務・・では『チョーホーキ的ソチ』が適用されルんだ。つまり僕ガお姉ちゃんたちに何をしてもいい・・・・・・・って事。素直に喋るナら今の内だよ?」


 その紅顔を酷薄な笑みに歪めて喋るのは金髪美少年のイリヤだ。彼の前には3人の女性達が直立不動の姿勢で立っていた。勿論イリヤに敗れて連れ去られたヴェロニカ、ジェシカ、そしてナターシャの3人である。ジェシカは獣化が解けて人間の姿に戻っている。


 3人は拘束されている様子も無いのに、直立不動の姿勢から動く事が出来ないようだ。必死に身体を動かそうとしても、見えない力・・・・・によって押さえつけられたかの如く指一本動かせないのだ。


「く……だ、誰が……あなたなんかに……」


 唯一自由になる口を動かしてヴェロニカが、苦し気ながらも拒絶の意思を示す。しかしそれはこの魔少年を喜ばせるだけだ。


「ふふ、いいね。僕のESPの練習・・に最適ダ」


「……っ! ふ、ふざけんな……! アタシらは絶対、テメェなんかには屈しねえぞ……!」


 拷問を示唆するイリヤの台詞に、ジェシカは憤怒に双眸を燃え立たせて睨み付ける。尤もヴェロニカとナターシャは顔を青ざめさせているので、彼女1人が気張った所で無意味であったが。しかしイリヤはかぶりを振った。


「拷問? そんな事しナいよ? 僕は別にそれデもいいけど、どうセなら試してミたい能力があるんだ」


 そう言って嗤うイリヤの小さな身体から不可視のエネルギーが発散される。しかしそれはサイコキネシスの類いではないようだった。ヴェロニカ達は身体ではなく……頭の中・・・に違和感を覚えた。


「う……こ、これは……何!? 頭が……」


 ナターシャが苦痛に顔を顰める。ただし肉体的な苦痛ではない。まるで頭の中に何かが侵入・・してきているような……



「テレポーテーションだけじゃナい。テレパス・・・・も練習してるンだ。お姉さん達にはその『実験台』になってもラうよ?」 



「……っ!」


 テレパス。テレパシー。つまりは相手の『思考』を読む能力という事か。これにはヴェロニカ達だけでなくジェシカも青ざめる。


「さあ、この街に怪物を呼び寄せてル元凶・・は誰かな? ああ、答える必要はなイよ。質問したら後は勝手に思い浮かべる・・・・・・デしょ?」


「っ!!」


 口を割らないという事は出来る。嘘を吐く事もできる。だが……思い浮かべないという事は不可能だ。余程特殊な訓練・・・・・でも受けていれば別だが、当然ヴェロニカ達にそんな心得は無い。


(ああ……だ、駄目……助けて。助けて……ローラさん!)


 必死に思わないように意識すればするほど、心の奥底はその人物・・・・を思い浮かべてしまう。恐らくジェシカ達も同様だろう。ヴェロニカは絶望に呻吟し、愛しい人に助けを求める事しかできなかった。



「ああ……なるホど。この人・・・が『呪いの元』なんだネ。じゃあこの人を排除・・しちゃえば任務完了とイう訳だね」 



 対照的にイリヤはその酷薄な笑みを深くする。遂にこの魔少年にローラの事がバレてしまった。ヴェロニカ達は増々絶望と後悔に顔を青ざめさせる。


「じゃあ早速――」


「――炎の精霊よ。魔を滅する力を!」


 イリヤが何か言い掛けた時、それに被るように聞き覚えのある声が聞こえ、同時に一条の炎の閃光がイリヤを襲う。


「……!」


 イリヤは咄嗟に不可視の障壁を展開してその炎の矢をガードする。しかしそれによってヴェロニカ達の頭の中を襲っている侵害が解除された。


「あ、あれは……モニカ!?」


 ナターシャがその姿を見て目を丸くする。ホールの入り口に立ってこちらに手を翳しているのは、紛れもなく仲間の1人であるモニカであった。彼女が何故ここにいるのか解らず戸惑うヴェロニカ。


「ふっ!!」


 だが事態はそれだけでは終わらない。モニカの後ろから三つ・・の影が飛び出したかと思うと、それぞれ三方向からイリヤに襲い掛かる。


「……!」


 イリヤは咄嗟にテレポーテーションを発動して、少し離れた場所に逃れた。それによってヴェロニカ達に掛けられていた不可視の拘束が完全に解かれた。


「くっ……」


 直立不動の姿勢で拘束されていた事は、それだけでかなりの負担を強いる。人狼のジェシカはともかくヴェロニカとナターシャはかなり消耗していて、思わずその場に膝を着いて喘いでしまう。



「3人とも大丈夫!? しっかりしなさい!」


「あ……ミ、ミラーカさん? それにセネムさんとシグリッドさんまで。な、何でここに……?」


 息を喘がせるヴェロニカ達に代わってジェシカが呆然として問い掛ける。そこにはモニカだけでなく、ミラーカ、セネム、そしてシグリッドの姿までがあった。ミラーカとセネムは武装しており、完全な戦闘態勢だ。


「事情は後で話す。今はこの場を切り抜ける事を優先すべきだな」


「……!」


 セネムの言葉と視線に、ジェシカ達もその意を汲み取って向き直った。ミラーカ達も既に刃を向けて臨戦態勢だ。即ち……年端も行かない小さな金髪美少年イリヤに対して。


「あれ? お姉さん達って……あいつら・・・・に捕まってたんじゃナかったの? もしかして脱走したの? アハハ! あいつら普段偉そウな癖に全然ダメじゃん。でも一足遅かっタね? もう『呪いの元』は誰か解っちゃったヨ」


「……!」


 ミラーカは思わずヴェロニカ達を顧みた。ヴェロニカは青ざめた顔で俯いた。


「ご、ごめんなさい、ミラーカさん。あいつ……テレパシー能力で心を読めるみたいで……」


「…………」


 ジェシカとナターシャも否定しない所を見ると本当なのだろう。だとすると確かに隠し事は不可能だ。


「だからこれから僕は『呪いの元』を排除・・しに行かナくちゃならなイんだけど、お姉さん達は絶対邪魔スルでしょ? 丁度いいかラここでお姉さん達も排除・・してあげルよ」


 イリヤの小さな身体から謎の圧力が噴き上がる。それを受けた瞬間ミラーカは……いや、ミラーカ達は全員理解した。ヴェロニカ達がこの少年に不覚を取ったのは何も不思議な事など無かったのだと。


 その見た目からは想像もできない怪物。それがミラーカ達が抱いた共通認識であった。だが……



「もう隠す必要がないなら面倒がなくて良いわね。ええ、そうよ。私は絶対にローラを守ってみせる。あなたなんかに殺させはしない」



 ミラーカは一切の怖れなくイリヤに刀を向ける。


「私も同意見ですね。それに正直あなた方には腹が立っていますので」


 理不尽に追跡され捕らわれたシグリッドも、その怒りをイリヤにぶつけるように闘気を発散させる。勿論セネムやモニカも同様だ。彼女らの怒りを受けてイリヤが不快気に鼻を鳴らす。


「ふん、弱いくせに粋がっちゃっテさぁ。僕に敵う訳が無いノに。大人しくこコで全員僕にやられちゃイなよ!」


 イリヤが不可視の衝撃波を叩きつけてくる。ミラーカ達は本能的に散開してその衝撃波を躱した。そして即座に反撃に転じて斬り掛かる。モニカも後方で再び力を発動させるべく霊力を練り上げ始めた。


 隔絶された地下シェルターのホールで、運命に抗うミラーカ達の戦いが始まった。

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