Episode13:今後の方針

「…………」


 自宅に戻ったローラは、先程までのやり取りを思い返していた。『リーヴァ―』に襲われた彼女を助けてくれた、あのビアンカと名乗る女性エージェント。




「何故……何故私の所に? この街を覆う呪い? それが……私と何の関係が?」


 ローラは掠れた声で、それでも何とか白を切ろうとする。だがビアンカはかぶりを振った。


「無理よ。あなた達ももう気付いてるでしょうけど、あのサディークという男は私達の仲間・・なのよ。そして彼はあなた達がこの街を覆う『呪い』に関係しているという確信を抱いた。彼の勘は確かよ。だから悪いけどあなた達をマークさせてもらっていたの」


「……!!」


 セネムが尋問・・されたという『ペルシア聖戦士団』の2番手の男。セネムは彼が大統領府と繋がっていると疑っていたが、やはり事実だったのだ。


「大統領はこの街で起きている事態を非常に憂慮しているわ。呪いの元は特定され、排除されなければならない。私達はその為・・・に派遣されてきたの」


「……っ!」


 ローラの心臓が跳ねる。排除。解ってはいたが当事者から改めて言葉にされると否が応でも実感させられる。だが同時に疑問も沸く。


「あなたは……何故私に身分や目的を明かすの?」


 彼等の目的を考えるとあまり得手とは言えない気がする。こういうものは普通、秘密裏に進めたりするものではないだろうか。ビアンカは苦笑した。


「その疑問は尤もね。でも私は個人的に・・・・そういうやり方はフェアじゃなくて嫌いなのよ。それに大統領からは排除という指示を受けているけど、相手の事情も知らずにただ一方的に排除というやり方が正しいとも思っていない。何か他にも良い解決策があるかも知れない。だからまず私達の事情・・を正直に打ち明けたのよ。相手の事情を聞くにはまずこちらから打ち明けないとフェアじゃないでしょ?」


「……! あ、あなたは……」


 ローラは目を瞠った。このビアンカという女性は本気で言っているのだろうか。大統領府のエージェントを名乗りながら大統領の指示に疑念を抱いているという。或いは彼女が新人・・である事と関係しているのか。


「ねぇ。だから私に『呪いの元』が誰なのか、どういう事情なのか教えてくれない? 悪いようにはしないと約束するわ。これでも大統領に伝手・・があるのよ」


「……! いえ、何の話か全く分からないわ。助けてくれた事には感謝するけど、多分人違いよ。他を当たって頂戴」


 ビアンカが『特異点』の事について聞いてきたので、或いはこれが彼女のやり方・・・なのかも知れないと警戒したローラはあくまで白を切る。ローラの態度が頑なになったのを見て取ったビアンカが嘆息した。


「あぁ……また失敗しちゃったわね。解ったわ。どっちみちいきなりこんな話をされても信用できないでしょうし、今は引き下がるわ。でも気が変わったらいつでもこの番号に報せて頂戴」


 ビアンカはそう言って丸めたメモ用紙を投げて寄こした。彼女への連絡先が記してあるのだろう。彼女の事は信用できないが、ここで投げ捨てる意味はない。


「……受け取ってはおくけど、別に何も連絡するような事はないと思うけど」


「今はそれで構わないわ。あくまで気が変わったらで充分よ」


「…………」


 ビアンカはそれだけを告げて、本当に立ち去って行った。ローラはただ黙ってその背中を見送る以外になかった。




 そのまま家には帰ってきたが、とても暢気に寝れるような気分ではなく、答えの見えない疑問に打ち沈んでしまっていた。いつかは来ると思っていたが遂に、という感じである。それだけでなく『リーヴァ―』の事もある。現実的に街に被害を及ぼしているあの怪物を放置する事は絶対に出来ない。


(私は……どうしたら)


 ローラが堂々巡りの思考に陥っていると、玄関のドアが開く気配があった。アポイントやインターホンなしに鍵を開けて入ってくるのは同居人・・・だけだ。


「おかえり、ミラーカ」


「あら、ローラ。今日は帰れたのね。良かったわ、たまには休まないとね」


 このところ帰れない日が続いていたので、久しぶりに会ったような気がする恋人の顔を見てローラも少し元気が出る。


「でも……どうしたの? 浮かない顔ね。単に仕事の事だけじゃなさそうね?」


 しかしミラーカにはすぐに見抜かれてしまうようだ。これは隠しておくような事ではないし、彼女には打ち明けて相談しておくべきだろう。


「やっぱり解っちゃう? 実はね……」


 ローラは職場からの帰り道で遭遇した出来事についてミラーカに打ち明けた。



「……『リーヴァ―』に襲われたですって!? そしてそれを大統領府のエージェントが……?」


 流石のミラーカも目を丸くして驚いている。ローラは溜息を吐きながらも首肯した。


「ええ、そう。しかも正体を明かして大統領のやり方を批判しつつ、『自分なら力になれるから』ってご提案付き。どう思う?」


「間違いなく甘い事を言ってこちらの口を緩くしようという魂胆でしょう。騙されては駄目よ」


 ミラーカは一考にも値しないとばかりに即答した。やはり彼女も同じ意見のようで安心した。警察の取り調べなどでも使われる事がある手法だ。他ならぬ警察官であるローラにそんな手が通じると思ったのだろうか。


「とにかく知らぬ存ぜぬで通すしかないわ。アメリカは中国などのような独裁国家とは違う。こちらが認めさえしなければ、政府の勝手な思惑で市民をどうこうしたりは出来ないわ」


 ローラを逮捕・・しようとしたら明白な証拠・・がいる。彼女が『特異点』であるという明白な証拠が。だがそこでもう一つの頭の痛い問題に突き当たる。


「でも……今、街には『リーヴァ―』と呼称される人外の存在がいる。アレは街に被害を及ぼしつつ、やっぱり私の前にも現れた。放っておけばアレはまた私の前に現れるはずよ。そうなったら大統領府は人外が私に・・引き寄せられているという確信を抱いてしまうわ」


 一度だけなら偶然で済ます事も出来るが、二度三度と続けば偶然は必然・・へと変わる。ミラーカは頷いた。


「あまり猶予はないという事ね。実は私の所にも恐らくエージェントと思われる男が来たわ」


「ええ、そうなの!?」


 ローラは違う意味で驚愕した。そんな話は初耳だ。


「つい昨夜の事だからね。あなたは仕事で忙しかったし。でもそのビアンカという女の話からしても、彼等が既に私たち全員をマークしているのは確かのようね。あなたも仕事で『リーヴァ―』を捜索していると思うけど、私も皆に声を掛けて最優先で『リーヴァ―』を探し出して討伐・・を目指すわ。これ以上奴があなたの所に姿を現す前に倒してしまえば問題ないはずよ。次の人外が現れるまで延々と私達を見張り続けられるほど大統領府も暇じゃないでしょうし」


「そ、そうね。そうしてもらえると助かるわ。ありがとう、ミラーカ」


 確かに現状ではそれがベターな対処法か。根本的な解決という訳ではないが、少なくとも大きく時間稼ぎは出来る。それに人々を殺害している『リーヴァ―』を一刻も早く討伐できるならそれに越した事は無い。


 ローラもまた自分の身を守るためという理由が出来たので、『リーヴァ―』に対する捜査も一層熱が入りそうだ。



「『リーヴァ―』といえば……あのイリヤ君・・・・のお母さんも早く見つけてあげないとね」


「ヴェロニカ達が保護した子供だったかしら? 警察に捜索願は来ていないの?」


 ヴェロニカとジェシカが『リーヴァ―』に遭遇した際に、怪物に襲われていたという美少年。どうもロシア人であるようだ。だがはぐれたという彼の母親は未だに見つかっていない。


「調べてみたけど分署も含めて捜索願は来ていないみたい。そうなるとその母親自体が何かの事件に巻き込まれてるという可能性も出てくるのよね」


「ならやはりロシア領事館に預けるべきじゃないかしら?」


「そうしたいんだけど、あの子自身がヴェロニカ達から離れたがらなくって」


 ジェシカの家は他に家族もいるので、今現在はヴェロニカの家に居候させている状態だ。イリヤ自身がそれを強く希望していて、ヴェロニカも満更ではない様子で、あくまで一時的にだがそういう状況となっていた。


「でもその子……そんな得体の知れない怪物に襲われてあわや殺される所だったはずなのに、その割には全く平気そうなのが少し気になるわね。普通だったらトラウマになっていてもおかしくないのに」


 ミラーカが眉をしかめる。確かにそれはローラも少し引っかかっていた。特に無理をしているという様子もなく、さりとてショックによる記憶障害で『リーヴァ―』の事を忘れているという訳でもない。


 だがあの年頃の子供でそんな事があり得るのか。確かに大統領府のエージェント達の事が話題になった直後という事で、タイミング的には少し妙にも思えるが……


「でも……あんな小さな子供よ? いくらなんでも考えすぎよね」


「……そう、ね。少し疑心暗鬼になっていたかも知れないわね」


 ミラーカもかぶりを振った。自分達がマークされているなどという話を聞いた後では無理からぬ事ではあった。


 気を取り直して今後の方針を定めた2人は、久しぶりに会えた時の日課・・を終えると、明日からの激務に備えて眠りに就くのだった……

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