Episode6:絆の同志

 それから数日後、ローラのアパートには彼女自身と同居人・・・のミラーカを含めて8人の女性が集まっていた。全員がローラにとっては馴染み深い、そして頼もしい仲間たちであった。



「だ、大統領のエージェント……!? それがローラさんの命を狙ってるだって? マジかよ……」


 その仲間の1人であるジェシカが驚きとも呆れとも付かないような呟きを漏らす。まだショートヘアの野性味あふれる童顔の少女だが、一応大学生だ。これで人狼の血を引いている狼少女でもある。


「まあ正確には彼等が狙っているのは街に人外を呼び寄せる原因・・であって、それがローラの事だと知ってる訳じゃなさそうだから、直接命を狙われてるって言うと語弊があるけどね」


 事情説明を代行してくれた赤毛のロシア人新聞記者のナターシャが補足する。


「で、でもいずれはローラさんの事が明るみに出るかもしれないんですよね? そうなったらウォーカー大統領はローラさんを本当に殺そうとするんでしょうか?」


 ラテン系美女のヴェロニカがその事態を想像して声を震わせる。元ライフガードという経歴があり、ESPを使いこなす超能力者でもある。


「あまり陰謀論的なイメージは持ちたくないけど……そうなってもおかしくないとは思ってるわ」


 ローラ自身が肯定した。大統領からすれば一国民の命と国内屈指の巨大都市の安寧を秤にかけたら、後者を選択するという可能性は充分にあり得るだろう。少なくとも楽観視は絶対に出来ない。


「人外専門のスペシャリスト集団か……。この国の大統領が麾下にそのような連中を揃えているとはな。そやつらの内実はクレアにも分からなかったのだな?」


 イラン人のムスリム女性であるセネムが難しい顔でナターシャに確認する。彼女は『ペルシア聖戦士団』という秘密結社に所属する聖戦士の1人だ。


「ええ。FBIの長官はウォーカー大統領とは不仲らしくてね。でもこれまでにも全米で悪魔・・が関わっているとされる数多くの人外事件を解決して悪魔を討伐してきた、非常に強力な戦闘集団である事は間違いないそうよ」


「むぅ……」


 ナターシャの回答にセネムが唸る。むろんいざ戦いとなれば敵がどれだけ強くとも怖れるつもりはないセネムだが、如何せん相手の正体が不明では戦略の立てようがない。



「お話は解りましたが……それであなたは、そのエージェント達が自分を狙うかも知れないと知ってどうするつもりですか? どこかへ逃げるのですか? それとも……」


 あえて切り込んで本題の問いをローラに投げかけるのは、元格闘メイドの北欧人、シグリッドだ。北欧の妖精トロールの血を引く腕利きの戦士でもある。怜悧な雰囲気を漂わせる銀髪の女性だが、その内には優しく熱い心を持っている事をここにいる皆が知っている。


「いえ、私は逃げないわ。仮に逃げても、今度は逃げた先で人外事件が頻発するようになる。だったら私はここに踏み止まって戦うわ。私は自分の運命に……『特異点』なんかに負けるつもりはない」


 それがミラーカと出した結論だった。そもそも逃げる気ならとっくの昔に逃げている。『特異点』に引き寄せられて自分の所に現れる人外は全て彼女の運命・・だ。そして彼女は自分の運命に立ち向かうと決めた。その大統領のエージェント達とやらも運命の一部だと言うなら……これまでのように戦う・・だけだ。


「……なるほど。あなた達の覚悟は伝わりました。ならば私もいざという時は全力で皆さんを支えるとお約束します」


「ありがとう、シグリッド」


 ローラは本心から感謝を示す。シグリッドはその色白な頬を僅かに赤く染めて視線を逸らしてしまう。色素が薄いのでちょっと赤みが差しただけでもかなり目立つが、本人には言わないでおく。


「ローラさん、あたし達だって聞くまでもねぇからな! 大統領のエージェントだか何だか知らねぇが、ローラさんに何かしようとしたらアタシがそいつらをぶち殺してやるよ!」


「ジェシカの言う通りです。この国は民主主義国家です。大統領が自己都合で国民の命を犠牲にするような事が許されるはずがありません。もし有事・・の際には、私達がただの無力な一般市民ではないとその人たちに知らしめてあげましょう」


 ジェシカとヴェロニカもそれぞれの調子でローラと共に戦うという決意を表明する。セネムも彼女らに触発されて頷いた。


「うむ、そうだな。ローラ、勿論私も力を貸すぞ? いつでも頼ってくれ」


「あ、ありがとう、セネム。ジェシカとヴェロニカも。その時は頼りにしてるわね?」


 若干涙ぐみながらローラは再び仲間達に謝意を示す。実は今日ここに皆を呼び集めたのは、事情を説明して彼女らに選択・・してもらう為でもあった。即ち……共に戦ってくれるかどうかを。


 勿論断ったとしてもそれで彼女らを恨む気持ちは一切なかった。これはあくまでローラの個人的都合であり、彼女等は巻き込んでしまう形になるのだから。だがその選択を問う前に、彼女らの方から協力を申し出てきてくれた。


「ローラ、これもあなたが培ってきた成果よ。胸を張りなさい」


 ミラーカが優しい表情でローラの肩に手を置く。最悪彼女と二人だけで立ち向かう決意もしていただけに尚更嬉しかった。


「私は勿論言うまでもありませんね? 『特異点』から生まれた私はこれからも『特異点』と共にあります。即ちローラさんとです」


 それまで黙って話を聞いていた最後の少女もまた躊躇う事無く請け負う。金髪の可愛らしい少女で、教会のシスター見習いのモニカだ。彼女の生い立ち・・・・は非常に特殊であり、生まれながらにして精霊の力を操る事が出来る。


「モニカ……あなたもありがとう。皆、本当に感謝してるわ」


 改めて仲間達に感謝を述べる。彼女らはローラの為なら国家権力にも屈さないと表明してくれたのだ。



「でも……具体的にはどうするの? 相手の正体も構成も分からない状態だし、対策を立てようもないわ。それとは別にこの街に被害を齎している新たな人外も放置は出来ないし……」


 ミラーカが懸念を呈する。皆の意思統一が出来たなら次は対策の立案だ。だが正直ローラにも有効な対策など思い浮かばない。それに加えて彼女が言ったように新たな人外への対処もある。


「そうね……あなたの言う通り、どうしても対策は後手にならざるを得ないのが現状ね。向こうはまだ私が『特異点』だという事には気付いていないでしょうから、こちらから何か目立つ事をしてそれを察知されてしまうのも本末転倒だしね」


 自分の事がバレずに戦いを回避できるならそれに越した事は無い。自分から進んで国家権力に歯向かう趣味は無かった。


「基本的には現在街を脅かしている人外への対処を優先しましょう。私は仕事で追ってるけど、ミラーカ達も引き続き裏からの調査を頼むわ」


「解ったわ」


「うむ、任せておけ」


「ええ、街の人々への被害もこれ以上出す訳には行きませんからね」


 ミラーカ、セネム、モニカと、魔物退治生業組が一斉に頷く。


「ナターシャは悪いけど仕事に差し支えない範囲で構わないから、その大統領府のエージェント達についてもう少し詳細が分からないか調べてもらえると助かるわ」


「OK、私の得意分野ね。仕事の方は心配いらないわ。可能な限り詳細に調べて、何か解ったらすぐに知らせるわ」


 ナターシャも快諾してくれる。むしろ仕事そっちのけでこの件の調査にのめり込んでしまいそうで、そちらの方が心配なくらいなのだが……


「ジェシカ達はもし状況に異変があったら改めて連絡させてもらう事があるかも知れないけど、大丈夫かしら?」


 残りのメンバーは頼りにはなるが、それぞれ自分の仕事や生活などがある。完全にこの件をメインに拘束してしまう訳にも行かない。ただしもしもという時には頼らせてもらう可能性もゼロではないので、それに関しての了承を得なければならない。


「水臭いぜ、ローラさん。いつでも連絡くれよな」


「ええ、このままだとローラさんの事が気になって仕事に集中できませんから。絶対に報せて下さいね?」


「解りました。いつご連絡を頂いてもいいように準備はしておきます」


 ジェシカ、ヴェロニカ、シグリッドの一般生活組がやや不本意そうではあるが、ローラの意を汲んで了承してくれる。




 とりあえず情報共有と方針が決まったので解散しようかという所で、セネムの携帯が鳴った。女性の地位が低いイスラム教圏出身の彼女だが、この街では表向き・・・の職業としてファッションモデルをやっており、また『ペルシア聖戦士団』の一員として連絡用に携帯の所持が許されていた。


「……!? 何……サ、サディーク殿が……!?」


 通話ではなくメッセージアプリの着信だったようで、その内容を見たセネムが驚愕に目を瞠った。 


「え、どうしたのセネム? 何かトラブル?」


「あ、いや、済まない、ローラ。そういう訳ではないが……ちょっと知人・・から会いたいという連絡が来たので驚いただけだ」


 ただ知人から連絡が来たにしては大仰な反応だ。興味を持ったらしいジェシカが少しニヤついた表情になる。


「お、何だよ、セネムさん。さっきサディークって言ったよな。男の名前だろ? セネムさんも堅物そうな顔して隅に置けねぇなぁ。確かモデル事務所の社長とも何度か食事に行ってんだろ? なのに他にもメールしてくる男がいるなんて?」


「ば、馬鹿、ジャックとは何でもない。本当にただ食事に行っただけだ。それにサディーク殿も断じてそのような関係ではない。そんな想像を抱く事さえ畏れ多いお方なのだ」


 少し慌てたように弁明するセネム。モデル事務所の社長との関係は怪しい部分もあるが、そのサディークという男性については嘘は言っていないようだ。


「へぇ、あなたがそんな風に敬うだなんて。そんな凄い男性なの?」


 ミラーカも少し興味を抱いたらしく、自然な流れで問い掛ける。だがローラやナターシャ達も内心では興味を抱いていたので何気ない風を装って聞きの態勢になる。



「うむ。サディーク殿は100余名いる我等『ペルシア聖戦士団』の中で位階第2位・・・・・に位置する天才戦士なのだ。当然その強さは私など足元にすら及ばん」



「……!」


 『ペルシア聖戦士団』の関係者というのも驚いたが、何よりもセネムの強さを知っているローラ達は、謙遜でもなんでもなく彼女が足元にも及ばないと断じた事に驚いたのだ。


 因みにセネムの位階は41位らしい。全体で100余名と考えれば充分優秀な方なのだが、それだけに第2位という位置の凄さが分かるという物。


「そしてそれだけではなく、生い立ち・・・・も『非常に高貴』なお方なのでな。まさかあのお方が単身・・でアメリカにやって来ているなど想像もしなかった。一体私に何の用事があるというのか……」


「……時期が時期だけに偶然にしてはちょっと気になるわね。もしかしたら『特異点ローラ』に引き寄せられているという可能性も皆無ではないし、あなたもその人に会うなら出来る限りで構わないからそれとなく目的なんかを聞き出してもらえるとありがたいわ」


 大統領府のエージェント達が来訪しているというタイミングで、セネムの知人が現れた事が気になる。『ペルシア聖戦士団』のお偉いさんのようだし、まさか関係も無いとは思うが、用心に越した事は無いだろう。


「うむ……解った。だが余り期待はしないでくれ。何せ勘の鋭いお方だからな。下手に探りを入れると逆にこちらの目的を見透かされかねん」


 ミラーカの要請にセネムも緊張した面持ちで頷いた。彼女がここまで言うからにはそのサディークという人物は相当な曲者なのだろう。とりあえずセネムはサディークからの打診を断れない立場らしく、彼に会う為に一足先にローラのアパートを後にしていった。



「皆も……改めて本当に感謝するわ。そして、ごめんなさい。いつもこんな事態に巻き込んでしまって……」


 他の面々も各々ローラの家を後にする時、ローラは仲間達に改めて感謝と謝罪をする。今更という気もするが、この気持ちだけは絶対に忘れてはならないと思っていた。


「ローラさん、今更言いっこなしですよ。もう私達の気持ちは以前にお伝えしています。ローラさんの力になる事は私達の喜びでもあるんです。遠慮はしないでください」


 ヴェロニカが一同を代表して返答する。それはジェシカやモニカ達他の面々も全て同じ気持ちであった。今更ローラの為に戦う事を躊躇う者などいない。それくらいの絆は培われていた。


 頼りになる仲間達との絆を再確認したローラは、自らの『運命』に立ち向かう決意を新たにするのであった。

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