Episode4:『正義の味方』

「さて、LAまでは少々時間が掛かる。その間に任地・・についての情報を整理しておこうか。何がその『触媒』とやらに辿り着くヒントになるかも解らんからな」 


 例によってビジネスジェットを利用するビアンカ達。離陸が終わり、飛行機が水平飛行に入ったらシートベルトを外す合図が出る。ここからはしばらく空の住人だ。といっても遊びに行く訳ではないので、現地に着くまでの時間も無駄にはしない。既に任務は始まっているのだ。


 アダムが軍人らしくそのような提案をすると、ビアンカは勿論イリヤも含めた他の面々も賛成するように頷いた。


「そうですね。ただ行政など誰でも分かる一般的な情報は我々も把握しています。それよりは先日のブリーフィングで語られた人外の事件・・・・・に関する情報を整理したい所ですね」


 リキョウが代表して発言するが、それはこの場の全員の共通認識だろう。数年前からLAで頻発しているという種々の人外禍。街を覆う『呪い』によってそれらの事件が引き起こされたというのであれば、その事件を整理する事で呪いの元を特定する手掛かりが得られるかもしれない。



「数年前に起きた『サッカー』の事件。あれが吸血鬼の犯行だったっていうのは本当なの?」


「国防総省ではそのように判断している。それを裏付ける状況証拠も多数ある」


 ビアンカの問いにアダム首肯する。彼によると『サッカー』の正体は複数の吸血鬼であったらしく、その被害者は数百人以上に上ると推察されているらしい。


「吸血鬼、ねぇ。それも複数の。だが事件が終息しているって事はその吸血鬼どもはいなくなったって事だろ? 自然にいなくなったのか? それとも吸血鬼ってのは普通の人間でも倒せるような雑魚だったのか?」


 ユリシーズが疑問を呈する。確かに『サッカー』事件は終息している以上、何らかの要因でその吸血鬼たちがいなくなったというのは事実だ。


「無論現場にいた訳ではないからはっきりとした原因は解っていない。ただ討伐・・された可能性が高いのは事実のようだ」


「……!」


 それはつまり人外の存在を倒した者がいるという事だ。そんな者が自分達以外にもいるのだろうか。



「そして『サッカー』事件が謎の終息を見えてから数か月後、今度は全く別の人外がLAを恐怖に陥れる事になる」


「……『ルーガルー』、あの狼男ですね」


 リキョウが苦虫を噛み潰したような顔になる。彼は実際に『ルーガルー』と……正確には『ルーガルー』に変身したペドロと戦っている。『ルーガルー』は優に2メートル以上の巨体で黒い体毛の狼男だ。


 シアトルではリキョウと、そしてニューヨークではアダムとも互角の戦いを演じたという。そんな化け物が実際にLAで暴れていたというのだから災難という他ない。だがここでも再び疑問が湧き上がる。


「でもよぉ……その『ルーガルー』事件も既に終わってんだろ? そいつも勝手にどっかに行っちまったのか? それとも誰かが倒した・・・・・・のか?」


「……!」


 彼女と同じ事を思ったらしいサディークが疑問を浮かべる。そう……吸血鬼とやらは知らないが『ルーガルー』は実際にペドロが変身したものを見ている。ペドロが変身した『ルーガルー』は本物・・とそっくり同じ姿と……同じ強さ・・・・を持っていたらしい。


 この『同じ強さ』という所がミソだ。



「もし誰かが倒したんだとすると……LAには、テメェらと互角の強さの怪物を倒せる奴がいるって事か?」



「む…………」


 サディークに指摘されて、実際に『ルーガルー』と決着をつけられなかったリキョウとアダムが唸る。


 ビアンカも先だってラミラと戦った事で、それをあっさりと倒せるリキョウや彼と互角である他のメンバー達の強さを改めて再認識したばかりだ。単身という条件が付くとはいえ、彼等を倒せるような存在が本当にLAにいるのだろうか。


「……『ルーガルー』はそれを捕獲しようとしたFBI支局の部隊数十人を壊滅させるなど大きな被害を齎している。しかしやはり『サッカー』と同じくある日を境にぱったりと姿を見せなくなり、事件は自然終息した」


「…………」


 その辺りはニュースなどでも知る事が出来る範囲だ。だが事はそれだけでは終わらなかった。



「その後に出現した『ディープ・ワン』や『エーリアル』といった怪物達も同様だ。LAの住民や司法に大きな被害を齎したこれらの怪物も、やはりある日忽然と姿を消して事件が自然終息している」


 『ディープ・ワン』は鮫と人間が融合したような怪物で、毒ガスを吐く能力でLAの隣のロングビーチ市警の部隊を壊滅させているらしい。『エーリアル』は逆に猛禽と人間が合体したような怪物で、自在に空を飛び回ってLAの人々を襲ったらしい。こいつはカリフォルニア州軍のアパッチを撃墜する所が目撃されている。


 どちらも人間の手に負えるような存在ではない。事実警察や軍隊さえも退けたこれらの怪物だが、やはり忽然と姿を消したとの事。そう……まるで何者かに・・・・討伐でもされたかのように。



「ふん……一度や二度ならともかく、四度となると確実に偶然じゃないな。LAには人外を討伐する謎の『正義の味方』様がいるようだな」



 ユリシーズが皮肉気に鼻を鳴らす。それも彼等クラスの強力な人外を討伐できる『正義の味方』だ。ビアンカとしては俄かには信じられなかったが、状況証拠からするとそういう事になる。


「国防総省も同じ考えだ。その後に現れた『バイツァ・ダスト』という謎の殺人鬼も、同様の経過を辿っている。州議員などの要人も多く殺害しているこの殺人鬼は、エジプトからやってきた不死者……いわゆるミイラ男・・・・だったというのが国防総省及びDIAの結論だ」


「ミ、ミイラ男ですって……? それって包帯グルグル巻きのアレ?」


 ビアンカがステレオタイプな質問をするとアダムは律儀にかぶりを振った。


「まあそれは創作のイメージだろうな。実際には干からびた死体が動いているような感じらしい。ただしその戦闘能力・・・・は当然常人のそれを遥かに凌いでいるのは間違いない」


「……!」


 同様の経過を辿ったという事はそのミイラ男も、例の『正義の味方ミスター・ヒーロー』によって討伐された訳だ。



「そして『バイツァ・ダスト』事件が謎の終息を見せると、今度はLAに『ディザイアシンドローム』と呼ばれる奇妙な事件が発生した。これにはトルコから持ち込まれた『魔法のランプ』が関わっていたらしい事が解っている」


「……!!」


 魔法のランプという単語に反応したのはサディークだ。彼はボリボリと頭を掻いた。


「あぁ……アレ・・か。てことはやっぱりアイツ・・・も関わってるのか?」


「サディーク? そういえば以前に誰かLAに知り合いがいるみたいな事言ってたわね」


 シアトルの任務の途上でそのような事を言っていた記憶がある。彼は肩を竦めた。


「まあな。別に隠してた訳でも何でもねぇが……組織から俺以外にもアメリカに出張・・してる奴がいるんだよ。件の『魔法のランプ』はそいつがLAに赴いて回収してきたのさ。だがそいつは事件が終わった後もまたLAに戻りたいってダダ・・をこねて、すったもんだがあったのさ。まあ俺がアメリカに興味を持つ切っ掛けにもなったんだがな」


 どうやら『ペルシア聖戦士団』も人が集まる組織である以上、色々内実があるらしい。しかし以前にもLAに赴いていて、一連の人外事件に関わっている。しかもその後もLAに戻りたいなどと訴えるとは……


「その人はLAを覆う『呪い』について何か知ってるかもしれないわね」


「ああ、俺もそう思う。向こうに着いたらとりあえずそいつに会ってみるつもりだ」


 サディークも同意する。LAに着いてからの行動は各々の判断に任せるという事なので、実質自由行動だ。これでサディークの予定は決まったようだ。



「その……『ディザイアシンドローム』はそれで良いとして、その後もまだ人外事件は続いたのでしょう? 確かレイナー氏は異星人・・・と言っていた記憶があるのですが?」


 リキョウがアダムに続きを促す。それはビアンカも気になっていた。悪魔などという非科学的な存在と戦いを続けていて何を今更という感じではあるが、それでも本物の異星人が存在しているというのは俄かには信じられなかった。


「だが事実だ。我が国もまだ正確には全容を掴んでいないが、この銀河には地球より遥かに高度な文明を持つ異星人が住まう星が存在しているのは確かだ。他ならぬこの俺の身体・・・・・・も、そうした異星の技術を研究・応用して改造されたものなのだ」


「え、ええ!?」


 ビアンカは目を剥いて驚く。彼女だけでなくユリシーズ達も僅かに目を瞠っていた。だが言われてみれば彼の身体に内蔵された兵装は、明らかに今の地球の科学力では実現不可能なオーパーツ技術ばかりだ。異星の技術と言われると、驚きはしたがむしろ納得できた。


「この異星人は現地メディアに『シューティングスター』と呼称されたが、こいつは正面からロサンゼルス市警をほぼ壊滅に追いやった程の化け物らしい。お前達も単身という条件で同じ事が出来る自信はあるか?」


「……!」


 イリヤも含めて誰も出来ると即答する者はいなかった。LAPDのような大規模な自治体警察ともなれば専用の強力な警備部門を有し、SWATなども精鋭部隊も配備されているはずだ。1人でそれらと正面からぶつかり合うとなったら、流石の超人達も只では済まないだろう。


 だがこの異星人はそれをほぼ達成しているのだという。となれば単体での強さはユリシーズ達をも上回っている可能性がある。にも関わらず……


「……その『シューティングスター』の事件も、やっぱり終息・・してる訳だよな?」


「その通りだ。それまでの事件と同じく、な」


 ユリシーズの確認にアダムは首肯した。それはつまりそのLAにいるらしき『正義の味方ミスター・ヒーロー』は、ユリシーズ達より強い怪物さえも討伐している可能性があるという事だ。


「おいおい……一体どんな野郎だ、そいつは? 少なくともアイツ・・・にはそこまでの強さは無いぜ?」 


 サディークも眉をしかめる。アイツとはLAにいるという聖戦士の事だろう。



「そして極めつけは『悪魔禍デビル・ハザード』、か……」


 ユリシーズが呟く。LAを襲った悪魔によるという大規模な被害。野良・・とはいえ悪魔が関わっているとなれば彼としても他人事ではないだろう。


「しかし現在のLAにはその『悪魔禍』とやらが発生している形跡はありません。つまりその『正義の味方』なる人物は悪魔さえも退けたという事になりますね」


「…………」


 リキョウの指摘に全員が押し黙る。いよいよもってその『正義の味方ミスター・ヒーロー』の正体が気になりだしたビアンカである。



「とりあえず方針は決まったな。LAに着いたら各々がその仮称『正義の味方』に関する情報を集め、あわよくばその正体を突き止める事。恐らく、いや間違いなくその人物は、LAを覆う『呪い』について知っているはずだ」


 アダムが総括する。確かに当面はそれが目的になりそうだ。ただ……


「だがそうなるとその御大層な野郎は、それだけの強さを持ってて尚且つ『呪い』についても知っているとなると、敢えて・・・その『呪い』を放置してるって可能性もあるよな? その場合はどうすんだ?」


 サディークの疑問、というより確認だ。そう。その可能性も充分考えられる。人々に被害をもたらす『呪い』を敢えて放置しているとなると、その『正義の味方』は逆に悪人という線も出てくる。アダムは頷いた。


「無論その可能性もあるだろう。単に人外の縄張り争い・・・・・の結果だったという可能性も否定できん」



「あるいは……そいつ自身が『呪い』の触媒ってケースさえあるかもな」



「……!!」


 ユリシーズの指摘にビアンカは少し息を呑んだ。そうか。その可能性も考えられる。


「いずれにせよやる事は同じですね。まずは『正義の味方』の正体を突き止め、そしてもしその者が街に被害をもたらすだけの存在だった場合は……討伐・・しなくてはなりません」


 リキョウが補足する。討伐するとなったら、『正義の味方ミスター・ヒーロー』の強さは相当なものだと推測されるので並大抵の仕事ではないが、それがLAの街を『呪い』から解放する事に繋がるのであればやるしか無いだろう。



 カバールが関わる案件以外での難易度が高い任務に、ビアンカは闘志と使命感を燃やすのであった……



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※LAで起きた事件については同作者『女刑事と吸血鬼 ~妖闘地帯LA』

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885537927

のストーリーとなっていますので、宜しければ是非こちらも読んでみて下さい。


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