Episode3:母の訓戒

 すぐに場が整えられて、広いフロアの中央で全ての霊具を装備して万全の態勢のビアンカと、スーツ姿のヒスパニック女性……タブラブルグが向き合う。いや、彼女の今の名前・・・・は……


ラミラ・・・、いいな。これはあくまで模擬戦だ。全力で戦う必要はない。ビアンカに合わせろ」


「畏まりました、御主人様マイロード


 主人たるユリシーズの命令にタブラブルグ――ラミラが、了承の返事と共に軽く魔力を発散させる。それだけでも下級悪魔並みの圧を感じた。



 大統領のSPをさせるにあたって流石に名無しはマズいだろうという事で偽の身分証が造られ、この悪魔にはラミラ・クルスという仮初の名が与えられていた。


 仮初といっても召喚した悪魔に召喚主が名を付けるというのはよくあるらしく、名前を考えたのはダイアンだが、それを主人であるユリシーズが命名する事で特に抵抗もなくその名前が受け入れられた。


 因みに余談だが基本的に大統領護衛官という職業は男所帯である為、ラミラは他のSP達から早くもマドンナ扱いされているらしい。といっても無論正体は悪魔である彼女が人間に心を開く事など絶対にあり得ないだろうが。



「手加減なしで……て本当は言いたいけど、流石にそれは無理よね」


 流石にそこまで自惚れてはいない。ビアンカは自身も構えを取って、いつでも踏み出せるようにスタンバイした。


「よし、いいか? では……始めっ!」


 ダイアンやアルマン、ルイーザらが引き続き見守る中、ユリシーズが開始の合図を出す。それとほぼ同時にビアンカは腰だめに正拳突きを放った。


「ふっ!!」


 虚空を殴る拳から霊力の波動が指向性を持って射出される。こちらは手加減一切なしの全力だ。ラミラは敢えて避けずにその波動を正面から受けた。


「……!」


 そして僅かだが顔を顰めた。効いている証拠だ。それに勇気づけられたビアンカは再度の霊波動を撃ち込む。だが今度はラミラも棒立ちではなく、その軌道を読んでサイドステップで躱した。


(……! 躱された!?)


 目を瞠ったビアンカは試しにもう一発霊波動を撃ち込むが、やはり余裕をもって躱されてしまう。ニ撃目にして早くも軌道を読まれていたようだ。拳を突き出した直線的な軌道でしか飛ばせないので、一定以上の実力者相手だと簡単に見切られてしまうようだ。精々初見時に一発当たるかどうかという位だろう。やはりあまり過信はしない方が良さそうだ。


 しかしそれは最初から解っていた事。ビアンカは躊躇う事無く、姿勢を低くしてラミラに向かって突進する。ラミラの手に赤い炎が発生する。そして迎撃とばかりに火球を撃ち込んできた。


 ビアンカも斜め前方に転がるようにして火球を回避する。しかし前転して起き上がった時には、既に目の前に新たな火球が迫っていた。


「……っ!」


 間に合わないと判断したビアンカは、両腕をクロスさせてその火球を正面から受け止める! 火球が破裂して炎が撒き散らされる。


「ぐ、うぅぅぅぅぅっ!!」


 ビアンカは歯を食いしばってそれに耐えた。恐らく手加減しているものと思われるが、それでも以前にシカゴで『獣人』に殴られた時くらいの衝撃を感じた。しかしだからこそ耐えきる事が出来た。チョーカーのお陰だ。


 そして炎の爆発が晴れると、目の前に既にラミラ自身が迫って来ていた。


「っ!!」


 ビアンカは目を瞠って慌てて後ろに跳び退る。しかしラミラは悪魔の身体能力で容易く距離を詰めてくる。引き離す事は不可能だ。


(だったら……!)


 ビアンカは強引に制動をかけると逆に前に踏み出した。攻撃こそ最大の防御だ。



「ふっ!」


 素早く拳を繰り出す。ラミラは避けずにガードした。ヒットした瞬間ビアンカのグローブから霊力の波動が放出される。


「……!」


 ラミラが再び顔を顰めた。やはり悪魔なので霊力による攻撃は効きが良いようだ。ビアンカはそのまま連打による追撃を仕掛ける。だがラミラも今度は受けようとせず、高い身体能力を駆使してビアンカの攻撃を回避してきた。


 反撃にラミラも拳打や蹴りを繰り出してくる。これも手加減はされているだろうが(そもそも本来の悪魔の姿になっていない時点で手加減している)、それでも一発ごとにビアンカの身体を揺さぶりダメージを蓄積してくる。


「くそ……!」


 彼女も隙を見て果敢に反撃するが、膂力や体力の差は如何ともしがたい。次第に劣勢になり、やがて完全に防戦一方になってしまう。


「ぐ……くっ……!」


 もう倒されないように粘るのが精一杯となっていた。歯が立たない。これが中級悪魔の壁か。


 ニューヨークでリキョウがこれと同じ(それも本性を現して全力で襲ってきていたはずの)悪魔をあっさり倒しているというのが信じられなかった。同じ敵と戦う事でより一層彼等の超人的な強さを再認識させられるビアンカであった。



「そこまでっ!!」


 と、そのタイミングでユリシーズから制止の合図が掛かった。するとあれだけ苛烈にビアンカを攻め立てていたラミラが嘘のように動きを止めて引き下がった。暴威から解放されたビアンカはその場に片膝をついて喘ぐ。


「ビアンカ、大丈夫!?」


 ルイーザが駆け寄ってくる。


「え、ええ、大丈夫よ。ありがとう」


 彼女に介抱されながら何とか立ち上がるビアンカ。実際に怪我などはしていない。それもラミラが手加減したお陰だろう。勝てないとは解っていたが、それでも正直ちょっと敗北感に打ちのめされているビアンカであった。


「……お疲れ様、ビアンカ。これで嫌でも解ったでしょう? あなたの手にした力は決して万能じゃないという事が。任務先でも過信は禁物よ」


「お、お母様……」


 そこにダイアンも歩いてきて娘に釘を刺す。それでビアンカも母が敢えてこの模擬戦を提案した真意を知った。正直新しい霊具を手に入れて若干ハイになっていた事は否定できなかった。以前からユリシーズが度々忠告してくれていたが、言葉で言われただけでは、ましてそれがユリシーズだと余計に素直に聞く気になれない部分があった。


 ダイアンはそれを見越して実践・・で娘に忠告したのだ。それが『親』としてのダイアンの務めであった。



「そうだね。僕も新しい霊具を与えた事で却って君を危険に晒すのは本意じゃないし、お母さんの言う事には賛成かな」


「先生…………ええ、そうですね。ありがとうございます。過信せずに気を付けると約束します」


 アルマンにまでそう諭されて、ビアンカは彼等に余計な心配を掛けてしまっていた事を自覚し、深く内省した。溜息混じりだが本心からそう誓うビアンカの様子に、ダイアンもアルマンもホッとした様子を見せる。


「ま、とはいえ自信を無くして極端に臆病になられるのもいざって時に困るからな。実際何発かは効いていた攻撃もあったし、雑魚相手の自衛能力としちゃ上出来だと思うぜ?」


「ユリシーズ……」


 ユリシーズが頭を掻きながらそうフォローしてくれる。いつもとはアルマン達と立ち位置が逆だ。それが可笑しくて少し笑ってしまう。


 彼女の機嫌が少し直ったのを見て取ったアルマンが、今がチャンスとばかりに手を叩く。


「さて、実践訓練はこんな所で充分だろう。これ以上は怪我の元だ。これから任務に行くのにその前に怪我したら元も子もないからね。後は任務の準備とコンディションの調整に費やすべきだね」


 そのアルマンの言葉でビアンカの新霊具の性能テストは終了となった。あとは彼の言葉通り任務の準備と調整に費やした方が建設的だろう。



 西海岸の大都市ロサンゼルス。そこでビアンカを待つものは新たな出会いか、それとも戦いか。期待と緊張を同時に胸に秘めながら、彼女達は陽光降り注ぐ西の地へと出立していった。

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