Episode2:新武器テスト

「やあ、ビアンカ! 聞いたよ。今度はロサンゼルスだって? また大規模な任務になりそうなんだね」


 アメリカ議会図書館の館長室。その部屋の現在の主であるアルマンの元を訪ねたビアンカは神妙な表情で頷いた。


「ええ、その通りです。相手は悪魔とは限らないようですし、はっきり言えば何が起きるのかも分かりません。だから私も準備は万端・・・・・にしておきたいんです」


 彼女の言葉にアルマンも頷きを返す。


「ああ、解ってるよ。例のアレ・・だね。前回のニューヨークの任務の時は間に合わなかったからね。次の任務には間に合わせるべく、ルイーザと頑張った甲斐があったよ」


「……! じゃあ……」


 ビアンカが目を輝かせる。アルマンは自分の胸を叩いて請け負った。


「ああ、何とか間に合ったよ。後で持って行くから『RH』のいつものトレーニングルームで待っていてくれ。そこで性能テスト・・・・・をしよう」


「は、はい! 宜しくお願いします、先生!」


 ビアンカは飛ぶような勢いで館長室から駆け出していく。その背中を見送りながらアルマンは温かみのある苦笑を漏らすのだった。



*****



 場所は変わって『RH』にあるトレーニングルーム。様々なスポーツ器具が置かれたフロアとは別に、本来はバスケットなどチーム球技用のだだっ広いフロアがあった。そこに何人かの人間の姿があった。


 1人は無論ビアンカである。彼女はフロアの中央に立って、緊張した面持ちで前を見据えている。その視線の先には3体ほどの白いマネキンがある程度の間隔を取って置かれていた。ビアンカとマネキン達の距離は5メートル以上は離れている。


 この距離では彼女の攻撃は届かない。では何故この距離でマネキンが置かれているのか。


「よし、準備はいいかい? やり方はさっき説明した通りだ。思い切りやってくれていいよ」


「は、はい!」


 ギャラリーの1人であるアルマンがそう言ってビアンカに合図を出す。ビアンカは緊張した表情のまま頷くと、その場から動かずに腰だめに構えた。まるでその場で拳撃を放つかのような挙動。だがマネキンの位置は5メートル先だ。 


「すぅぅぅ………………ふっ!!」


 大きく息を吸ってからその場でマネキンの一体に向けて正拳突きを放つ。普通なら当然届くはずもない距離。だが彼女が突きに合わせて、その拳から不可視の衝撃・・のような物が放たれたのを、その場にいた全員が感じ取った。


 そしてその『衝撃』は5メートルは離れていたマネキンに衝突し……その胴体部分を砕き割った!


 砕かれたマネキンの上半身が床に落下する音が響く。おお……という感嘆の声がギャラリーから上がる。アルマンは手を叩いた。


「やった、成功だ! まあルイーザに事前テストしてもらってたから、霊具自体に問題ない事は解ってたけど。でもどうやら上手くビアンカの波長・・とマッチ出来たみたいだ」


「ええ、本当に。私の時・・・はあんな威力は出ませんでしたから」


 アルマンの隣にいる黒人女性のルイーザも拍手しながら苦笑していた。彼女はビアンカの新しい装備を開発するにあたって、そのモデルケースを務めてくれていた。



「よし、ビアンカ、良い調子だ! そのまま残り二体も破壊するんだ!」


「はいっ!」


 アルマンの指示に、最初より緊張が薄れて高揚した様子になったビアンカが勇んで頷く。彼女は今度は二体目のマネキンに向かって連続して拳を振り抜いた。するとそれに合わせて先程よりは小さい衝撃が連続して射出され、一発一発はマネキンにヒビを入れる程度だったが、それが連続する事によって衝撃が蓄積され、遂には一体目と同じように砕け散った。


 ビアンカは最後の三体目に向かって大きく両腕を引き絞ると、その両の拳を一斉に突き出した。そこからは一際大きな衝撃波が発生し、最後のマネキンが先の二体よりも大きく破壊されて床に散らばった。



「そこまで! いや、素晴らしい成果だね。まさかここまで上手くマッチするとは思わなかったよ。調整に時間を掛けた甲斐があったね」


 アルマンが満足げに拍手すると、ビアンカは少し汗を掻いて息を荒げながらも手応えを感じて頷いた。彼女の両手の中指には、それぞれ青っぽく輝く指輪のような物がはまっていた。これがアルマンが開発した新たな霊具だ。ビアンカの攻撃のモーション、そして攻撃するという意志・・に反応して、拳から霊力の波動を飛ばすというものであった。


 これがあれば彼女の弱点であった遠距離攻撃も可能になり、悪魔やそれ以外の人外との戦いでの戦術の幅が広がるのは間違いない。


「先生、これ本当に凄いですよ! ありがとうございます! それにルイーザも。あなたの協力が無かったらきっとこんなに早く仕上がらなかったわ」


 これはビアンカが前々からアルマンに要望していたものだったが、調整が難しく難航していた。しかしルイーザが助手として開発に協力してくれるようになってから格段に開発が進んだのだ。ルイーザはかぶりを振った。


「いいのよ。あなたが私にしてくれた事に比べたら、むしろこれくらいしか恩返しできなくて心苦しいくらいだわ」


 彼女は一生連邦刑務所か、もしくはカバールやFBIに利用されていた可能性もあった所をビアンカの提案で救われたのだ。


「ただ強力な分、霊力や体力の消耗は早そうだな。使い所はきちんと見極めろよ? 調子に乗って連発して、まだ敵が残ってるのにへばってダウンなんて事にならないようにな」


 そうビアンカに釘を刺すのはユリシーズだ。彼は以前にもこのように忠告めいた苦言を呈した事があった。だがテスト中は高揚して気付かなかったが、実際に今のテストだけでかなり息が上がっていた。アルマンが苦笑して取りなす。


「まあ今日初めて使ったから、使用感に慣れていないというのも大きいけどね。使っているうちに徐々に加減が解って力のセーブが出来るようになるはずだよ」


「だ、そうよ。生憎だったわね」


 ビアンカが舌を出すと、ユリシーズは顔を顰めて鼻を鳴らした。その時もう1人のギャラリーが近付いてきた。



「なるほど、確かに見事な出来栄えね。流石ダンテの一番弟子だわ。これなら今まで以上にあなたも安全になるわね」


「お、お母様……」


 ビアンカは自分の実母・・である、アメリカ合衆国大統領ダイアン・ウォーカーを少し驚いた目で見つめる。ニューヨークでの任務を経て、ダイアンの娘に対する態度は明らかに軟化したように思われる。


 だがビアンカとしても今まで半ば冷戦状態でやってきて急にこのような態度で接されると、若干の戸惑いや気恥ずかしさなどがあった。しかしここでダイアンが表情を改める。



「でもアルマン。相手は悪魔であって動かないマネキンではないでしょう? とりあえず使用できる事は解ったのだから、ここは実戦・・テストもしてみるべきじゃないかしら?」



「……! それは、まあ……。ただ模擬戦となると、適切な相手がいなければ何とも……」


 アルマンも言葉を濁す。ユリシーズ達では逆に強すぎて模擬戦相手としては不向きだ。そもそもビアンカが彼等クラスの相手と直接戦うような事態は徹底して避けるべきものであり、戦ったところでまず歯が立たないだろう。 


 模擬戦ではもう少し近い実力・・・・の相手が望ましいが……


「言っとくけど私は無理よ? ビアンカが全部の霊具を全開にして戦うとなったら、とても受け止め切れる自信はないわね」


 ルイーザが先手を打って断る。確かに素の状態ならともかく霊具ありとなると、ルイーザの側にもビアンカと同じ性能の霊具を装備させないと、とても相手にはならないだろう。だが今のところ霊具の量産には着手できていなかった。



「何言ってるの、皆。格好の相手がいるじゃない。しかもカバールの連中が使役するものと同じ・・眷属の悪魔がね」



「……!!」


 ダイアンの言葉に皆の視線が、ギャラリーの最後の1人に集中した。今まで無言でダイアンのすぐ後ろに控えていた若い女性。ヒスパニック系の容姿を、今は黒いスーツ・・・・・で包んでいる。


「ああ、なるほど。確かに……そいつならうってつけですね」


 主人・・たるユリシーズが頭を掻いた。この女性は実は人間ではなく、彼が召喚・・した中級悪魔タブラブルグであった。元はビアンカの護衛の為に召喚したのだが、ダイアンの提案によって現在は即席の大統領護衛官となっていた。


 確かに中級悪魔ならビアンカの全力を受け止めつつ、かつ彼女がそれなりに食い下がれるくらいの程好い・・・強さだ。ユリシーズの命令を忠実に聞く下僕なので、ビアンカに対して殺意を抱く心配もない。


 ユリシーズはビアンカに向き直った。


「と言う訳だが、どうだ? こいつ相手に模擬戦やってみる気はあるか?」


「……ええ、私なら構わないわ。自分がこの装備込みで中級悪魔相手にどこまで食い下がれるか試してみたいし」


 例え勝てなくとも中級悪魔相手にある程度戦えれば、下級悪魔なら1人でも勝てる目算が出てくる。

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