Episode18:アニマル・パニック!
ニューヨーク、クィーンズ地区にあるJFK国際空港。ニューヨークの空の玄関口といえるこの国際空港の周辺には大小様々な規模のホテルが立ち並んでいた。それ自体は大抵どこの空港でも同じ事ではあるが、この空港は世界屈指の都市の国際空港だけあって、そのホテルの質も世界的権威のあるランキングで4つ星や5つ星を獲得しているような高級ホテルも多い。
そしてそのうちの1つであるホテル『ニューエデン』。現在このホテルの最上階にあるロイヤルスイートには、この大都市ニューヨークにあってさえ滅多に訪れないVIPが宿泊していた。
現アメリカ合衆国の大統領たるダイアン・ウォーカーその人である。
「……そう。カリーナを偽物にすり替えようとはやってくれるわね。まあそれもあなた達が防いでくれたようだし礼を言うわ。あなた達を派遣した私の目に狂いは無かったわね」
そのスイートルームのリビングでソファに座って電話しているダイアン。電話の相手はリキョウだ。彼からカリーナ襲撃事件の顛末の報告を受けている所であった。
「私も狙われたし、この街にいる悪魔はかなり大胆な後先考えない性格をしているようね。言うまでもないとは思うけど、まだ油断は禁物よ。むしろ部下達が退けられた事で、そいつが本腰上げてカリーナを狙ってくる可能性も高いわ。くれぐれも気を付けて頂戴」
その後いくつかやり取りを経てダイアンは通話を切った。そして大きく溜息を吐いてソファに身を沈めた。
「ふぅ……解ってはいたけど前途多難ね。ビアンカ達の方は大丈夫かしら……」
彼女は1人だった事もあって素直にそう呟くと、自分の娘の事に思いを馳せた。あの優美ながら苛烈さを秘めた目、何を言われても絶対に退かないという頑迷なまでの意志の強さ。あれは間違いなく
最初にホワイトハウスで会った時、彼女のその苛烈さを内包した目に
そしてつい
また以前ユリシーズに言ったように、彼女自身ビアンカに素直な態度で接するには不器用過ぎ、そして母親としての
ユリシーズ達が付いているので万が一の事もないとは思うが、何事にも絶対というものはない。
(早く今回の件が片付いて欲しいわね。いえ……今回だけじゃないか)
『天使の心臓』の持ち主である以上、ビアンカは常に悪魔達から狙われる運命にある。今回のような事がこれからも続くのだ。そして彼女は自分からその運命を選んだ。
(本当に……馬鹿な子)
だが彼女の決断によってカバールとの戦いを有利に進められているのは事実だ。そして自分もまた娘が危険に晒されると解っていながら、それを容認した。それを思うと増々素直な態度でビアンカに接する事に抵抗があった。自分にはその
(いずれにせよ今回の件を無事乗り切ってからね……)
ダイアンはそう考えて当てのない想念を切り上げ、とりあえず今夜はもう寝ようと寝室に向かう。そして……
*****
大統領が宿泊しているロイヤルスイートには当然ながら専属の
「……妙だな。朝番の奴等はどうした? もうじき交代時間だぞ」
ロイヤルスイートのある最上階フロアを固めるSPの1人が時計を見ながら眉を顰める。臨時のSPとして警護に加わっているアダムがそれを聞きつける。
「どうした? 交代が来ないのか?」
「ああ。まさか全員で寝坊した訳でもあるまいに。ちょっと待ってくれ。今連絡してみる」
そのSPが携帯を取り出して交代要員の1人に電話を掛けるが、しばらく待っても相手が出る様子がない。
「電話にも出ないとは確かに妙だな。俺が見てこよう」
アダムが申し出るが、そのSPは苦笑してかぶりを振った。
「いや、あんたはここに居てくれ。人間相手ならともかく化け物の相手となると俺達は門外漢だからな。あんたがここを離れてる隙に何かが襲ってくるなんて事態も考えられる」
確かにアダムをこの場から引き離す為の陽動であってもおかしくない。交代要員が宿泊しているフロアには別のSPが様子を見に行く事になったが……
「……!!」
その時アダムの
アダムは瞬間的に警戒モードに移行し、広範囲の熱源感知センサーを内部起動した。その探査範囲はこの最上階フロアをすっぽり包み込む程で、それだけでなく下層階や何なら
「っ!?」
そしてすぐにアダムは、
「お、おい、どうしたんだ?」
アダムの様子がおかしい事に気付いて他のSPが不安そうに声を掛けてくるが、それに応えている暇はない。
「まずいぞ。大統領が危ない!」
「え……!?」
SP達がギョッとするが構っている暇はない。ドアのロックを開けている時間さえも惜しい。アダムはドアに全力でタックルした。巨漢のサイボーグによる人間離れした膂力のタックルを受けて、ロイヤルスイートの頑丈なドアが内側にひしゃげて強引に開いた。
それとほぼ同時に部屋の窓ガラスが砕け散って中に
「ひっ!? な、何なの……!?」
ダイアンの引き攣ったような悲鳴。ドアを破って中に踏み込んだアダムは目を瞠った。
ロイヤルスイートの広いリビングに一匹の巨大な狼がいた。否、それは厳密には狼ではない。何故ならその狼は
四足獣が無理矢理直立したような歪なシルエット。黒い剛毛に覆われたその身体は優に2メートル半ほどはあり、分厚い筋肉によって盛り上がっていた。
そしてその面貌……。鼻面の長いその貌は人間の物ではなく凶暴な狼そのもの。それはまさに『狼男』としか形容しようのない怪物であった!
(こいつは……!?)
アダムの決して劣化や忘却をする事がない記憶媒体は、シアトルの任務でリキョウが戦っていた狼男『ルーガルー』の存在を瞬時に想起した。そしてあの『ルーガルー』は確かメキシコの……
――Guruuuuuuu!!
「ひぃっ!?」
だがその狼男……『ルーガルー』がダイアンに飛び掛かる気配を見せたので、アダムは即座に左腕の光線銃を牽制に撃ち込み、『ルーガルー』の勢いを挫きつつ両者の間に割り込んだ。
「大統領、お逃げ下さい! お前達は閣下を頼む!」
「わ、解った! 閣下、こちらへ!」
突然ロイヤルスイートに飛び込んできた狼男の姿に度肝を抜かれていた他のSP達も、アダムの指示に正気を取り戻して慌ててダイアンの周囲を固めて彼女を部屋の外に誘導していく。『ルーガルー』がそれを追いかけるような挙動を取った為、即座に光線銃で妨害するアダム。
「おっと、化け物。貴様の相手はこの俺だ」
アダムが立ち塞がった事でダイアンの暗殺に失敗した形の『ルーガルー』だが、何故か奴の狼の口がまるで笑っているように吊り上がった。それに不審を覚える間もなく、ダイアン達を逃がした廊下から新たな騒動が沸き起こる。
「う、うわ!? 何だ、こいつらは!」
「何故こんな所に
「くそ、撃て! 撃てぇ! 大統領閣下をお守りしろ!」
廊下からSP達の叫び声や怒号、そして銃声が響き渡ってくる。それと同時に……複数の
「何……!?」
アダムは起動したままだった熱源スキャン機能で廊下の様子を感知した。そして驚愕に目を見開く。
エレベーターや非常階段から突如として現れたライオンやチンパンジー、それにアナコンダなどの猛獣達がSP達に襲い掛かっていたのだ。というよりダイアンに襲い掛かろうとして、それをSP達が防衛しているという状況のようだ。
アダムは明晰な情報処理機能によって瞬時に事態を把握した。この目の前の『ルーガルー』は、恐らくシアトルの任務でリキョウと戦ったあのペドロという男だろう。そして奴はメキシコ軍の特殊部隊【ウィツロポチトリ】の一員だ。
【ウィツロポチトリ】は様々な
現メキシコ大統領アレハンドロ・サラザールの子飼いとも言える連中で、サラザールは元々彼等シェイプシフターの力で邪魔者を排除する事で若くして大統領に成り上がったと目されている。廊下で暴れている猛獣たちは恐らくその
「ちぃ……!」
アダムは舌打ちして廊下に出ようとするが……
――Gyauuuuu!!!
「……っ!!」
『ルーガルー』が襲い掛かってきてそれを妨害する。一瞬にして立場が逆転してしまった。流石のアダムもこの化け物相手に背を向ける事は出来ない。
この上はSP達が全滅する前に素早く『ルーガルー』を撃破して、ダイアンの救援に入る他ない。
「貴様らを俺を怒らせた。本気で殲滅させてもらう」
――Goaaaaaa!!!
アダムの闘志を受けて『ルーガルー』が全身の体毛を逆立てて咆哮しつつ、再び襲い掛かってきた。ブレードと光線銃を展開してそれを迎え撃つアダム。忽ちの内に魔獣と超科学の力がぶつかり合う死闘が幕を開けた。
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