Episode19:レイシスト・ヒーロー

 ニューヨーク、マンハッタン。この街、そしてこの地区を象徴するランドマークはいくつかあるが、そのうちの1つであるセントラルパーク。街中に作られた公園としては全米で最大級であり、地元住民の憩いの場であると共に、世界中から観光客が訪れる人気の観光スポットとなっていた。


 公園内には森に覆われた車道が通り、いくつものエリアに分かれてテーマパークのようになっている区画もあれば、何もないだだっ広い芝生が広がるピクニックエリアも複数存在している。また美術館や独自の警察まで存在している。


 そのうちの一つ、イースト・メドーと呼ばれる広い芝生スペースの一角に、大きなタオルケットを敷いてピクニックに勤しんでいるチグハグな3人組の姿があった。検事総長のカリーナ・シュルツとその護衛であるイリヤ、リキョウの3人であった。


「ほら、イリヤ。私が食べさせてあげる。アーンして?」


「え……ひ、1人で食べラれるから大丈夫です」


 そのシートの上に座って、近場の屋台で買ってきたサンドイッチをイリヤに手ずから食べさせようとするカリーナ。イリヤは表情を引き攣らせながらそれを辞退している。ここ最近では見慣れた光景ではあった。


 直近で悪魔に襲撃されて家を破壊されたカリーナだが、そんな体験をした後とは思えないようなある意味での平常ぶりに、傍らに立つリキョウは彼女の胆力は自分の予想以上に強いのかもしれないと半ば呆れていた。


 この『ピクニック』自体彼女の提案したものだ。とりあえず仮住まいとしてこの近くにあるホテルに拠点を移した彼等だが、また襲撃がある可能性は高く、ホテルだと今度は無関係な他人が巻き込まれるかもしれない。



「どうせ狙われるって解ってるなら、むしろ他人を巻き込む心配がない襲いやすい場所で待ち構えていてやるわ」


 ホテルの部屋でそう意気込むカリーナ。それは確かにその通りであり、ダイアンやアダムの分析によると今回の敵はかなり後先考えない性質である可能性が高いとの事であったので、大勢を巻き込むような場所でもお構いなしに襲撃してくる事も考えられる。


「解りました。確かに仰ることにも一理ありますね。それに敵を上手く誘き出せれば早期決着を付ける事も出来るかもしれませんし」


 今回の敵の性格、性質からしても充分あり得るとリキョウは考えた。それで万全を期すという条件の元、こうしてセントラルパークに赴いているのだった。


 勿論セントラルパークも基本的には多くの人が訪れる場所なのだが、何分広いので時間帯やエリアによっては人の姿が殆どまばらになる事もある。丁度いま彼等がいるこの場所のように。


(しかも悪魔には『結界』という便利な力がありますからね。上級悪魔ともなると、この場所を丸ごと覆えるほどの『結界』を張る事も可能なはず。仕掛けてくる可能性は充分にありますね)


 一度『結界』を張ってしまうと人々の意識からその場所の事が消えて、自然と人が寄り付かなくなるのだ。どこでも張れる訳ではなく多少の条件は必要らしいが、今はその条件も満たしているはずだ。



「……!」

 彼がそのように考えて警戒を促そうとしていた矢先だった。リキョウは微妙な違和感を覚えた。空気の質が変わったような……。


 この感覚には憶えがあった。『結界』だ。周囲を見渡すと、この広いイースト・メドーにいつの間にか自分達以外誰も居なくなっていた。先程まではまばらながら確かに他の人々の姿があったというのに。


 リキョウがカリーナとイリヤに注意を喚起しようとするが、ほぼ同じタイミングで広場を囲う森の木立の中から、何かが凄まじいスピードで飛来してきた。その軌道上にはカリーナがいる。


「危ないっ!」


「……ッ!」


 リキョウの叫び声に合わせてイリヤが反射的に念動の障壁を張り巡らせる。その飛来してきた何かはカリーナに衝突する寸前で、イリヤの障壁に当たって砕け散った。


(これは……、か?)


「な、何!?」


 ようやく異変に気付いたカリーナがびっくりして目を剥いた。だがリキョウの視線はその氷片・・が飛んできた方角に向けられたままだ。


「ミセス・シュルツ、私達から離れないようにお願いします。どうやら……相手は思っていたよりも更に堪え性の無い性格のようです」


「……!!」


 カリーナが事態を悟って息を呑む。イリヤも既にESPを高めて臨戦態勢になっていた。彼等の見据える先……森の木立の中から1人の体格のいい白人男性が歩み出てきた。その姿を見たカリーナが信じられないというような唖然とした表情になる。どうやら男の顔に見覚えがあるらしい。


「え……う、嘘。あれは……カーティス・ホーガン!?」


「あの男を知っているのですか、ミセス・シュルツ?」


「この街に住んでいて彼の事を知らない人間なんていないわよ。ヤンキースの本塁打王。殿堂入りも確実と言われている『ブロンクスの英雄』。うちの検事局にも彼のファンは大勢いるわ」


「……! ヤンキース……ベースボール選手という事ですか」


 それもかなりの大物らしい。リキョウは眉を顰めた。あまりスポーツ観戦に興味のある方ではなかったので、政治経済に関わりのないスポーツ選手の情報まで覚えてはいなかった。なので今までのカバール構成員とは毛色の違う正体・・に意表を突かれたのは事実だ。



「よぉ……こうして会うのは初めてだが、お前らが俺の邪魔をしてくれやがったクソ共か。しかもお前は何だ、日本人か? 忌々しい黄色猿が表でも裏でも俺様の邪魔をしやがって……マジで苛つくぜ」


「……!」


 露骨な人種差別発言、そして日本人と間違われた事。二重の意味でリキョウの眉が不快に歪んだ。


「あなた方白豚・・の濁った目では、日本人と中国人の区別も付きませんか。まあいいでしょう。ここにのこのこと現れた以上、あなたは超法規的措置の対象です。遠慮なく死を懇願する程の責め苦を与えた上で殺して差し上げましょう」


 静かな怒りを内包したリキョウの迫力に、イリヤもカリーナもギョッとして彼を見やる。だがホーガンは気にした様子もなく鼻を鳴らす。


「何だぁ? 黄色猿が一丁前に怒ったのか? 怒ってるのはこっちの方だ。お前らのお陰でここ数日の気分は最高に最悪だ。その女は勿論だがお前らも絶対に殺す。俺様をコケにした奴等は一人残らずミンチにして野良犬の餌にしてやるぜ」


 そう吠えるホーガンの身体から爆発的に魔力が膨れ上がる。同時に奴の身体が凄まじい勢いで肥大・・していく。服が弾け飛び、代わりにその身体を青白い剛毛が覆っていく。更に背中が盛り上がってそこからも長い二本の『腕』が出現する。


 時間にして数秒で変身・・は完了していた。そこには優に2メートル半ほどはある青白い体毛のゴリラのような・・・・生物が屹立していた。


 ただし手足のバランスなどのフォルムは人間に近く、ゴリラというより想像上の怪物であるビッグフットのようなイメージだ。ただし筋肉が隆起したその身体の背中からはもう一対の長い腕が生えており、全体的には『四本腕のビッグフット』とでも言うべき怪物であった。



『クハァァァァ……。この姿になるのも随分久しぶりだ。この『凍寒の暴君フロストタイラント』ダンタリオン様を怒らせたんだ。お前ら全員、楽に死ねると思うなよ?』



「ひっ……!」


 自分こそ猿の化け物じみた面貌になったホーガン……ダンタリオンが、その牙が生え並んだ口から蒸気のような息を吐き出す。その怪物の迫力にカリーナが青ざめる。だが当然リキョウは怯む事なく、それどころか巨体の悪魔を挑発する。


「やれやれ。どんな姿の悪魔かと思えば……ただの猿の化け物ですか。いや、白色猿・・・とでも言うべきでしょうか?」


『……! 上等だ、黄色猿が。お望み通りお前から殺してやる!!』


 ダンタリオンが恐ろしい咆哮を上げながらリキョウに向かって飛びかかってくる。物凄い迫力だ。


「イリヤ君、奴の相手は私が引き受けます! あなたはミセス・シュルツの警護を!」


「わ、分かった!」


 ダンタリオンが何らかの罠や伏兵を仕掛けていない保証はない。リキョウの指示に頷いたイリヤは障壁の強度を高めて自分とカリーナを覆い尽くす。それを尻目にダンタリオンを迎え撃つリキョウ。大統領府とカバールの暗闘の行く末を左右する節目となる決戦が始まった!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る