Episode17:ダブルインパクト

「……よぉ、気付いてるか? お客さん・・・・のようだぜ?」


「え……?」


 広大なフレッシュキルズパークの中を進むユリシーズ達だが、ふいにサディークが低い声で警告を発した。だが勿論ビアンカは全く何も察知できず、周囲を見渡すが誰も居ないように見えた。


「ああ、そのようだな。だが……これはどうも、想定外の飛び込み客・・・・・かも知れんな」


 ユリシーズは当然気付いているらしく油断ない表情で頷く。だがそんな彼の目にも若干の戸惑いが浮かんでいた。何かがこちらに迫ってきているのは確かのようだが……


「え、想定外? どういう事? カバールの悪魔が来たんじゃないの?」


「その予定だったんだがな。どうも違うようだ」


 ユリシーズは相変わらず油断ない表情のまま否定した。悪魔ではないにも関わらず彼がこのように警戒する相手とは。


「ふん、ただいずれにしても狙いはお前みてぇだな。俺達から離れるんじゃねぇぞ」


「……!」


 サディークも真剣な表情でビアンカを庇うような位置取りになる。これはいよいよ只事ではないと理解したビアンカは慌てて彼等の後ろに下がる。



「…………」


 緊張の一瞬が流れる。ユリシーズもサディークも全く油断せずに戦闘態勢で身構えている。だがビアンカには周囲に誰の姿も見えない。彼等の思い違いか何かではないか。ビアンカがそう思って気を抜いた瞬間――



 ――いきなり彼女の真横、それも密着しそうな程の至近距離に、1人の男が出現・・した。



「っ!!?」


 驚愕に身を硬直させる暇もあればこそ、彼女が何らかの反応を行うより遥かに速くその男の手がビアンカに伸びてきて……


「オラッ!!」


「……!」


 サディークが振るう曲刀によって妨害されて、その男は素早く跳び退った。


「ビアンカ、大丈夫か!?」


「あ……」


 ユリシーズも即座にその男から彼女を庇う位置取りになる。ビアンカは何が起きたのか理解できず、虚脱したような声を上げてへたり込んでしまう。そして呆然と、そのいきなり出現した男を見やった。


 整っているが陰気そうな顔立ちの白人男性であった。茶色っぽいくすんだ髪を後ろにきっちりと撫でつけている。彼女はこの男の顔をどこかで見た事があるのに気付いた。同じ白人でもアメリカの白人とは微妙に異なる顔立ち。


(……っ! お、思い出した……!!)


 アメリカ人ではないと意識した途端に思い出したビアンカはその男を指差した。


「あ、あなた、確かアラスカにいたロシア・・・の超能力者……!?」


 確かセルゲイという名前だったと記憶している。リキョウと互角の戦いを繰り広げていたが、その最中にビアンカはマチルダの策略によって連れ去られてしまったのだ。その後も本気のリキョウが仕留めきれずに撤退を許したとの事だったはずだ。


 それはつまりリキョウとほぼ互角の戦闘力の持ち主という事でもある。



「……『ファーストレディ』、いや、『エンジェルハート』。ミハイロフ大統領閣下が貴様の身柄を所望している。私と一緒に来てもらうぞ」



「……!!」


 流暢な英語でそう言ったセルゲイは再びビアンカをターゲットにする。だがその前に立ち塞がる男が1人。


「ほぉ……あのスカしたエセ紳士野郎と引き分けだと? そいつはいい事を聞いたな。おい、こいつは俺に任せろ。あのガキ相手じゃイマイチだったんでな。超能力者ってやつの強さを見せてもらおうじゃねぇか」


 サディークだ。好戦的な笑みを浮かべて二振りの曲刀を構える。こうなったらもう誰も彼を止められない。


「ち、だから勝手に決めるな。だが確かに敵がこいつだけとは限らんからな」


 ユリシーズは舌打ちしつつもビアンカを抱えて後ろに下がる。


「そういうこった。さぁて、ロシアの工作員君? 俺様を無視してビアンカを攫おうとしたら、今度は背中からバッサリ行くぜ?」


「……貴様はアラブ人か? 何者か知らんが私の邪魔をするというなら貴様から消えてもらおう」


 最初の攻防でサディークが無視できる相手ではないと悟ったらしく、セルゲイが彼に対して強烈な殺気を向ける。しかしどうやらロシアの諜報機関もサディークの素性・・までは掴んでいないようだ。


「はっ!! やれるモンならやってみろやぁっ!!」


 サディークは曲刀を交叉させると、先手必勝とばかりに凄まじい速度で踏み込む。しかしセルゲイもまた驚異的な反応で迎え撃つ。忽ちのうちに強大な霊力と超能力のぶつかり合う異能の戦場が形成される。



「ち、あの馬鹿。見境なく暴れやがって!」


 ユリシーズは戦闘にビアンカが巻き込まれないように距離を取る。サディークとも互角に渡り合うとは、やはりあのセルゲイという男は只者ではない。だがこちらにはユリシーズもいるのだし、互角であれば数が多い分こちらが有利だ。ビアンカはそう考えて安心するが、逆にそれがいけなかったのだろうか。


 ふと、ビアンカは背後に何らかの気配を感じて振り向いた。そして目を瞠った。



 ――そこに一匹の巨大ながいた。勿論こんな所に狼が生息している訳がない。そしてこの狼は誰かのペットや動物園で飼われているものが逃げ出したのではない事も一目で解った。



 何故ならばその狼は自然界ではあり得ないような、輝くような金色・・の体毛に包まれていたからだ。金の体毛は微かに発光しているようで、その獣をより神秘的に見せていた。


 ビアンカは一瞬状況も忘れてその金色の狼に目を奪われた。だが……その直後に金狼は凶悪そうにその貌を歪めて牙を剥くと、そのまま大口を開けてビアンカに飛びかかってきた!


「な――――」


「危ないっ!!」


 ビアンカは咄嗟に反応できずに呆けた声を上げて迫りくる狼の牙を見つめるが、そこにユリシーズが彼女を庇うように間に割り込んだ。金狼は構わずそのままユリシーズの掲げた左腕に噛み付いた。


「ぐぬっ……!」


「ユリシーズッ!?」


 彼の顔が苦痛に歪み、ビアンカは思わず悲鳴を上げる。だがユリシーズは右腕に黒炎剣を作り出して金狼に薙ぎ払う。すると金狼は並の獣とは比較にならない身のこなしで黒炎剣を躱して飛び退った。


「ユリシーズ……! い、一体何なの、あれは!?」


「ビアンカ、下がってろ! こいつは……仙獣・・だ!」


「……え?」


 彼女は耳を疑った。だが確かに野生の獣をモチーフにした非現実的な造形の獣達なら彼女も見た事があった。そう……彼女の仲間の1人であるリキョウが呼び出す仙獣達だ。この金狼はあれらの仙獣達と近い雰囲気を持っていた。



「……これは思わぬ状況だな。まさかロシアも『ファーストレディ』を狙っているとは思わなかったぞ。しかも我等と同じタイミングで……」



「……!!」


 いつの間にか金狼の側に1人の男が佇んでいた。一見してアジア人、それも東洋人の男だと解った。いや、仙獣を操るのだとしたらこの男はリキョウと同じ……


「お前は……リキョウの奴と同じ中国人か? それも仙獣を操る『紅孩児』とやらか」


「ほぅ……? そうか、貴様も仁の仲間か。ならば奴から聞いていてもおかしくないな。如何にも。俺は中国国家安全部第九局のハン俊龍ジュンロン。『ファーストレディ』の身柄は我々が貰い受ける。周主席がその女の身柄をご所望なのでな」


 その中国人……俊龍がやはり流暢な英語で喋り、ビアンカに視線を向ける。こいつも……中国も彼女を狙っているというのか。


(ど、どういう事? カバールだけじゃなくてロシアや中国まで……!? しかもこんなほぼ同時のタイミングで?)


 ビアンカは混乱した。百歩譲って自分がカバールだけではなく他の国から狙われる理由は納得できる。自分は『天使の心臓』の持ち主という以外に、現アメリカ大統領であるダイアンの隠し子・・・でもあるのだから。何らかの政治的なカードとして外国勢力から狙われる可能性はあり得ると、以前にユリシーズからも言われていた。


 だがいくらなんでもこのようにほぼ同時多発的に狙われるなどあり得るのだろうか。俊龍の態度からして事前にロシアと図っていたという事もなさそうだ。



「馬鹿が。俺がそれをさせると思うか? 中国政府の関係者だろうが、そっちから襲ってきたんなら容赦はしない。どうせそっちも非公式・・・の任務だろうしな。つまりここで殺しちまっても問題ないって訳だ」


 だがユリシーズが魔力を高めて臨戦態勢に入ったので、意識が現実に引き戻された。


「ふん、それはこちらの台詞だ。確かに俺は公式にはここにいない事になっている。だがそれ故に……アメリカ政府の関係者を殺しても、それは中国とは何の関係もない人間がやった事という訳だ」


 俊龍もまたユリシーズが油断できない相手と認識して完全な戦闘態勢に入った。ビアンカは慌てて巻き込まれない距離まで下がる。こちらでも魔術と仙術のぶつかり合う超常対決が幕を開けた!

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