Episode16:絶対悪
襲ってきた中級悪魔達を撃退したのちビアンカ達はユリシーズの提案によって、居場所をクィーンズからスタテンアイランドへと移動していた。移動はユリシーズが運転するレンタカーだ。
目的地に向かう車中でユリシーズが概要を説明する。
「やはり敵方はお前に引き付けられている節があるようだからな。どうせ戦いが避けられないんなら、なるべく
との事であった。勿論人が少ないと言っても他の地区に比べればという事であり、スタテンアイランドもニューヨークシティの一部ではあるので、アメリカ全体の基準で見れば充分な人口密集地ではあった。
だがユリシーズには思う存分暴れられる場所の当てがあるようだった。
「俺が以前に来た時には汚いゴミの埋め立て地に過ぎなかったが、今はそこをセントラルパークのような自然公園にする為の工事が進められているらしいな。尤も完成するのは大分先になるようだが。しかしだからこそ元々一般人の立ち入りが制限されていて、
「うってつけ、か。確かにさっきの戦いは場所が狭くてやり辛かったからなぁ。思う存分暴れられるなら、その方が俺もやりやすいぜ」
サディークが不敵な感じに口の端を吊り上げる。だがビアンカには別の事が気になった。
「でも……イリヤ達の所と、あとお母様の所にも中級悪魔が現れたのよね? 中級悪魔はそんなに沢山は呼び出せないんでしょ? だったら敵の戦力はもう打ち止めなんじゃ?」
カリーナはともかく大統領であるダイアンまでが狙われたのは意外だったが、幸いにしてどちらも無事に撃退できたらしい。
ダイアンが襲われたがアダムのお陰で無事だったと聞かされて、ビアンカは内心でホッと胸を撫で下ろしていた。そして直後にそれは、あくまで大統領の死によってこの国が混乱するのを避けられた為だと自分に言い訳していた。
それはそれとして昨日ユリシーズから教えられた話によると、カバールの構成員が自分の眷属である下級悪魔や中級悪魔を召喚するには、『
『業』を貯めるには色んな条件があるが、基本的には人間の恨みや憎しみ、恐怖、絶望といった
因みに半魔人のユリシーズも
そして下級悪魔は召喚に大した『業』が要らないらしいが、中級悪魔ともなるとかなり大量の『業』を消費するとの事だ。なのでクィーンズでユリシーズ達が撃退した連中や、イリヤ達の元に現れた連中、そしてアダムが撃退した悪魔を合わせると、既に5体もの中級悪魔を斃しているという事になり、流石に打ち止めではないかと思ったのだ。
「勿論その可能性はある。下級悪魔だけなら何体来ても大した脅威じゃないしな。だが……逆に打ち止め
「……!」
言われてビアンカもその事に思い至った。サディークも同様だ。
「面白れぇ。そうなるといよいよ
好戦的に拳を鳴らすサディーク。そう……眷属が全て斃されたとなると、その親玉であるカバールの構成員が自ら動く可能性が高い。確かに上級悪魔との戦いとなれば、事前になるべく戦いやすいフィールドを確保しておく事は理に適っている。ただ……
「本当にこちらに来るのかしら? 敵の目的はそのカリーナさんなのよね?」
確かに『天使の心臓』も悪魔にとって垂涎の餌ではあるのだが、敵が主目的を放置してまでこちらを優先するかは怪しいものがある。その疑問にはユリシーズも頷いた。
「確かに自分が直接動くとなったら向こうを優先する可能性はある。だがこっちに来る可能性もゼロじゃない。そしてゼロじゃない以上、囮役としてはそれを前提に動くしかないのさ」
そんな話をしているうちに車はスタテン島に入り、目的地の前に到着した。
「着いたぞ。ここがニューヨークで最大の公園になる
「……! ここが……」
ユリシーズに倣って車から降りたビアンカは、その広大な敷地の
元は廃棄物や瓦礫の埋め立て地であった場所で、かの同時多発テロで犠牲になった人々の
今はそれらの歴史を乗り越えて広大な自然公園とすべく改装の途中であり、その規模や費用の問題などから工事の期間は終わりが見えないほど長く、軽くあと10年以上は掛かるだろうという見積もりであった。
「あのテロか……。当時俺はまだガキだったが、それでも親父達や高官共が欧米とは別の意味で震撼してたのは良く覚えてるぜ。『何て事をしでかしてくれたんだ』って感じでな」
サディークが彼にしては神妙な表情で呟いた。一般的にあのテロは過激なイスラム教徒が引き起こしたものだと認識されている。勿論それはサウジアラビアとは何の関係もない過激派組織の仕業だったのだが、アメリカを始めとした西側諸国の人々にとっては『イスラム教徒があのテロを起こした』という事実だけがクローズアップされて、ムスリム全体への風当たりが確実に強くなった。
「親父達はそうなる事が即座に予測できたんだろうな。テロに怯えた欧米は勿論だが、
西側諸国のメディアは当然西側諸国の立場でのみの報道を行う。そのメディアから情報を得る人間達もまた一方の立場からしか物を見ないし考えない。だが当然
(でも……それはカバールに対しては当てはまらない。奴等は正真正銘の『悪』よ。それだけは間違いない)
それは決してビアンカの青臭い思い込みではないはずだ。これまで実際にカバールの悪魔達とまみえてきて、彼等の側に一片の
スーパーヒーロー映画などでよくあるジレンマや葛藤を抱かなくて良い分、ある意味でやりやすい相手とさえ言えるかも知れない。
「よし、じゃあ俺が『結界』を張るから、その中に入って侵入するぞ」
ユリシーズが促す。公園は大部分がまだ工事中のために、その殆どが一般人の立ち入りを制限されていた。そのため公園内には人影が殆どなく、確かにバトルフィールドとするには都合が良かった。
ただ制限されているという事はつまり、勝手に入れないという事でもある。一度入ってしまえば広い公園の事そうそう見咎められる心配もないが、中に入る際にはそうもいかない。
広い公園を一々回って潜入できるポイントを見つけるのも面倒だ。そしてそういう時に便利なのが『結界』の力だ。悪魔だけが使える力だが、半魔人のユリシーズも使用できる。『結界』を使えば誰にも見咎められずに悠々と公園内に侵入できる。
「でもよぉ。侵入できるのはいいが、こんなあからさまな所で待ち構えてて罠だって警戒されたりしねぇのか? 敵が警戒して近付いて来ないんじゃ本末転倒だぜ?」
『結界』の力で公園内に入りながら、サディークが周囲を見渡す。確かに彼の言う事も一理あり、罠を警戒した敵がこちらへの襲撃を諦めて他へ行ってしまうという可能性もある。そんな懸念に対して、しかしユリシーズはかぶりを振った。
「俺達の
彼は確信を込めて請け負う。彼がそう断言するならそうなのかも知れない。ビアンカはそう思うくらいには内心でユリシーズの事を信頼していた。
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