Episode10:守護者の実力

『邪魔ダッ!!』


 ビアンカへの攻撃を邪魔されたウリノームが上空から怒りの咆哮を上げて、ユリシーズにターゲットを変更する。上手くヘイトを引き付けられたようだ。


 奴が再び空中での高速機動によってこちらを攪乱しつつ突進してくる。蝙蝠人間のような外観のウリノームの皮膜翼はその外側部分自体が鋭利なブレードのようになっているらしい。また両手の先にも鋭い鉤爪が備わっている。


 それらを武器にして高速機動で空中から一方的に攻撃するのが奴の戦闘スタイルらしい。


「ふん!」


 ユリシーズは魔力の障壁を張ってウリノームの突進を防ぐ。これで防げる事はビアンカを護った時に証明済みだ。奴の攻撃を受けた障壁が激しく揺らいで明滅する。だが破られる事はなかった。


 攻撃は防げるが……いつまでも障壁の中に籠っている訳にもいかない。奴を倒すにはこちらから攻撃しなくてはならないのだ。それに埒が明かないと判断したウリノームが再びビアンカをターゲットにする可能性もあった。


 ユリシーズは上空に手を翳してヴェルフレイムを発動させる。黒い魔界の炎で構成された火球が出現し、上空のウリノームに向かって高速で撃ち出される。


 だが奴は素早い挙動でヴェルフレイムを器用に躱す。ビブロスやムルカスなどとは比較にならない身のこなしだ。弾幕のように撃ちまくれば当たるかも知れないが、この路地でそれをやるのは色々な意味で避けたい。


(だったら突進してきた所をカウンター狙いでいくか?)


 ユリシーズは魔界の炎を剣状のヴェルブレイドに変えて、奴の突進を待ち構える体勢になる。だがウリノームの方もそれを警戒したのか滞空状態になって中々突っ込んでこない。代わりに奴がこちらに向かって大きく口を開ける。



『――――ッ!!!』



「……!!」


 奴が何かを叫ぶと同時に大気が激しく震動した。その震動は単純な物理現象らしく、魔力の障壁を突き抜けてユリシーズの鼓膜・・を直撃した。


「ぐぬ……!?」


 彼は思わず表情を歪めて呻いた。これは一種の超音波・・・か何かのようであった。流石に空気の振動や伝播を防ぐ事は彼にも出来ない。ユリシーズだからこそ耐えられているが、並の人間だったら既に鼓膜が破れて、耳や鼻から盛大に血を噴き出している所だろう。


 先程ビアンカをより安全な距離まで下がらせていたのは幸いであった。そのビアンカがユリシーズの呻く様子に何か叫んで駆け寄ろうとするが、彼は手を突き出してそれを制した。迂闊に近付いたら彼女も巻き込まれる。


 ウリノームは滞空状態を保ったまま、更に超音波の勢いを強めてくる。当然このまま放置はできない。


「いつまでも……調子にのるな!!」


 脳を揺さぶる苦痛を押し殺して、強引に奴に向けてヴェルフレイムを放つ。奴は再び器用に躱すが、それによって超音波の圧力が一時的に途切れる。だが一時的で充分だ。


 ユリシーズは一旦跳躍してそこから更に路地の壁を蹴るようにして、常人ではまず不可能な高さへと跳び上がった。それは丁度ウリノームが滞空している高さと同じほどであった。ヴェルフレイムを躱した直後であったウリノームは、まさか相手が自分の領域・・に踏み込んでくるとは思わなかった動揺も手伝って反応が遅れた。


『……ッ!?』


「終わりだっ!!」


 一閃。魔界の炎で構成されたヴェルブレイドは、耐久よりも機動性に振り切った性質のウリノームを脆い紙細工のように一刀両断した。





 路地裏に刃の打ち合う鋭い音が幾度も響き渡る。


「おおぉぉぉぉっ!!」


 一方は二刀流のシミターを縦横無尽に振るう聖戦士のサディークだ。二刀流を活かした息もつかせぬ連続攻撃で攻め立てる。当然その刀身には彼の霊力が纏わっていて、悪魔のような存在にとっては致命的な攻撃力を備えている。


 しかし優秀な戦士であるサディークが、その霊刀による得意の二刀流で攻め立てながら未だに決着がついていない。それが相手・・もまた決して雑魚などではない事を物語っている。


『グゥォォォォォォッ!!!』


 サディークの声を打ち消すような重低音の咆哮。彼と相対して激しく打ち合っているのは体長が3メートル近くある巨体の、蜥蜴と人間が合わさったような悪魔であった。中級悪魔セパルというらしい。


 奴の両手にはいつの間にか二振りの巨大な斧が握られていた。ビブロスのように武器を作り出す能力があるらしい。しかもセパルの持つ斧は赤く発光しながら炎を噴き出している。


 人間の胴体ごと一撃で両断できそうな戦斧を両手にそれぞれ握り、サディークに劣らないような怒涛の勢いで軽々と振り回してくる。更に見た目通りの膂力で、自己の身体能力を霊力で強化しているはずのサディークでもまともに打ち合うと凄まじい衝撃に手が痺れかける。


 敵は完全に肉弾戦特化型の中級悪魔のようだ。そしてそんな強敵と戦うサディークの口許は……獰猛な笑みに歪んでいた。


(へ、へ……これだ、これ! こういうのを待ってたんだよ!)


 そもそも彼がビアンカの護衛係に押し掛けたのは、彼女自身に興味があったのは勿論だが、それだけでなく彼女の側にいれば強い敵との戦いに事欠かないと判断したからでもあった。


 事実この短い期間の間に、既にモラクスやガープなど強力な上級悪魔との戦いも経験していた。そして故国にいた頃は滅多になかった、自分に比肩する戦力を持った味方との共闘も新鮮な体験であった。


 だが彼が戦士として何よりも好むのは、こうして一対一で小細工なしの正面戦闘を制する事であった。こういう時彼は最も命のせめぎ合いを実感し、戦いの昂揚に包まれるのだ。


 だがいつまでもその高揚に浸ってばかりもいられない。ビアンカを護るという役目も決して疎かにする訳には行かないのだ。



 目の前の蜥蜴悪魔は強敵だが、散々打ち合った事で既にその動きは見切っていた。楽しみの時間は終わりだ。セパルが轟音とともに戦斧を叩きつけてくる。サディークは正面から打ち合わずに、冷静にその攻撃をいなす。


 そして奴が攻撃を空振りした僅かな隙を狙って霊刀を煌めかせる。彼の斬撃は正確にセパルの身体を切り裂いたが、下級悪魔なら一撃で倒せるはずの斬撃を受けてもセパルは僅かに怯んだだけで、再び攻勢に転じてくる。見た目通りの高い耐久力を持つらしい。


 だが一撃で倒れないのなら何度でも繰り返すまでだ。サディークは一撃でもまともに受けたら致命傷は必至であろう剛撃を冷静に躱しつつ、着実に自分の斬撃を当てていく。同様の攻防を何度か繰り返すうちに、セパルの動きが目に見えて鈍くなってきた。ようやくダメージが蓄積してきたらしい。


「へっ、しぶとい野郎だ。ようやく効いてきやがったか」


『ヌガァァッ! 貴様ァァァッ!!!』


 怒り狂ったセパルが、二振りの戦斧を同時に大きく振りかぶった。明らかな隙だがサディークは油断して攻め込んだりはしない。案の定セパルの魔力が爆発的に膨れ上がり、斧から噴き出す炎が一際強烈になった。


『死ネェェェェッ!!』


 セパルが一気に二振りの戦斧を地面に叩きつけるように振り下ろした。するとその軌道に合わせて戦斧から炎の波・・・が発生した。


「……!」


 燃え盛る業火はサディークを包み込まんと放射状に広がりながら迫る。範囲が広く、回避は間に合いそうもない。彼は一瞬でそう判断すると、霊刀をクロスするように構えて全身の霊力を集中させる。そして彼はそのまま炎の波に完全に呑み込まれた!


「ぬぅぅぅぅぅッ!!」


 だが驚くべき事にサディークは、人間なら一瞬で消し炭に変わるような業火に巻かれながらも、自己の霊力による障壁を全身に張り巡らせてそれに耐えた。そして……耐え切った。


『……ッ!? 馬鹿ナ……!!』


 自身の切り札に人間が耐え抜いた事が信じられず、セパルが大技の直後という事もあって硬直する。それはサディークのような優れた戦士にとって格好の隙であった。


「今度はこっちの番だなぁっ!」


 サディークはその場から大きく跳躍すると、セパルの頭目掛けて自身の体重も載せた全力の斬り下ろしを叩きつける。霊力を帯びた二振りの曲刀は、狙い過たず蜥蜴の頭を縦に両断した!





「ふぅ……とりあえずこんな所か。向こうも終わったようだな。……やはり実力は確かだな」


 戦闘が終わった事を確認したユリシーズが、サディークの方も同様に終わった事を見て取って複雑そうな表情で呟いている。ビアンカも彼等が無事に中級悪魔達を殲滅してくれた事で、色々な意味でホッとして駆け寄る。


「2人共ありがとう。お陰で助かったわ。皆、怪我はない?」


 ユリシーズは超音波攻撃を受け、サディークも敵の出した炎に巻かれたりしていたのだ。どちらも常人であれば間違いなく即死している。だが彼等は揃って肩をすくめた。


「ああ、俺は問題ない。あの程度でどうにかなるようなヤワな身体はしていないからな。人間は・・・どうか分からんがな」


「はっ! ご心配どうもってか? 俺様の霊力があんなモンで破られる訳ねぇだろが。この通りピンピンしてるぜ」 


 敵を倒したばかりだというのに、もういつも通りいがみ合っている2人。どうもこの2人はこれが平常運転・・・・なのかも知れない。少なくともビアンカはそう思う事にした。



「はいはい、2人とも確かにそれだけ元気なら大丈夫そうね。でも……結局あいつらを差し向けてきたカバールの構成員については解らず終いだったわね」


 この街に潜んでおり、尚且つビアンカの『天使の心臓』を狙っている事だけは間違いないようだが、それは最初から解っていた事だ。ユリシーズがかぶりを振る。


「まあ少なくともそいつの手駒を減らす事は出来た。下級悪魔はともかく中級悪魔は能力や自律性が高く役立つ反面、それほど気軽にポンポン喚び出せる存在じゃないからな。これだけでも敵の戦力を分散させるって役割は果たせているはずだ」


 そういえば以前にボルチモアでも、あのアマゼロトが似たような事を言っていた気がする。


「今まで詳しく聞いた事なかったんだけど、あいつらってどうやって自分の眷属を増やしてるの? アマゼロトは確かカルマ・・・が必要とか何とか言ってた気がするけど」


「そうだなぁ。俺もその辺は気になるぜ。この悪魔って奴等は、西アジアの悪霊ジン共とは似ていて非なる存在みてぇだからな。悪魔共の生態・・は可能な限り詳しく知っときてぇ所だな」


 サディークも同意するように頷いて会話に入ってきた。これも以前にリキョウが言っていたが、闇に潜む魔物達もその風土によって自然と棲み分け・・・・が為されているらしく、悪魔たちは基本的にアジアやアフリカなどには寄り付かないのだとか。その代わりそういった地域には、その風土に適応した独自の魔物たちが勢力を築いているという訳だ。


「ん? そうか。そういえばその辺の話はあまりした事がなかったな。お前は政治方面の勉強で忙しかったからな。とりあえず他に敵はいないようだし、一旦どこかの宿を取るぞ。そこで詳しい話をしてやる」


 ビアンカが見かけたはずのヴィクターも結局姿を現さなかったし、これ以上ここにいても無意味だろう。ユリシーズに促されて一行はこの場を離れて、街の中心部の方へと立ち去っていった。

 


*****



 そこから優に10分以上の時間をおいて、誰もいなくなったはずの路地の一角が突如空間が歪んだように揺らめいて、そこから1人の男が歩み出てきた。


「…………流石にもう大丈夫かな。ふぅ……ビアンカはともかく他の連中の前に姿を現すのは、今の段階では避けたいからね」


 そう言って息を吐くのは、ビアンカが追っていたはずのヴィクター・ランディスその人であった。彼はビアンカ達をこの場に誘き寄せた後は、ひたすら幻覚による遮蔽で自身を覆って路地の隅に隠れ潜んでいたのだ。


「全くサタナキアも無茶振りしてくれるよ。僕は彼等に恨まれてるから近づくだけでも命がけだっていうのに」


 ヴィクターは愚痴をこぼしながらも、次第にその顔が笑みに歪む。


「でも……結局彼等は隠れている僕に気が付かなかった。ビアンカだけならいざ知らず、あの男達も僕に気付かなかったんだ。僕の力は確実に向上している。もうすぐだ……もうすぐ再び君の前に立てるよ、ビアンカ。その時を楽しみにしていてくれ」


 現時点での彼の全魔力を注いでの結果ではあったが、それでもあのユリシーズ達の目や感覚を欺けた事は大きい。確かな手応えと、ビアンカとの再会の予感にヴィクターは堪え切れずに妄執を孕んだ含み笑いを漏らすのであった……

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