Episode2:パワーゲーム
「ニューヨーク、ですか? それって……
ビアンカの現在の住まいである『
そしてレイナーの口から出た地名にビアンカは目を丸くしたのである。ニューヨークは州の名前も指すが、基本的にこの国において『ニューヨーク』という場合は
「そうだ。ニューヨーク州の南端にある、このアメリカ最大の都市ニューヨークシティ。そこが次の任務の舞台となるだろうな」
「……!!」
ニューヨーク。今レイナーが言ったように、アメリカでもシカゴやロサンゼルスを凌ぐ国内最大の人口を擁する世界都市。
ウォール街を始めとした金融ビジネスの中心地でもあり世界中から人が集まる為、『世界の玄関口』などと呼ばれる事もある国際都市だ。
訪れる人間の人種や国籍の坩堝を象徴する『タイムズスクエア』の他にも、『エンパイアステートビル』、『セントラルパーク』、そして何といってもあの『自由の女神像』など、世界的にも有名な観光名所やランドマークの宝庫でもある。
ビアンカの生まれ育ったフィラデルフィアからもそう離れていない(アメリカ基準)場所なのだが、様々な都合の行き違いなどが重なりこれまで一度も直接訪れた事がなかった。
そんなニューヨークシティが今回の
「ニューヨークねぇ。俺もガキの頃に
同席しているメンバーの1人である半魔人SPのユリシーズが呟いた。彼の言う『アイツ』とはビアンカの
「で、そのニューヨークで何かあったのか? 今度はどんな悪魔野郎が悪さしてんだ?」
レイナーに任務の詳細を問うのはやはり同席メンバーの1人であるイスラムの聖戦士サディークだ。普段は軽薄で粗暴な雰囲気だが、こう見えて実はサウジアラビア国王の実子の1人……つまり王子なのである。
レイナーがかぶりを振った。
「今回は何か特定の事件がニューヨークで起きている訳ではない。むしろその『事件』が起きるのを未然に防いでもらうのが任務のようなものだ」
「あん? どういうこった?」
サディークが首を傾げるが、それはビアンカの代弁でもあった。
「……連邦最高裁判事の1人であるアビゲイル・グリーンウッド判事が、重度の肺炎で緊急入院した。亡くなるのは時間の問題と見られる」
「……っ!!」
レイナーの告げた内容に驚愕したように目を瞠ったのは、この部屋にいるメンバーではユリシーズと他には2人だけであった。ビアンカとサディーク、そして彼女の隣に座る超能力者のロシア人美少年イリヤは、それが自分達と何の関係があるのか解らず首を傾げた。
「なるほど……グリーンウッド判事と言えば、確かリベラル派の重鎮として有名でしたね。彼女が亡くなるとすると
理解を示したメンバーの1人である中国人道士のリキョウが得心したように頷いていた。そこにもう1人のメンバーである陸軍所属のサイボーグ軍人アダムも同意しつつ唸る。
「確かに自由党、曳いてはカバールとしては何としても阻止したい所だろうな」
「ははぁ……それで、
ユリシーズも既に話しの流れが掴めているらしく、レイナーに確信を持って聞いている。因みに彼が言うボスとは、ビアンカの
「ちょ、ちょっと待って! どういう事? 最高裁判事が危篤? それは大変な事でしょうけど、それが私達やカバールとどう関わって来るの?」
彼等の間でだけ話が進んでいるのが我慢できずにビアンカが口を挟む。横ではイリヤやサディークも彼女に同調していた。リキョウがかぶりを振った。
「ミス・ビアンカ……。まだ子供であるイリヤ君や、アメリカに来たばかりの外国人であるサディーク氏は仕方ないでしょうが、他ならぬ貴女が自国の司法制度を理解していないのは問題ですよ?」
「う……」
ストレートに指摘されて言葉に詰まるビアンカ。彼女もカバールとの戦いを決意してホワイトハウスの地下に住まうようになってからかなり勉強してきたつもりだが、それでもまだまだ知らない事は山のようにあった。日々今までの自分の無知を反省する毎日である。
「彼女も頑張っているし、一挙に全て覚えろというのも酷な話だろう。解らない事はその都度覚えて行けばいいだけだ」
厳つい軍人ながらビアンカに対しては甘いアダムがそう言ってフォローしてくれる。
「連邦最高裁は言わずと知れたアメリカ司法の頂点に位置し、ここより上の判決という物は存在しない。それは解るな?」
「え、ええ」
流石にそれは理解できている。アメリカの司法制度は複雑で各州や郡、時には市単位で無数の裁判所が存在し、それらの裁判所で日々判決を下される案件の数は膨大である。しかし当然行政単位が小さければ小さい程裁判所が扱う案件の規模も小さいのが普通だ。そしてそれは逆の事にも言える。つまり……
「そう……アメリカに一つしかない連邦最高裁においては、時にこの国の政治や経済に大きく関わるような重大な案件が取り扱われる事も珍しくありません。その判決を下す最高裁判事達が政治的にも重要な立ち位置にいるという事は想像が付くでしょう?」
リキョウも嘆息するように息を吐くと
「そして最高裁判事も人間だ。当然完全な中立ではいられず、必ず個々人の政治的思想や信条というものがある。各人細かな違いはあるが、大別すれば保守派かリベラル派かという事になるな。そしてその各判事の政治的信条は……
「……!!」
この辺りでビアンカにも今回の話の繋がりが朧気ながら見えてきた気がした。それを見て取ったユリシーズが口の端を吊り上げた。
「解ってきたようだな。で、最高裁判事ってのは現行法だと9人が定員だ。つまり保守派かリベラル派、どっちかの派閥が
勿論連邦最高裁は独立した機関なので、大統領にせよカバールにせよ完全に自分達の思い通りの判決を出すように命令する事は出来ない。だが過半数を占める判事たちの信条が自分達と近ければ、下される判決結果もある程度自分達の意に沿う形に近くなる。それが重要なのだ。
「現在の最高裁の構成はリベラル派が5名を占めている状態でした。それは大統領も苦々しく思っていたでしょうが、生憎最高裁の判事は任期という物がありません。本人が
「……!」
リキョウの説明にビアンカは目を瞠る。生きている限り。そして先程レイナーは、最高裁のリベラル派の1人であるグリーンウッド判事が危篤であると告げた。
つまり今は、選挙の無い連邦最高裁判事に
「そう、そこに保守派の判事をねじ込めれば、今度は保守派が過半数を取れるという事だ。大統領としてはこの機会は逃したくないだろうし、逆にカバールとしては絶対に最高裁のパワーバランスが逆転する事は阻止したいだろうな」
アダムが頷く。それが先程彼等が納得しながら言っていた言葉に繋がる訳だ。しかしそこで今まで黙っていたサディークが頭を掻きながら疑問を呈した。
「ホント七めんどくせぇ国だよなぁ、アメリカってのは。だが聞いててふと思ったんだけどよ。それなら何でカバールの悪魔どもは今まで何もしてこなかったんだ? その最高裁の判事全員殺して、中級悪魔どもに入れ替えるか何かして支配しちまった方が手っ取り早くねぇか?」
外国人で遠慮会釈の無いサディークだからこその忌憚のない表現だが、その疑問自体はビアンカも確かにと思う。咳払いしつつそれに答えたのはレイナーだ。
「表現に問題はあるが……まあいい。それに対する答えは、カバールというのはあくまで便宜上の呼び名に過ぎず、実際には奴等は一つの組織
「……!」
「言ってみれば、それぞれ全く異なる企業を経営する企業家達が集まった『委員会』のようなものだ。そしてこれらの企業の中には
「……ふん、なるほどなぁ。つまり連中同士でも足の引っ張り合いがあるって訳か」
言動は粗暴ながら理知的な面も持ち合わせるサディークは、すぐにレイナーの言いたい事を悟ったようだ。
「そうだ。最高裁の判事を中級悪魔と入れ替えるとして、
ビアンカ自身の『天使の心臓』に関してもこの理論が働いているのかもしれない。カバールは一枚岩ではないから、組織だって彼女を襲ったりという事は出来ないのだ。恐らく誰が『天使の心臓』を独占するかで牽制し合う状況になるのだろう。
明確なリーダーと呼べる存在がいない事が、彼等が一つの組織として纏まれない理由なのかも知れない。
「だが今回のように誰が介入した訳でもない
今までにない形式の任務だ。基本的に常に護衛
ただ一つだけ気になる事が……
「彼女? 後任候補ってもう決まってるんですか? お母様に近しい者って……」
「ああ、そうだ。対象はニューヨーク州の検事総長であるカリーナ・シュルツという女性だ。ウォーカー大統領とは同じロースクールで学んだ
「……っ!」
友人。当たり前だが実母にも子供時代や学生時代はあった訳で、その当たり前の事を認識させる存在。何故かビアンカは実母に『友人』がいた事に衝撃を受けた。未だに彼女を肉親と見做そうとしない実母もまた血の通った当たり前の人間であると再認識させられたのだ。
「ほう、シュルツ氏ですか。確か筋金入りの保守派で有名な方でしたね。ましてや大統領のご学友となると、確かに彼女以上の適任はいないかも知れませんね」
リキョウが得心したように頷くと、レイナーも首肯した。
「そうだ。そして本人も最高裁判事就任への打診を了承した。尤もアメリカの法曹界に身を置く人間で、最高裁判事への就任機会を蹴る者はそうそういないだろうがな」
「まあ背景に関してはもう充分だろう。具体的な任務の概要に話を進めないか?」
アダムがそう言ってレイナーを促した。ビアンカとしても何故ニューヨークに赴く必要があるかは理解できたので、もう話を進めても大丈夫そうだ。レイナーは頷いて改めて一同に向き直った。
「今回は特にカバール側の関心も高い案件と思われる事から、こちらも万全の態勢で臨む。具体的には……お前達
「……!!」
つまりイリヤも含めたこの6人全員で、という事か。これも今までに無かった状況だ。ユリシーズが眉を寄せる。
「全員で、だと? そりゃ俺達はまあ構わんが、その場合ボスの警護はどうなる? カバールの連中がその隙を突いて、ボスに危害を加えようって奴が出てくるかも知れないだろ?」
カバールとの抗争も激化しつつある現在、ダイアンが悪魔に対抗できる護衛の存在なしに単独でいる事は、如何にホワイトハウス内であっても危険だろう。しかもカリーナの任命式が終わるまでとなると、1日や2日という訳にも行かない。
「ああ、それに関しては――」
「――私も
「っ!?」
レイナーの言葉に被せるように発言して部屋に入ってきた女性。ビアンカも、そしてユリシーズ達も一様にその人物を見て唖然とした表情を浮かべた。
それは……ビアンカの実母であり、現アメリカ合衆国大統領たるダイアン・ウォーカーその人であった!
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