Location7 ニューヨーク

Episode1:『円卓会議』

 どことも知れない闇の中に、巨大な円卓が置かれていた。闇は濃く、その円卓の色も外観も判然としない。だがその円卓に着く者達・・・・・・・は、光源の存在しない暗黒を何ら苦にする事無く平然と席についていた。


 彼等のシルエットも殆ど判然としないが、辛うじて全員が男性であるらしい事が解る。


「……ガープの計画は失敗したようだな。我等にも多額の資金提供をさせておきながら、あの体たらくとは。奴のお陰で大損させられたぞ」


 シルエットの1つが、空席となった椅子に視線を向けて鼻を鳴らした。別の影が肩を竦める。


「ウォーカー大統領が虎の子である『エンジェルハート』を投入したというからな。『エンジェルハート』を守る護衛共は手練れ揃いだ。ガープが討ち取られたのも頷けるというものだ」


「『エンジェルハート』か……。我等・・にとっては垂涎の『至宝』とも言える存在。だがまさかそれを逆手に取った攻勢を仕掛けてくるようになるとは……。忌々しいあの女狐ウォーカーの発案か? 自分の娘を囮に使うとは、中々に素晴らしい親子愛じゃないか」


 影の1つが皮肉気に笑うと、また別の影がかぶりを振った。



「誰の発案かなどどうでもいい。問題は『エンジェルハート』によって既に多くのメンバーが釣り出されて、奴等に討ち取られているという事だ。基本的に相互不干渉が我等の原則だが、こと『エンジェルハート』に関してはそうも言っていられまい」


「ではどうする? 『エンジェルハート』に対して共同戦線・・・・でも張るか? その結果奴等に勝ったとして、誰が・・『エンジェルハート』を手に入れるのだ?」


「ぬ…………」


 指摘された影が唸る。そう、その問題があった。『天使の心臓』は基本的に分割・・できない。そのため誰か1人が総取りする事になる。


 共同戦線を張ったとしても必ず、自分が『エンジェルハート』を独占しようと裏で暗闘や足の引っ張り合いが起きる事は想像に難くなかった。そうなれば相互不干渉の原則にも反するし、味方・・に足元を掬われて戦いで思わぬ不覚を取る事にも繋がる。 


 この問題があるが故に『エンジェルハート』に対しては互いに隙を窺い合うような形となり、誰も積極的能動的な行動に出ようとはしなかった。


 しかし『エンジェルハート』がホワイトハウスから出て誰かの管轄内・・・に入った場合はそのメンバーに優先権が発生するので、結果として『エンジェルハート』を独占しようとして釣り出されて討ち取られるという状況が続いていた。


 だがそれが解っていても先程指摘された問題があるため、現状有効な対処法が無いとも言えた。にも関わらず円卓内にはそれ程深刻な空気は流れていなかった。


 その根底には各々の自らの力に対する絶対の自信があった。討ち取られたメンバーは『運が悪かった』、『打つ手を間違えた』、『単純に弱かった』、『自分ならそんなヘマはしない』。それらの感情が円卓に着く者達の間に流れているのがありありと読み取れた。


 中には競争相手が減った、『エンジェルハート』を独占されずに済んだ、とむしろ喜んでいる雰囲気の者さえいた。


「…………」


 先程共同戦線を提唱しようとした影は、そんな同胞たちの様子に眉を顰めた。彼が持つ危機感を他のメンバーと共有する事が出来ない。『エンジェルハート』は極めて危険な諸刃の剣であり、これを放置する事はカバール・・・・そのものに致命的な影響を齎すのではないか。そんな予感が拭えないのだ。



「『エンジェルハート』に関してはもう良い。今まで通り奴が自分の管轄内に現れたらその入手を狙うのは自由だ。その方針に変わりはない。今はもっと重要な議題があるだろう」


 だが無情にも別の影の音頭によって、話題は次の事柄に流されてしまう。他の影達の関心もその議題に移っていく。



「グリーンウッド判事がいよいよマズそうだ。つまり新たな連邦最高裁判事・・・・・・・が選出される事になる」



 その言葉に円卓が少し騒めく。


「ち……あの耄碌ババアめ。よりによってこんな時に。本当に使えん奴だ」


「だからもっといいタイミングでさっさと引退・・させて、中級悪魔グレーターデーモンと入れ替えた手駒を送り込んでおくべきだったんだ。私は以前からそう提案していた」


「ほう? それでその最高裁判事にする手駒として誰の・・眷属を送り込むのだ? まさか貴公のではあるまいな?」


「勿論、提案者の義務・・として私の眷属を送り込むに決まっているだろう。安心し給え。最高裁判事の地位を私物化するような事はしない。ちゃんとカバール全体の利益を重視させてもらうとも」


「抜け抜けと……! 信じられると思っているのか? 貴様の思い通りにはさせん」


 円卓の影同士が互いに牽制し合う。そこに議場の進行役の影が大きく咳払いする。



「もういい! 今重要なのは、グリーンウッド判事が自由党寄りのリベラル派であった事だ。つまりこれで最高裁のリベラル派が1人減る事になる。ウォーカー大統領は確実にこの機会に、自分に近しい保守派の候補を推薦してくるはずだ。それが誰かも凡その見当は付いている。彼女・・を新たな最高裁判事に就任させる事は何としても防がねばならん」



「カリーナ・シュルツ……。あの国粋主義者の検事総長か。確かウォーカー大統領の学友・・だったらしいな。さもありなんという所だな」


 影の1つが忌々し気に鼻を鳴らす。


「彼女のホームタウンは……ニューヨークか。となると……」


 円卓に着いていた殆ど影の視線が、1人の影に集中する。


ダンタリオン・・・・・・、解っていような? これはカバール全体の総意であり、最重要課題だ。基本的に我等は各々の活動の自由には干渉しないが、『議題』として取り上げられた問題に関しては別だ。そしてニューヨークはお前の管轄下。何としてもカリーナの最高裁判事就任を阻止するのだ。どんな手段を用いても構わん」


 この『円卓会議』では人間としての名ではなく、悪魔・・としての名前で呼び合うのが鉄則だ。ダンタリオンと呼ばれた影は重々しく頷いた。


「勿論解っているとも。ただ……カリーナの就任を阻止した暁には、我が眷属を代わりに最高裁判事に就任させる優先権を貰うぞ?」


「……!? 貴様……」


 自分が最初にそれを提案したと言っていた影が色めき立つ。だがダンタリオンはどこ吹く風だ。


「当然の権利だろう? 大統領の推す候補が自分の管轄内に居なかった事を恨むのだな」


「ぐぬ……!」


 影が唸る。進行役が再び咳払いする。


「……まあ全ては目的を達成できてからの話だ。カバール全体に貢献した者には対価が約束される。優先権に関しては保証しよう」


「ふん、その言葉忘れるなよ」


 ダンタリオンはそう言って不敵に鼻を鳴らした。





「ダンタリオン、話がある」


「……! シトリーか。何の用だ?」


 『円卓会議』が終わり、メンバーがそれぞれの領地テリトリーに戻っていく中、自身もニューヨークへ戻ろうとするダンタリオンに声を掛ける者があった。それは『エンジェルハート』に対する共同戦線を提案しようとした慎重派のメンバーであった。


 シトリーという悪魔名で呼ばれたその慎重派の男が頷いた。


「今回の件、ウォーカー大統領が深く関わっている事からも『エンジェルハート』が派遣されてくる可能性は極めて高い」


「……! まあ、そうかも知れんな。だが俺のやる事は変わらん。『エンジェルハート』が来るというなら丁度いい。俺がまとめて手に入れてやる。文句は言わせんぞ?」


 ダンタリオンが凄むが、シトリーはかぶりを振っただけだった。



「お前の領地テリトリーだ、好きにするといい。だがこれまで奴等に討ち取られたガープ達の例もある。なので今回の件……私も手を貸したい・・・・・・・・



「何だと?」


 ダンタリオンが正気を疑うかのようにまじまじと彼を見返した。だがシトリーは至って真面目な表情だ。


「貴様……何を企んでいる?」


「何も企んでなどいない。ただ『エンジェルハート』に関してお前達に危機意識がない事を懸念しているだけだ。アレはいずれカバールそのものを滅ぼしかねない劇薬だ。今の内に脅威の芽を摘んでおかねば後々取り返しのつかない事になるかも知れん」


 シトリーは隔意がない事を説明するが、疑心暗鬼に囚われたダンタリオンは激しく威嚇してきた。


「ふん! 『エンジェルハート』にかこつけてこの件に横入りし、俺の手柄を奪おうという算段だろうがそうはいかん。最高裁判事も『エンジェルハート』も、どちらも俺の物だ! 貴様にも、他の奴等にも断じて渡しはせんぞ!」


「ダンタリオン、冷静になれ。このままではお前もガープ達の二の舞に――」


「うるさい! 話は終わりだ! この件が片付くまでの間、ニューヨークシティに勝手に立ち入った奴は誰だろうと容赦はせん! 肝に銘じておけ!」


 ダンタリオンは一方的に話を打ち切ると、そのまま肩を怒らせて立ち去っていってしまった。それを見送ったシトリーはため息をついた。



「――やれやれ、よりによって短気で狭量なダンタリオンに今回のお鉢が回ってくるとは運がなかったねぇ。シトリー、君の着眼点は悪くないと思うよ?」



「……! サタナキア・・・・・か。今の話を聞いていたのか?」


 新たに現れたのは大手テレビ局BNNの人気キャスター、ルパート・ケネディであった。尤もここでは悪魔名のサタナキアで呼ばれているが。


「まあね。そして僕も『エンジェルハート』に関しては君に近い認識を持っているつもりだよ」


「……! お前も? そうか……アトランタではバルバトスやアモンが斃されたのだったな」


 アトランタは当時『ヴァーチャー計画』という、やはり円卓会議で決まった重要なプロジェクトの進行のために、このサタナキアも含めて3人ものメンバーが集っていた。しかし大統領府に怪しまれて『エンジェルハート』を派遣され、結果としてサタナキア以外のメンバーは『エンジェルハート』の護衛達に斃されたのであった。


「そういう事。奴等は手強い。今のうちにこちらから叩くという案には僕も賛成だよ」


「そうか……だがダンタリオンはご覧の有様だ。今回の件を利用するのは難しいだろう。折角奴等が確実に現れると解っている機会だというのにな……」


 シトリーは再度ため息をついた。『エンジェルハート』がいつどこに派遣されるかは予測が付けにくい。そのためこちらで網を張って待ち構えるという事はしづらい。


 おまけに他のメンバーに協力を仰ごうにも、恐らくは先程のダンタリオンと似たような反応を返されて、共闘を拒否し『エンジェルハート』の独占を狙おうとするだろう。八方塞がりだ。



「なら僕等じゃなきゃいいんだろう? 幸いというかダンタリオンや他のメンバーにも殆ど顔を知られていない便利な手駒・・がいるんだ。そいつに裏から動いてもらおう。後は中国やロシアなんかの諸外国も『エンジェルハート』に興味を持ってるみたいだから、それとなく情報を流してやるのはどうかな? 別にメンバー以外・・・・・・についてはダンタリオンも言及していないよね?」


「……!!」


 シトリーは目を見開いた。その手があった。カバールは現在、中国の周国星主席、ロシアのミハイロフ大統領、そしてメキシコのサラザール大統領、他にもいくつかの敵性外国勢力とコネクションを有している。そこに依頼ではなくただ情報を流すという体で彼等の介入を促せば、それはダンタリオンに対する直接の干渉には当たらない。


 他にもCIAやFBIなど、カバールと協力関係・・・・にある組織も使えるかも知れない。いや、連中ならこちらが何もしなくとも勝手に情報を分析して今回の件に介入してくる可能性もある。



「行けそうだな。他に手がないなら駄目で元々だ。やってみるか」



「そうこなくちゃ。早速準備に取り掛かるよ」


 サタナキアはサムズアップすると、踵を返して足早にこの場を立ち去っていった。賽は投げられた。後はやれるだけやってみるまでだ。方針を決めたシトリーもまた『円卓会議』の場を後にしていく。


 そして誰も居なくなった空間には、ただ巨大な円卓と深い闇が蟠っているのみであった……

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