Episode25:戦後報奨

「ルイーザ!?」


 ガープの消滅を見届けたアダムは連接ブレードを収納すると、ビアンカ達の方に目を向ける。そこにはダメージは受けながらも無事な様子で座り込んでいるビアンカと、完全に白目を剥いて気絶しているルイーザの姿があった。


 アダムは急いで倒れているルイーザの元に駆け付けた。そして彼女を抱き起こすと、その容体を確認する。意識は失っていたが命に別状はなさそうだ。ビアンカが最後の最後で手加減してくれたお陰だろう。


 アダムはホッと息を吐いた。そして左腕の薬指を立てる。すると指先から注射針のような細い筒が伸びてきた。その針をルイーザの肩の辺りに打ち込む。ビアンカもサディークも訝しんでその様子を見ていたが、その効果はすぐに現れた。



「……う。んん……」


「……! ルイーザ!」


 呻き声を上げて瞼を動かし始めたルイーザの様子に、ビアンカも慌てて側に寄ってくる。サディークが彼女を支えている。因みにリキョウはペドロとの戦闘での消耗が大きかったらしく、その場に胡坐をかいて座り込んだまま目を閉じて何か瞑想しているようだった。


 彼等が見守る中、ルイーザがゆっくりと目を開けた。



「あ、あれ、私……何か夢を見てたような……? ……! アダム……!? ビアンカも!? あ、あの化け物達は……!?」



 意識を取り戻したルイーザは状況を思い出して目を見開くと、ガバッと起き上がった。どうやらガープに操られていた間の記憶は殆ど無いらしい。まあ今はその方が都合が良かったが。悪魔に操られてビアンカに謂われなき殺意を向けて襲い掛かった事実など今は負担になるだけだろう。


「大丈夫だ。奴等なら俺達が片付けた。もう終わったんだ」


「……! そう……なのね。それなら良かったわ。ありがとう、アダム」


 やや納得が行かなそうな表情ながら、それでも何かを察したのかそれ以上追及せずに息を吐くルイーザ。


「ただ、まあこれで裏からこの騒動を煽ってた姑息な野郎共は居なくなった。後はどう決着を付けるかはアンタ次第だぜ?」


 サディークの言葉にルイーザは頷く。


「ええ……解ってる。この『自治区』の代表・・として……そしてこの騒動の発端となった人物の娘としてケジメは付けるわ」


 そう宣言する彼女の目には決意と……幾ばくかの寂寥感が浮かんでいた。ひと時の『夢』は今、終わりを告げたのであった……




 その数日後、『ニューオリンピア自治区』の代表であるルイーザ・フロイトは、全米のマスコミの記者団の前で会見を開いた。そして居並ぶ記者やカメラの前で正式に自治区の解散・・を宣言し、当該地区をシアトル市の行政に戻す事となった。


 そして同時に発端となった自分達はもう誰も恨んではおらず、黒人やその他有色人種のコミュニティに向けて、自分達だけで生きていく事は出来ない、それはこの自治区の失敗が証明している、このアメリカという国家の国民として協力して生きて行かねばならない事などを切々と告げて、人種差別問題に端を発したデモや暴動を控えるように嘆願したのであった。


 この会見を機に全国に波及していた大規模なデモや暴動は、その正当性・・・を失って急速に鎮静化していく事になる。それはまさにルイーザが思い描いていた通りの展開であった。



*****



 アメリカ合衆国の首都ワシントンDC。その中心にある大統領官邸たるホワイトハウスの居住棟にあるリビングで、現在2人の女性が向き合って座っていた。


 現合衆国大統領であるダイアン・ウォーカーと、その『娘』であるビアンカの2人だ。ダイアンの後ろにはユリシーズ、そしてビアンカの後ろにはアダムがそれぞれ控えていた。



「本気で言ってるの? しかもあなただけでなくアダムまで……」


「ええ、私は……私達は本気です、お母様。ルイーザ・フロイトの大統領府での保護・・を求めます」


 ビアンカは母親から目を逸らさずに答えた。それはビアンカ個人の意見や願望ではなく、アダム達ともよく話し合って出した結論だ。ダイアンは蟀谷こめかみを押さえながら、娘の後ろにいる巨体を見上げた。


「……あなたも同じ意見なのよね、アダム?」


「肯定します。彼女は我々の力や正体も知ったし、カバールの悪魔も見てしまっている。そして自治区の解散を宣言したとはいえ、それに納得していない輩たちも多いはずです。それを見越した自由党や中国などから再び狙われて利用される恐れがあります。色々な意味でFBIの管轄下・・・・・・・にある連邦刑務所に収監される事は危険です」


 ルイーザは現在国家反逆罪・・・・・の容疑で逮捕され、FBIのワシントン支局に留置されていた。このまま裁判で罪状が確定してしまえば連邦刑務所行きは免れない。そうなったら例え大統領と言えども手が出せなくなる。


 そしてFBIは基本的に自由党寄りであり、その管轄下に入れられてしまったらカバールや中国などから害されたり利用されたりするのを防ぐ事が出来ない。



「FBIに対して横車を押す事になるのよ? それがどういう事になるのか本当に解っているの?」


 ダイアンは再びビアンカに視線を戻して問い掛ける。しかし彼女は動じない。当然それらの問題も織り込み済みであった。


「ええ。FBIとの関係が更に冷え込みますね。でも……既にマイナスに振り切れている物が更にマイナスになった所で何の問題がありますか?」


「……!」


 ダイアンだけでなく、後ろのユリシーズも目を瞠った。尤もユリシーズの方は多分に興味深さが入り混じった表情ではあったが。


「今の司法長官であるダグラス氏とは余り上手く行っていないんですよね? 彼はお母様のやり方に批判的で、そしてお母様は彼がカバールに調略されていないか疑ってるのが原因だとか? だったら丁度いいじゃないですか。お母様からの無理難題・・・・に対してダグラス長官がどのような対応をするかで、彼がどっち側・・・・かを見極める事も出来ますし」


「あ、あなた……」


 ダイアンは唖然とした表情で娘を見やってから、その背後にいるアダムに視線を移す。


「これはあなたの入れ知恵?」


「否定します。私はルイーザの保護を提案しただけです。後の考えは全て彼女自身のものです」


「……!」


 ダイアンは再び目を瞠った。すると彼女の後ろに控えるユリシーズが小さく笑った。


「はは、ボス。こりゃ一本取られましたね。確かにこれはダグラス長官に対する最高の踏み絵・・・になりそうです」


 ユリシーズはそう笑うと次いで真面目な表情になった。


「それにあの時も言いましたが、今回彼女達が果たしてくれた役割は計り知れないほど大きい。その報酬・・として多少の無理難題を聞いてやってもバチは当たらないんじゃないでしょうかね」


「む……」


 報酬という単語に敢えてアクセントを置くユリシーズの言葉にダイアンが唸る。本当にダイアンが娘に対して与えるべき『報酬』は別にある・・・・はずだが、それが出来ないのであればせめて多少の無理は聞いてやるべきだ。彼は言外にそう匂わせたのだ。



 ややあってダイアンが観念したようにため息を付いた。


「はぁ……確かにあなた達の言う事も尤もね。良いでしょう。私からダグラスに対して働きかけてみるわ。『極めて優先順位の高い指示』としてね」


「……!! お母様、ありがとうございます!」


 ビアンカは喜色を表し、素直に礼を述べた。ダイアンはそれを受けて若干動揺したように顔を逸らした。


「ふん、私にもメリットがあるから乗ったまでよ。それに……まああなた達の働きで余計な心労の種が一つ減ったのも事実だしね」


 素直ではない大統領の態度に、ユリシーズとアダムはかぶりを振りつつ苦笑するのだった……




 そして……それから約一週間後。FBIに留置されていたルイーザ・フロイトは、証拠不十分・・・・・で釈放された。


 その後の彼女の行方は杳として知れず、ルイーザが釈放された際に迎えに現れた強面の黒服の男達が、そのまま彼女を車に乗せて何処かに連れて行く姿が最後に目撃されており、陰謀論も含めた様々な憶測がメディアやネットをしばし沸かせるのであった。



To be next location……

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