Episode3:新たな協力者
ビアンカの住まいであるRHのトレーニングルーム。そこでは現在、ビアンカと
ビアンカとその女性は真剣な表情で向き合い、互いに隙を窺っている。その2人を離れた場所で見守っているのは、アメリカ議会図書館の館長であるアルマン・ヤコブ・ヴィーゲルトだ。
「準備はいいかい? それでは……始め!」
アルマンの合図と共に、ビアンカとその女性がほぼ同時に前に踏み出した。2人の速度はほぼ互角……いや、スピードだけなら黒人女性の方が僅かに速いくらいであった。
「ふっ!」
呼気と共に女性が強烈なローを放ってくる。ビアンカも即座に脚を上げてガードするが、その上からでもかなりの痛打であり思わず顔を顰める。黒人女性が容赦なく追撃してくる。
今度は顔面を狙う軌道で横殴りのフックが迫る。だがビアンカもやられっ放しではない。女性のフックを身を屈めるようにして躱すと、反撃に相手の脇腹にフックを打ち込んだ。
「……っ!」
だが女性もさる者。咄嗟に腕を下げてビアンカの攻撃をガードすると、逆に下から膝蹴りを打ち上げてくる。身を屈めていたビアンカはまともにヒットしてしまいそうになるが、寸での所で上体を仰け反らせるようにして回避に成功。
だが再び相手の女性に主導権を握られてしまう。しなやかな肢体から次々と繰り出される強烈な打撃。ビアンカは忽ち防戦一方になってしまう。
しかし彼女の目は全く諦めていなかった。相手の猛攻を凌ぎながらも、その目は冷静に攻撃の間の隙を窺っており……
「……!!」
そして黒人女性の連撃の僅かな隙を突いて強引に前に踏み込む。黒人女性が思わず目を瞠った。ビアンカは溜めに溜めた渾身のストレートを放つ。
黒人女性は何とかその一撃を防いだが、それによって体勢が大きく崩れた。ビアンカはこの機を逃さず腰だめに重心を落とすと、相手の側頭部目掛けて身体ごと捻りを加えたハイキックを叩き込んだ。
黒人女性はそれでも咄嗟に腕を掲げてその蹴りをガードしたが、耐え切れずにそのまま床に倒れ込んでしまう。
「そこまでっ!!」
そのタイミングで、それまで2人の試合を見守っていたアルマンが制止の合図を出した。それを受けてビアンカは構えを解いて大きく息を吐いた。そして黒人女性に向かって手を差し出す。
「ふぅ……いい汗かいたわ。今回は私の勝ちね、
「はぁ、あなたまた強くなったんじゃない? 付いて行くのも大変だわ」
黒人女性……ルイーザ・フロイトは、顔を顰めて溜息を吐きながらも、ビアンカの手を取って立ち上がった。
「2人ともお疲れ様。お陰様でだいぶ
アルマンが2人にタオルを手渡しながら労う。ルイーザも渋々といった感じで頷いた。
「ええ、あなたの
大統領府によって『保護』されたルイーザは現在、アルマンの元で働いていた。といっても司書の資格を持っている訳でもないので議会図書館の正規スタッフという訳ではない。そもそも世間に顔と名前の知られている彼女は、ビアンカとはまた違った意味で『表』には出られない存在となってしまっていた。
そのためルイーザは現在、アルマンの『裏の仕事』の助手として働いているのであった。彼の裏の仕事。それは即ち……
「私の
ビアンカが確認の意味でアルマンに問い掛ける。彼は申し訳なさそうな表情でかぶりを振った。
「ごめん。可能な限り頑張ってるんだけど、中々調整が難しくてね。でもルイーザが協力してくれるようになって格段に開発が捗るようになったのは事実だ。今回は間に合わないけど、その次の任務までには絶対に出来上がっていると保証するよ」
「そうですか……。解りました、期待していますね」
ビアンカは頷いた。以前にも聞いており、念の為に確認しただけなので落胆は無い。やはり彼女が戦闘で使用するユニーク装備だけあって、ビアンカの動きに完璧にシンクロした調整が必要になるらしいのだが、彼女は今回のように突発的な任務で不在になる事も多く、そこにアルマンの議会図書館館長としての『表の仕事』のスケジュールも重なり、安定した調整期間を取るのが難しい状況であった。それが新たな霊具の開発が難航する一番の理由であったらしい。
だがルイーザの参加がその問題点の多くを解消してくれた。ビアンカとは同性同年代で体格、体重などの身体条件が近く、似たような打撃系格闘技の経験者であり、
彼女が助手として常時アルマンに協力する事で、アルマンもスケジュール調整を気にする事無く研究開発に取り組めるようになった。そして『仮想ビアンカ』としての役割をより確かなものとする為に彼女の動きを身体に覚え込ませるべく、こうして折を見てはビアンカ本人との
ビアンカとしても身体が鈍らない為の良いトレーニングや地下生活でのストレス解消にもなるし、断る理由は無かったので積極的に協力していた。
その甲斐あってルイーザもかなりビアンカの動きを学習して、彼女と近い動きが出来るようになっていた。尤も動きを学習される事によって、彼女とのスパーリングがどんどん苦戦の度合いを増しているのは余談であったが。
*****
「聞いたわよ。今回のニューヨークの任務、
トレーニングルームのベンチで一服するビアンカに、隣に座ったルイーザがスポーツ飲料を手渡しながら話しかけてきた。
因みにアルマンは『良いデータが取れた』とホクホク顔で既に図書館に戻っている。今頃はこの部屋に備え付けられた監視カメラの映像を見直している事だろう。飲み物を受け取ったビアンカは、礼を言いながら複雑そうな表情で頷いた。
「ええ、そうなのよ。皆頼もしいけど我が強いメンバーばかりだから、トラブルが起きないか行く前から心配なのよね」
今までのように一部のメンバーだけでの任務でもいがみ合いなどがあったのだ。全員揃っていたらどうなるのか想像もつかない。確かに戦闘面ではこの上なく心強いのだが、ビアンカは任務とは違う所で少し胃が痛くなる思いだった。
ルイーザがそんな彼女を見て呆れたような、それでいて少し面白がるような表情になった。
「トラブル、ねぇ。まあそのトラブルが起きる
「え……?」
ビアンカは思わずルイーザを仰ぎ見る。
「ビアンカ、あなたから見て彼等はどんな感じなの? 頼りがいがありそうって以外に」
「え……どんな感じ、って言われても……」
確かに全員超人的な強さの持ち主だが、その人間性となると……ユリシーズはガサツでデリカシーが無いし、アダムは優しいけど少し朴念仁な所があるし、リキョウは紳士で気が利くけど押しが強くて困るし、イリヤは芸能人顔負けの美少年だが手の掛かる弟みたいなものだし、サディークはもう性格自体がアレだしという感じで、やはり個性の強い人間は性格に問題を抱えているものだというのが彼女の印象であった。
「そ、それだけ……?」
それを聞いてルイーザが増々呆れたような、何かに
「それだけって……他に何があるの?」
「色々あるでしょ? 問題点じゃなくて、どこがどう素敵かって意味で聞いたんだけど……。皆テレビや映画に出てもおかしくないような美丈夫ばっかりじゃない。それでいてあんなに強いんだし」
「え、ええ……? そう言われればそうだけど……素敵な所って言われても……」
ビアンカは戸惑いつつ何故か少し慌てた。彼等を
「ふぅん……じゃあもし私がユリシーズさんと付き合いたいって言ったらどうする? 彼も白人にしてはとっても素敵よね?」
「……っ!? ユ、ユリシーズと……!? 絶対やめておいた方がいいわ! あんなガサツで子供っぽくて気が利かない男と付き合ったりしたら、ルイーザが絶対に後悔するわよ!」
目を剥いて必死に止めるビアンカ。何故かユリシーズとルイーザが交際している場面を想像したくなかった。いや、ルイーザに限らずどんな女性であってもだ。
そんな彼女の様子にルイーザが苦笑した。
「例えばの話よ。でもまあいいわ。今ので
最後はほんの小さな呟きだったのでビアンカには聞こえなかった。それ以前にユリシーズとの関係を指摘されて動揺していたために、それどころではなかったのだが。
「え……ル、ルイーザ?」
「ふふ、何でもないわ。まあ
「……! ええ、そうね。まずはそっちに集中しなくちゃね」
気が付くと互いの持っていたスポーツドリンクは空になっていた。立ち上がって促すルイーザに頷いて、ビアンカもまた気持ちを切り替えて立ち上がった。短い安息の時間は終わりだ。
ルイーザとハグを交わして別れたビアンカは、ユリシーズ達だけでなく
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