Episode22:異種格闘試合

 仲間達が超常の戦いを繰り広げる側で、ビアンカはそれよりは遥かに規模の小さい、しかし彼女にとっては死闘を戦っていた。


「死ねっ!」


 ルイーザが中段蹴りを放ってくる。キックをやっていただけあってかなり鋭い蹴りだ。しかしそれよりも脅威なのは彼女を操っているガープの魔力が付与されている事だ。案の定その蹴り足にも魔力が纏わっており、まともに受けたらいくらアルマンのチョーカーがあるとはいえダメージは免れない。(尤もチョーカーが無かったら一撃で骨が砕け内臓が破裂していた可能性が高いが)


 ビアンカは神経を集中させてその蹴りを躱すと、お返しに正拳突きを叩き込んだ。


「ちょっと……大人しくしなさい!」


 勿論手加減はしていたが、インパクトの瞬間グローブから霊力が放出されルイーザを吹き飛ばした。相手が普通・・の人間であればこれだけで確実にKOだ。だが……


「……!」


 ルイーザは吹っ飛んだ途中で体勢を立て直して踏み留まった。多少痛痒は与えたようだが、どう見ても戦闘不能という感じではなく、また憤怒と憎悪に顔を歪めながら突進してきた。まだまだやる気満々のご様子だ。


 ビアンカは舌打ちした。ガープの魔力はルイーザの攻撃能力だけでなく耐久力も強化しているらしい。いよいよビアンカと互角の条件だ。


(……面白いわね。ちょっと不謹慎かも知れないけど)


 ビアンカは無意識に口の端を吊り上げて猛った笑みを浮かべる。空手の試合以外で同性と互角の条件で戦う機会など基本的になかった。そしてルイーザはかなりの格闘技の腕前であり、加えて悪魔の魔力でビアンカが装備している霊具と遜色ない力を有している。


 つまり……彼女としては、対等の条件で遠慮会釈ない戦いが出来る相手という事だ。元々空手の試合自体は嫌いではなかったビアンカとしては、まるで大会の決勝戦に臨んでいるような心持ちとなっていた。



「ふっ!!」


 今度は向かってくるルイーザに対して先制の下段蹴りを仕掛ける。だがルイーザは憎悪に身を焦がしている割には冷静なスウェーでビアンカの蹴りを回避した。


「……!」


 まさか躱されるとは思っておらず体勢が崩れるビアンカ。そこにルイーザが先程のお返しとばかりに右ストレートを放ってきた。


「ぐっ……!!」


 咄嗟に両腕をクロスしてガードするが、その防御越しにかなりの衝撃を感じて大きく弾き飛ばされる。ビアンカの顔が苦痛に歪む。


「やるわね……!」


 何とか踏み止まって堪えると、ルイーザが容赦なく追撃してきた。今度は彼女がローキックを繰り出してくる。ビアンカは片脚を上げてそのローをガードするが、魔力を纏った蹴りは想像以上の威力で彼女は激痛に顔を顰める。


 だがアルマンのチョーカーがあるから激痛程度・・で済んでいるのだ。もし素の状態で受けていたら脚の骨が折れていただろう。



(でも……それはこっちも同じ事なのよ!)


「うおぉぉっ!」


 ビアンカは気合の叫びをあげて反撃の正拳突きを連打する。勿論その全ての打撃でグローブから霊力が放出される。ルイーザは咄嗟にガードを固めるが、ビアンカはお構いなしにそのガードの上から彼女を滅多打ちにする。  


 一撃ごとにルイーザの身体が震える。しかしガードが固く中々決定打を与える事が出来ない。その苛立ちが無意識に出てしまったのか、大振りな一撃を出してしまいそれが弾かれて逆にビアンカの方がたたらを踏んでしまう。


(しまった……!)


 後悔した時にはもう遅い。今までずっとガードに徹して隙を窺っていたルイーザが、体を捻りつつ渾身の前蹴りを突き出してきた。


「グブッ!!」


 その蹴りは体勢を崩していたビアンカの腹に突き刺さり、彼女は盛大に胃液を吐き散らしながら身体を前のめりに折り曲げた姿勢で吹き飛んだ。


「がは……ゲぅ……!!」


 激しくえずく。以前アトランタで下仙から受けた寸勁ほどではないが、それでも相当の打撃と衝撃だ。ビアンカはこのまま腹を抱えて一日中蹲っていたい欲望が限界まで増幅される。


「殺してやる!」


 だがルイーザが追撃してくるのでそうもいかない。彼女は脚を大きく振り上げてから、ビアンカの頭目掛けて一直線に振り下ろしてくる。踵落としだ。今のルイーザの力による踵落としを喰らったら、最悪頭蓋骨が陥没する。


「――っぁ!!」


 ビアンカは本能的に身を翻して踵落としを回避した。ルイーザの踵はそのまま地面のアスファルトに大きな陥没を作る。


 ビアンカはダメージを押して、不安定な体勢となったルイーザに足払いを仕掛ける。見事に命中して彼女は転倒する事は免れたものの、大きく体勢を崩して2、3歩よろめく。その隙に立ち上がって体勢を立て直すビアンカ。



「ふぅ……! はぁ……! はぁ……!!」


 苦痛を堪えて必死に呼吸を整える。ルイーザが再び突進してきた。牽制のジャブからのミドルキック。だが戦いの中で徐々にルイーザの動きを掴んできたビアンカは、集中する事で本命の蹴りを回避する事に成功した。


 ビアンカはお返しにと、ルイーザの側頭部を狙ってハイキックを叩き込む。だが相手の動きに適応し始めていたのはルイーザも同じらしく、咄嗟に両腕を掲げてハイキックのガードに成功する。


「……!」


 本命のキックを弾かれた事でビアンカの体勢が崩れる。ルイーザがその隙を逃さず会心の笑みを浮かべて反撃のストレートを放とうと拳を振り抜く。だが……そこで彼女はビアンカの口の端も僅かに吊り上がっている事に気付いた。


「ふっ!!」


「……っ!」


 ビアンカは強引に体勢を立て直すと、そのままの勢いで上体ごと振り抜き、ルイーザの額めがけて全力の頭突き・・・をかました!


「が……!!」


 相手の四肢ばかりを警戒していたルイーザは意表を突かれて頭突きをもろに喰らった。勿論頭突きからは霊力は発散されないので、ルイーザは怯んだだけで決定打ではない。しかし怯ませただけで充分だ。



「これでも……喰らえぇぇぇっ!!」



 ビアンカは跳び上がって、上段から打ち下ろしのストレートを叩き込んだ。勿論下仙や悪魔に対して放った一撃よりは手加減している。しかしそれでも尚凄まじい威力の拳打がルイーザの胸の辺りに打ち付けられた。


「――――」


 ルイーザは物も言わずに吹き飛んだ。何回か転がってからそのまま仰向けに倒れ込む。


「…………」


 起き上がってくる気配は、ない。まだ構えを解かずにビアンカが覗き込むと、彼女は白目を剥いて完全に失神していた。それを確認してビアンカはようやく大きな息を吐く。


「ふぅぅぅ……! 久しぶりに……いい汗かいたわ」


 そう呟いてその場に座り込んだ。緊張から解放された反動で疲労と苦痛がぶり返し、もう一歩もそこから動きたくなかった……

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