Episode23:シェイプシフターの真髄
「シェイプシフターというものがどのような戦い方をするのかは知りませんが……ただ動物に変身できるだけでは私には勝てませんよ?」
リキョウは油断なくペドロと対峙しながらも相手を牽制する。基本的に【ウィツロポチトリ】に所属するシェイプシフター達はその変身能力を利用した暗殺や諜報が専門であって、このような直接的な正面切っての戦闘は門外漢のはずだ。
或いは熊や虎といった猛獣に変身する能力があれば一般人相手には充分であろうが、上仙であるリキョウにはそれでも通用しない。ペドロが嗤った。
「アンタの言う通りだよ、旦那。
「それが解っていながら私と戦う気ですか?」
「まあ俺もサラザール大統領から直々にこの任務を授かってる身なんでね。そして俺はこう見えて【ウィツロポチトリ】の
「……!」
ペドロの身体から強烈な闘気が噴き出す。それはリキョウをして警戒を要する程の圧力であった。
「知ってますか、旦那? この同じアメリカの都市である
「『ルーガルー』……ですか?」
その名はリキョウも聞いた事があった。彼がまだアメリカに亡命してきて間もない頃、西海岸の大都市ロサンゼルスを騒がせていた凶悪な連続殺人鬼がマスコミからそのように呼ばれていたはずだ。
「見せてあげますよ。かつて大都市ロサンゼルスを恐怖に陥れた悪夢の殺人鬼の姿と……『力』をね!」
その言葉と同時にペドロの身体が
体毛だけではなくその
だが……何よりも顕著な変化はその
それはまさに……『狼男』としか形容しようのない怪物であった!
「……っ。馬鹿な……『ルーガルー』という呼び名は本当に
それは上位の神仙であるリキョウでさえ目を瞠るほどの強烈な闘気と魔力を発散していた。このような剣呑な化け物がかつてLAで暴れ回っていたという事か。
(『ルーガルー』事件は
リキョウがふとそんな疑問を抱いたのも束の間、ペドロ……『ルーガルー』が恐ろしい咆哮を上げて一気に飛び掛かってきた。
体長は優に2メートル半ほどにもなろうか。体重も下手したら300キロはあるかも知れない。そんな巨体の怪物が、それに見合わぬ凄まじい速度で突進してきたのだ。常人ならその迫力だけで気死してしまいかねない程だ。
だがリキョウは常人ではない。辛うじてその爪による剛撃を回避すると、充分に『気』を乗せた崩拳を『ルーガルー』に打ち込む。
「……!」
そして非常に強い反発に顔を顰めた。まるで恐ろしく硬いゴムの塊を殴ったような感覚だ。『ルーガルー』が全く怯まずに剛腕を薙ぎ払ってくる。当たったらリキョウと言えども只では済まないだろう。
彼は大きく跳び退って攻撃を躱した。『ルーガルー』は咆哮を上げながら追撃してくる。肉弾戦はこちらが不利だ。このままでは相手にペースを掴まれる。
「麟諷ッ!!」
仙獣を喚ぶ。その召喚に応えて白豹が唸りを上げながら『ルーガルー』に飛び掛かった。
Goaaaaaaa!!!
狼男に変身した事で声帯が変化したのか人間の言葉を喋れなくなったらしい『ルーガルー』が、麟諷を振り落とそうと暴れ回る。その嵐のような暴虐は凄まじく、仙獣である麟諷が耐え切れずに振り落とされた。
だが白豹はすぐに体勢を立て直すと、圧縮した空気弾を『ルーガルー』に撃ち込む。スナイパーライフルの狙撃を上回る威力の空気弾を撃ち込まれた怪物はしかし、怯みはしたものの致命傷を受けた様子はなく怒りの咆哮を上げた。馬鹿げた耐久力だ。
『ルーガルー』が突進しつつ剛腕を振るう。空気弾を撃ち込んだ直後で硬直していた麟諷はその薙ぎ払いを躱せずに、大きく弾き飛ばされて建物の壁に激突した。『ルーガルー』の目がリキョウに向き直る。
「冥蛇!!」
だが麟諷が時間を稼いでいる間に気を練り上げたリキョウは、仙獣の同時召喚を敢行する。それをしなければ勝てない相手だと判断したのだ。リキョウの身体に絡み付くように青色の大蛇が出現する。
冥蛇の毒霧であればこの化け物も殺せるだろう。『ルーガルー』に向けて蛇が鎌首をもたげるが、何とそれを見た怪物は素早く跳び退って距離を取った。
「……!!」
リキョウが眉根を寄せた。『ルーガルー』が取った距離は丁度冥蛇の毒霧の範囲外であった。もしかするとペドロはどこかでリキョウの戦いを偵察していたのかも知れない。恐らくは東区で李と戦った時か。あの時も冥蛇を使ったので、そこで見切られた可能性がある。
『ルーガルー』は距離を保ったまま、戦闘の余波で散乱した瓦礫を手に取って投げつけてきた。人間離れした怪物が投げる瓦礫はメジャーリーガーの剛速球すら児戯に等しい、文字通りの砲弾と化してリキョウを襲う。
「ちぃ……!」
リキョウは舌打ちして回避に徹する。いくら速いとはいっても直線的な投球なら、回避に専念していれば彼ならそうそう喰らう事は無い。だがそれではジリ貧だ。
こちらは仙獣の同時召喚で気を急速に消耗している状態なのだ。長期戦になったら不利だ。或いは敵はそれを見越して遠距離攻撃に徹しているのかも知れない。
リキョウが距離を詰めると『ルーガルー』は同じ分だけ距離を取って飛礫を投げつけてくる。キリが無い。このままではリキョウが気の消耗で先に倒れる。
(……ならば!)
彼は賭けに出た。冥蛇に気を取られている敵は麟諷の存在を半ば忘れているようだった。麟諷はダメージは受けたもののまだ動ける状態であった。
『ルーガルー』に気付かれないように麟諷を隠密で迂回させて、敵の後ろに回り込ませる。同時にリキョウが冥蛇の存在を強調しつつ距離を詰める。すると『ルーガルー』はやはり後ろに下がりながら瓦礫を投げつけようとする。
(今……!)
その隙を突いて再び麟諷を背後から飛び付かせる。
『……!!』
背中に飛びついてきた白豹にその存在を思い出した『ルーガルー』が、再び麟諷を振り払おうと暴れる。狼男の膂力は凄まじく下仙程度なら物ともしないはずの麟諷が、やはり耐え切れずに振り落とされる。そして今度は追い払うだけでは済まなかった。
Garuuuuuuuu!!!
魔獣の剛爪が上段から全力で振り下ろされ、麟諷の頭部を一撃で叩き割った。甚大なダメージに形を維持できなくなった仙獣は、強制的に元の『気』の塊に戻って消滅していく。
「――――っ!!!」
途轍もない精神的な反動に、リキョウは一瞬意識が飛びそうになった。以前にアラスカで虹鱗が自爆した時の比ではない。彼が持てるリソースの多くを注いで作り出した、れっきとした戦闘用の仙獣が破壊されたのだ。その反動たるや凄まじい物があった。
仙獣は自律的に動く便利な存在だが、このように破壊された時にはその反動が一気に主人を襲うのでリスクもまた大きい存在なのだ。
「……かぁぁぁぁっ!!」
しかし彼は目をカッと見開き、普段の彼からは考えられないような気合の叫びを上げて、意志の力を総動員しつつ気絶する事に耐えた。不意の衝撃ではなく、予め
「妖蛇・侵毒!」
持てる力を振り絞って、冥蛇の毒を噴霧ではなく毒液の形にして射出する。噴霧のように敵を覆い尽くしたり大量の毒で侵したりは出来ないが、その代わりに射程が長く噴霧では届かない場所にも飛ばせるメリットがある。
最初から使う事も出来たが、もし避けられた場合は警戒されて二度と当てるチャンスは無かっただろう。初見で尚且つ麟諷を倒した直後の隙を突いたからこそ、冥蛇の毒弾は見事『ルーガルー』の身体に命中した。
『グガッ!? ウゴワァァァァァッ!!!』
驚愕した『ルーガルー』が悶え苦しみ出す。あの毒液だけでアフリカ象を数秒で死に至らしめる程の致死性があったが、驚くべきことに『ルーガルー』は激しく苦しんで大量の体液を吐き出したものの死ぬ事は無かった。
だが流石にそれ以上の戦闘は続行不可能な様子で、奴の身体が縮んで人間の……ペドロの顔に戻っていく。
「うごぁぁぁぁ…………や、やってくれる、ねぇ……」
「……さあ、どうしますか? まだ、続けますか……?」
互いに息も絶え絶えな様子で睨み合う。だがどちらもこれ以上の戦闘継続は不可能な状態である事を理解していた。
「お、俺はまだ、こんな所で死ぬ訳には、行かないんでね……。残念だが、この勝負は、預けとくぜ……。エ、『エンジェルハート』に、宜しくな……」
そう捨て台詞を残すとペドロは、身体だけ剛毛が生えた中途半端な形態のままヨレヨレとこの場から遁走していった。そしてリキョウにもそれを追撃するような余裕はなかった。
「くっ……気力を使いすぎましたか……。『ルーガルー』……恐ろしい怪物でしたね。あの悪魔の相手は彼等に任せるしかないようですね……」
少し離れた所でビアンカが無事に操られたルイーザを撃退する光景を見たリキョウは、大きく息を吐いてその場に蹲るようにして座り込んでしまうのだった……
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『ルーガルー』は同作者の『女刑事と吸血鬼 ~妖闘地帯LA』に登場するキャラクターです。宜しければそちらも是非読んでみて下さい。
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