Episode14:磁石の同極
「……! アダム……!」
「ビアンカ、どうした? ここは君にとって居心地のいい場所とは言えないし、極力来ないように言ってあっただろう?」
アダムの顔を見てホッとしたように駆け寄ってくるビアンカに、彼は嬉しさは感じつつも少し苦い顔で諫言する。
「それはここに限った話じゃないでしょ。この自治区内にいる限り、どこにいても白人は肩身が狭いわ。ここに来て初めて差別というものを肌で実感できた気がするわ」
「なら白人は一度はここに来てみるのも情操教育として悪くないかもな。それで……何か重要な用件なのか?」
リキョウやサディーク達の現状については既に報告を受けて把握している。わざわざアダムに直接報せに来るような用件ではないだろう。となると彼が関わっている案件に関しての情報という事になる。果たしてビアンカは首肯した。
「ここじゃちょっと……。外に出れる?」
「まあ短時間なら問題ないだろう」
2人は『庁舎』から出ると、向かいにある建物の路地に入った。
「さあ、ここなら良いだろう。何か掴んだのか?」
「ええ。私が『ユニコーン』にいる時に、酔っぱらったダニーがコールガールの女性相手に口を滑らせたわ。彼の
「……!!」
つまりはダニーを通じてこの自治区に出資している存在という事だ。それは取りも直さずこの騒動の『黒幕』とイコールかも知れない。
「ダニーによるとそれは……イーモン・オルブライト」
「っ! このワシントン州の
ワシントン州選出の
「ダニーにはかなりの資金を与えてるらしいわ。それでこの自治区の
「…………」
ルイーザの
「そういえばオルブライト議員は一時期、中国との癒着が噂された事もあったな。マスコミが不自然に報道を控えて噂は立ち消えになり調査もされなかったが、恐らく真実だったのだろうな」
リキョウからの報告でこの件に中国統一党が絡んでいる事は証明されていた。中国と近しいオルブライトの
「それで、あなたの方はどう? あのルイーザ・フロイトに近付けたのよね? 彼女はオルブライト達の思惑を知っていて、取引してここの『代表』になったのかしら」
「……彼女は何も知らん。カバールとは一切関係が無い。この自治区の代表を引き受けたのも彼女なりの理念と信念があっての事だ」
「……! そうなの?」
ついルイーザを庇うような言い方になってしまい、ビアンカが少し目を瞠った。アダムはそれに気付いて軽く咳払いして少し気まずげに目を逸らした。
「おほん! ……勘違いしないでくれ。俺にはその人間が嘘を言っているかどうか見分ける
「あ……そ、そうなのね。そういえばそういう機能があるって以前に説明してくれたわね」
ビアンカも同様に少し気まずい表情になって俯いた。それでルイーザがカバールとは関係ないという事の説明は出来るが、アダムが彼女を庇うような言い方をしてしまった事の説明は出来ない。何となく気づまりな空気が流れるが、2人のどちらかがその空気を破ろうと発言する前に……
「――アダム! いつまで話してるの? これから出かける用事があるから一緒に来て欲しいんだけど?」
「……! ルイーザ……」
アダムは驚いて振り返った。いつの間にかルイーザが近くに来ていた。ビアンカとの会話に気を取られて辺りへの注意が疎かになっていたらしい。
「あら、あなたは……以前にも見た気がするわね。あの中国人の彼は一緒じゃないの?」
そして当然彼と話しているビアンカの存在に気付くルイーザ。彼女は以前に東区でリキョウと一緒にいる所をルイーザに見られている。この自治区内で白人は珍しいのでルイーザも覚えていたようだ。
「あ……その……」
「彼女が俺が『保護』している白人女だ。
咄嗟に言い淀むビアンカに代わってアダムが素早く説明する。一応その
「それじゃ彼女はあなたを含めて何人もの男と関係しているって事? そういう爛れた関係は頂けないわね。他の人を振って彼を選べないなんて、あなたも見る目がないわね。それともやはり黒人だからという意識があるのかしら?」
「……!!」
いきなり矛先を向けられて驚くビアンカだが、すぐにルイーザの言葉と態度にアダムへの
「ほら、アダム。もう用事は済んだでしょう? 今度は私の用事に付き合って頂戴。あなたのような男性が間男のような扱いを受けるべきじゃないわ」
「お、おい、ルイーザ。俺は別に……」
「ちょっと……何も知らないくせに勝手な事言わないで頂戴!」
アダムが何か言い掛けるが、その前にビアンカが我慢しきれずに叫ぶ。ルイーザは明らかにアダムに好意を寄せていてビアンカを牽制していた。そしてビアンカは売られた喧嘩は避けない性質である。ましてやそれが同性となれば尚更だ。
だがそこでルイーザが視線を鋭くした。
「へぇ? そう言うあなたは何を知っているのかしら? 良かったら私にも教えてくれない?」
「……っ!」
咄嗟にビアンカは言葉に詰まる。ルイーザが本来は聡明な女性だという事を忘れていた。アダムによると彼女はカバールとは関係ないそうだが、彼女の人となりをそれほど知らないビアンカとしてはそこまでルイーザを信用できなかった。
だが彼女が明らかにアダムに好意を寄せていて、またアダムもルイーザを認めて庇っているような節があり、何となく面白くないと感じた。
言葉に詰まる代わりに無言で彼女の事を睨みつける。ルイーザもまた視線を一層鋭くして睨み返してくる。2人の女の間で目に見えない火花が散った。
「もういい! そこまでだ!」
アダムが大きな音で手を叩いた。
「ビアンカ、話は解った。とりあえずお前はサディークの所へ行っていろ。ここはもういい」
「……!」
自分よりルイーザを優先したアダムにビアンカは一瞬目を見開いた。だがすぐに任務の事を思い出して気持ちを抑え込んだ。確かにどう考えても自分がここにいるとトラブルのもとにしかならず、任務に支障を来してしまう可能性が高い。
「……解ったわ」
渋々ながら低い声で了承の返事をするビアンカ。それとは対照的に勝ち誇った笑顔になったアダムを引っ張るルイーザ。
「良かった! さあ、行きましょ、アダム!」
ルイーザに牽引されて、後ろ髪引かれる様子ながらこの場を後にしていくアダムの背中を見送りながら、ビアンカは説明のつかない苛立ちに拳を握り締めるのであった……
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