Episode13:ルイーザの真意

 アダムの見る限りでは、ルイーザ・フロイトという女性はただの『神輿』や『お飾り』とは言えなかった。勿論リキョウ達もそうではないかと言っていたし、ルイーザ自身この自治区の現状・・を把握している様子であったので、ただ祭り上げられただけの何も知らないお飾りではないという事は解っていた。


 だがそういう精神的な部分だけでなく、もっと実働的・・・な部分でもルイーザはこの自治区の『代表』に相応しい働きをしているようにアダムには思えた。


 有力者・・・達に働きかけて自治区の運営方法の改善を要求、提案したり、隅々まで自分の足で歩き回って子供にまで気を掛ける。アダムがルイーザと出会う切っ掛けとなったトラブルも、こうした『視察』の最中に起こった事であった。


 だがあのような危険な目に遭っても彼女は視察をやめようとはしなかった。勿論アダムがボディーガードに付くようになってから、そのような類いの危険はほぼ無くなったと言って良かったが。


 他にも対外的なマスコミなどに対処するのも基本的に彼女の仕事だ。ルイーザは単に代表というだけでなく、一種のスポークスマンも兼ねているようだった。



「君は何故そこまでするんだ? 君の中で白人に対する怒りはそこまで強いものなのか?」


 自治区の『庁舎』の最上階にある彼女の執務室・・・で、疑問に思ったアダムが問い掛ける。ルイーザは窓から自治区の景色を見下ろしながら、疲れたように苦笑してかぶりを振った。


「……確かに父を殺した白人は憎い。でも、父を殺したのはあくまでその警官達であって、別に全ての白人が悪いわけじゃない。それは解っているのよ。それに正直父はお世辞にも好人物とは言えなかったし、いつ警察絡みでトラブルを起こしても不思議じゃなかった」


「それが解っていて、何故この自治区の『代表』になる事を承知したんだ?」



「そうするしかなかったからよ。自分が汚い大人達に利用されているという自覚はあった。でも同時に全国で黒人達の不満が鬱屈して、捌け口を求めている事も肌で感じていたのよ。誰かがその不満の受け皿・・・にならなければいけないと思ったのよ」



「……!!」


 アダムは目を瞠った。確かに一時期は全米でデモや暴動、それに乗じた略奪が横行していたが、現在は急速に鎮静化に向かっている。当局が取り締まったからではない。強引な取り締まりは逆に更なる反発を生む事も珍しくない。


 そうではなくデモや暴動の発生自体が少なくなり、自然に鎮静化の方向に向かっているのだ。そしてその傾向は……この『ニューオリンピア自治区』が樹立されてから特に顕著となっていた。それは実際にデータとして証明されていた。


(……この自治区がそれらの黒人や有色人種達の『代表』という立場になったから、他の亜流・・は暴動を起こす正当性・・・を失ったという事か)


 ましてや『代表』は発端となった事件の被害者であるキース・フロイトの実の娘。これ以上の正当性は無いだろう。しかもただ喚いたり暴れたりするのではなく『自治区』という形でアメリカからの独立を宣言してしまっているのだ。ここまでやられてしまっては他の全てのデモや暴動は確実に煽動し辛くなる。そんな不満があるなら『自治区』に行けで済んでしまう。


 アダムはルイーザがそこまで考えてこの自治区の代表という立場を請け負った事に驚きを禁じ得なかった。だが……



「……正直この自治区はもう長くない。それは君も解っているのでは?」


 そこまで聡明な彼女なら確実にそれを理解しているはずだろう。果たしてルイーザは首肯した。


「ええ、勿論解っているわ。最初からうまく行くわけがなかったのよ。皆この『箱庭』の中で政治ごっこをしているだけ。その結果出来上がったのは路上に溢れ返るホームレスやジャンキー、そしてそれより尚たちの悪い『自警団』……。ああ、それと『フロイト教』なんてのもあったわね。私からすれば酷いジョークとしか思えないけど」


 ルイーザは皮肉気に口の端を歪めた。


「それが解っていながらここの『代表』を続けるのか?」


「それが私に求められている役割・・だからね。いずれこの自治区は内部から自然崩壊する。有色人種達の不満を昇華して『独立』まで持って行っても、そんなものは上手く行くわけがない。結局私達にとってもこのアメリカは母国であり、自分達が生きていくためにアメリカという国が必要なのよ。この自治区の崩壊によってそれが国中の黒人達にも伝わるはずよ。皆、悪い夢から醒めるのよ」


「……そして君はこの自治区と心中・・するつもりか」


 アダムが確信を持って問うと、彼女は自嘲気味に笑った。


「それが最後の仕上げ。国からの『独立』を宣言した謀反人・・・が何のお咎めも無しとは行かないでしょう? 良くて一生刑務所暮らしでしょうね。最悪、勝手に私の事を『裏切り者』扱いした誰かに殺されるという可能性も無くはないけど」


「…………」


 彼女は全て解っていて覚悟の上でこの道を選んだのだ。アダムは正直内心で感服していた。父親がこの混乱の発端となった事への自責の念もあるだろうが、だとしてもここまで物事の先を見据えて自己犠牲を厭わずに行動できる人間はそうそういない。


 そして物事は彼女の予測通りに進んでいる。だが……



「けど私の予想ではもっと早くにこの自治区は崩壊しているはずだったんだけど、意外と何とかなってしまっているのよね。それが良い事なのか悪い事なのか、私には解らないんだけど……」


 そう。この自治区の存続・・を望んでいる連中がいる。それは勿論ダニーやマーティンのような小者ではない。ウォーカー大統領と国民党の失速を狙うカバールの悪魔や中国統一党の工作員が、その『自然崩壊』を許さないのだ。


 奴等の影響を取り除いて、この歪な状態を終わらせなければならない。だがそうしてこの『自治区』を自然崩壊に導いたとして、その時ルイーザはどうなるのか。


 アダムには相手の微細な心音の変化や呼吸状態の変化、瞳孔の微妙な動き等を感知しデータとして分析して、その人物が嘘を言っているかどうかを見分ける機能・・が備わっていた。そして今の言葉と彼女の態度から、ルイーザはカバールや中国の干渉については何も知らないという事が解った。


 少なくとも彼女は悪魔と取引などしていない。純粋にこの国と有色人種達のためを思っての行動であったのだ。だからこそ自治区崩壊後の彼女の処遇が気掛かりとなった。


 そのルイーザがアダムの方に向き直った。



「でも……やっぱりあなたも言っている通りの人じゃないわね? 外で犯罪を犯してここに逃げてきたというのは嘘でしょ? あなたはここにいる人達とは違う。私には解るの。まあそれが解ったからこそこうしてボディーガードになってもらったんだけど」


「……!」


 根っからの軍人である彼がここの空気に染まり切れなかったのは事実だが、ルイーザが言っているのは単に演技の問題だけではないだろう。


「何故かしら。あなたは信用できる・・・・・。そんな気がしたのよ」


「俺は……」


 アダムが何か言い掛けた時、部屋の扉がノックされた。ルイーザが眉を顰める。


「何?」


『お取込み中にすみません。その新入りに用があるっていう白人女・・・が来てまして。どうしましょうか?』


「白人女ですって? ああ、そういえばダニー叔父さんが言ってたわね。彼が『保護』している白人女がいるって」


 取次の声にルイーザは眉根を寄せるが、すぐに何かを思い出したように頷いた。



「……この『庁舎』の中ならそこまで危険はないだろう。少し席を外させてもらっても構わないか?」


 ビアンカが直接ここに尋ねてくるとなると、かなり重要な用件かも知れない。そう判断しアダムが申し出ると何故かルイーザは少し不機嫌そうな様子になったが、渋々といった感じで了承した。


「そうね。私にあなたのプライベート・・・・・・まで制限する権利は無いし、別に構わないわ。でも……なるべく早めにね?」


「それほど時間は掛からないと約束する」


 ルイーザの許可を貰ったアダムは足早に『庁舎』のロビーへと向かう。そこには予想通りビアンカが、自警団の黒人たちの不審と敵意の視線に晒されながら居心地悪そうに待っていた。

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