Episode17:犯罪者の血筋
ウィリス・タワー。世界有数の大都市シカゴの有名な摩天楼の中においても尚最も高い、シカゴを代表するランドマークでもあるオフィス・タワーだ。
地上110階建てで、その高さはあのエンパイアステートビルさえも凌ぐほどだ。103階には有名な展望室「スカイデッキ・シカゴ」があり、シカゴの街を一望できるパノラマが楽しめ、更に近年では展望室から突き出した、床まで含めた全面ガラス張りの展望台「ザ・レッジ」が注目を集めており、街の住民は勿論、全米からも観光客が訪れる人気スポットとなっていた。
ウィリス・タワーのエレベーターは地上104階まで稼働しており、一般の観光客や入居者、テナント関係者が立ち入りできるのもそこまでが限界だ。タワーは地上110地上階、地下にも3階までフロアがあるが、それらのフロアはビルの保全機能や制御機能などを司るコントロールフロアが中心で、このビル自体の管理スタッフやそれらのメンテナンス業者のみしか立ち入りを許されていなかった。
それが
公式には地下3階までとされているアンダーフロア。しかし
「ま……今回、俺もその『限られた連中』の中の1人になった訳だが。いや、俺だけじゃなくて、今はアンタもか」
「くっ……」
薄暗い廊下のような場所を歩きながら
彼によって気絶させられたビアンカだが、現在は意識を取り戻して自分の足で歩いている。しかし両手は腰の後ろで縛られていて動かせなかった。気が付いたら既に縛られていて、この薄暗い通路のような場所にいたのだ。そしてサディークに促されるまま前に歩くしかなかった。
サディークの台詞からどうやらここがあのウィリス・タワーらしいと察せられたが、このような陰鬱な場所がウィリス・タワー内部だとは信じられなかった。そんな彼女に対してサディークが、隠された地下部分の話をしてきたのだ。
「こ、ここがウィリス・タワーの地下? でも一体なぜこんな場所が……」
「このビルの
「オ、オーナー、ですって?」
「そうだ。こんだけ有名なランドマークタワーにも関わらず、ここのオーナーの名前を知ってる奴がどれだけいる? ビルの命名権者の事は知ってても、オーナーの名前なんてこの国でも知らない奴が大半だ。アンタだってそうだろ?」
「……!」
言われてみると確かにその通りだ。よく考えたらこれだけ巨大で有名なオフィスビルなのだ。そのオーナーと言えば恐らく相当の資産家であるはずなのだが、誰もその存在を敢えて気に掛けたりはしない。
「はっ! 滑稽だよなぁ? お前らアメリカ人は
「……っ!」
そうだ。話の流れからしても、このウィリス・タワーのオーナーこそが彼女達の探し求めていた、この街に潜むカバールの悪魔という事になる。相手はギャングのボスなどではなく、この街でも有数の名士であり大富豪だったという訳だ。
「あ、あなたは人間なんでしょう? 何故相手が悪魔だと知って雇われたりしてるの? 悪魔は人間を食い物にする事しか考えていない邪悪な存在なのよ?」
ビアンカが気になっていた事を聞く。この男は性格はともかくその能力はユリシーズにも引けをとらない程だ。しかもアルマン達のような退魔師と同じ霊力まで扱える。本来は率先して悪魔のような存在と戦っていてもおかしくないような人間が、よりによって何故悪魔と結託しているのか。
「へ、俺は強い奴と戦えればなんでもいいんだよ。言っただろ、武者修行の最中だってよ。この街に来て早々魔の気配を感知して、中級悪魔って奴等を何匹かぶっ倒したんだよ。そうしたらそのボスを名乗る奴が雑魚を介して俺にコンタクトを取って来てな。自分の計画に協力したらもっと強い奴と戦えるって言われてな。そして実際にアンタ達がこの街にやってきたって訳だ」
そこまで語ったサディークは何かを思い出したように獰猛な笑みを浮かべる。
「あの黒スーツの
「……!! ユリシーズとも戦ったの!?」
「ユリシーズってのか、あいつ? ああ、そうだぜ。その場では勝負が付かなかったが、今度やったら確実に俺が勝つ。アンタを悪魔に差し出して、怒り狂ったアイツと戦うのが楽しみだぜ」
「……っ」
それはまさに狂戦士と呼ぶに相応しい表情と態度であり、ビアンカはこの男に何を言っても無駄だと悟った。
「さあ、着いたぜ。ここがウィリス・タワーの地下4階への
通路の突き当りにある大きな扉の前でサディークが皮肉気に嗤う。彼は扉に向かって手を振った。
「よぉ、旦那。俺達が来てる事は解ってんだろ? 約束通り『天使の心臓』を連れてきたぜ。ドアを開けてくれるか?」
彼がそう言うと……やがて軋むような音を立てて、重厚な金属の扉がゆっくりと内側に向けて開き始めた。
「さ、行くぞ」
サディークに肩を押されて中に入るビアンカ。どのみち彼から逃げられるとも思えないし後ろ手に縛られていて抵抗も出来ないので、大人しく従う以外に道は無かった。
「……!」
そこはだだっ広いホールのような空間になっていた。天井もかなり高い。その天井からはいくつもの照明がホール全体を明るく照らしている。ビアンカは普段自分が住んでいる『RH』のトレーニングルームを思い出した。そして……
「……やあ、よく来てくれたね、『エンジェルハート』。このような殺風景な場所で申し訳ない。私の居住空間はこの下の地下五階にあるのだが、そこは私のプライベートルームなので基本的に客人はここで迎える事にしているのだよ」
「……!!」
その広いホールの丁度中央辺りに、1人の初老の白人男性が座っていた。どうやら車椅子に腰掛けているようだ。男性が電動らしい車椅子を操作して近付いてくる。
「あ、あなた……あなたが……?」
「如何にも。このウィリス・タワーの所有者であり、ギャング達相手に『エンジェルハート』という名前のドラッグを供給し、誘き出されてきた君をそのサディーク君に捕らえて連れてくるように頼んだのも私だ」
「……っ! な、何故……何者なの、あなたは!? どうしてこんな事を……」
「私がカバールに所属している事は既に知っているのだろう? であるなら『天使の心臓』を手に入れようとするのに特に理由など必要あるまい?」
「……!!」
そう言われれば確かにその通りだ。悪魔が『天使の心臓』を狙うのは本能のようなものらしく、そこに理屈は必要ない。だが単にビアンカを誘き出すためだけに仕組んだにしては、今回の騒動は迂遠に過ぎる気もする。
その疑問が顔に出ていたのか、車椅子男が嗤った。
「私の本名はアルバート・フランシス・
「っ!? ア、アルフォンス・カポネって……
ビアンカは唖然としてしまう。その名前は勿論知っている。かつてシカゴの影の市長とまで言われた伝説的なギャングで、禁酒法時代に大いにその悪名を高めた。彼と麻薬取締官のエリオット・ネスとの暗闘は、映画を含めた数多くのフィクションの題材になった。
アル・カポネには確かに子供がいたが、それも21世紀初頭には亡くなっていたはずだ。
「表向きはな。だが私は死の間際に、悪魔と契約して生き永らえたのだ。そしてカバールの一員となった。この忌まわしい街に戻ってきたのは、私の人生を破滅させたギャングやマフィアという存在を消し去る為だ」
「人生を破滅させた? あなたはアル・カポネの息子なんでしょう?」
むしろマフィアの間では父親の名声が役に立ったのではないか。そう思ったが、アルバートは顔を顰めた。
「ギャングの息子は必ずギャングにならねばいかんのかね? 私は普通の人生を歩みたかった。だが
「……!!」
「私の一生は常に、父の名声にあやかろうとするギャング共の影響下にあった。望まぬ人生を強いられた復讐をしたいと考えるのはむしろ当然の事ではないかね?」
「だから……あのドラッグを作ってギャング達に広めたというの?」
ビアンカの身体の震えが止まり声が低くなる。だがアルバートはそれに気付かず陰惨な笑みを浮かべて首肯する。
「その通りだ!
「……ふざけないで」
アルバートの哄笑をビアンカの低い声が遮った。アルバートは勿論、それまで不自然に黙っていたサディークも僅かに眉を上げてビアンカを見やる。
「確かにあなたの人生には同情するわ。でも今のあなたがやっている事は、ただの
「……っ! 貴様……」
「ほぉ……」
ビアンカの痛烈な批判にアルバートは目を吊り上げ、サディークは対照的に口の端を吊り上げた。
「望まぬ人生を強いられた? そんな物は今の私だって同じよ。『天使の心臓』なんて訳のわからない物を押し付けられて、あなた達のような化け物に命を狙われて、生まれ育った街からも離れないとならなくて……。でも私はあなたのように悪魔に魂を売ってまで生き永らえて、周囲に無差別に復讐しようなんて思わない。私が復讐するのはお前達だけよ。実際に命を狙われてる私の前で望まぬ人生だのなんだの……甘えるんじゃないわよ、この老害!!」
「――――き、き、貴様ぁぁぁぁっ!! 言わせておけば調子に乗りおって! もう良い! 無駄なお喋りはここまでだ! 貴様の持つ『天使の心臓』、今ここで抉り出して我が物としてくれる。そして私こそがカバールの頂点に君臨するのだぁっ!!」
激昂したアルバートがその手に魔力を纏わせて、ビアンカの心臓を抉り出すべく突き出してくる。縛られてなす術無いビアンカは、しかし心だけは絶対に屈するものかとアルバートを睨み続ける。そして無情にも悪魔の魔手が彼女の胸に突き刺さろうとしたタイミングで――
「――はっはっはぁ!! やっぱ良いね、お前! 気に入ったぜ!」
「っ!?」
哄笑と共に、アルバートに向かって霊力を帯びた曲刀が斬りつけられた。サディークだ。アルバートは咄嗟に魔力の障壁のようなものを張ってその斬撃を防ぐと、車椅子を後退させて距離をとった。
「サディーク、貴様……邪魔する気か?」
「あ、あなた……何故?」
奇しくもアルバートとビアンカが同時に疑問の声を上げてサディークを見やった。注目を浴びた彼は事も無げに肩をすくめる。
「何故って? そりゃお前、
「……!」
サディークはビアンカに視線を向けた。
「俺が何でこいつに雇われたかって聞いたよな? 強いやつと戦いたいってのは勿論あるが、最大の理由は居場所が解らなかったこいつの懐に入り込む為さ。『天使の心臓』を捕らえて差し出すって場面になれば、こいつは必ず俺の前に直接姿を現すと踏んでたのさ」
「な…………」
ビアンカは呆気にとられてしまう。すると今までの一連の行動は全てアルバートの信用を得て、ヤツを直接攻撃できる機会に持ち込む為の芝居だったという事か。
「く、くく……なるほど、私を出し抜いたつもりのようだな。だが私がその可能性も考慮に入れていないと思ったかね?」
アルバートが更に距離を取りつつ指を鳴らす。するとフロアの空間がいくつも歪んで、そこから何体かの悪魔が出現した。全てヴァンゲルフなどと同じ中級悪魔のようだ。だがサディークは少しも慌てておらず、むしろ不敵そうに笑って二振りの曲刀を構えた。
「へっ……考慮してたって割にはお粗末な罠だな。こんな奴等で俺を仕留められるとでも? 俺に出し抜かれたって素直に認めろよ」
「……! ほざけ、下郎が! 『天使の心臓』もろともこの場で果てるがいいっ!」
アルバートの意を受けた中級悪魔達が咆哮しつつ迫ってくる。恐ろしいほどの迫力だ。サディークは自らの霊力を全開にする。
「へへ、じゃあまずは本命の前の肩慣らしと行くか。
「……!! え、ええ……!」
どさくさ紛れに名前を呼ばれたビアンカだが、今はその事を気にかけている余裕がなかった。サディークに言われるまま後ろに下がって距離を取る。
「行くぜぇぇぇぇっ!!!」
サディークは悪魔に負けないような荒々しい咆哮を上げると、自分から中級悪魔達の群れに突撃する。このシカゴにおける決戦の火蓋が切って落とされた!
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