Episode16:黒幕への道標

「ボルドリーニ、あんたもこれだけの被害を出した以上、放置しとく訳にもいかないだろ? あのドラッグ……『エンジェルハート』をよ」


 戦争・・の混乱も冷めやらない『リトル・パレルモ』の店内。事後処理・・・・のために呼ばれた警察が敵味方のギャング達の死体を運び出していく光景を見やりながら、ユリシーズは隣にいるボルドリーニに問い掛ける。彼は苦虫を噛み潰したような顔で頷いた。


「全くだな……。警察は当てにならん。だから俺達が独自にあの忌々しいドラッグの出所を探ろうと調査していたんだ。そしてようやく有力な手掛かりを掴んだという所でこの大規模襲撃だ。供給者・・・が俺達の口を封じようとしてレイクサイドの連中を嗾けたのは間違いないだろうな」


「……! 何だと? アンタらもあのドラッグの調査を?」


 ユリシーズは目を瞠った。そっちのパターンは予想していなかった。


「そうだ。古き良き時代なんて言い方はしたくないが、マフィアやギャングにも最低限の流儀ってモンがあった。だが今やあのブツのせいで、このシカゴのシマは滅茶苦茶だ。こんな事が続いて『表』にも被害が頻発するようになったら、俺達ギャングの存続自体が危うくなる。あのドラッグは最初から俺達全体を潰す目的で広められた……。俺にはその確信があるんだよ」


「…………」


 どうやらボルドリーニも市長と同じ危機感を抱いていたらしい。『シカゴ・アウトフィット』を調べていた刑事が変死したのは、真相・・に近付きすぎたからだろう。


「だったら俺達の利害は一致する。市長も、そして勿論大統領も、この街であんな危険極まりないドラッグが流行する事を望んでいない。アンタの入手したその手掛かりって奴を教えてくれ。俺ならアンタの悩みを解決できる」


「そうか……そうだな。こうなった以上はもうウチにも余力が無い。後はお前に任せるとしよう。この街を救ってくれ」



 そしてユリシーズはボルドリーニから、彼の調べた情報の全てを聞いた。聞き終わったユリシーズは頷いてから、もう一度だけ確認する。


「なるほど……そいつがこのドラッグの供給元・・・って事か。本当に間違いはないんだな?」


「ああ、俺の名誉にかけて誓う。それを突き止める過程で部下も何人か死んでるんだ。この情報に間違いはない」


 ボルドリーニは絶対の自信と確信を持って請け負う。彼がそこまで言うのであればそれを信じるだけだ。ユリシーズの予想では『エンジェルハート』の供給元と、この街に潜むカバールの悪魔はイコールであるはずだ。後は居場所を調べてから一気に片を付けるだけだ。



「ユリシーズッ!!」


 その時、二階にある部屋のドアが勢いよく開いて中からマチルダが飛び出してきた。彼女はそこで誰かと連絡を取っていたようだ。恐らくCIAの同僚かなにかだろう。だが部屋から出てきた彼女は、いつもの超然とした態度とは異なりかなり慌てた様子であった。


「マチルダ、どうした? 何かあったのか?」


 一階に駆け下りてきた彼女に問い掛けるユリシーズ。マチルダがこれほど慌てているのであれば相応の事態が起きたという事かも知れない。だが現実はさらにその予想の上を行っていた。


「ユリシーズ、大変よ。街の北部でもギャング同士による大規模な抗争があったみたい。『ブラッド・ネイション』と……『ホットドッグス』による大規模抗争が」


「……!!」


 ホットドッグスと言えばビアンカが担当・・していたギャング組織だ。


「抗争は凄まじいもので、両陣営ともほぼ全滅・・・・との事らしいわ。あなたの大切な彼女・・・・・の安否を確認してみるべきじゃないかしら?」


「……っ!」


 ユリシーズは表情を強張らせると、すぐに携帯を取り出してビアンカの番号に掛ける。マチルダの揶揄を気にしている余裕もない。どのみち黒幕は割れた。もう彼女に連絡をするのも問題ないはずだ。だが……


「ちっ……!」


 何度コールを鳴らしてもビアンカが出る様子はない。ユリシーズは舌打ちして電話を切った。嫌な予感が膨れ上がる。


「抗争があった場所はどこだ?」


「……場所を説明するより私が直接案内した方が早いわ」


 どういう風の吹き回しか、マチルダはユリシーズが何か言う前に、さっさと店を出て用意してあった車に乗り込む。ユリシーズは一瞬呆気に取られるがすぐに気を取り直して、ボルドリーニに向き直る。


「悪いが緊急の用事ができた。そういう訳であんたの護衛はここまでだ」


「構わんよ。どのみち先程のような大きな襲撃はもうないだろう。なら残ってる連中だけで事は足りる。お前が『エンジェルハート』の供給元をぶっ潰してくれれば、街は平和・・に戻るしな。俺は平時でもお前を手元に置いておけるような器じゃないさ」


 ボルドリーニは肩を竦めた。その言葉に嘘は無さそうだ。ユリシーズは彼に別れを告げて、マチルダの待つ車に乗り込む。


「じゃあ行くわよ!」


 マチルダがアクセルを吹かせ、彼女の運転する車は猛スピードで『リトル・パレルモ』を離れていった。





 マチルダの情報が早かった為か、そこはまだ警察による後処理・・・も入っていない、まさに『戦場跡』と呼ぶに相応しい様相を呈していた。


 多数の廃車や廃トラックが放置された寂れた廃アパートの駐車場には、無数のギャング達の死体が散らばって倒れていた。


「う……これは、相当に激しい戦いだったようね」


 車から降りたマチルダは、凄惨な光景と充満する死の臭いに顔を顰めている。だがユリシーズはそれどころではない。


(ビアンカ……どこにいる!?)


 イリヤも付いていたし、彼女自身もアルマンから授かった霊具で武装していたはずなので、いかに『獣人』どもがいるとはいえ、ギャング同士の抗争で万が一の事態に陥るような事はまずないはずであった。


 だが現実に『ホットドッグス』は全滅し、ビアンカとも連絡が付かない状態だ。ユリシーズは焦燥に逸る心を抑えながら、戦いの痕跡が激しくなっている方向に向かって進んでいく。



「……ッ!!」


 そして彼は見覚えのある姿を見つけた。マチルダも目を瞠っている。


「え……あれは、まさか……【ナンバー・ゼロ】?」


 彼等の視線の先、廃アパートの外壁に尻餅をついた姿勢でもたれたまま首を垂れさせている、金髪の少年の姿があった。まさかこの状況でその姿を見間違えるはずもない。ユリシーズは駆け出した。


「おい、ガキ! イリヤ……!!」


 傍に屈みこんで少年の肩を揺さぶる。死んではいないようだが完全に気を失っているらしい。乱暴に揺さぶられたイリヤは、やがて微かに反応を示し始める。


「う……うぅ………ん…………ッ!!?」


 うっすらと目を開けたイリヤは、目の前に怖い顔をしたユリシーズがいるのを見て一気に覚醒した。そして状況を思い出して急激に青ざめる。


「あ……あ……」


「……おい、ガキ。一体全体何があった? 何でお前だけこんな所で寝てるんだ? ビアンカはどうした?」


「……っ!」


 ユリシーズはイリヤの胸倉を掴んで、ドスの聞いた声で詰問する。少年は増々青ざめて泣きそうな顔になる。苛立ったユリシーズが声を荒げて更にその身体を揺さぶろうとして……



「ユリシーズ、落ち着いて。そんなんじゃ聞ける話も聞けなくなるわよ?」


 マチルダに仲裁された。彼女のユリシーズの隣に屈みこむ。その姿を見たイリヤが目を見開いて身体を震わせた。


「お、お前……何でお前ガ……」


「私が今ここにいる理由はどうでもいいわ。この人と古い知り合いというだけよ。ねぇ、ナン……イリヤ? ビアンカはまだ生きているの?」


「……! い、生きてる、と思う。アイツ・・・はお姉ちゃんを殺さズにどこかへ連れて行くって言ってた」


 マチルダに対して警戒心はあるものの、穏やかな口調で答えやすい質問の仕方をされる事でイリヤの口は自然に開いていた。CIAの彼女にかかればその辺はお手の物だ。


「アイツとは誰の事?」


「……変な格好をしてテ、両手に曲がった剣みたいのを持ってた。凄く強くて……名前は、確か……ええと……」


 焦っているのもあって名前まで思い出せない様子のイリヤだが、ユリシーズにはその特徴だけで解った。



「……サディーク・・・・・、か?」



「……!! そ、そう! ソイツだ! ……って、何でそレを?」


「彼もその男と戦ったのよ。でもこっちにも現れたのね」


 考え込んでいるユリシーズの代わりにマチルダが答えている。ユリシーズはそれを無視してここであった事を類推する。恐らく『ホットドッグス』と『ブラッド・ネイション』の抗争自体は本当にあったのだ。付近に転がっている大量の死体はそいつらの成れの果てだろう。


 しかし恐らくその抗争は痛み分けに終わった。いや、痛み分けというより相討ち・・・といった方が正しいか。ビアンカはともかくイリヤが付いていながら『ブラッド・ネイション』と引き分けた理由は気になるが、とりあえずそれは置いておく。


 ビアンカとイリヤはその抗争には無事生き延びたのだろう。だがそこにあのアラビア男……サディークが現れたのだ。奴が去り際に言っていた『本当の雇い主』とやらの仕事がこれだったのかも知れない。



「なるほど……それでお前は奴に無様に敗北して、ここで伸びてたって訳だ。で、むざむざビアンカを連れ去られました、と」


「ひっ……!? ご、ごめんなさい! ごめんなさい!! ごめんなさいっ!! ゆ、許して……許して下さい!!」


 可哀想なくらい青ざめて顔を引き攣らせて謝罪を繰り返すイリヤ。その必死な姿は、飼い主に捨てられまいと泣きつく哀れな捨て犬のようであった。


 ビアンカの護衛を任されておきながらその任を果たせずに彼女を攫われた。それは折角得た居場所を再び失いかねない程の大失態であり、その自覚があるらしいイリヤの怯えと恐怖が伝わってくる。


「……その許しは俺じゃなくてビアンカに乞うんだな。ここは誰かが助けてくれるような甘い世界じゃない。自分の失態を取り戻せるのは自分だけだ。そのために何をすればいいのかは自ずと解るだろ?」


「……!」


 イリヤの身体が震えた。正直あのサディークが相手だったと聞いた時点でイリヤを責めるのは酷だと解っていた。奴の実力は自分でさえ相討ちを覚悟したほどだった。


 イリヤは潜在能力なら最も高いかも知れないが、如何せんまだ子供であり力を完全には使いこなせておらず実戦経験も不足している。それではサディークに勝つ事など不可能だろう。殺されなかっただけありがたいと思うしかない。


 なので今は心を切り替えて、ビアンカの救出に注力しなければならない。そのためにはイリヤの力も必要であった。



「そのサディークは何故あなた達に襲い掛かってビアンカを連れ去ったの? 理由は言っていた?」

 

「あ、あいつの『雇い主』がお姉ちゃんの事を欲しガってるって。お姉ちゃんが『天使の心臓』の持ち主だってイうのも知ってたみたいだった」


「……!!」


 マチルダが話題を変えるように本題の続きを質問する。イリヤの答えを聞いてユリシーズは増々自分の予想を確かなものとする。


「なるほど、繋がってきたな。ビアンカの事を知っていてその身柄を欲しがってるとしたら、そいつはカバールの悪魔以外にあり得ない。サディークの本当の雇い主とやらはその悪魔だったって訳だ」


「ええ、そしてその悪魔はドラッグ『エンジェルハート』の供給元でもある。これでそいつの居場所さえ解れば全部解決なんだけどね」


 マチルダが嘆息する。ボルドリーニから悪魔の正体と思われる人物の情報は聞いたが、そいつの現在地・・・までは調べようがない。攫われたビアンカの事を考えるなら悠長に捜し回っている余裕はないだろう。家以外に何かアジトのような場所があったらお手上げだ。


 だがユリシーズは慌てていなかった。



(ビアンカの奴……形見の腕時計・・・・・・はちゃんと肌身離さず付けてるみたいだな。お前にそれを贈ったコールマン夫妻が、俺をお前の元に導いてくれてるぜ)



 彼女の腕時計にはユリシーズの魔力を忍ばせてあった。悪魔にも探知できない程の微細な魔力なので気付かれる心配はない。これを辿っていけば連れ去られたビアンカの元まで迷わず行き着ける。フィラデルフィアでも悪魔に連れ去られたビアンカを追跡する際に活用した力だ。


「いや、行き先なら解っている。ビアンカもサディークも、そしてカバールも全員そこにいるはずだ。これからすぐに向かうぞ」


「え……ど、どこに?」


 突然立ち上がって確信を持ってそう言うユリシーズの姿を、イリヤだけでなくマチルダも呆気に取られて眺めていた。ユリシーズは彼等を振り向いた。



「俺達が向かう先は……この街のランドマーク、『ウィリス・タワー』だ」

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