Episode14:幻惑の奇術師

「お、お姉ちゃん、凄いね。結局1人で倒しちゃっタんだ」


 聞こえてきた声に振り向くと、そこにはイリヤが少し驚いた様子で目を瞠っていた。だが……その少年の後ろには文字通り死屍累々と『ストラングラーズ』のギャング達が折り重なって倒れていた。勿論ボスも含めて全員『獣人』だったはずだ。しかもボスは他の『獣人』よりも明らかに巨体で強靭そうだった。


 そのボスも十把一絡げになって折り重なっている。イリヤにとっては全く問題にならなかったらしい。ビアンカが1人倒す間に、この少年は残りの『獣人』達をボスを含めて容易く殲滅していたのだ。


「え、ええ、まあね。イリヤもよくやってくれたわ。凄いわね」


 余りのレベルの違いにビアンカは少し顔を引きつらせながらも、笑顔を作ってイリヤの頭を撫でる。少年は嬉しそうに目を細めた。


 そして同じく『ホワイト・クロウ』の連中と戦っていたキンケイド達の方も決着がついたようだ。キンケイドは見た目通りの強さで敵の『獣人』を薙ぎ倒し、ガービーがそれをサポートする。敵の攻撃で一緒に随伴していた『ホットドッグス』のメンバーは殆どがやられたようだが、その代償と引き換えにキンケイド達は『ホワイト・クロウ』を打ち破っていた。


 残るは何故か動かなかった『アザー・ピープル』の連中とヴィクターだけだ。


「どういうつもりか知らないけど、もうあなたに勝ち目はないわよ? 私達の前に姿を現した事を後悔させてあげるわ」


 ビアンカは強気に宣言する。ヴィクターは悪魔としては新参でその力はまだ発展途上のはずだ。戦力的にはイリヤがいれば充分抑えが効く。加えて一応キンケイド達もいるので、こちらの勝ちは揺るがない。



「ふぅ……全く、使えない連中だよ。仕方ない。ビアンカ、君にまた僕の力を見せてやるよ」


 しかし不利なはずのヴィクターは慌てた様子もなくため息をつくと、残った『アザー・ピープル』の連中をけしかけてきた。『アザー・ピープル』はボスも含めて『獣人』化すると、躊躇う事なくこちらに向かってきた。ヴィクターはどのような手段でかこのギャング達を絶対服従させているらしい。


 当然迎え撃つビアンカ達。こっちにはイリヤがいるし、一応キンケイドとガービーもいるので、敵が『アザー・ピープル』だけならまず負ける事はない。ヴィクターは戦力を小出しにして何を考えているのか。


 その答えはすぐに出た。


「……っ!?」



 ビアンカは目を剥いた。『アザー・ピープル』の『獣人』達が突如として、さらなる変異・・を遂げたのだ。それもただより肥大したとかではなく、身体からウネウネと蠢く触手のような物が何十本も生えてきたり、そもそも人型でさえなくなって巨大な蜘蛛やムカデの化け物になったり、頭が無数にある蛇の怪物になったりした。



「な、何だよ、これ!? お姉ちゃん!?」


 突如として、敵がまるで悪夢にでも出てくるかのような怪物に変わった事で、強大な力は持っていても子供であるイリヤが動揺する。だがビアンカにも何が何だか分からない。


 そうこうしている内に悪夢の怪物どもが押し寄せてきた。


 ――Goa!? Gaaaaaaaa!!!


 キンケイド達も流石にこの現象には驚いたらしく、群がる化け物共相手に無茶苦茶に暴れまわっている。だが怪物は触手をどれだけ引き抜かれても、頭を叩き潰されても即座に再生してしまいキリが無い。


「くそ! 死ね、コイツら!」


 イリヤが念動力で触手を薙ぎ払ったり巨大な蜘蛛を弾き飛ばしたりするが、驚いた事に奴らには一向に効いている様子がなく、すぐに体勢を立て直して襲ってくる。


「……!」


 最初は混乱していたビアンカだが、イリヤの攻撃でさえ全くダメージを受けていない様子にピンときた。



「イリヤ、落ち着いて! これは幻覚よ! ヴィクターが操っているんだわ!」



 前にアトランタで奴と邂逅した際に幻覚によって惑わされた経験が生きた。奴の悪魔は幻惑の力を操ると言っていたはずだ。


「げ、幻覚!? これが……本物じゃないの?」


 イリヤが襲い来る怪物共を弾き飛ばしながら信じられないという風に叫ぶ。その気持はビアンカにも分かる。幻覚というにはあまりにもリアルだ。だが今の状況とヴィクターの能力からして他には考えられない。


「これは幻覚よ! 私を信じて!」


 ビアンカはイリヤを鼓舞しつつ、自らヴィクターを倒すべく直接奴の元に向かおうとする。これが奴の操る幻覚なら、ヴィクターを倒せば全て消えるはずだ。


 近くの怪物がビアンカを阻もうと触手を叩きつけてくる。音や風圧さえ伴っており本物にしか見えないが、幻だと分かっていれば怖くはない。ビアンカはそのまま強引に突っ切ろうとして……


 ――ビシィィィッ!!!


「ぎゃはっ!?」


 触手に打ち据えられて、激痛と共に弾き飛ばされた。何回かバウンドしながら地面を転がる。


「お姉ちゃんっ!?」


「あ……が……」


 イリヤが慌てて駆けつけてくる。ビアンカが痛みと衝撃ですぐには起き上がれない。


(な、何が……一体……?)


 いや、何が起きたのかは明らかだ。ビアンカはあの幻覚・・のはずの触手に打ち据えられて吹き飛ばされたのだ。訳が解らなかった。



「は、は、は……無駄だよ、ビアンカ。僕の力だと見破れたのは及第点だけど、僕の力はより進化しているんだ。君達の五感・・に作用して本物の痛みだと認識させる事が出来るんだよ。脳が本物だと認識するなら、それはもう君達にとっては現実・・と同じなのさ」



「……!!」


 怪物達の後ろからヴィクターが嘲笑している。やはり奴の力である事は確かなようだ。だがその能力の強さは想像以上であった。視覚や聴覚だけでなく五感全てに作用しているとなると、奴の言う通りそれはもうほぼ本物と言って差し支えない。


「くそ、こいつら! 寄るな!」


 イリヤは相変わらず念動力で怪物たちを弾いているが、やはり有効なダメージは与えられていない様子だ。あの怪物たち自体は幻覚なので当然だ。


 ――Gyaaaaaaaaaa!!!!


「……っ!」


 その時ビアンカの耳に断末魔の咆哮が聞こえてきた。視線を向けると、幻覚の怪物達に群がられたキンケイドとガービーが限界を迎えて斃れていく所だった。人間の姿に戻った彼等は自らの血の海に沈んで二度と動く事はなかった。


 幻覚と知っているビアンカ達でさえこの状況なので、ましてや彼等は文字通り不死身の怪物と戦っていたような物で、勝ち目などある訳がなかったのだ。


(くそ……なんて事!)


 ビアンカは歯噛みした。彼等もまたビアンカの嫌う凶悪な犯罪者達であり、別にその死に心が痛んだりはしない。だが彼等が死んでは『ホットドッグス』は壊滅したも同然だ。ビアンカの任務は失敗したという事になる。



「ふふふ、残念だったね、ビアンカ。元々あいつらをギャングの抗争という形で壊滅させるのがサタナキア・・・・・から頼まれてた仕事だったんだけど、これでその仕事も完了したって訳だ。でも折角の機会だ。このまま君を捕まえてサタナキアに献上してやるのも良さそうだね」



「……!!」


 サタナキアとはアトランタで遭遇した、迷宮を作り出す能力を持ったカバールの悪魔だ。決着をつける事なく撤収していったが、奴とヴィクターは繋がっていたのだ。だが今それが解った所で何の意味もない。


(考えろ、考えるんだ……! アイツの能力は決して無敵なんかじゃない。必ず突破口があるはず……!)


 イリヤが必死に念動力で怪物たちを弾き飛ばしている間に、ビアンカは懸命に思考を巡らせる。幻覚でありながらイリヤの念動力で弾き飛ばす事が出来ている。確かにダメージは受けずに一見無敵ではあるが、よく考えたら幻覚なのだからこちらの反撃や防御をすり抜けて一方的に攻撃できてもおかしくないはずだ。


 つまり何らかの実体・・はあるという事だ。


「――――っ!」


 そこで気づいた。いや、思い出したというべきか。


(そうだ! 『アザー・ピープル』だ!)


 奴らの事を忘れていた。そもそもあの怪物共は『アザー・ピープル』の連中が変異・・したものだ。恐らく『獣人』化した連中に更にあの幻影を纏わせているのだろう。『アザー・ピープル』だけ温存していたのはこれが理由だったのだ。一度に纏わせられる幻影の数などが関係しているのかも知れない。


 五感を全て支配しているなどというのはヴィクターのブラフだろう。そんな力があればそれこそ本当に無敵だ。実際には『獣人』となったギャング達が攻撃を当てているに違いない。



「イリヤ! そいつらは無視して、とにかく前方に向かって広範囲・・・に攻撃するのよ!」



「え……!? う、うん、解ったよ、お姉ちゃん!」


 自分ではどうしていいか解らずに追い詰められていたイリヤは、縋るようにビアンカの指示に従った。幸いというか、もうここには自分達以外に味方・・はいない。イリヤに遠慮なく広範囲攻撃をさせられる条件が整っていた。


 それに気づいたらしいヴィクターの表情が変わる。だがもう遅い。


「ハァァァァァァァッ!!!」


 イリヤは前方に向かって無差別にパイロキネシスを放った。まるで地面から噴き出るようにして大量の炎の柱が出現する。


 ――Oooooooooooooo!!!


 悪夢の怪物達が紅蓮の炎に包まれて暴れ狂う。幻影とは関係なく無差別に噴き出る炎の柱は、幻影によって隠された本体・・をも炎に包み込んだ。無敵だったはずの怪物たちが次々と炭化して崩れ落ちていく。


 『アザー・ピープル』は全滅した。タネさえ解ればイリヤの力であれば撃退するのは難しくなかったのだ。



「ちぃっ! まさかここまでの力とは……!」


 ヴィクターが舌打ちして炎に巻かれないように後退する。今なら奴を直接攻撃できる。


「お前も……死んじゃえぇぇっ!!」


 イリヤはビアンカに指示されるまでもなく、ヴィクターに向かって全力の念動波を叩きつけた。直撃すれば全身の骨が砕けて内臓が破裂する威力だ。


 だが直撃したと思った瞬間、ヴィクターの姿がかき消えた。


「っ!?」


 ビアンカ達は目を疑うが、その直後に廃アパートの屋上に奴の姿が出現した。



「ふぅ……危ない危ない。本物・・だったら今ので死んでたかもね。ここらが潮時だな」



 ヴィクターが息を吐いてからこちらを見下ろしてくる。どうやら下にいたヴィクターは最初から実体のない幻影だったらしい。


「君の今の力は見せてもらったよ、ビアンカ。だが成長しているのは君だけじゃない。次に会った時はもっと楽しい時間を過ごせるはずだと保証するよ」


 ヴィクターは嗤いながらそう告げると、再び幻惑の力で姿を消した。逃げたようだ。だが今のビアンカにはそれを阻止できる手段はなかった。口惜しいが今は撃退できただけで良しとすべきだろう。

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