Episode13:超無差別級デスマッチ

 『ホットドッグス』と『ブラッド・ネイション』の抗争は増々激しさを増し、双方既に多大な死者が出ている状態であった。しかしイリヤの力で奇襲を成功させたホットドッグスの方が有利な状態で戦況を進めていた。


 ホットドッグスは他にもガービーが仕入れたドラッグ『エンジェルハート』によって強化された『獣人』達が暴れて敵を押していたが、何と『ブラッド・ネイション』の方にも『エンジェルハート』を服用している者がいたらしく、敵側からも『獣人』が出現し戦場は増々混沌としていた。


 『獣人』同士が殺し合う様子はまるで映画のCGのようであり、ビアンカはこれが怪物同士が殺し合っていたという目撃情報の正体だと悟った。


 しかしそればかりに気を取られてもいられない。こちらはより逼迫した状況であった。



「ふふふ……ああ、ビアンカ。また会えて嬉しいよ。やはり僕等は運命の赤い糸で繋がっているんだね」


「……っ! ヴィクター……!」


 『ブラッド・ネイション』の新しいボスである【幻惑の奇術師イリュージョニスト】は、あろうことかビアンカの元カレにして現在はカバールの悪魔でもあるヴィクター・ランディスであった。


 ただ元カレというだけではない。この男は彼女の親友であるエイミーを直接その手で殺した仇でもあるのだ。思わず憎しみから叫び出して特攻しそうになるビアンカだったが、アトランタでの邂逅時にそれでまんまと相手の術中に嵌められた経験が彼女を何とか思い留まらせた。


「何だ、お前? お姉ちゃんがお前のこと憎んデるのを感じる。お前、お姉ちゃんの敵だな?」


 ビアンカの感情を読み取ったイリヤが彼女を庇うように間に割り込む。ヴィクターが美少年のイリヤを見て少し鼻白む。


「ビアンカ……君がこういう趣味があったとは知らなかったよ。あの男達だけじゃ足りなくてこんな子供まで毒牙にかけるなんて、君って本当に淫乱で性悪だなぁ」


「……っ! この……」


 挑発と分かっていても再び激昂しそうになるビアンカ。だがその前にもっと激昂して興奮状態の男が叫んだ。


「てめぇがイリュージョニストとかいう御大層な野郎か! 俺様の前に出てきたのが運の尽きだなぁ! てめぇのようなヒョロガリ野郎、一捻りで潰してやるぜ!」


 ビアンカ達が現在雇われている『ホットドッグス』のボスであるキンケイドがその巨体で威圧するが、当然というかヴィクターは意に介した様子もない。


「ふん、こんなゴリラに率いられてる奴等が可哀想だね。君達如きに僕が直接相手する訳ないだろ? 荒事は彼等・・に任せるよ」


「……!」


 ヴィクターが促すとそれに応えるように『アザー・ピープル』、『ストラングラーズ』そして『ホワイト・クロウ』の3組織のギャング達が進み出てきた。当然それぞれのボスもいるようだ。



「さあ、ビアンカ! 君の獲得した『力』を僕に見せてくれ!」


 ヴィクターの言葉を合図にして敵ギャング達が一斉に襲い掛かってきた。


「雑魚共が! 退きやがれ!」


 キンケイドが吼えると彼の身体から服が弾け飛んで、その代わりに黒っぽい剛毛が覆っていく。そして元から巨体だった身体が更に肥大して、4メートル近い馬鹿げたサイズの『巨人』が誕生した。キンケイドも『エンジェルハート』を服用していたのだ! 


 額から太い角が突き出して、まるで鬼のような姿になったキンケイドは恐ろしい咆哮を上げて、手近にいた『ホワイト・クロウ』の連中に襲い掛かった。


 敵が一斉にキンケイドに向けて銃撃するが、文字通り怪物となった彼にとっては豆鉄砲のようなもので、その丸太のような太さの腕を振り回して、敵ギャング達を薙ぎ払っていく。


 このまま無双するかと思われたが、『ホワイト・クロウ』の中にもボスを含めて『エンジェルハート』を服用している者がいたようで、一斉に『獣人』化した。中でもボスと思われる『獣人』は特に巨大な体躯を誇り、キンケイドにも劣らないほどだ。


 他にも『獣人』がいる分敵の方が有利かと思われたが、ここでガービーも変身・・を始めた。ドラッグの仕入れ担当であるらしい彼も『エンジェルハート』を直接接種していたのか。


 キンケイドには劣るものの、その分かなりシャープな印象の『獣人』となったガービーも敵の『獣人』達に襲い掛かる。忽ちの内に怪物大戦争が始まった。



 だがそれを気にしてもいられない。こちらにも『ストラングラーズ』の連中がまず向かってきた。ボスを含めて何人かが『獣人』化して突進してくる。その他のギャングは一斉に銃弾を撃ち込んできた。


 イリヤが素早く障壁を張り巡らせて掃射を防いでくれたお陰でビアンカの元に到達した銃弾は一つもなかった。イリヤはお返しとばかりに銃を持ったギャング達に念動の衝撃波を叩きつけた。何人ものギャング達がまるで木の葉のように吹き飛ぶ。


だがその間に『獣人』達が接近してきていた。ボスと思われる一際巨大な個体はイリヤの力を脅威と見たのか、何人かの『獣人』を引き連れてイリヤに襲いかかる。だがビアンカの方にも『獣人』が一体やってきた。これはヴィクターの指示のようだ。


「お姉ちゃん、ごめんなさい! すぐに片付けルから少しだけ頑張って!」


「解ったわ! こっちは任せて自分の方に集中して!」


 流石のイリヤもこれだけの数の『獣人』を一瞬で殲滅するというのは難しいようだ。その間はビアンカも自力で持ち堪えなければならないが、この任務で戦場に立った時から戦う覚悟は出来ている。



「さあ、来なさい!」


 ――Goaaaaaaaa!!!


 構えたビアンカに向かって『獣人』が狂乱したように咆えて、その太い腕を薙ぎ払ってきた。人間がまともに食らったらそれだけで即死しそうな凶器が迫る。だがこれまでにも人外の存在と相対してきた経験のあるビアンカは、惑わされてパニックになる事なく冷静に敵の攻撃の軌道を見切る。


 大胆に屈み込んで剛腕を回避した彼女は、低い姿勢のまま『獣人』の足首目掛けて蹴りを叩き込んだ。


 Goa!?


 ただの人間の女性の蹴りでは小揺るぎもしなかっただろうが、ビアンカのシューズはアルマン特製の霊力放出仕様だ。インパクトの瞬間に霊力を帯びた衝撃波が発生し、『獣人』が痛痒を感じて思わずバランスを崩す程の威力を叩き出した。


「ふっ!」


 間髪を入れずビアンカは怯んだ『獣人』に対して追撃を打ち込む。今度は下段から跳び上がるようにして『獣人』の顎目掛けてアッパーカットの要領で拳を打ち上げる。手を覆う指ぬきのグローブからも霊力インパルスが発生し、顎に食らった『獣人』が大きく仰け反った。


(効いてる!)


 手応えを感じたビアンカはさらなる追撃で一気に畳み掛けようとするが、『獣人』もそこまで甘い相手ではない。



 Gaaaaaaaa!!!


「……っ!」


 彼女が予想していたよりも早く体勢を立て直した『獣人』が、今度は上から叩きつけるように拳を振り下ろしてきた。


「く……!」


 ビアンカは咄嗟に横に跳んで直撃を免れるが、『獣人』の拳はそのまま地面を打ち付けて盛大に破片や土埃を撒き散らした。飛び散った破片が身体に当たるが、それはチョーカーの効果により痛みはほぼ無かった。だが視界が一時的に土埃で覆われる。 


 ビアンカは本能的に後ろに跳んで距離を取ろうとした。そこに煙を割るようにして『獣人』が踏み込んできた。そしてその剛腕によるストレートを打ち込んでくる。


「っ!!」


 ビアンカは咄嗟に両腕をクロスさせてガードの姿勢を取った。そこに巨大な拳が打ち付けられた。まるでハイウェイを高速で走る車に乗っている最中に事故に遭ったかのような衝撃が彼女を襲った。


「がっ……!!」


 思わずうめき声が漏れる。物凄い衝撃が身体を伝播する。アルマンのチョーカーが無かったら、全身の骨が砕かれて内臓が破裂していたかも知れない。しかし軽減しきれなかった衝撃により大きく吹き飛ばされて地面に転がるビアンカ。


 苦痛に呻くが、その時横向きになった視界の先にヴィクターが腕組みして悠々とビアンカの苦闘を眺めているのが目に入った。


「……っ」


 ビアンカは瞬間的にカッとなって目を見開いた。あの男が見ている前でこれ以上無様を晒す訳には行かない。彼女が強くなっているという事を奴に認めさせなければならない。こんな所で寝ている場合ではない。



「く……おぉぉぉぉっ!」


 ビアンカは気合の叫びと共に苦痛を押し殺して立ち上がった。その時には『獣人』が既に間近まで迫っていた。だが彼女は逃げない。正面から敵を迎え撃つ。


 『獣人』が狂ったように腕を振り回してビアンカを叩き潰そうとしてくる。だが彼女は極力冷静に敵の動きを見極めて回避に専念する。そして敵が僅かでも隙を晒せば、そこにカウンターで拳や蹴りを打ち込む。


 ビアンカは自分より二周り以上は大きい怪物相手に互角・・に戦っていた。それは傍から見ればあり得ない光景であった。霊力仕込みのグローブやチョーカーなどのアイテムが、圧倒的なまでのウェイト差を埋めているのだ。



 やがて着実なヒット・アンド・アウェイの効果が出始める。『獣人』の動きが鈍くなり、頭を屈めるようにして彼女の前に隙を晒したのだ。勿論それを見逃すビアンカではない。


「おおぉぉぉぉぉっ!!」


 気合と共に大きく跳び上がるようにして全力のストレートを『獣人』の頭に叩き込んだ!


 Gyan!!


 醜い呻き声と共に頭が潰れた『獣人』が、ドゥッ……!と仰向けに倒れ込む。その身体が人間の物に戻っていく。



「はぁ……! はぁ……! ふぅ……!!」


 ビアンカは大きく息を荒げながらその光景を見下ろす。独力で『獣人』を倒したのだ。アラスカではロシアの超能力者に不覚を取ったものの、ビブロスや下仙に続いて3度目の人外戦での勝利であった。

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