Episode12:熱砂の狂戦士

 『獣人』の登場で一度は盛り返した勢いが再び挫かれて及び腰になる敵ギャング達。今度こそ勝敗が決したかと思われたが、その時……


「――――っ!?」


 順調に敵を屠っていたユリシーズだが、その瞬間恐ろしいまでの研ぎ澄まされた殺気・・と、また彼にとって非常に不快で剣呑な種類の力を感じ取って、本能的に身を屈めた。


 その直後、今まで彼の頭があった空間を霊力・・を纏った曲刀が薙ぎ払った。驚愕する暇もあればこそ、別の刀・・・による追撃が彼を襲う。こちらの刀にもやはり霊力が纏わっている。これに斬られたら只では済まない。ユリシーズは刹那の時間で本能的にそれを悟った。


「ちぃっ!!」


 瞬間的にヴェルブレイドの魔力圧を最大にして、物理的にその刀を受け止める。最大の魔力を注ぎ込んで硬度を得ているはずの彼の黒炎剣がその攻撃を受け止めて悲鳴を上げる。だが辛うじて敵の攻撃を止める事に成功し、一時的に拮抗状態となった。それによってユリシーズは初めて『敵』と正対した。



「ほぅ……ほう! 俺の奇襲を躱した上に斬撃まで受け止めるとはなぁっ! こいつは面白れぇ。アメリカも期待外れかと思い始めてたが、中々どうして歯応えのある奴がいるじゃねぇか!」



「……っ!? 何だ、お前は……!?」


 嬉しそうな声で彼と鍔迫り合いをするのは、一見してアラビア系と思われる堀の深い顔立ちの男であった。やはりイスラム教圏の人間が良く被っている布の被り物。ヒョウ柄の肩掛けに紫を基調としたゆったり目の服を着ている。


 顔立ちも服装もアラブ系のその男は、両手にそれぞれ二振りの曲刀を握っていた。その曲刀にはユリシーズが警戒するレベルの霊力が纏わっている。霊力は魔物や邪霊の類いを浄化する力であり、半魔人であるユリシーズにとっても相性が悪い力だ。現に最高硬度のはずのヴェルブレイドにひびが入り始めている。


 このまま鍔迫り合いを続けるのはマズいと判断した彼は、脚を振り上げて下からその男を蹴り付ける。だが男は驚異的な反応で蹴りを避けると、お返しに曲刀を薙ぎ払ってくる。ユリシーズは大きく飛び退いてそれを躱した。それによって一旦仕切り直しとなる。


「お前、その霊力……只者じゃないな? 一体何者だ?」



「只者じゃねぇなってのは俺の台詞だが……まあいい。俺はサディーク。強い奴との戦いを求めて武者修行・・・・の最中とでも思ってくれや。ようやくその望みが叶えられそうで嬉しいぜ」



「武者修行だと? よりによってこんな時に……面倒な奴だな」


 ユリシーズは舌打ちした。男の素性は解らないが、何故今このタイミングでここにいるのかと苛立たしくなった。しかもこの男の腕は相当なものだ。霊力を扱う人間には今までにも出会った事はあるが、この男はその中でも彼の義父・・を除けば最強かも知れなかった。


「行くぜぇっ!!」


 アラブ人の男……サディークは心底楽しそうな笑みを浮かべて、剣呑な霊力を帯びた二振りの曲刀を振りかざして踏み込んできた。


 義父ダンテもそうだったが強い霊力を秘めた人間は、その力を自己の身体能力強化に充てる事が出来るらしい。サディークの踏み込みは人間離れした速度で、ユリシーズですら見切るのがやっとというレベルであった。先程の鍔迫り合いも、魔人の膂力を持つ自分と拮抗していた。


 ユリシーズは突進してくるサディークに向けてヴェルフレイムを連続して放つ。倒せるとは思っていない。牽制して突撃の勢いを鈍らせるのが目的だ。だが……


「ふんっ!」


「……!」


 サディークは向かってくる黒い火球を刀の一振りで両断した。そのまま目にも留まらぬ速さで曲刀を縦横に振るい、全ての火球を斬り払ってしまった。勿論その間に一切足を止めずに突進の勢いを維持したままだ。


「おいおい、嘘だろ!?」


「おらっ!!」


 ユリシーズは目を瞠って慌てて迎撃態勢を整えるが、その時には既にサディークが間合いに踏み込んできていた。奴の霊刀が急所を狙って薙ぎ払われる。ユリシーズは辛うじて躱すが、次の瞬間にはもう一方の刀が煌めく。


「チィ!」


 完全には躱しきれずに脇腹を切っ先が掠める。不快な霊力によって焼け付くような痛みを感じた。掠っただけでこれだ。まともに斬られたら強靭な肉体を持つユリシーズでも致命傷になりかねない。


 サディークは即座に追撃してくるが、ユリシーズも強引に反撃に転じる。この男相手に防戦一方になるのは非常にマズい。攻撃こそ最大の防御だ。


「図に乗るな!」


 ヴェルブレイドを薙ぎ払う。最大限まで魔力を高めているので、硬度だけでなくその刀身・・も、巨像でも一撃で両断できそうなサイズになっている。それでいて炎の塊なので重さは一切なく慣性を無視して操れる反則級の武器だ。


「うおっ!?」


 サディークも流石に目を瞠って受けに回らざるを得なくなる。曲刀を交叉させるようにしてヴェルブレイドを受け止める。強大な魔力と霊力がぶつかり合い、空間が歪んだように揺らめいた。



「ぬぅらぁぁぁぁぁっ!!」


「おおぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」


 2人の超人は怯むことなく、そのまま互いを斬り捨てようと幾度となく斬撃の応酬を繰り返す。サディークの刀が何度となくユリシーズの身体を掠める。だが同じようにユリシーズの剣もサディークの身体を何度か掠めていた。


 魔界の炎で構成された剣で斬られれば人間にとっては掠っただけでも猛毒を流し込まれるようなものだが、サディークは溢れ出る霊力で魔力による浸食を無効化しているらしい。それだけでなく奴は霊力を傷の回復にも転用できるらしく、掠った箇所からも目立った出血が無い。


(とんだチート野郎だな……! こりゃ俺も本気の本気で行かないとヤバいか?)


 ユリシーズは相手が人間であるという意識を捨てた。そんな事を考えていては冗談抜きに負ける。カバールの構成員と戦っている時のような、完全なジェノサイドモードで魔力を全開にする。だがほぼ同時にサディークの方も意識を切り替えた様子があり、その殺気と霊力が一段と高まった。


「いい加減に死ねやっ!」


「お前がな!」


 互いに確殺の一撃を繰り出そうと攻撃態勢に入る。このままぶつかればどちらかが確実に死ぬ。いや、或いは双方が。だが2人共それを解っていながら退くという選択肢はなく、自分が絶対に勝つという確信の元に必殺を期して――



 ――女性の悲鳴がユリシーズの耳朶を打った。



「……っ!」


(マチルダ!? しまった……!)


 ユリシーズは寸での所で捨て身の攻撃を中断して大きく飛び退いた。同じく相討ち覚悟の一撃を繰り出そうとしていたサディークも機先を制されて動きが止まった。


「おい、最高に盛り上がってた所でそりゃ無いだろが!」


「うるさい! 1人で盛り上がってろ!」


 サディークが不満そうに喚くが、それを無視してユリシーズは『リトル・パレルモ』に取って返す。奴との戦いに熱くなりすぎて周囲の状況を忘れていた。いや、気を配る余裕がなかったという方が正しいか。 


 レイクサイドギャングの連中はユリシーズの相手をサディークに任せて、その間に『リトル・パレルモ』に攻撃を仕掛けていたのだ。彼がある程度片付けたとはいえまだ何体かの『獣人』が残っており、そいつらの力に物を言わせて強引に防衛線を突破して店内に攻め入ったようだ。


 そして店内にはボルドリーニの護衛としてマチルダも残っていた。彼女はあくまで普通の人間なので、正面から『獣人』に襲われたら対抗できない。


 ユリシーズは激しい焦燥を覚えつつ、人外の速度で『リトル・パレルモ』の店内に飛び込んだ。



*****



「おぉ! 流石は『ブラックバード』だ! レイクサイドの連中など相手にもならんな!」


 『リトル・パレルモ』の店内から外の抗争の様子を窺っていたボルドリーニが、ユリシーズの八面六臂の活躍を見て喝采を上げていた。表立っては称賛しなかったが、内心ではマチルダも彼の雄姿に見惚れていた。


 ライフルで武装した敵ギャング達は勿論、ドラッグ『エンジェルハート』で強化された『獣人』達すら問題にせず無双するユリシーズ。このまま彼に任せておけば勝利は間違いないものと思われた。


(でも……『エンジェルハート』で強化された敵ギャングはシカゴ・アウトフィットにも被害を齎していた。シカゴ・アウトフィットがドラッグの供給元だとしたらいくら何でもお粗末すぎるわね。これは、彼等はシロ・・かしらね)


 この抗争の様子を見てマチルダもその結論に至っていた。調査が振り出しに戻った事に内心で嘆息する。シカゴ・アウトフィットはこの街では最も勢力の大きい犯罪組織だっただけに期待していたが、どうやら空振りだったようだ。



「……!? おい、何だアラブ人は!? 『ブラックバード』と互角に斬り結んでるぞ! ま、マズい!」


「……!!」


 だが彼女がそんな事を考えている間に戦況に変化が現れていた。いつの間に現れたのかアラビア風の男が二振りの曲刀を手に、何とあのユリシーズと互角に戦っていた。信じがたい事であった。あれが敵ギャングに加わったという助っ人とやらだろうか。ユリシーズも他に気を配っている余裕がなくなったのか、そのアラビア戦士にかかり切りになった。


 それを見たボルドリーニが慌てる。ユリシーズと互角の存在が敵方にもいたというのは完全な誤算であった。そのアラビア戦士にユリシーズの相手を任せて他のギャング達がこちらに向かってくる。その中にはユリシーズの暴威から逃れた『獣人』も混じっている。


(……っ! これはマズいわね……!)


 ボルドリーニの親衛隊は既に向かってくる連中相手に銃撃を開始している。その銃撃を受けて人間のギャング達が倒れる。マチルダも自分の銃を抜いて、正確な射撃で敵を撃ち抜いていく。だが人間は倒せても『獣人』達は銃弾の雨の中を強引に突進してくる。


 弾幕を突破して壁や窓をぶち破って店内に突入した『獣人』達が親衛隊に襲い掛かり、店内は忽ち阿鼻叫喚の地獄絵図になる。シカゴ・アウトフィットは構成員のドラッグ使用を厳しく禁止していたので、親衛隊にも『エンジェルハート』服用者がいないようだ。


 『エンジェルハート』は使用者への身体の負担が大きく確実に寿命を縮めるので、ボルドリーニはそういう意味でも身内に服用させなかったのだろうが、それがここでは仇になった。



「くっ!」


 マチルダは後退しつつ『獣人』達に銃撃を加えるが、ライフルの掃射にも耐える化け物がいくら正確な射撃とはいえ拳銃で倒せるはずもない。急所に銃弾が当たっても怯ませる事は出来るが、全く致命傷を受けている様子はない。いや、却って怒らせて注意を引いただけだ。


 『獣人』の一体がマチルダに狙いを変更して襲い掛かってきた。彼女は青ざめながらも銃撃を加えつつ更に後退する。だが文字通り牽制にしかならず、『獣人』が剛腕を振るう。


「あぁっ!!」


 後退していた事と牽制の効果で直撃は免れたものの、軽く掠っただけでマチルダは悲鳴を上げて吹き飛ばされた。銃が手から弾け飛び、彼女は床に倒れ伏した。


「く……う……」


 懸命に起き上がろうとするが視界が揺れて起き上がれない。そんな彼女に容赦なく迫る『獣人』。剛腕を振り上げて叩き潰そうとしてくる。勿論喰らったら一溜まりもない。


(そ、そんな…………ユリシーズ!!)


 彼女は目を見開いて、思わず再会したばかりの元カレに心の中で助けを求める。そんな願いが都合よく聞き届けられるはずがない。だがその時……



「――マチルダッ!!」



「……っ!」


 自分の名を呼ぶ声。そしてほぼ同時に彼女を叩き潰そうとしていた『獣人』が黒い炎に包まれて、一瞬のうちに炭化して崩れ落ちた。


「おい、無事か、マチルダ!?」


「ユ、ユリシーズ……!!」


 マチルダは思わず息を呑んでいた。あり得ないと思っていた事が現実に起きた。マチルダは胸の奥に感情の昂ぶりを覚えた。


「てめぇら、好き放題やってんじゃねぇ!!」


 一方のユリシーズは怒りの咆哮を上げて、残った『獣人』達が襲い掛かってくるのを迎撃する。しかしたかが数体の『獣人』など彼の敵ではない。1分も経たない内に襲ってきた『獣人』は全員消し炭となって床に転がる羽目になった。



「ふぅ……粗方片付いたな。大丈夫か、マチルダ?」


「え、ええ……私は大丈夫よ。ありがとう、ユリシーズ……」


 マチルダは腕を庇いつつ何とか立ち上がった。これ以上彼に引っ張られる・・・・・・のはマズい。その自覚はあった。だが解っていても自分の心は抑えられなかった。


「……終わったのか? 俺も九死に一生を得たな。こっちの被害も馬鹿にならんが……それでも自分の命を拾えたんだから、やはりお前を雇ったのは正解だったな」


 店の奥に避難していたボルドリーニが、戦いの音が止んだのを見て取って恐る恐る顔を覗かせた。そして安堵しつつも組織が受けた被害に大きく嘆息した。  



 その時店の入り口に人の気配が。振り向くとあのアラブ人の戦士であった。


「おーおー、派手にやったなぁ。いつの間にか雇い主・・・も死んじまってたようだな」


「そうだな。で、お前はどうするんだ? まだ暴れ足りねぇってんなら、今度こそ俺がきっちりあの世へ送ってやるぜ?」


 ユリシーズが魔力を発散させながら威嚇すると、男は肩を竦めた。



「いや、もう充分楽しめたからやめとくわ。それに俺の本当の雇い主・・・・・・はこいつらじゃねぇからな。そろそろそっちの仕事・・・・・・に取り掛からなきゃならないんでね」



「本当の雇い主だと? 何の話だ?」


「ああ、こっちの話だ。とにかく今日は楽しめたぜ。じゃあまたな!」


 男は人を食ったような笑みを浮かべると、躊躇いなく踵を返して走り去っていった。やや呆気に取られていたユリシーズだが、やがて肩を竦めると臨戦態勢を解いた。


「ふん……何だか解らんが、まあやり合わずに済むならそれに越した事はないな」


 ユリシーズをしてそう言わしめる程の強さの男であった。この抗争の最大の誤算はあのアラビア戦士であった事は間違いない。マチルダも危機が去った事を実感して、緊張が抜けて思わずその場に座り込んでしまった。 


「危ない所だったな。まあ一つ貸しにしておくぜ?」


「……はぁ。ええ、不本意だけど仕方ないわね」


 ユリシーズが揶揄しながらも差し出してくれた手を握って引っ張り上げられたマチルダは、表向きは不本意そうに嘆息しながら内心では高鳴る胸の動悸を自覚していた……

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