Episode11:燻る情念

 ユリシーズとマチルダが『リトル・パレルモ』に到着すると、既に店は物々しい雰囲気に包まれていた。構成員と思われる男達がライフルやサブマシンガンなどの自動小銃を点検していた。まるでこれから戦争でも始まるかのようだ。


 ユリシーズは口笛を吹いた。


「ヒュウッ!! まるで100年前のシカゴにタイムスリップしたみたいだな! やっぱギャングやマフィア同士の抗争ってのはこうじゃないとな!」


「そんな事言ってる場合? 全く……男っていくつになっても子供なんだから」


 派手な抗争が始まる雰囲気に妙にテンションが上がっているユリシーズに、白い目を向けて溜息をつくマチルダ。


「ほら、早くボスの所に行くわよ」


「解ってるって、そんなに急かすなよ。お前、いきなり2年前までと同じ感じになってるぞ」


 暢気なユリシーズの脇腹を肘で小突いて促すと、彼が不満そうに口を尖らせた。そう言われてみると付き合っていた時期にはこういうやり取りがしょっちゅうあった。マチルダは思いがけず彼と再会した事で、知らない内にCIAのスパイとしての自分のペースが乱されていると自覚した。


 自分は男に対してこういう気やすい態度を取る女ではないはずだ。少なくとも表向きの自分は。



(いけないわね……。別の意味で浮かれているのは彼だけじゃなかったみたい。彼がウォーカー大統領の元を去る事があり得ない以上、私達は敵同士なのよ。気を引き締め直さなきゃ)



 先程カフェで話していてユリシーズが恐らくビアンカに対して特別な感情を抱いていると悟った時、表面上は何気ない風を装ってスルーしたが、内心では胸がざわついてモヤモヤするような感覚を味わっていた。


 彼とは別に嫌い合って別れた訳ではない。ウォーカー大統領(当時は上院議員だったが)とカバールとの対立が避けられない状況となり、互いの組織の都合で別れるしかなかったのだ。自分と付き合っているという事が相手の弱みになってしまうからと、お互いに相手の為を思っての納得ずくでの破局であった。


 ロミオとジュリエットのような『禁断の愛』で盛り上がるには、お互いに現実的な大人であり過ぎた。


 なので自分としては完全に割り切ったと思っていた。しかし思いがけず彼と再会して、そして彼が現在別の女に……しかもあの女ビアンカに懸想していると知って、実は自分で思っていたよりも割り切れていなかった事が解った。


(『女』を武器にしながら、一方でその『女』に振り回される。所詮は私もその辺の愚かな女達と大差ないのかも知れないわね)

 

 マチルダは内心で自嘲した。ここにビアンカがいない事がある意味で残念であった。いればユリシーズの前で彼との関係をあの女に暴露してやれたのに。彼がベッドの上ではどんな顔で自分を抱いていたか事細かに説明してやったら、あの女はどんな顔をするだろうか。


「……おい、何だその笑みは? 今度はどんな悪だくみしてんだ?」


「……っ! な、何でもないわ。ほら、それより着いたわよ」


 無意識のうちに昏い笑みを浮かべていたマチルダはユリシーズに見咎められて慌てて取り繕う。幸いというかボスのボルドリーニがいる手前まで来ていたのでそちらに話を逸らした。




「2人とも、来たか。どうやら早速働いてもらう事になりそうだ」


 ボルドリーニがやってきた2人を見てすぐに話を切り出す。事態はかなり切羽詰まっているようだ。


「敵の正体は解ってるのか?」


 ユリシーズが聞くとボルドリーニは忌々し気な表情で頷いた。


「ああ。主に南東部のミシガン湖畔を中心に勢力を拡大させてる『レイクサイドギャング』の連中だ。話によると強力な助っ人・・・・・・が加入したとかで、この短期間で急激に伸びてきやがった」


「強力な助っ人?」


 マチルダは眉を上げた。そのような話はCIAからも来ていない。ボルドリーニはかぶりを振った。


「俺も詳しい事は解らん。だが誰だろうと関係ない。今はこっちにも『ブラックバード』がいるからな。全く俺は運が良かった」


 ボルドリーニが笑う。ユリシーズが『ブラックバード』と呼ばれていた頃の活動内容はCIAも完全に詳細までは把握していない。彼の養父・・が色々な意味で規格外であり、諜報機関の監視や調査が不可能だったのが大きな理由だが。


 ボルドリーニのユリシーズの強さに対する信頼は相当なものだ。マチルダも彼が本気で悪魔と戦っている所は直に見た事が無かったが、アラスカでデカラビアが作り出したあの『ユリシーズ』から類推するだけでも、確かにボルドリーニが信頼するのも納得はできた。



「ボ、ボス! 来ました! レイクサイドの奴等です! 100人はいます!」


「……!」


 いよいよだ。その場にいる者達に緊張が走る。既に迎撃態勢は整えてある。縄張り内で迎え撃つ事で堅気の人間が巻き込まれる事を極力防げるらしく、ボルドリーニの指示でここで迎え撃つ事になっていた。それに縄張りの外に抗争が及んでしまうと、シカゴ市警の介入を招いてしまうというデメリットもあった。


 そう間を置く事無く外の広い駐車場から銃撃戦の音が聞こえてきた。ギャングの抗争が激化しているのは事実のようだ。以前までは自分達の損害を怖れてここまで大胆に襲撃を仕掛けてくるギャングは殆どいなかった。


 だが今は違う。自分達が必ず相手に勝てるという確信を持っての襲撃が増えている。それが抗争の激化に繋がっているのだ。それは恐らく助っ人の存在だけではなく、例のドラッグが関わっているのだろうと推測できた。


 既にシカゴ・アウトフィットのメンバーもボスの警護以外は外で応戦しているようだ。ユリシーズが肩を回しながら首を鳴らした。


「さて……それじゃちょっくら暴れてくるか」


「……相手は銃火器で武装した凶暴な連中よ。例の件もあるし……気を付けてね」


 マチルダが殆ど無意識に声を掛けると、ユリシーズは意外そうに目を瞬かせた。彼女自身はボルドリーニの護衛の1人として屋内に残る。


「何だ、心配してくれるのか? ホントに昔に戻ったみたいだな」


「……っ! い、いいから早く行きなさいよ。もう戦闘は始まっているんだから」


「へいへい、じゃあここは頼むぜ」


 ユリシーズは肩を竦めて苦笑すると、まるで散歩に出かけるような気軽さで銃弾や怒号が飛び交う戦場へと歩き出していった。




 戦場となっている『リトル・パレルモ』の駐車場では既に敵味方大勢のギャング達が、互いに小銃を撃ち合ったりして殺し合っている。まるで戦争だ。普通なら警察が飛んできそうなものだが、ギャング同士の縄張りで起きた事は、一般人への被害が出ない限り警察も介入してこない事が普通だ。


 その意味でここは完全に表のシカゴからは切り離された、もう一つの裏のシカゴと言えた。


 ユリシーズに向かっても銃弾の雨が飛んでくるが、彼は魔術による障壁で容易くそれを防ぐ。そして反撃にヴェルフレイムを一発撃ち込んでやると、当たったギャングが一瞬で炎に包まれて炭化した。


 同様に何度かヴェルフレイムでギャングを消し炭にしてやると、完全に敵ギャングのヘイトが彼に集中した。彼を狙って先程より遥かに大量の銃弾が撃ち込まれる。だが魔力も纏っていないただの鉛玉など何千発撃ち込まれようが彼の障壁に傷1つ付けられない。


 そして反撃で今度はジェノサンダーを撃ち込んでやると、放電によって何人かの敵がまとめて感電しつつ吹き飛んだ。敵は恐れ戦き、味方からは歓声が上がる。ユリシーズの参戦によって敵味方の士気は完全に逆転した。後は彼が何もしないでも勝てそうだが……



「な、何だ、あいつは!? 化け物か!?」


「くそ! 例のブツだ! 『エンジェルハート』を使うぞ! 早くしろ!」



「……!」


 ユリシーズの優れた聴覚は敵の喚いている内容を聞き取っていた。『エンジェルハート』。ここでは今シカゴに流通している新種のドラッグの事を指すはずだ。


 そして敵ギャングの一部が武器を捨てて蹲ったかと思うと、その身体が急激に肥大化して筋肉が盛り上がり、優に3メートル近くある獣じみた頭部と剛毛を生やした怪物へと変身・・した。


(悪魔……じゃねぇな。だが微弱だが魔力を発散してやがるな)


 ユリシーズが分析している間にも戦況は動いていた。怪物化した敵ギャング達は浴びせられる銃弾を物ともせずに、マフィア達に襲い掛かる。そしてその爪牙や剛腕によって次々とマフィア達を屠っていき、周囲は阿鼻叫喚に包まれる。


(『シカゴ・アウトフィット』がクロ・・だとして、自分達の売り捌いたヤクで敵が強化されて結果的に自分達が窮地に陥るなんて事があり得るのか? 目先の金だけの為に売り捌いた? その辺のギャングならともかく、ボルドリーニがそこまで後先考えない間抜けとは思えんが……)


 ユリシーズは目の前の光景を冷静に分析する。もしかすると『シカゴ・アウトフィット』もシロ・・かも知れない。


(だとするとやはり『ホットドッグス』が? いや、あのマチルダがその辺の判断を間違うとは思えねぇし、となると……チクショウ! もしかして振り出しに戻ったか!?)


 いや、少なくとも両組織がシロであるという確証は得られたので、全くの振り出しという訳ではないが。


(だが『シカゴ・アウトフィット』を調べていた刑事が変死してる以上、ボルドリーニが何も知らないとも思えねぇ。直接供給には関わってなくても、供給元に繋がるルートくらいは知っててもおかしくはない。こうなったら多少強引にでも聞き出すか)


 そのためにもまずはこの抗争を無事に『シカゴ・アウトフィット』の勝利に導かなくてはならない。



 ――Gyaooooooo!!!


 あの『獣人』達は当然ユリシーズもターゲットにして襲い掛かってくる。素早い身のこなしは下級悪魔に匹敵するレベルとなっている。……つまりいずれにせよ彼の敵ではないという事だ。


 『獣人』が狂乱したように咆哮しながら巨大な拳を打ち込んでくる。だがユリシーズはそれを片手で受け止めた。『獣人』が驚愕する。奴がどれだけ拳を押し込んでも、ユリシーズはビクとも動かない。


「は! そんなモンかよ、デカブツ!」


 ユリシーズは獰猛に笑うと、もう片方の手に魔界の炎で出来た剣……ヴェルブレイドを作り出す。そして『獣人』の股間から頭頂まで一気に斬り上げて、文字通り一刀両断にした。


 ――Goa!!?


 他の『獣人』達の視線が、仲間をあっさりと屠ったユリシーズに集中する。彼はあえて怪物どもを引き付けるように挑発する。


「オラ、かかってこい木偶の棒どもが! まとめて薙ぎ倒してやるぜ!」


 その挑発に激昂したのか、それとも単純に彼の事を一番の脅威と見做したのか、他の『獣人』達がユリシーズの元に殺到してくる。


 銃を持ったマフィアさえ物ともしない化け物共が襲い掛かってくるが、生憎彼等の相手はそれさえ比較にならにような化け物であった。


「ぬぅぅらぁぁぁぁぁぁっ!!」


 気合の叫びと共にヴェルブレイドを縦横に振り回し、押し寄せる『獣人』どもを片端から裁断していく。その凄まじい人間離れした強さに残りの敵ギャング達がたじろぐ。



「う、嘘だろ!? 『エンジェルハート』で強化された奴等さえ歯が立たねぇのか! こ、こうなったら……またあのアラブ人・・・・に頼るのは癪だが、背に腹は代えられねぇか」


 敵ギャングのリーダーが呟いている間にも、ユリシーズは相手が人間だろうが『獣人』だろうが、等しく無慈悲な死を与えていく。その姿は敵ギャングからすれば黒い死神以外の何物でもなかっただろう。

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