Episode10:混沌の抗争
『ブラッド・ネイション』への襲撃計画は迅速に進められた。イリヤという想定外の戦力が加入した今、無駄に時間を掛けて敵に警戒されて準備させるメリットは何もないからだ。
「よし、てめぇら。今日は待ちに待ったご馳走の日だ。群れる事でしか俺達に対抗できねぇ哀れな羊共の喉笛に食らい付いて、存分に血を啜り肉を喰らえ!」
ホットドッグスのボスであるキンケイドが、本拠地の敷地に集めたメンバー達を前に発破をかけている。敷地には100人近い数のギャング達が集っている。これがホットドッグスの現在の総勢力だろうか。ガービーによると一時期はもう少しいたらしいが、『ブラッド・ネイション』との度重なる抗争で少し数が減っているとの事だ。
そういう経緯もあってギャング達は誰もが『ブラッド・ネイション』に敵意を燃やしている様子で、キンケイドの発破に銃などの得物を振り上げて気勢を上げていた。
少し離れた所からその様子を俯瞰していたビアンカはある事に気付いた。
「銃で武装しているメンバーが多いけど、一部何も武器を持っていない人がいるわね?」
横にいるガービーに問うと彼は感心したように頷いた。
「ほぅ、そういう所にも気が付くか。まああいつらには武器は
「……! 必要ない? これから大規模な抗争なのに?」
ビアンカは少し目を細める。だがガービーはそれには気付かずうっそりと笑う。
「ああ、あいつらにはもっと頼りになる武器があるからな。まあ見てのお楽しみだ」
「…………」
何も知らなければ何の事かと思う所だが、生憎ビアンカはガービーの言う『銃よりも頼りになる武器』の心当たりがあった。この抗争でそれを見る事になる可能性が高そうだ。
抗争前の儀式が終わったホットドッグスのメンバー達はその勢いと興奮を保ったまま、『ブラッド・ネイション』の本拠地を目指して
この辺りはシカゴ市警も殆ど立ち寄らず実質的には治外法権のようなものであった。100名近い強面のギャング達が大挙して行進していても、それを見咎めるような命知らずはいない。
付近の住民たちは誰もがとにかく関わり合いにならないように、騒ぎが収まるまで家に閉じこもって鍵をかけるのが普通だ。
無人の野を行くかの如く進軍するホットドッグスが目指すのは、シカゴ郊外にある寂れて撃ち棄てられたアパート群の廃墟だ。そこが『ブラッド・ネイション』の本拠地であるらしい。
アパートは廃墟なだけあって敷地内には雑草が生い茂っており、踏み込む者の視界を遮る障害物には事欠かない。
「イリヤ、どう?」
ビアンカが少年に尋ねると、イリヤは少し力を集中させて周囲を探る。
「うん、大勢いるよ。草叢の陰にもいルし、そこのバスの中や車の陰にもいる。後あのアパートの中にも沢山待ち構えてるね。多分100……150人くらいはいソうだけど」
「……!」
やはり事前に準備して待ち構えていたようだ。だがそれを解った上で攻めてきているのだ。何故なら今はイリヤが加わっているから。ガービーが頷いた。
「よし、じゃあ頼めるか? まずは連中の度肝を抜いてやれ。そこである程度数を減らして混乱させた所で俺達が一気に突入する。後はそのままあのアパートを制圧するまで止まる事はない。今回はいつもの小競り合いとは違う。ここで連中との決着をつける」
完全なる殲滅戦という訳だ。無論それだけに相手も死に物狂いで抗戦してくるはずなので、下手を打てばこちらが逆に殲滅される羽目になる。
ビアンカは無意識に首に巻かれたアルマンのチョーカーを触った。これがあればギャングが持つ粗悪な銃の流れ弾くらいなら防げるはずだ。勿論グローブとシューズも装備済みであり、備えは万全だ。
「解ったわ。じゃあイリヤ……お願い」
ビアンカに請われてイリヤが前に進み出る。既に彼の力の事はホットドッグスには周知済みだ。イリヤも今回は任務の一環とあって人間相手に力を使う事は解禁してある。それにビアンカの想像通りであれば恐らく敵のギャング達も
「はあァァァァァァ……!!」
イリヤが力を高め始めると周囲にいるビアンカ達にも空気の振動というか、圧力のようなものが感じ取れた。そして……
「おお……! こ、これは……!」
「ヒュゥゥッ!! やるじゃねぇか! 流石、
ガービーが目を剥き、キンケイドが口笛を吹く。随伴しているギャング達も誰もが一様に驚きに目を瞠った。
――何十人もの人間が宙に浮かび上がっていた。敷地内に潜伏していた『ブラッド・ネイション』のギャング達がの殆どが潜伏場所からサイコキネシスによって強引に引きずり出されて、全員ぷかぷかと宙に浮かんでいるのだ。それは現実離れした映画の中の光景のようであった。
「――っ!?」
だがパニックになっている敵ギャング達はそれどころではない。無様に身体をばたつかせて不可視の拘束から逃れようと暴れている。だがイリヤの圧倒的な力は誰一人取り逃がさない。
「みんな……吹き飛んじゃえっ!!」
その言葉と共に、宙に浮いていたギャング達が思い思いの方向に、まるでバッティングマシンから撃ち出されるボールのように吹き飛ばされていった。勿論残った敵も大慌てで既に待ち伏せどころではない。迎撃の優位性は失われていた。
「ははは、見ろ! 奴等、大混乱してやがる! 今が絶好のチャンスだ! 俺達に歯向かうとどうなるか骨の髄まで叩き込んでやれ!」
敵の混乱ぶりを見たキンケイドが一気に突撃の号令を掛ける。気勢を上げて敵陣に突入していくギャング達。ここから先は完全な混沌だ。
廃墟の広い敷地中に敵味方のギャング達の怒号や悲鳴、そして銃声が鳴り響く。ビアンカは今更ながらに驚いていた。まさか現代のしかもアメリカの大都会で、このような
「よし! 今の内だ! 俺達はアパートに突入するぞ!」
「……!」
だがガービーの怒声で現実に引き戻された。キンケイドとガービー、それに親衛隊のような立ち位置の数人のギャング達と共に、混沌とした戦場を駆け抜けるビアンカ達。その時、周囲の戦場で驚くべき光景が展開された。
ホットドッグスの何人かの無手の構成員達が獣のような唸り声を上げて屈みこんだ。するとその身体が見る見るうちに肥大していき、まるで獣と人間が合体したような異形の怪物と化したのだ!
そして文字通りの化け物と化した男達は撃ち込まれる銃弾を物ともせずに、敵対するギャング達の襲い掛かり虐殺していく。外見だけでなくその力も人間離れしている。
「……! あれは……!?」
ビアンカは動揺している
「はは! 凄いだろう!? 俺が
(やはりこいつらは『エンジェルハート』に関りがあった! 特殊なルートで仕入れたと言ったわね!?)
どうやら『エンジェルハート』に関してはキンケイドではなくガービーが仕切っているようだ。ホットドッグスが流通元ではなかったようだが、であればこの男からその『特殊なルート』について聞き出さなければならない。
だが今ここでは不可能だ。今はとにかくこの戦争を無事にホットドッグスの勝利に導かねばならない。それによって信頼を勝ち得る事ができればガービーの口も軽くなるかも知れない。
怪物の登場で増々混乱する戦場を駆け抜け、ビアンカ達はアパートの前まで迫る。するとまるでそれを迎え撃つかのように、アパートの中から大勢の人間が姿を現した。
「……! 『アザー・ピープル』、『ストラングラーズ』それに『ホワイト・クロウ』か。主要3組織のボスが全員お出ましとは、どうやら連中もここで決着を付ける気満々のようだな」
出てきた連中を見てガービーが唸る。『ブラッド・ネイション』の幹部総出撃という事のようだ。だがそうなると気になる事も。
「『
『ブラッド・ネイション』をまとめ上げたという新しいボス。ビアンカはその名前と特徴を聞いてから、どうにも記憶の片隅に引っかかるものがあった。もう少しで思い出せそうだ。だが……
「――僕ならここにいるよ。久しぶり……て程でもないか。まさかこんなに早く君と
「え…………?」
まさかいきなり自分の名前を呼ばれるとは思っていなかったビアンカは思わず間の抜けた声を上げてしまう。名前だけではない。今の声は確実に聞き覚えがあった。それは忌まわしい記憶に紐づいた声……
『ブラッド・ネイション』の幹部達が左右に分かれて道を開ける。その道を通って後ろから進み出てきたのは、黒っぽいマントとフード、そして白い仮面で顔を隠した見るからに怪しい風体の人物であった。
それは……つい先日
「あ、あなた……あなたは、まさか……」
「2度と目の前に現れるなって言われてたけど、君の方からやってきた場合はノーカンだよね?」
男がフードを降ろし仮面を外す。その下から現れた素顔はビアンカが予想していた通り……
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