Episode8:『ブラッド・ネイション』

「ここだ。ここが俺達ホットドッグスのアジトだ」


 リーダー格の男――ガービーという名前らしい――に連れられてビアンカとイリヤがやってきたのは、この区画にある中で最も大きい工場の廃墟であった。


 かなり最近まで稼働していたらしいが、不況の煽りについに耐え切れなくなって閉鎖されたらしい。その後にここを本拠地として拡大してきたのが彼等ホットドッグスであった。


 工場の外の敷地にもギャングのメンバー達がたむろしており、ビアンカとイリヤに胡乱な目や好奇の視線を投げかけてくるが、ガービーが片手をあげると特にそれ以上追及したり近寄ってこられる事はなかった。


 中に入ると広いフロアにビアンカには何に使うのか解らない工作機械が使われないままいくつも放置されているのが目に入った。しかし当然というか現在この工場を使っている人間・・・・・・・がいるため、どの機械やオブジェクトも朽ち果てて誇りを被っているという事はなかった。いや、それどころか様々な落書きやペイントなどが施されて、ギャングの拠点を彩る調度品代わりにもなっているようだ。


「ただの飾りって訳じゃない。もし他の組織の襲撃を受けた際には、身を隠して敵を迎え撃つ障害物や土嚢代わりの防衛機構にもなる」


 ビアンカの視線や表情で考えている事が解ったのか、ガービーがそう補足した。工場は他にもコンベアーと思しき機械があったり、階段がついた吹き抜けの2階フロアもあった。手すり付きの通路がフロアの中空に張り巡らされ、手すりは厚い木の板や鉄板などで補強されており、これも敵を迎え撃つときに便利そうだ。


 メインフロアを抜けるとその奥には、恐らく事務所だったと思われる部屋があった。勿論元の事務所の面影は全く無く、ギャングのボス・・・・・・・の部屋に相応しい内装に作り替えられていた。


 そしてその部屋の奥には巨大なソファが鎮座しており、そこには大きなソファに負けないくらいの巨体の男が座っていた。事前に写真を見ていたビアンカは勿論すぐに解ったが、例え写真を見ていなくても、その風体、態度、威圧感などから、他に考えようが無かった。



ボス・・……さっき電話で伝えた件、これがその2人だ」



 ガービーがその巨漢――キンケイドに話しかけると、彼はのっそりとソファから立ち上がった。


「……!」


 座っている時も充分巨体に見えたが、立ち上がると更にデカいと感じた。身長は2メートル近くありそうだ。身体の厚みも凄まじく体重は150キロ以上はあるかもしれない。見た目の威圧感は同じ黒人のアダムに匹敵するかも知れない。


 だがそれだけに普段からアダムの姿を見慣れているビアンカは、キンケイドの威圧感に辛うじて怯むこと無く逆に胸を張って睨み返す事ができた。


「ほぅ……初見で俺にビビらん女は初めてだな」


 キンケイドは若干興味を持った顔でビアンカを見返した。しかしその視線が彼女の側に控えているイリヤに向くと驚愕に固まった。


「……?」


「……おい、ガービー。こりゃあれか? 俺への貢ぎ物・・・のつもりか?」


 首を傾げるイリヤの顔を注視しながらキンケイドが妙に低い声で唸る。その視線と態度に、ビアンカは先程ギャング達と最初に邂逅した時に彼等が言っていた野次の内容を思い出した。彼等の言っていた事が本当なら、このキンケイドという男は……


「ボス、そうじゃない。この子供が電話で伝えた超能力者・・・・だ。『ブラッド・ネイション』との抗争で間違いなく戦力になる」


 思わずビアンカが間に割り込んでキンケイドを牽制しようとするが、その前にガービーが双方を制止する。キンケイドの動きが止まる。


「このガキが?」


 キンケイドがそれまでとは違う目でイリヤを見下ろす。イリヤの代わりにビアンカが発言する。


「ええ、そうよ。何ならこの場であなた相手にも披露させていいけど?」 


「……ふん、ガービーがこんな事ですぐにバレるようなフカしをするはずがねぇ。とりあえずは信じてやるぜ」


 キンケイドは鼻を鳴らすと再びドカッとソファに座り込んだ。やはりこのガービーという男はこの組織の参謀役、もしくはナンバー2であるようだった。



「だが……信じはするが、それとは別に純粋に興味はあるな。本物のチョーノーリョクって奴に。そいつは試しに今ここで実演してもらう事は出来るのか?」


「勿論、イリヤさえ良ければね。どう?」


 ビアンカが確認すると少年は素直に頷いた。


「うん、お姉ちゃんがそうシて欲しいなら僕はいつでもいいよ」


 イリヤはそう言って請け負うと、再びサイコキネシスを発動させた。市長室でもそうだったがテレポーテーションが使えないので、このサイコキネシスが一番視覚的に解りやすいアピール方法だ。


 イリヤの力によって部屋にあった様々な物品や、大きな机やロッカーまで浮かび上がる。そしてそれらの物体は互いにぶつかり合う事無く絶妙なコントロールで、部屋中を高速で動き回る。


「おっほ!! こりゃすげぇ! ガービーを疑ってた訳じゃねぇが本当に本物かよ!」


 キンケイドは最初こそ驚いたものの、すぐに手を叩いて喜び出した。凶悪ギャングのボスだけあってかなりの胆力らしい。デモンストレーションは充分だろう。ビアンカが合図するとイリヤは浮かせていた物品を下に置いて超能力を解除した。


「彼が本気を出せば人間も一瞬で殺してしまえるくらいよ。私がそれは抑えているけど、彼に余計なちょっかい・・・・・をかけて怒らせたりしないように注意すべきね」


 超能力のアピールと同時に、特殊な嗜好・・・・・を持っているらしいキンケイドに対しての牽制も忘れない。



 イリヤの力を直接見せた事で採用・・が確定したビアンカ達。その後簡単な自己紹介を済ませてから、話は本題に入る。


「『ブラッド・ネイション』についてはどこまで知っている?」


 ガービーが確認してきたので、ビアンカは市長から聞いた話を思い起こす。


「シカゴ北部であなた達『ホットドッグス』が急激に台頭してきた事で危機感を持った他の北部のギャング達が同盟してできた組織よね? 大小合わせて20近いギャングが参加してるけど、中核になってるのは『アザー・ピープル』と『ストラングラーズ』、『ホワイト・クロウ』の3つのギャング、だったかしら?」


 ビアンカがどうにか全部思い出して語ると、ガービーは難しい顔で頷いた。


「そうだ。数が多い上にこちらを共通の敵としているので厄介だが、それでも今まではその3つの組織が常に主導権争いをしていて統制が取れているとは言い難い状況だったから、こっちも対抗しやすかった。だが……つい最近になって状況が変わった。これは恐らく市長もまだ知らないだろう」


「え……?」


 ビアンカが疑問を浮かべると、ボスのキンケイドが不快気に唸り声を上げた。



「誰だか知らねぇが、その3つの組織をまとめ上げる強力なボスが現れやがったらしい。ここの所、奴等の動きが急激に統制が取れたものになってきてやがる」



「……!」


 確かにそのような話はアーチボルト市長もしていなかった。あの市長も把握していない程つい最近の出来事という事か。ガービーが再び説明を引き継ぐ。


「『ブラッド・ネイション』の構成員を何人か捕らえて情報を聞き出そうとしたが、その新しいボスの正体は誰も知らなかった。いつも怪しいフードと仮面で顔を隠してるらしく、『幻惑の奇術師イリュージョニスト』などとふざけた名前を名乗っているらしい」


「『幻惑の奇術師イリュージョニスト‏』……?」


 なるほど、何ともふざけた呼び名だ。しかしビアンカはこの呼び名と聞いた外見の特徴に何となく符合する記憶があったが、それが何かを思い出す前に話が進んでしまった。


「名前はふざけているが、そいつが3つの組織を抑えて『ブラッド・ネイション』のボスに収まったのは紛れもない事実だ。それによって奴等が急速に統制化している事もな。正直このままじゃマズいと思っていた矢先だったから、市長の提案は渡りに船だったとも言える」


「……あのエセ黒人野郎に借りを作るのは面白くねぇがな」


 キンケイドが顔を顰める。アーチボルト市長はシカゴ初の黒人市長として人種差別問題に真剣に取り組んでくれるだろうと、主に低所得層の黒人達から期待されていたらしいが、市長は金持ちを優遇する政策ばかりとって逆に人種差別を助長していると、今ではそうした黒人達から裏切り者のレッテルを貼られていた。


 政治の世界はシビアだ。やはり選挙でも物を言うのは金だ。金の力の前では人種の理念など簡単に消し飛ぶ。金のない貧困層の味方をして選挙で落ちるよりも、結局富裕層を味方に付けて自分の地位の安泰を図ったという事のようだ。


 ビアンカも大統領府に入って、ある程度だが為政者側・・・・の視点が身についてきていたので、一概にアーチボルト市長を責める事はできなかった。



「捕えた構成員から聞き出した所によると、奴等は近々うちに対して大規模な襲撃を計画しているらしい。だからその前に先手を打ってこっちから奴等のアジトに攻め込むつもりだった」


「え? でもそれは結構危険な賭けなんじゃ……」


 ビアンカは眉をひそめた。敵側の襲撃計画自体がこちらを誘き寄せる罠かも知れない。ガービーは解っているという風に頷いた。


「当然その可能性は考慮していた。だからこちらも迂闊に動けずに攻めあぐねていた状況だったのだ。だが今は状況が変わった。そうだろう?」


 ガービーの視線がイリヤに向く。確かにビアンカ達がこうしてホットドッグスの用心棒に雇われた事は『ブラッド・ネイション』からすれば完全に想定外の出来事であるはずだ。イリヤの力なら例え敵が何らかの罠を張っていたとしても、それごと打ち破る事ができるだろう。


 この抗争での勝利に貢献すれば、ビアンカ達はホットドッグスの信頼を得られるはずだ。そうなればより深い懐に入り込んで、ドラッグ『エンジェルハート』の調査もしやすくなるだろう。多少のリスクは最初から織り込み済みだ。



「そう、ね。解ったわ。『ブラッド・ネイション』の襲撃に協力しましょう」


 ビアンカは決断した。彼女がそう決めれば基本的にイリヤはそれに従うだけだ。こうしてビアンカ達はギャング同士の抗争に協力することになった。


 相手は数が多いとはいえ所詮は人間なのでイリヤの敵ではないだろう。そう考えるビアンカだが、彼女はこの抗争で再び自身の忌まわしい記憶と向き合う事になるのだった……

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