Episode7:甦る過去

 マフィア組織『シカゴ・アウトフィット』はアーチボルト市長が「由緒正しい」と皮肉っていた通り100年近い歴史・・を持つ古いマフィアで、現在はシカゴ中西部に拠点を構えているようだった。


 シカゴ中西部のリトルヴィレッジと呼ばれる地域は、ほぼこのマフィアの縄張りと言って差し支えなかった。この区画にはレストランなどの飲食店が多いが、どの店も基本的にはシカゴ・アウトフィットの管轄下・・・にある店であった。


 最近では特にメキシコ料理店の出店が多い。アーチボルト市長によればマフィアも昨今では人手不足・・・・で、イタリア系だけでは組織を運営できなくなっているとか。そこで彼等が目を付けたのが中年米からの移民難民、特にメキシコからの越境者達であった。


 何の後ろ盾も働く当てもない彼等に仕事を斡旋するかわりに、組織の一員として編入しその上がりを吸い上げる。そういう方向にシフトしているようだ。


(……マフィアも人手不足とは、何とも世知辛いご時勢だな)


 リトルヴィレッジまでやってきたユリシーズは内心で独りごちた。ビアンカと強制的に・・・・別行動となった彼は、単身でシカゴ・アウトフィットの方を担当する事になった。ビアンカ達はホットドッグスだ。


 この分担はどのように決めたのか。実は……ユリシーズの発案であった。彼がシカゴ・アウトフィットを担当すると希望したのだ。そうなれば当然ビアンカ達はホットドッグスになる。


 ビアンカとしてはどちらでも構わなかったので特に反対はされなかったが、一応理由は聞かれた。


「ギャングは凶暴だが、だからこそより強い力には弱い。そのガキの力を見せつけてやれば交渉に難儀はしないだろ。だがマフィアは単に凶暴なだけじゃなく、もっと冷酷で狡猾な奴等だ。そういう手合いは俺が担当した方が良いだろ」


 彼は肩を竦めてそう答えた。彼の言う事も一理あったので特に揉める事もなく分担が決まった。そう……確かにそれ理由の一つ・・ではあったが、彼がこちら側の担当を決めたのには他に大きな理由があった。



 ユリシーズは街中を迷いなく進んでいく。既に目的地は決まっていた。リトルヴィレッジには多くの店が立ち並んでいるが、その中でも比較的高級な店が並ぶ一角。そこに広いがやや古めかしい造りのバーがあった。


 『リトル・パレルモ』という看板が掲げられているこの店がユリシーズの目的地であった。現在時刻は午後の3時。バーが営業を始めるには早い時間だ。だが彼は何の躊躇いもなく『準備中』と書かれた札を無視してバーの扉を開けた。彼がここを訪ねる事は事前に連絡済み・・・・・・・であった。


 彼が扉を押し開けると、中にいた人間の視線が一斉に彼に集中するのが解った。驚きや好奇の視線ではない。警戒と値踏みと……ともすれば殺気・・さえも伴うような剣呑で張りつめた視線であった。


 日中にも関わらず広いフロアには大勢の人間の姿があった。席に座っている者、壁に寄りかかって佇んでいる者、床やテーブルを掃除している者、カウンターの向こうでグラスを拭いている者……


 一見すると客や従業員に見えるが、違う・・。剣呑な視線は全てこの男達から発せられている物であった。だがユリシーズはそんな視線などどこ吹く風といった様子で、平然とフロアを横切って一番奥まった席に近付いていく。そこは他の席より広く高級そうな造りになっていた。


 そこにも数人の男達が腰掛けており、ユリシーズが近付いていくと1人を除いた全員が立ち上がって、彼と未だに座ったままの人物との間に『壁』を作った。だが……



「……いい。そいつは『客』だ。お前達は下がってろ」


 座っている男が短く、しかし有無を言わせない調子で指示すると、壁になっていた男達が脇に避けた。ユリシーズはその男に向かって気楽な感じで手を挙げた。


「よう、久しぶり・・・・だな、『皿洗い』。あれから15、6年経って、元々怪しかった額が更に後退したみたいだな!」


「……! その呼び名を知ってるとは……。お前、本当にあの『ブラックバード』なのか? あの時の貧相で目付きの悪いガキが随分と立派になったモンだな。いや、目付きとふてぶてしい態度だけは相変わらずか」


 その男――シカゴ・アウトフィットのボス、エンツォ・ボルドリーニが立ち上がって手を差し出してきた。ユリシーズも躊躇いなくその手を握って、ボルドリーニとハグをした。


「そういうアンタもまた随分と立派になったモンだ。市長の部屋でアンタの名前と写真を見た時は最初目を疑ったぜ。ニューヨークのスタテン島で死にかけてたチンピラが、今じゃシカゴを仕切るマフィアのボスとはな」


「昔の事は言ってくれるな。まあお前も、お前の親父さん・・・・もすこぶる元気そうで何よりだ」


 ボルドリーニは少し人の悪そうな笑みを浮かべる。彼は今から15年ほど前にローマ教皇マクシミリアン4世……つまりビアンカの実父が、まだダンテという名の流浪の退魔師として世界中を巡っていた頃、その養子・・として連れ回されていたユリシーズと共に立ち寄ったニューヨークで出会った人物であった。


 ボルドリーニはその当時悪魔絡み・・・・のトラブルに巻き込まれており、そのトラブルを解決したダンテとユリシーズに命を救われたのであった。なので彼はユリシーズだけでなく、現ローマ教皇の破天荒な過去も知っている数少ない人間の1人でもあった。


 ダンテは当時ニューヨークのマフィアとも繋がりがあった。その繋がりで依頼された事件で出会ったのがボルドリーニだ。実の父親が犯罪組織とも関わりがあるダーティな人物だという事をあまりビアンカに知らせたくなかった事もあって、ユリシーズはこちらの担当を希望したのであった。


 なおボルドリーニも含めて現ローマ教皇の過去を知っている犯罪者達だが、それをネタにマクシミリアン4世を脅迫したり影響力を及ぼそうとする命知らず・・・・は誰も居なかった。彼等は例外なく、ダンテという名前だった頃の彼の性格とその圧倒的なまでの強さ、そして恐ろしさ・・・・を知っていた。



「へっ……あんな外道、父親でも何でもねぇよ。それよりアンタがここのボスだってんなら丁度いい。俺の用件は電話で伝えてあるから解ってるよな?」


「ここの用心棒として雇ってくれって話だな? 確かに今は正直腕の立つ奴が喉から手が出るほど欲しい状況だ。『ブラックバード』を雇えるってんなら、こっちとしては大歓迎だ。その様子だとお前もあの頃より更に強くなってるんだろうしな。ただ……本当に市長の差し金なのか? アーチ―が俺達と取引したがってるなんて話、今まで聞いた事がないぞ」


 ボルドリーニが若干探るような目になる。新種のドラッグ『エンジェルハート』の調査が目的だという事は、まだシカゴ・アウトフィットの関与が不明なので当然打ち明ける訳にはいかない。


 ユリシーズは肩を竦めた。


「俺は今ウォーカー大統領の下で、色々汚れ仕事・・・・を処理する役割を任されててな。今回は同じ国民党で有能だと評判も高いアーチボルトに貸し・・を作る為に派遣されてきてる。で、市長はアンタ達の事を必要悪だと思ってる。だから抗争が激化してアンタ達が共倒れしてしまったら困るらしいな」


 肝心な部分だけを省いて後は事実を連ねていく。この方が話はより真実味を増して、隠したい部分を覆ってくれる。


「必要悪? ……ああ、そう言われれば納得だな。要はこの街の犯罪者予備軍を野放しにしておくよりも、俺達のような組織を受け皿にしておいた方が管理しやすいって事か。あの腹黒い市長の考えそうな事だ」


 ボルドリーニが得心したように鼻を鳴らす。流石に市長の意図にもすぐに気付いたようだ。


「ま、そういう事だ。持ちつ持たれつって奴だな。で、市長としてはその辺の凶暴なだけのギャングよりも、この街に長年君臨してきたアンタ達にもう一度返り咲いてもらった方がいいと考えた訳だ」



「…………」


 ボルドリーニがしばらく考え込む。ユリシーズの強さを知っている彼としては、雇いたいというのは本音だろう。だが本当に信用できるのかどうか。


 ユリシーズが彼等にとって嘘を言っているかどうかは、彼等がドラッグの流通に関わっているかどうかで決まる。


「……やはり今の状況で『ブラックバード』を雇えるメリットはデカいな。いいだろう。お前を用心棒として雇わせてもらおうか」


 色々天秤にかけた結果、ユリシーズの戦力を選んだらしいボルドリーニが顔を上げた。


「いい判断だ。戦力は保証するぜ」


 2人は再び握手を交わす。そこでユリシーズが少し訝し気な表情になる。



「そういやアンタ、俺がウォーカー大統領の下で働いてるって事には驚かなかったな? 事前に言った覚えは無かったが」


 教皇とダイアンの関係は彼等も知らないはずだ。なのでユリシーズとダイアンの接点も知らないはずであり、最初に聞いた者は驚くのが普通だ。すると今度はボルドリーニが肩を竦めた。


「いや、実はな……雇ったのはお前だけじゃないんだ」


「何……?」


「お前から事前に電話を受けた話をすると、彼女・・がお前の今の職場を教えてくれたんだよ」


「彼女? 誰だ?」


(俺が大統領府で働いてる事を知ってる奴という事か? 名前を聞いただけで? 女だと? まさかビアンカのはずがないし、となると……)


 ビアンカには自分がこっちを受け持つ事ははっきり言ってある。まさか間違えて被ってしまったなどという事はあり得まい。そうなると心当たりは……限られてくる・・・・・・。 


「ああ、それは――」



「――ミスター・ボルドリーニ。自己紹介は自分でしますわ。というより彼とは知らない仲ではない・・・・・・・・・ので」



「……!」


 むくつけき男達が集う空間に澄んだ女声が流れる。ユリシーズが声が聞こえた方向に振り向き……その目が驚愕に見開かれた。


 そこにいたのは黒っぽいスカートスーツに白いブラウス姿で、肩の高さで綺麗に切り揃えられた金髪が目を引く知的な雰囲気の美女であった。そして彼女の言う通り……ユリシーズはその女を良く見知っていた。


「お、お前……マチルダ・・・・か!?」


「ええ、そうよ。久しぶりね、ユリシーズ。別れてから・・・・・丁度2年くらいかしら? まさか私もここであなたに出会うとは思わなかったわ」


 そう言って少し複雑そうな表情で微笑むのは……ビアンカ達がアラスカで対立したCIAのエージェント、マチルダ・フロックハートであった!

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