Episode2:新しい家
アメリカ合衆国の首都ワシントンDC。最も有名なランドマークでもある大統領官邸ホワイトハウスは誰でも知っているが、そのホワイトハウスの地下部分にある『もう一つのホワイトハウス』の存在を知っている者は少ない。
そのもう一つのホワイトハウス……通称『リバーシブルハウス』に、ここ最近になって新たな
そのための
『RH』内にある多目的フィットネスルーム。RH内で最も広く
それはまだ年端も行かないローティーンの少年であった。緩く巻いた金髪に蒼い瞳、透き通るような白い肌。そして見る者に妖しい気持ちを喚起させてしまうようなあどけない美貌。
部屋にいるのはこの美少年だけで、それは広い部屋には不釣り合いであり何とも寂し気な風景であった。
美少年は勿論、先日アラスカ州アンカレジの任務でロシアのスパイ達から救出された
イリヤが何故この『RH』の部屋の中に1人でいるかというと……
「……!」
イリヤが何かを念じるように閉じていた目をカッと見開く。すると彼の周囲にあった様々なオブジェクト……何十キロもあるバーベルやトレーニングマシン、その他大きな棚やカートなど、到底少年の細腕では動かす事さえ出来ないようなオブジェクトの数々が、まるで見えない手に持ち上げられているかのように浮かび上がったのだ。
総重量にして数トンを超えるオブジェクトを浮かせながらそれを何ら苦にした様子もなく、イリヤは自分の腕で何かをかき混ぜるような動作を取る。するとそれに合わせて周囲に浮かび上がっていたオブジェクトが物凄い速さで旋回し始めた。
そして部屋のあちこちに配置されている人形……マネキンに向かって、それらの
更にイリヤがマネキンの1つに手を突き出す。するとそのマネキンが周囲に全く火元も火種もないにも関わらず、突如として激しい炎を噴き出して燃え上がった!
勿論この炎はCGでも何でもなく、マネキンは数秒で完全に炭化して黒い炭の塊となって崩れ去った。
「……!」
彼がマネキンを全て破壊し終わると、急に部屋の扉が開き、そこから大勢の黒いスーツ姿の男達が乱入してきた。彼等の手には一様に黒光りするピストルやサブマシンガンなどの銃火器が握られていた。勿論全て
男達は手に持った武器の銃口をイリヤに向ける。そして躊躇う事無く発砲した。物凄い轟音とマズルフラッシュ。男達はたった1人の少年に対して、常軌を逸したとも取れるような文字通りの集中砲火を浴びせる。
これだけの銃撃をを容赦なく浴びれば、今頃イリヤは元の美少年が原型も解らなくなるくらい穴だらけの血肉のずだ袋と化しているだろう。……撃ち込まれた銃弾が
「……っ!?」
イリヤに大量の銃弾の雨を浴びせた男達がようやく銃撃を止める。そしてすぐに彼等の目が一様に驚愕に見開かれる事になる。
そこに全くの無傷の少年が何事もなかったかのように佇んでいた。その足元には大量の銃弾が山となって積み上がっていた。よく見るとイリヤの周囲を覆うように、薄っすらと半透明の『膜』のような物が出現していた。否、それは『膜』というよりも、大量のマシンガン掃射も物ともしない一種の『障壁』であった。
イリヤが男達に向かって、反撃とばかりに腕を薙ぎ払った。すると彼の腕から不可視の
為す術もなく吹き飛んだ男達は周囲の壁などに激突して倒れ伏した。全員死んではいないようだが、完全に気絶しているようだ。
『そこまで! もう充分だ。君の力は良く解ったよ、イリヤ君』
部屋のスピーカーから落ち着いた男性の声が響いた。それを聞いてイリヤは
先程スーツの男達が突入してきたのとは別の扉がスライドして開いた。そこから何人かの男女が部屋に入ってきた。
「イリヤ、大丈夫!?」
その中から真っ先に突出してイリヤの元に駆け付けたのは、彼をこのホワイトハウスに連れてきたビアンカであった。彼女の姿を見たイリヤが、それまでの緊張を解いて喜色を浮かべる。
「お姉ちゃん、見てテくれた!? 僕、頑張ったよ!」
「え、ええ、勿論よ! とてもかっこよかったわ、イリヤ」
イリヤも駆け寄ってくるのを抱き留めて彼の頭を撫でるビアンカ。イリヤは彼女に身を預けて気持ちよさそうに撫でられるに任せていた。
「……話には聞いていたけど、これがロシアの研究の成果という訳? ミハイロフの馬鹿は何というものを作り上げたのかしら……」
憂いを帯びた表情で呟くのは、このアメリカ合衆国現大統領のダイアン・ウォーカーだ。そしてビアンカの実の母親でもある。ビアンカはその母親をキッと睨み付ける。
「イリヤを物みたいに言わないで下さい。それに何ですか、あのスーツの男達は!? 彼等は
ビアンカの激しい抗議に、しかしダイアンは悪びれずに肩を竦めた。
「言ったらあなたは確実に反対してたでしょう? それに結果として無傷だったんだからいいじゃない」
「……っ! この……」
あまりと言えばあまりなダイアンの返答に、ビアンカは瞬間的にカッとなって掴みかかろうとするが……
「馬鹿、落ち着け!」
間に入ってそれを押し留める大きな影。腕利きのシークレットサービスであり、今はビアンカの個人的なSPも兼ねるユリシーズだ。先日ヴァチカンでの
「ボス、あなたも言葉が足りな過ぎです! 無駄に挑発的な物言いはよして下さい」
ユリシーズはビアンカを押し留めつつ、振り返ってダイアンにも苦言を呈する。ダイアンは少しバツの悪そうな顔になって目を逸らした。
「ビアンカ、冷静になれ。あいつらが
「え……? あ……!」
ユリシーズに言われてビアンカも初めてその事に思い至った。確かに人間は殺さないようにイリヤに約束させたが、向こうからあんな風に殺意を持って一斉射撃などしてきた場合はその限りではないだろう。
何も知らなければ反撃で殺してしまったとしても不思議はない。イリヤにはそれを容易く可能とするだけの力がある。しかも男達は死ぬどころか重傷を負った者もいないようだ。つまり明らかに
「イ、イリヤ……?」
「……ごめんなさい、お姉ちゃん。僕、事前に聞かさレて知ってたんだ。でもお姉ちゃんに言ったら絶対に止められるって言われて黙ってタんだ」
「……!」
申し訳なさそうな顔と口調になるイリヤに驚くビアンカ。ダイアンの横にいたアルマンが頷いた。先程スピーカーで制止の合図を出したのも彼だ。
「このテストの
「…………」
このテストの目的。それはイリヤの
イリヤがカバールの悪魔達と戦えるだけの力があると皆の前で証明できれば、ビアンカの側に置いておく事が出来るようになる。それがこのテストの目的であった。
ビアンカとしてはイリヤのサイコキネシスを始めとした超能力を披露すればそれで充分だと思っていた。だがそれだけでは足りなかったのだ。
「奴等と実際に戦うとなれば、突発的にどんな危険にもある程度対処できなきゃ話にならん。そして勿論奴等は子供だからって手加減してくれるような連中じゃないから、本気で殺すつもりで攻撃しないとテストにならない。そうだろ?」
ユリシーズの補足にやはりビアンカは反論できずに頷かざるを得なかった。そういう世界にイリヤを連れ込んだのは彼女自身なのだ。例え他に選択肢が無かったにせよ。
「……それで如何でしょうか、大統領? イリヤ君の『力』は、カバールの悪魔達との戦いにおいて十分な戦力とはなり得ませんか?」
アルマンが最終的な決定権を持つダイアンの判断を促す。イリヤ自身を含めた全員の視線がダイアンに集中する。彼女は顎に手を当ててゆっくりと頷いた。
「そうね……。確かにその力は大したものだわ。制御も充分出来ているようだし。今はアダムもリキョウもそれぞれの用事で不在にしてるし、今後もそういう状況での『穴』を埋められる存在はいた方が良いわね」
「……! じゃあ……」
ビアンカが喜色を滲ませて母親を見つめる。滅多にない娘からの好意的な視線を受けてダイアンは、内心の感情を誤魔化すように目を逸らして咳払いした。
「おほん! ……ただし解っていると思うけど、もしその子がこのホワイトハウスや罪のない人々に自分から害を加えるような事があれば、その時はあなたにも連帯責任を負ってもらう事になるわよ? それが呑めるなら、その子をここに置いて任務にも同行させる事を認めましょう」
「……! 勿論です。私はイリヤを信じています。もし何か
「……ふん、その言葉、忘れないようにね?」
ダイアンはそれだけ言って踵を返した。そして何故かそそくさと足早に部屋を後にしていった。ユリシーズとアルマンはその背中を見送ってから、互いに肩を竦めて苦笑した。
「お姉ちゃん、僕、ここにイてもいいの?」
「ええ、そうよ! 今日からここがあなたの新しい家よ! あなたは自分の力で自分の居場所を勝ち取ったのよ!」
一方ビアンカは母親の心情など慮っているゆとりはなく、イリヤを抱きしめて喜びに満たされていた。イリヤもまた感動と気恥ずかしさが綯い交ぜになった複雑な感情で顔を赤らめて、ビアンカにされるがままになっていた。
「ちっ、あのガキ……。ちょっと
「……相手はそれこそ子供なんだから、余り
そんなイリヤ達の様子を見たユリシーズがスッと目を細めるのを、アルマンが困ったような顔で窘めるのだった……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます