Episode16:奸計
「ふはは! 貴様の身体を解剖すればさぞ興味深い研究材料となるだろうな! 大統領閣下もお喜びになるに違いない!」
メリニコフが哄笑しながらアダムに対して向かっていく。その手から先程飛ばしたのと同じような衝撃波を発生させる。
「ほざくな、社会主義者の犬めっ!」
アダムはその衝撃波を躱しつつ光線銃で反撃する。だがやはりメリニコフも不可視の『障壁』を張り巡らせて粒子ビームを防ぐ。少年もそうだったが上級の超能力者になると、この防御用の『障壁』はほぼ標準装備のような扱いらしい。
「ぬふふ! アルファ級の力、思い知らせてくれる!」
メリニコフがそう嗤うと、彼の身体が一瞬でバンプアップした。筋肉が肥大して体格が一回り以上大きくなる。これは……やはり途上の戦闘で敵の1人が使っていた身体強化能力だ。
「アルファ級は三種類以上の異なるESPを高水準で使いこなせる者だけが認定される階級だ。一種類か多くて二種類の能力しか使えんベータ級とは訳が違うぞ」
筋肉の肥大した大男となったメリニコフは、恐ろしい程の身体能力を発揮して一瞬にしてアダムに肉薄。巨大な拳を打ち付ける。その拳からも衝撃波が発生し、拳打の威力を倍増させる。原理は全く異なるが、ビアンカのグローブのそれと同じような効果だ。
そして原理だけでなく威力も全く異なっている。勿論メリニコフの方が遥かに強力だ。アダムが躱した拳打がそのまま床に衝突するが、轟音と共に床が砕け散って破片が物凄い勢いで飛散する。あんな威力はビアンカでは逆立ちしても出せないだろう。
「ふっ!」
勿論アダムもやられっ放しではなく、右腕のブレードを一閃してメリニコフの首を狙う。正確無比な斬撃が敵の首を刎ね飛ばす瞬間……
――バシィィィンッ!!
「……!!」
凄まじい反動によって弾かれた。どうやらメリニコフは身体を覆うようにして『障壁』を張り巡らせているらしい。弾かれてたたらを踏んだアダムに対してメリニコフの剛拳が唸りを上げて迫る。
躱しきれないと判断したアダムは咄嗟に両腕をクロスさせてその拳打をガードする。直後にメリニコフの拳がヒット。
「っ!!」
インパクトの瞬間に衝撃波が上乗せされて途轍もない威力になったパンチを受けたアダムは、まるでその巨体がプラスチックのオモチャであるかのように高速で吹き飛んだ。そして轟音と共に壁に激突する。
「――――がはっ!」
「ア、アダム!?」
アダムが激しく呻く。その信じがたい光景にビアンカが悲鳴を上げる。しかし彼女は少年の超能力で拘束されているので駆け付ける事もできない。尤も彼女が加勢した所で邪魔にしかならないようなレベルの戦いであったが。
一方でリキョウの方もセルゲイと死闘を繰り広げている真っ最中であった。冥蛇の毒霧を浴びせるがセルゲイは『障壁』によってその毒霧を全て散らしてしまう。どのみち人質やビアンカを巻き込む可能性があるので毒霧は使いづらかったが。
「回流・連弾!」
なので戦法を切り替えて水の力でセルゲイを攻撃しようと、作り出した水塊から連続して水弾を発射する。たかが水の弾と侮るなかれ。冥蛇の力によって撃ち出された水弾はまるで深海のような水圧で圧縮されており、まともに当たれば分厚い金属の壁すら容易く貫通する。ましてや人間の身体など紙屑のようなものだ。
範囲の広い攻撃はあの『障壁』に弾かれてしまうが、圧縮して効果を一点に集中させた水弾であれば貫通できると予測したのだ。
「……!」
その予測は正しかったのか、警戒に目を細めるセルゲイ。しかし水弾が奴の『障壁』に接触しようかというタイミングで、セルゲイの姿が一瞬で
「む……!」
リキョウも目を眇める。どんな超スピードでも彼の目で捉えきれないという事はあり得ない。つまりこれは……
次の瞬間には、彼の背後それも至近距離にセルゲイの姿が出現した。テレポーテーションだ!
「ふっ!!」
リキョウは考えるよりも先に反応し、身を屈めつつ猛烈な勢いで回し蹴りを放つ。だがそれも空を切った。セルゲイの姿が消えて、今度は側面の少し離れた場所に出現したのだ。奴はリキョウに向かって手を翳す。
「……!」
すると彼の服が突如として炎を噴いて燃え上がった! パイロキネシスだ。セルゲイは少なくともサイコキネシス、テレポーテーション。そしてパイロキネシスの3つの能力を使えるようだ。いや、例のテレパシー能力も含めれば4つか。
「ちぃ……!」
リキョウは急いで冥蛇の水で炎を消し止める。冥蛇自身も炎に包まれたが、幸い仙獣はこのくらいでは傷つかない。だがその炎によって一瞬とはいえリキョウの意識が消火活動に逸れる。そしてそれを見逃すようなセルゲイではない。
奴が念動の衝撃波を飛ばしてきた。身体を覆う炎を消していたリキョウは衝撃波に対する反応が遅れた。
「ぐぶッ!」
回避が間に合わず衝撃波を喰らったリキョウも、大きく吹き飛ばされて壁に叩きつけられた。
「リキョウ!? そんな……」
アダムに続いてリキョウまで吹き飛ばされる姿にビアンカは顔を青ざめさせる。勿論セルゲイ達が強力な敵だというのもあるだろうが、やはり事前に少年との戦いである程度手の内を分析されたのが響いているのかも知れない。
「あぁ……ぼ、僕のセいだ。僕の……」
少年も同じ事を考えたのか、その美貌が泣きそうに歪められる。だがどう考えても彼のせいではない。彼は自身も意志とは関係なく戦いを強要されただけなのだから。
ビアンカは彼に慰めの言葉を掛けようとするが……
「自慢のナイト達も流石に苦戦中みたいね? 私としてはまさかここまで
「……!」
近付いてくる女の声。今まで不自然な程に存在感を消して静観に徹していた女……CIAのマチルダだ。後ろには相変わらず2人の兵士を引き連れている。
「あ、あなた……狙い通り、ですって?」
「そうよ。上手く行かなかった場合も想定して色々考えてあったけど、その必要も無かったわね。どちらか片方だけでもと思っていたけど、あなた達を
「な……!?」
事も無げなマチルダの言葉にビアンカは目を剥いた。2人というのは状況から考えてビアンカとこの少年のはずだ。不穏な発言に少年も反応しようとするが、その前に事態は動いた。
「カドモス!」
マチルダが後ろにいる兵士の1人をそう呼ぶと、その兵士――カドモスの身体が一瞬にして
体長が優に3メートル近くある巨人で、まるで岩のような質感の皮膚をしていた。そして奇妙な事にそいつの顔には口と鼻だけしか付いておらず、目のある部分にはただ窪みが存在しているだけで眼球が付いていなかった。
「あ、悪魔……!?」
CIAは自由党寄りであり、カバールと繋がっている可能性は高い。かつてユリシーズからもそう警告されていたが、その実例を見せつけられるとそれなりにショックは大きかった。ただこの兵士達は軍の制服を着てはいたが。
『……っ! 何だ、こいつ!?』
初めて悪魔の姿を見ただろう少年は驚いて、咄嗟に超能力で身を守ろうとするがそれよりも速くカドモスがその大きな口を開けると、そこから黒い色をした煙のような物を吐きつけてきた。
「……っ!?」
少年とビアンカは反応が間に合わずにその煙を吸ってしまう。何の効能があるのかを疑う前に、即座にその効果が身体に及び始めた。
(か、身体が……動かない……!?)
少年に念動力で拘束されているのとは違う、身体自体が鉛のように重くなって指一本動かせなくなる。身体だけでなく口や喉も動かなくなり喋る事も出来なくなる。
麻痺、という単語が脳裏に浮かんだ。しかしその効果が及んでいるのは身体だけのようで、意識だけは明瞭に保たれていた。同じように煙を吸い込んだ少年も身体が麻痺して倒れ込んでいた。
「『エンジェルハート』と【ナンバー・ゼロ】。この二つを同時に手に入れる事が出来たのは、CIAにとってもカバールにとっても大きな成果ね」
倒れて動けないビアンカ達を見下ろしてマチルダが嗤う。この女は最初からこれが目的だったのか。そして静観に徹してその隙が出来るのを窺っていたのだ。アダム達とセルゲイ達、どちらが勝ったとしても都合が悪い。両者の力が拮抗して激闘を繰り広げている今が絶好のチャンスだったという訳だ。
「……!? マチルダ……何のつもりだ! 私を裏切るのか!?」
そのアダムと戦っていたメリニコフが、本性を現したマチルダに驚愕の視線を向ける。彼女は冷笑を浮かべて肩を竦めた。
「裏切る? CIAとSVRは元々不倶戴天の敵同士でしょう? 私が味方だと信じる方がどうかしてるのよ。いい勉強になったわね、
「……っ!!」
メリニコフの目が怒りと恥辱で歪み、ワナワナと身体を震わせる。
「何故だ。我がテレパス能力でお前の頭の中を覗いた。何故私を欺く事が出来た?」
リキョウと戦っているセルゲイもその目を眇めていた。彼がマチルダの心を覗き込んで、その結果シロと判断したからこそ彼女はSVRの基地に入り込む事が出来たのだ。
「SVRの凄腕エージェントともあろう人が、自分が手に入れた超常の力に溺れたのかしら? 私もCIAのエージェントとして自分の心を
「……!」
マチルダの揶揄にセルゲイの怜悧な面も僅かに歪む。
「この、売女がぁぁぁぁぁっ!!!」
メリニコフが怒りに任せてマチルダに突進しようとするが、その側にいるカドモスが今度はメリニコフに対して黒煙を吐きつけて牽制してくる。
「……っ!」
「それじゃ、『エンジェルハート』と【ナンバー・ゼロ】は確かに頂いていくわね。捨て駒にしようとしてたくらいだし構わないわよね? これでもうここに用は無い。後は好きなだけ殺し合ってればいいわ。……デイノ!」
メリニコフを牽制してその足を止めた所で、マチルダがもう1人の兵士に声を掛ける。するとその兵士……デイノも悪魔の姿に変わった。額から2本の角が生えた全身毛むくじゃらで腰の曲がった小躯の悪魔で、カドモスとは正反対の印象であった。
カドモスもデイノも恐らく中級悪魔だ。だが何故中級悪魔を人間であるマチルダが従える事が出来ているのか。それを考えている余裕はビアンカには無かった。カドモスが彼女と少年を軽々と両肩に担ぎ上げた。
「ふふ、瞬間移動の力を使えるのはあなた達サイキックだけではないのよ。それじゃ、ごきげんよう」
マチルダが嗤うと、それが合図であったかのように毛むくじゃらのデイノが両腕を上に掲げる。すると彼等だけをすっぽりと包み込む広さの、光の膜のような物が出現した。
その膜はマチルダ達を包み込むとすぐに消えてしまった。その後にはマチルダも2体の悪魔も、そして彼等に囚われたビアンカと少年の姿も綺麗さっぱり消えた、誰も居ない空間だけが残されていた……
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