Episode15:薄幸の美少年

「【ナンバー・ゼロ】は我々『トリグラフ』を作り出す過程の研究実験の副産物・・・によって元々の力を大きく増しており、その力は我々アルファ級に匹敵する程となっている。如何に貴様らが優れた戦士であろうと、そう簡単に倒せる相手ではないぞ」


 セルゲイの言葉と共に【ナンバー・ゼロ】が動き出した。部屋中にある種々のオブジェクト……デスクや椅子、棚やカート、そして大きなコンテナに至るまでが重力を無視して浮かび上がり、少年の意思に従ってその周囲に集まる。


 地表であのヴィクトルという男が使っていたのと同じ念動力サイコキネシス。ただしその数、質量ともにヴィクトルとは段違いだ。そして……スピードと威力も。


「……っ!」


 巨大なオブジェクトが次々と、まるで砲弾のように撃ち込まれる。リキョウは咄嗟に冥蛇の水壁でそれらの砲弾を防ぐ。だが……


「む……!?」


 デスクや椅子などは防げたが、コンテナ砲弾は防ぎきれなかった。水壁を突き破ったコンテナが形を歪めながらも凄まじい勢いでリキョウに迫る。ビアンカは彼の防御が破られる所を初めて見た。


「ちぃ……!」


 リキョウは舌打ちすると大きく跳び退ってコンテナ砲弾を躱した。少年がそのままコンテナを操って追撃しようとするが、相手はリキョウだけではない。


「許せっ!」


 アダムが少年に向かって左腕の光線銃から粒子ビームを撃ち込む。最悪の光景を想像してビアンカは思わず目を背けるが……


「何……!?」


 ビームは少年に直撃する寸前で、目に見えない透明の『障壁』に阻まれたように波打って飛散した。アダムの攻撃を防ぎ切って、尚且つ少年は殆ど態勢も崩していない。『障壁』の強度は相当なものだと推測できる。



 少年はアダムの方にも空いている手を翳す。すると再び衝撃波が発生してアダムに向かっていく。


「ぬぅ!?」


 アダムは唸ってやはり大きく跳んで衝撃波を躱す。躱した先のコンクリートの壁が衝撃波によって大きく砕け抉れた。少年は同じような衝撃波を次々とアダムに撃ち込む。


 コンテナは相変わらずリキョウを追尾し続けている。この少年は強力なサイコキネシスを操りつつ、同時に防御用の不可視の障壁を形成したり衝撃波を連発したり出来るのだ。


 複数の異なる超能力を、それも同時に高い水準で使いこなす。この少年……【ナンバー・ゼロ】は先程侵入の途上で戦った超能力者達よりも余程強力なサイキック能力の持ち主なのは間違いない。



 リキョウやアダムほどの超人であっても相当の苦戦は免れない難敵だ。……これが一対一・・・の戦いであれば。 



「回流・流転!」


 リキョウは仙獣の力がなくても、『気』の力を用いた卓越した体術の遣い手だ。自身の体術のみでコンテナの追撃を躱しつつ、冥蛇の水壁をまたあの水龍に変えると少年に向けて攻撃する。


『……!』


 少年は不可視の障壁で冥蛇の水流を防ぐ。障壁が激しく揺らぐが崩壊する事はなかった。あの凄まじい水流と水圧を防ぎ切るとは大したものだが、はリキョウだけではないのだ。


 リキョウの攻撃を防ぐのに力のリソースを割いた為か、アダムへの攻撃が疎かになる。そして当然ながらそんな隙を見逃すほどアダムは甘くない。


 彼は少年に向けて光線銃を連射する。既にリキョウの攻撃を防いでいる所に同時にアダムの攻撃を受けて、さしもの少年の障壁も激しく明滅し、その表情が苦し気なものへと変化する。


『ぐ……う、うぅぅぅ……!!』


 二方向から同時に強力な攻撃を受けては少年も反撃に転じる余裕がないらしく、その美貌を歪めて大量の脂汗を流しながら呻く。だがアダムもリキョウも攻撃の手を緩める事はない。なまじ彼等が手加減する余裕のない強さである事が少年の不幸であった。



『うぅ……い、痛い……! た、助けて……誰か……』


 1人でさえ強力な超人の攻撃を2人同時に受けて、それでも尚辛うじて耐え抜いているだけでも相当な物だが、それももう限界が近いようで少年の顔は増々苦し気に歪み、その目からは涙が零れ落ちる。


 だが戦闘中のアダムやリキョウは勿論、『味方』であるはずのセルゲイやメリニコフも少年を助ける気は一切ないらしく、少年の苦しみなど無視してただアダム達の戦力を分析する事に注力していた。


 マチルダは相変わらずやや顔を顰めていたものの、やはり少年を助けようという気はないようで、しかし何か・・を待っているかのように何故かビアンカの方を見ていた。


 ここには少年の味方は誰も居なかった。皆、彼を傷つけたり利用したりするだけの『敵』しかいない。


 まだ10歳を少し過ぎた程度の子供だ。本来は両親の庇護の下で安寧に、健やかに暮らしているだろう年頃だ。


 それがロシア政府の非道な研究実験の被験体にさせられて、あのような機械で強制的に隷属させられて、こうして遠い異国に連れて来られて、今また捨て駒扱いされて死闘を強要され、その苦しみに頓着する者は誰も居ない。


 何もかもが狂っている。少なくともビアンカはそう思った。そして一方的に攻め立てられて追い詰められて苦痛に顔を歪める少年の目が……ビアンカの方を向いた気がした。


「――――っ」


 それは周りに誰も味方がいない小さな子供の、無意識の挙動だったのかも知れない。しかしビアンカはそうは取らなかった。


 あの少年は助けを求めている・・・・・・・・。ビアンカは本能的にそう直感した。そしてそう思った次の瞬間には、身体が勝手に動いていた。




「――――もう、やめてぇぇぇぇぇぇっ!!!」




「「……っ!!?」」


 ビアンカは力の限りに絶叫しながら……少年を庇うように、アダム達との間に強引に割り込んだ!



 アダムとリキョウは共に驚愕に目を瞠り、慌てて自身の攻撃を中断させる。彼等だけでなく少年もまた信じられない物を見るような目で、自分を庇うビアンカを見上げる。


「ビアンカ、何をしている! 危ないからそこを退くんだ!」


「嫌よ! もう充分でしょ! こんなに小さな……それも強制されて従わされてるだけの男の子を寄ってたかって……」


「ミス・ビアンカ。褒められた事でないのは重々承知しています。しかし例え強制されているとはいえ、こちらを殺そうとしてくる……それも非常に強い力を持った相手に手心を加える事は出来ません。それは結果的に我々やあなたの死に直結します」


 駄々をこねる子供を嗜めるようにリキョウが諭す。確かに正論だ。だが正論が正しい・・・とは限らない。これは理屈ではなかった。


「解ってる! 解ってるけど……それでもこんなの間違ってる! 何か他に方法があるはずよ!」


「ビアンカ、他に方法など無い。その少年は危険すぎる。いいから早くこっちへ――」


「――2人がこの子をこれ以上攻撃しないって言うまで、絶対にここを動かないわ!」


 アダムが促すのにも激しく首を振って拒否するビアンカ。その頑なな様子にアダムもリキョウも強引に戦闘を継続する訳にもいかず完全に攻撃態勢を解除するしかなかった。



『あ……あぁ……な、何で……?』


 少年が呆然と呟く。何故ビアンカが自分を庇ってくれたのか理解できないようだ。ロシア語は解らないが、それくらいは察せられた。ビアンカは少年の方に振り返った。そして躊躇いなく彼を抱き締めた。


『……っ!!』


「もう大丈夫。大丈夫だから……。お姉ちゃんがあなたを守ってあげる。だから安心して」


『あ…………』


 ビアンカに抱きしめられて少年の身体から緊張が抜ける。同時に先程までの苦痛と恐怖によるものとは異なる種類の涙が、その眦から零れ落ちた。


 だがその直後……



『……【ナンバー・ゼロ】よ。その女を捕えろ』



『――ッ!』


 セルゲイの冷酷な一言と共に、少年の頭に嵌った輪が不気味に振動し始める。これは最初に少年に言う事を聞かせた時と同じ動作だ。


『ひっ!?』


 少年の目が哀れな程に引き攣る。そして彼は自分に無防備に密着していたビアンカに対して、サイコキネシスを発動して不可視の力で縛り上げてしまう。それは最早条件反射・・・・と言っていい動きのようであった。


「ぐっ……!?」


「……!!」「ミス・ビアンカ!?」


 リキョウとアダムが咄嗟に駆け寄ろうとするが、そこにメリニコフが立ち塞がった。


「ふんっ!」


 そしてその手を大きく薙ぎ払うと、彼の腕から強力な衝撃波が拡散されてリキョウ達に叩きつけられる。彼等は咄嗟にそれを躱すがビアンカとは完全に分断されてしまう。



『あ、あぁ……ご、ごめんなさい! ごめんなさい……!』


 少年は自分が反射的にやってしまった事に青ざめて、泣きじゃくりながら謝罪する。しかしビアンカを捕らえているサイコキネシスを緩める事はなかった。だが彼女はそれに少しも恨みがましい目を向けずに、代わりにセルゲイを睨み付ける。


「こんな小さな子を無理やり従わせて盾にするなんて……恥ずかしいと思わないの? あなた達は情けない臆病者のクズよ!」


 ビアンカに詰られたセルゲイが不快気に眉をしかめる。


「欲に塗れた米国人風情が……貴様らの方こそ悪徳と腐敗の象徴ではないか。それに我等が臆病者だと? 勘違いするな。【ナンバー・ゼロ】をけしかけたのは、ただ奴等の戦力を分析する為だけだ。そしてそれが終わった以上、ここからは我々が直接奴等を始末してやる。アルファ級である我等の力でな」


 セルゲイはそう言って前に進み出る。先程メリニコフも『アルファ級』という単語を用いていた。どうやら超能力者達にも格付けのような物があるらしく、恐らくアルファ級というのはその中でも上位に位置するのだろう。


「【ナンバー・ゼロ】、お前はその女を捕らえたまま余計な事をさせずにおけ。役立たずの貴様でもそれくらいの事は出来るだろう?」


「……っ」


 少年は青ざめた顔のまま唇を噛み締める。逆らえばまた頭の輪が自動的に彼を苦しめるのだろう。セルゲイはそう言い置いて、メリニコフと共にアダム達と対峙する。



 ビアンカはそれを尻目に、自分を超能力で拘束する少年に語り掛ける。


「僕、大丈夫よ。必ず助けてあげる。私の仲間はとっても強いから、あんな奴等には絶対に負けないわ。あいつらを倒したら、その頭の輪っかも必ず取ってあげる。約束よ」


 英語が分かるとも思えなかったが、とにかく感情を込めて安心させるように語り掛ける。すると……


「お、お姉サん……ごめんナさい。僕……僕……」


「……! 英語が喋れるの?」


 少し訛りはあるものの、年の割に意外と流暢な英語を喋ったことにビアンカは目を丸くする。少年は首肯した。


「う、うん……テレパシー能力を応用しタ学習実験・・・・だトか言って、無理やり頭に詰め込まレた・・・・・・んだ」


「……!! そう、なのね」


 彼がロシアで受けていただろう非道な扱いの一端を垣間見てビアンカは言葉を詰まらせる。彼女らがそんな会話をしている間にも、その前では超人同士による対決が始まろうとしていた。

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