Episode14:【ナンバー・ゼロ】
人質が監禁されている場所は虹鱗の視界によって、どのようなスペースかは事前に把握できていた。最初に踏破した『ロビー』よりも広い部屋で、その壁際に設置型の檻がいくつも並んでいるはずだ。それらの檻に州議員の家族や血縁者らの人質が囚われているのだ。
もうここまで来たら隠密で忍び寄る意味は無い。3人は堂々と正面から奥の『多目的ホール』に乗り込んだ。
「……!」
そこは確かに虹鱗が見た通りの部屋であった。広い部屋の両隣りに並ぶいくつもの檻。その檻には老若男女、様々な人間達が囚われていた。人質達だ。見た所全員無事のようだ。
そしてその檻の手前……つまりこのホールの中央付近に、確かにアダムが言った通り
「な…………」
ビアンカは
その人物はぱっと見、
やや癖のある巻き毛のショートヘアは輝くような金色で、その大きな瞳は吸い込まれそうな程透き通った水色、年齢からしても当然だがシミ一つなく雪のように白く滑らかな肌、そして何よりも芸術の神がそう作り上げたかのようなあどけない美貌。
(こ、こんな美少年って現実にいたのね……)
映画や舞台などでも滅多にお目に掛かれないような美童ぶりに、ビアンカはふとそんな陳腐な感想を抱いてしまう。
だがそれと同時にその美少年の額に嵌っている機械の輪のような物が気になった。その無骨な機械は美少年の紅顔には如何にも不釣り合いであった。
「……っ!?」
また何故かビアンカだけでなく、その少年もまた彼女の顔を見て非常に驚いたように大きな目を更に見開いていた。
「うふふ……また会ったわね、『エンジェルハート』さん?」
「……!」
実際にその少年を注視していた時間は一瞬であったが、その短い思考は聞き覚えのある女の声で中断する。
相変わらず軍人と思しき護衛を2人引き連れたスーツ姿の美女……CIAのエージェント、マチルダ・フロックハートと名乗る女であった。
「あ、あなた、CIAなんでしょ? それなのにロシアの諜報機関と手を組むなんて……自分が何をしてるか解ってるの?」
ビアンカの言葉にマチルダは皮肉気に口を歪めた。
「あなたみたいな生まれたてのヒヨコちゃんに指摘されなくても重々承知しているわよ。私は本部の意向に従っているの。エージェント個人の意思など関係ないわ。文句があるなら長官に言って頂戴」
「……っ」
にべもない反応に言葉を詰まらせる。そう言われれば確かにその通りではあった。だがマチルダはここに踏み込んできたのがビアンカ達である事にそれ程驚いている様子が無い。ある程度予想していたという反応だ。
それが気になったビアンカだったが、事態は彼女の思考が纏まるのを待ってはくれなかった。
「我等『トリグラフ』の精鋭達を退けてここまで来るとは……セルゲイ! こいつらは何者だっ!」
集団の中央にいる壮年の男……恐らくザハール・メリニコフ司令が、青筋を立てながら隣にいる30代くらいの怜悧な雰囲気の男……セルゲイ・レオーノフに怒鳴る。
問われたセルゲイは何か精神を集中するような仕草を取っていた。ビアンカはそれと同時に頭の中をかき乱されるような妙な違和感を覚えて顔をしかめた。
するとセルゲイがカッと目を見開いた。
「……その男2人は只者ではありません。我が力で
「……!!」
ビアンカとメリニコフがそれぞれ別の感情から驚愕の表情を浮かべる。ビアンカは自分の心と記憶を読み取られた驚き、メリニコフはビアンカの
「は、はは……この女が……『ファースト・レディ』? 噂だけは聞いていた、ウォーカー大統領の実子だというのか? は、ははは! これは何という幸運だ! これだけの被害を出しては処罰は免れんと覚悟していたが、その失態を補って余りある
メリニコフが身勝手な喜びに嗤う。だがそれに水を差すようにアダムとリキョウが前に出る。
「俺達がそれをさせると思うか? 貴様らはここで終わりだ」
「そうですね。特に女性の心を無遠慮に覗き込む輩は万死に値します」
2人の身体から怒気と闘気が噴出する。それは物理的な圧力さえ伴う威圧であったが、それをぶつけられたメリニコフもセルゲイも怯む事はなかった。
「ふん、ベータ級の団員達を倒したくらいで図に乗るなよ? 我々
メリニコフがそう言って臨戦態勢を取ろうとするが、それをセルゲイが押し留める。
「司令、お待ちを。奴等の力がまだ未知数の状況で正面からぶつかるのはリスクが大きすぎます。まさにこのような時の為に大統領閣下は【ナンバー・ゼロ】を我等に付けたはずでしょう」
セルゲイとメリニコフの視線が……一言も喋らずに怯えた目でやり取りを追っていた例の美少年に向けられる。少年がセルゲイ達の視線を受けて明らかにビクッと身体を震わせた。
(え……まさか……?)
ビアンカは基地侵入前にアダム達から聞いた、超能力者の
「……! ふむ、そうであったな。確かに今が使い時だな。『……【ナンバー・ゼロ】よ。奴等を抹殺しろ』」
メリニコフが冷酷な、ともすれば嗜虐的とも言えそうな表情で、その少年に対してロシア語で命令する。ナンバー・ゼロという単語は聞き取れたので、これでビアンカの推測は完全に裏付けられた。
『……っ! い、嫌だ! やりたくない!』
少年は激しく首を振って拒否の意向を示した。だがそれにセルゲイが目を細めて自分の手を掲げる。
『拒否できる立場だと思っているのか? また脳に
『……!! ま、待っ――――』
少年が恐怖に顔を引きつらせて制止の声を上げようとするが、その前にセルゲイが指を鳴らした。すると……
『――イギャァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!』
聞くに堪えないような絶叫と共に、少年が自分の頭を押さえてのたうち回る。詳細は解らないがあの額に巻かれた輪のような機械が少年に何らかの侵害を加えているらしい。セルゲイとメリニコフはその痛ましい様を平然と見下ろしている。マチルダはその形の良い眉を少し顰めていたが、それでもその
「な、何をやっているの!? やめなさいっ!!」
だがビアンカは美少年が苦しみ悶える姿に無意識に駆け寄ろうとして……
『ァァァァァァァァァ――――ッ!!!』
「っ!?」
少年が狂ったように叫びながらもこちらに向かって手を翳してきた。するとその手から先程戦った超能力者の1人が使ったような、目に見えない『波動』のような物が
ビアンカは咄嗟の事態に硬直してしまうが、彼女の身体を衝撃波が打ち据える寸前、
「ミス・ビアンカッ!」
彼女の前にリキョウの操る分厚い水壁が立ち昇って、間一髪衝撃波から彼女を保護した。
『はぁぁぁ……はぁぁぁ……はぁぁぁ……』
水壁越しにあの少年が涎を垂らしながら肩で荒い息を吐いていた。とりあえずビアンカ達を攻撃した事で、額の輪による侵害が止まったようだ。
「どうやらあの頭の機械で強制的に従わされているようだな」
「ええ、そのようです。中国も人の事は言えませんが……ロシアも中々えげつない真似をしますね」
2人はそう言いつつも少年に対して戦闘態勢を取る。ビアンカは信じられない思いで彼等を見やる。
「え……ちょ、ちょっと、2人とも何をする気!?」
「……ミス・ビアンカ。あなたのお気持ちは理解できます。しかし如何なる理由であれ、あなたに敵意を向けて攻撃してくる相手に容赦する気はありません」
「……!」
一切呵責のない冷徹ともいえるリキョウの態度にビアンカは絶句する。だがアダムもそれに同意するように頷く。
「そうだな。それに……正直手心を加えて制圧できるような相手じゃなさそうだしな」
相手を殺さずに制圧するというのは、つまり手加減をして戦うという事でもある。そして手加減というのは彼我の戦力差が相当に無ければ難しい。先程少年が放った一撃を見ただけで、彼等はこの少年が
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