Episode11:威力偵察

 このヨットが停泊している場所から件の施設は目視できるくらいの距離にある。それはつまり近付けばすぐに気付かれる距離でもあるという事だ。


「よし、では今度は俺の番だな。まずは俺がステルスモードで接近して偵察してくる。あそこにいる『管理員』達が俺に気付くかどうかも含めての威力偵察だ。仮に気付かれた場合は即座に制圧戦・・・へと移行する」


 アダムが提案する。彼の透明化能力は戦闘行動などの激しい動きをしながらでは継続できないので、戦闘との両立は不可能だ。リキョウが頷いた。


「なるほど、適材適所ですね。では私はここでビアンカ嬢をお守りしつつ、そちらに不測の事態が起きた時はすぐ援護に駆け付けられるようにしておきましょう」


 もし気付かれた時は騒ぎになる前に一瞬で制圧しなければならない。時間が経てば経つほど状況は悪くなる。優先順位を考慮したアダムも変な対抗意識は見せず素直に頷く。


「頼む。では行ってくる」


「アダム……気を付けてね」


 ビアンカは当然待っている事しか出来ないので、彼にそう声を掛ける以外に出来ることはない。だが彼女に心配されたアダムは少し目を見開いた後、強面の顔を緩ませる。


「ふ……心配するな。君のその思いだけで百人力だ」


 そう言ってビアンカの頭を撫でると、スッと離れて次の瞬間にはその姿がかき消えてしまった。以前に水族館でも見たステルスモードだ。


「ほぅ……これは確かに、察知するのにはかなり高い探知能力が必要になりますね」


 初めてステルスモードを見たリキョウも若干瞠目していた。上仙である彼をしてそう言わしめる程の遮蔽効果。果たしてロシア人の『超能力部隊』とやらはこれを見破れるのかどうか。


 透明化したアダムが離れて施設の方に向かっていった……と思われる。完全に透明になっている上に軍人としてのスキルで足音を殺して歩く事が出来るので、彼が本気で隠密に徹しようと思えばそれを見破る事は極めて難しい。


 ただしボルチモアの水族館でもそうだったように、特に探知能力に優れていると思われる敵相手だと微かな違和感を持たれたりする事はあるようだ。今回は敵にそのような探知能力を持った存在がいるのかどうか。それはこれから分かるだろう。




 アダムはステルスモードを起動させたまま慎重に管理施設に近付いていく。外観は白塗りの小さな建屋だ。しかしその地下には大きな空間が広がっている事を既に彼等は知っている。


 建物のすぐ側まで接近したアダムは壁に張り付いて、熱源感知で施設の内部をスキャンする。地上の施設部分には3人の『管理員』が常駐していた。アダムの存在に気付いている様子はない。


 あるいは超能力者とはいっても、この拠点にいる全員がそうではないのかも知れない。やがて何か用事があるらしく、1人がドアを開けて外に出てきた。絶好の機会だ。アダムは素早くその男の後ろに忍び寄る。


 彼の知識と経験上、SVRの局員が寝返ったり降参したりする事は決してない。生かしておく事は潜在的な脅威にしかならない。今回のケースに限って言えば制圧と抹殺・・はイコールであった。


 彼はそのロシア人に後ろから組み付いた。そして相手が何か反応する前にその頸椎を捻り折った。ロシア人が声を上げる間もなく崩れ落ちた。そして彼がその死体を隠す為に引きずろうとした所で……


「……!」


 施設のドアが再び開いた。しかも今度は明らかに急いで開かれた。まるで外で何か異変・・が起きた事を察知したかのように……



 出てきたのは『管理員』の1人だ。そして迷う事無くこちらに向かって来て、倒れている同胞の死体を発見した。そこで死んでいる事を知っていたかのような挙動であった。だがその死体のすぐ側にいるアダムの事には気付いていないようだ。


 その男は黙って死体のそばに屈みこんで、その身体を改めていた。アダムはその隙にこの男も暗殺しようか迷うが、その前に残っていたもう1人の『管理員』も駆け付けてきてしまった。


『ヴィクトル、どうした? ……!! これは……』



『……アントンの生命反応・・・・が一瞬で消えたので見に来たが……首を折られて死んでいる。明らかに事故や自然死ではない』



『……!』


 男達はロシア語で会話していたが、全ての言語データ・・・・・が内蔵されているアダムには筒抜けであった。


『敵!? 侵入者か……? だが一体どこに!?』


『解らん。この周囲は完全に俺の生命力感知・・・・・の範囲内のはずだが……。やや範囲が狭くなるが、もう少し感知の精度を上げてみるか。お前は念の為周囲への警戒を頼む』


『わ、解った』


 ヴィクトルの言葉にもう1人の男が頷いて、懐から銃を取り出して警戒する。会話内容から察するにこのヴィクトルという男は超能力者の一員であるようだ。


 ヴィクトルが立ち上がって両手を広げるような動作を取る。すると明らかに周辺の空気の質というか圧力のような物が変わったのがアダムにも解った。逆に当のヴィクトルが不可解そうに眉をしかめる。


『……! 何だ、これは? 人間……なのか?』


『ヴィクトル、何か解ったのか?』


 もう1人の男が問い掛けるとヴィクトルはかぶりを振った。



『……正体は解らん。だが、場所・・なら分かる。――そこに何かいるぞっ!!』



「……っ!」


 ヴィクトルが指差した先……。それはまさにアダムが気配を殺して屈みこんでいる場所だった。アダムはまだ遮蔽を解いていない。しかしヴィクトルの言葉に何の疑問も抱かず、もう1人の男が透明化したアダムがいる場所に発砲してきた。


「ち……!」


 アダムは舌打ちしてステルスモードを解除した。拳銃で撃たれたくらいで彼は死なないが、どのみち隠密がバレた時点でこれ以上潜伏している意味は無い。これよりは制圧戦だ。


『……!?』


 突如として出現した(ように見える)アダムの姿に男達が瞠目する。もう1人の男は慌ててアダムに照準を合わせて再び発砲してくるが、彼は右腕でその銃弾を受けると・・・・素早く左腕を男に向ける。


 左腕が割れて・・・、中から光線銃がせり出してくる。その銃口から発射された光弾が正確に男の胴体を貫通して絶命させる。



『化け物めっ!』


 残ったヴィクトルが叫ぶと驚くべき現象が起きた。彼の周囲に散乱していた岩や瓦礫などが浮き上がった・・・・・・のだ。そして彼が手を振るとそれらのオブジェクトが物凄い速さで、まるで弾丸のようにアダムに撃ち込まれる。


「……っ! 貴様には言われたくないな!」


 アダムは毒づいて、身を投げ出すように跳びながらそれらの『弾丸』を躱す。しかし普通の銃弾などとは異なり、それらのオブジェクトはアダムが躱してもそれを追尾するように向きを変えて殺到してくる。


「ちぃ……!」


 再び舌打ち。躱しているだけではジリ貧だ。弾丸が追尾してくるのでは、敵の攻撃を躱した隙に反撃という訳にもいかない。ならば……敵が反応できない速度で強引に・・・突っ込むまでだ。 


 アダムはボルチモアでも使った、両腰の辺りの推進装置・・・・を展開させる。


『死ねっ!』


 そしてヴィクトルがオブジェクトを操って両側から挟み込むように攻撃してきたタイミングで、そのスラスターを作動させた。彼の身体が力学や慣性を無視して、最初からいきなり最大速度で加速した。


『……っ!?』


 人間……いや、あらゆる生物が突進、加速するに当たっては、必ず予備動作が必要になる。どんな小さなものであってもだ。そして陸上競技の短距離走を見れば分かるが、最初から最大速度という事は運動学上、生物学上において絶対に不可能である。それは地球上に生きる生物の常識であり、固定観念でもあった。


 その固定観念を無視した常識外れの加速に、意表を突かれたヴィクトルは反応が遅れた。アダムは右腕のブレードを露出させ、ヴィクトルとすれ違いざまに一閃。彼の胴体を文字通り一刀両断にした。



『ごぼぁっ!! が……ど、同志達、よ。侵入者、だ……』



「……!」


 上下に分断されたヴィクトルだが、最後の最後でまた彼から何らかの『力』が放出されたような感じがあった。しかしその『力』もすぐに消えて、地面に転がったヴィクトルはすぐに息絶えた。




「アダム……!!」


 そして戦いが終わったタイミングで彼を呼ぶ声に振り向くと、丁度ビアンカ達が駆け付けてくる所だった。


「アダム、大丈夫!?」


「ああ、俺なら問題は無い。ありがとう、ビアンカ。それよりも……」


 アダムはヴィクトルの死体を見下ろす。ビアンカの隣に随伴していたリキョウが頷いた。


「ふむ……あなたの遮蔽に気付いた事といい、先程の念動力のような力といい、やはり油断は出来ない相手のようですね。尤も拠点内にいる敵全員が超能力者という訳ではなさそうなのは朗報でしたが」


 コストの問題なのかまたは何らかの適性の問題なのか分からないが、超能力者の数はそこまで大勢ではないかも知れないというのは確かに朗報だ。だが……


「確かにな。だがこいつらが他にどんな能力を持っているのかが未知数なのは問題だな。こいつは死の間際に何かの『力』を放った。これは俺の直感になるが、俺達の侵入がバレた可能性がある」


「……! なるほど、敵にはどうやら一種のテレパシー能力の持ち主もいるようですから、その可能性は確かにありますね。ならばもう悠長にしている暇はなさそうですね」


 この場所が露見したと悟った敵が人質を連れて引き払ってしまう可能性を考えると、当然バレたからといって出直すという選択肢はない。ここで逃げられたら敵も警戒レベルをより上げるだろうし、もう二度と捕捉できなくなる事もあり得るのだ。この上はなるべく迅速に突入する以外にない。



 3人は頷き合うと、そのまま施設の中に入り込む。そしてリキョウが虹鱗の目を通して見た映像からすぐに地下室への入り口を見つけた。一見使われておらず荒れ果てた物置部屋の床に大きな落とし戸があった。


 基本的に『管理員』が常駐していた為か、特に鍵や認証の類いはないようだ。アダムが大きな落とし戸の扉を引き揚げると、地下に続いている階段が姿を現した。閉じ込められる危険を考慮してアダムが怪力でその扉自体を強引に破壊して取り外してしまう。


 アダムが先頭に立ってリキョウが殿を務め、ビアンカは彼等の間に挟まれるという形で突入する事となった。ビアンカは緊張して喉を鳴らし、無意識に両手のグローブを確認していた。


 だがここまで来て尻込みしている訳には行かない。ビアンカは覚悟を決めると彼等に頷き返した。そして3人は一塊となってロシア人達の仮拠点への階段を降っていった。


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